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「画鬼 河鍋暁斎×鬼才 松浦武四郎」展 静嘉堂@丸の内(静嘉堂文庫美術館)
二重橋前・東京
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静嘉堂@丸の内(静嘉堂文庫美術館)では静嘉堂文庫竣工100年・ 特別展
「画鬼 河鍋暁斎×鬼才 松浦武四郎」展が開かれています。
会期は6月9日(日)までです。
展示室の一部は撮影可能です。

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絵師の河鍋暁斎と探検家の松浦武四郎の交流を中心にした展覧会です。

ホールの床には松浦武四郎が採集した約9,800のアイヌ語の地名の付いた北海道の
地図が貼ってあります。
松浦武四郎は探検家として幕末から明治にかけ6度、蝦夷地を探検、調査しています。
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根室半島の部分です。
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河鍋暁斎 「地獄極楽めぐり図」 1869~1872年 静嘉堂
部分
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日本橋の小間物問屋、藤田五兵衛の夭折した娘の追善のために描かれたもので、
全40図、当初は絵巻の形だったと思われます。
娘は亡くなった後、阿弥陀仏に導かれて地獄極楽めぐりをするという趣向になっています。
来迎図に倣っていて、先に亡くなった親族も迎えに現れています。

展覧会では最初の部分が展示されています。

河鍋暁斎 「野見宿禰図」絵馬 1884年 松浦武四郎記念館
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野見宿禰は土師氏の祖で、伝説では埴輪の考案者とされています。
河鍋暁斎と松浦武四郎が篤く信仰していた天神様である菅原道真は土師氏の出です。

「大首飾り」 縄文時代~近代 静嘉堂 
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松浦武四郎が愛用していた首飾りで、ヒスイやメノウなど、縄文時代、古墳時代から
近代までの品、約240個を連ねています。
松浦武四郎は古物の熱心な蒐集家でもありました。

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河鍋暁斎 「骸骨図縫付傘」 1886年 松浦武四郎記念館 重要文化財
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松浦武四郎が最晩年に大台ケ原を旅した時に持参した傘です。
日本で使われた最初期の洋傘として貴重な品です。
遍路旅の菅笠によく書かれている偈と、暁斎得意の骸骨の絵が描かれています。


河鍋暁斎 「武四郎涅槃図」 1886年 松浦武四郎記念館 重要文化財
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釈迦涅槃図に倣った形式で、大首飾りを着け、火用心と書かれた袋を持って横たわり、
足元では妻が泣き崩れ、大勢の者たちが取り囲んで悲しんでいます。
束帯姿の人物は岩倉具視で、北海道開拓を通じて交流があり、日比谷の馬場先門に
あった岩倉の邸宅の角に住んでいたこともあって、馬角斎とも号していました。

松浦武四郎は河鍋暁斎に自分の涅槃図を依頼した時、自分の愛玩物も
描かせようと、あれこれ持ち込んで来るので、筆が進まず、完成するのに5年も
掛かったそうです。
後ろの長い台に置かれた品々がそれのようで、台がちょっと不自然に置かれているのは
描き足したためでしょう。
暁斎は絵日記を書き続けていて、涅槃図の出来上がりが遅いので、武四郎が嫌味
を言っている様子も描かれています。

涅槃図にも描かれている品々で、手前左から柿本人麻呂、老子、僧正遍照です。
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二人の鬼才の事績が交叉していて、なかなか面白い展覧会です。

2011年にINAX:GINZAで開かれた「幕末の探検家 松浦武四郎と一畳敷 展」の記事です。

展覧会のHPです。


次回の展覧会は「超・日本刀入門 鎌倉時代の名刀に学ぶ」です。

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丸の内仲通りでは5月12日まで、Marunouchi Street Park 2024 Spring が開かれています。

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【2024/04/16 19:10】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「台東区長奨励賞」 令和5年度
上野・上野広小路
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台東区では東京藝術大学の優秀な卒業制作や大学院修了作品の制作者に対して、
「台東区長奨励賞」を授与しています。
受賞作品は上野中央通り地下歩道にある展示ブースに、受賞後の2月から
1年間展示されています。

以下は令和5年度台東区長奨励賞受賞作品です。

「Helmet Transform!」 中川智貴 デザイン科
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ヘルメットを被ると劣等感から解放されるそうです。
デザインとしてよく出来ていると思います。

「スマホ依存症向け、ちょっとした勇猛な選択肢」 林宋其 デザイン科
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スマホが異形な物に変容しています。

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「echo」 西村柊成 工芸科
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絵絣の技法で、夜明けや夢の終わりを連想する森の風景を描いたそうです。

「Hysteria」 小栗佑果 工芸科
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植物が突然変異や受けた傷によって形を変えて成長する様をブローチの形で表現しています。

左「電柱の風景」 右「カモメと絨毯」 本岡景太 彫刻科
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宝相華文の絨毯の上にカモメが乗っています。

「踊れないなら さようなら」 藤崎りら 彫刻科
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人物が2等身の塊になっています。


【2024/04/14 19:37】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
東京国立博物館の総合文化展 2024年4月 その1
上野
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東京国立博物館の総合文化展(平常展)が展示替えになったので、行ってきました。
記事は3回に分け、今日はその1で、4月21日までの展示を載せます。


「車軸釜」 天明 室町時代・16世紀 美術工芸振興佐藤基金蔵
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車輪に車軸が通っているように見えるので、この名があります。
それにしても極端にすぼまった形です。
天明釜(てんみょうがま)は下野の天明で生産された釜で、筑前の芦屋と並ぶ
茶釜の産地です。

「緋襷一重口水指」 備前 安土桃山~江戸時代・16~17世紀
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緋襷(ひだすき)は焼成時に他の器と癒着しないよう巻いた藁の跡が襷のように
見えるもので、備前焼の特徴となっています。
大名茶人、松平不昧の旧蔵で、箱書に不昧が「ひたすき水指」と書いています。

「青磁桔梗口双耳花入」 龍泉窯 元時代・13~14世紀
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花弁が開くような形をしていて、室町時代の記録に「キキヤウグチ」とあります。

「魚屋茶碗 銘 さわらび」 朝鮮時代・16~17世紀
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魚屋(ととや)は斗々屋とも書き、高麗茶碗の一種で、薄手でろくろ目が付き、
薄く釉が掛かっているのが特徴です。
「ととや」の意味は、境の豪商斗々屋が所持していたからとも、
千利休が魚屋で見付けたからとも言われています。
さわらびの銘は近江小室藩主、小堀政峯の命銘で、源実朝の歌に拠っています。

さわらびの もえいづる春に成りぬれば のべのかすみもたなびきにけり
     
古美術商の広田松繁の寄贈です。

「金海茶碗 銘 福寿草」 朝鮮時代・17世紀
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金海は朝鮮半島の慶尚南道の地名で、日本からの注文品と思われます。す。
白磁で高台は高く、割高台になっており、丸みのある胴には斜めに筋模様が入っています。
建築家の横河民輔の寄贈です。

「赤楽茶碗 銘 舟引」 玉水弥兵衛 江戸時代・17~18世紀
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胴の景色を舟を引く人に見立てています。
玉水弥兵衛(1662ー1722)は楽家の4代一入の庶子で、京都の玉水に窯を築いています。     
実業家の松永安左エ門(耳庵)の寄贈です。

「樫鳥糸肩赤威胴丸」 室町時代・15世紀 重要文化財
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大袖と杏葉の付いた豪華な胴丸で、樫鳥糸とは紺糸と紅糸を混ぜた糸です。
唐草と桐の模様の金具が付き、兜は総覆輪の筋兜で、大きな鍬形と日輪の
前立てが付いています。
陸奥浪岡の北畠家伝来といわれ、陸奥三春藩主秋田家に伝わっています。

「小袖 白綸子地叉手網模様」 江戸時代・17世紀
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叉手網(さであみ)は木や竹を交叉させて、間に網を張ったものです。
寛文6年刊行の「新撰御ひいなかた」にも同じような意匠が載っているので、
寛文小袖と呼ばれています。

「小袖 紅縮緬地嵐山風景模様」 江戸時代・19世紀
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すべて刺繍で、残雪の嵐山や渡月橋、桜などが描かれています。
背と袖の模様は家紋の代りの伊達紋で、紅葉をあしらっています。

「江戸名所百人美女・御殿山」 歌川国貞(三代豊国) 江戸時代・安政5年(1858)
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金盥を使って体を拭いていて、右上には品川御殿山の花見の風景が描かれています。
これと同じ作品がパナソニック汐留美術館で開かれている「テルマエ展 
お風呂でつながる古代ローマと日本」にも展示されています。

「浮世人物図巻 」上巻 伝 菱川師宣 江戸時代・17世紀

上野寛永寺での花見の賑わいです。
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箏、鼓、三味線に合わせて踊っています。
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魚を料理しているところです。
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寛永寺の堂宇です。
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緋毛氈の上で酒宴を開いています。
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上野不忍池の桜です。

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【2024/04/13 19:55】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
銀座和光の「工芸・Kôgeiの創造 ―人間国宝展―」とメトロ銀座ギャラリーの、「BUNKA × METRO」展
銀座
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銀座和光本館6階のセイコーハウス銀座ホールでは「工芸・Kôgeiの創造
―人間国宝展―」が開かれています。
会期は4月21日(日)まで、入場は無料です。

陶芸、染織、漆芸、金工、木竹工、人形の6つの工芸の中から36名の人間国宝
(重要無形文化財保持者)の作品が展示されています。

福島善三 「中野青瓷壺」
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松原伸生 長板中形 着尺「竹文」
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山岸一男 「網代小箱」
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桂 盛仁 「金銀銷象嵌盒子」
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藤塚松星 彩変化盛器「△▢」
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林 駒夫 「紫の御翳」
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***


東京メトロ銀座駅コンコースには「メトロ銀座ギャラリー」があって、
3面の展示スペースに立体作品が展示されています。

4月19日(金)までは、「BUNKA × METRO」展が開かれています。

文化学園大学造形学部デザイン・造形学科の3年生を中心とした作品が
2回に分けて展示され、現在は2回目です。

河田理玖・野坂睦斗
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牧野月香・武内ひかる・土屋風海
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牧野月香・吉田ふたば・武内ひかる・島千慧・兼子幸菜
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***

和光本館ウインドウディスプレイのテーマは武蔵淳さんの「眺」です。

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【2024/04/11 19:10】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「テルマエ展 お風呂でつながる古代ローマと日本」 パナソニック汐留美術館
新橋・汐留
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パナソニック汐留美術館では「テルマエ展 お風呂でつながる古代ローマと日本」が
開かれています。
会期は6月9日(日)まで、休館日は水曜日です。

会期中、一部展示替えがあります。

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古代ローマで人々に愛されたテルマエ(公共浴場)と日本の入浴文化について
解説する展覧会です。
ローマ時代の彫刻や生活用具も展示されています。
会場は一部、撮影可能です。

「恥じらいのヴィーナス」 1世紀 ポンペイ、アポロ神殿出土 ナポリ国立考古学博物館
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このスタイルのヴィーナス像は人気があって、ヘレニズム時代から何体も造られて
いたようです。

「ヴィーナス」 フレスコ 50~79年 エルコラーノ出土 ナポリ国立考古学博物館
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エルコラーノは79年のヴェスヴィオ山の噴火で、ポンペイと共に埋もれた町です。

「ヘタイラ(遊女)のいる饗宴」 フレスコ 1世紀 ナポリ国立考古学博物館
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男性は角杯を掲げてご機嫌な様子です。

「牧神頭部」 多色モザイク 1世紀 アーティゾン美術館
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ギリシャ神話の牧神パンの頭部で、山羊の角を生やしています。
パニックの語源でもあります。

「ヘラクレス小像」 前1~後1世紀 MIHO MUSEUM
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高さ20㎝のブロンズ像で、ヘラクラスの象徴であるライオンの皮を着ています。

古代ローマでは民衆の人気を得るため、皇帝や有力者がテルマエを造ったり、
料金無料の日を設けていました。
運動競技場や図書館も併設されていたりして、娯楽文化センターの一種でもありました。
皇帝たちもよく利用しており、ハドリアヌスの長城を築いたハドリアヌス帝(76 -138)は
自分の部下で百人隊長だった男がテルマエの壁で背中の垢を落としているのを見付け、
世話をする奴隷を与えています。

「カラカラ帝胸像」 212~217年 ナポリ国立考古学博物館
パンフレットに載っている胸像です。

「カラカラ浴場復元縮小模型」 東京造形大学デザイン学科制作
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1/250模型です。
カラカラ浴場はカラカラ帝(188 - 217)によって建設された巨大な公共浴場で、
1日に6000~8000人の利用が可能だったということです。
カラカラ帝は大変な暴君だったということですが、人気取りのためにこの壮大な
浴場を建ています。

大きなドームが高温浴室です。
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「ライオンの頭部形吐水口」 1世紀 ナポリ国立考古学博物館
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古代ローマでは水道が普及していました。

「湯屋模型」 三浦宏制作
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江戸時代の銭湯の模型です。
掲げられている弓矢は看板で、「弓射る」を「湯に入る」に掛けたものです。
男湯と女湯に分かれ、洗い場には緩い傾斜が付いていて、体を洗うのに使ったお湯が
中央の溝に集まって排水されるようになっています。
唐破風の奥に湯船があり、温度を保つため、柘榴口という背の低い入口から入るように
なっていて、中はかなり暗かったそうです。
2階は男性専用の休憩所でした。

裏に井戸と釜炊き場があり、薪割りの斧も置いてあります。
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「中将湯温泉」看板 大正末期
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中将湯は津村順天堂(現ツムラ)が販売している婦人薬で、明治30年(1897)に日本初の
入浴剤「浴剤中将湯」が発売されます。
この入浴剤を使っている銭湯に掲げられた、金箔貼りの看板です。

「明神湯模型」 制作:山本高樹 内部絵:町田忍
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東京都大田区にある、昭和32年(1957)創業の銭湯です。
入母屋造りの大屋根、玄関の唐破風屋根という外観は関東大震災後に建てられた
銭湯の特徴です。
南こうせつの「神田川」を思い出します。

洗い場には背中に賑やかな模様の入った人もいます。
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坪庭もあります。
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裏では電気ノコギリで材木を切っています。
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「ケロリンの桶」 町田忍蔵
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銭湯でよく使われていた、解熱鎮痛薬ケロリンの広告入りの湯桶で、昭和38年(1963)に
登場しています。
最初は白色でしたが、汚れが目立たないように黄色になったそうです。

「入浴の御注意」ホーロー看板 昭和30年代 町田忍蔵
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ホーロー(琺瑯)看板は金属板にガラス質の塗料で印刷したもので、水気に強い特徴が
あるので、銭湯や屋外でよく使われました。

私の知っている銭湯の壁の絵は、定番の富士山ではなく、古代ギリシャの田園のような所に
女性像が立っている風景でした。
後から思ったのですが、あれはシャヴァンヌの壁画に倣ったものかもしれません。

銀座蔦屋書店にもヤマザキマリさんの「テルマエ・ロマエ」のコーナーが設けられていました。
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お風呂の文化の栄えたのは古代ローマと日本だけということで、その二つを取り上げた、
とても面白い展覧会です。

展覧会のHPです。


【2024/04/09 19:28】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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Author:chariot
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