両国
両国の江戸東京博物館では江戸東京博物館開館20周年記念、「二条城展」が
開かれています。
会期は9月23日(日)までです。
休館日は毎週月曜日ですが、8月13日、9月10日、17日は開館しています。
8月26日までの前期と28日からの後期で一部展示替えがあります。


京都の二条城は、関ヶ原の戦いに勝った徳川家康の京都での拠点として、
慶長7年(1602)に着工されています。
翌年完成し、ここで家康は征夷大将軍就任祝賀の儀を行なっています。
その時の二条城は方形で一重の堀を巡らし、慶長11年には北西隅に五層の
天守閣が完成しています。
慶長16年には家康は現在の二の丸御殿に当たる建物で、豊臣秀頼と
会見しています。
大阪の陣が起こると家康は二条城から進撃し、豊臣氏を滅ぼしています。
「洛中洛外図屏風」 6曲1双 17世紀 勝興寺(高岡市) 重要文化財


前期展示です。
左隻中央には二条城が描かれていて、天守閣は一層目の屋根は方形造、
二層目からは層毎に入母屋造が互い違いになっています。
右隻には内裏や豊臣秀吉の建てた方広寺、右上隅に伏見城が描かれています。
洛中洛外図の恒例として、右隻には祇園祭の山鉾巡行、左隻には神輿渡御の
様子も描き込まれています。
元和6年(1620)には、2代将軍秀忠の娘、和子の後水尾天皇の元への
入内に当たっては、一行は二条城から出発しています。
「東福門院入内図屏風」 4曲1双 17世紀 三井記念美術館 重要文化財
後期展示です。
(左隻)

(右隻)

入内の時の華やかな行列の模様を描いたもので、元は絵巻の形だったらしく、
目録も付いていて、井伊、酒井、松平などの幕臣の名前も見えます。
この屏風は2011年に開かれていた、「三井記念美術館館蔵品展」にも
展示されていました。
「三井記念美術館館蔵品展」の記事です。
「東福門院像」 江戸時代 光雲寺(京都市)

光雲寺は南禅寺の塔頭で、東福門院となった中宮和子が帰依し、菩提寺とも
なっています。
宝冠を着け、唐衣には葵の紋が描かれています。
寛永元年(1624)に後水尾天皇の行幸を迎えるため大改築が始められ、
本丸の築造、二の丸御殿の改造が行われます。
この時、慶長の天守を淀城に移し、伏見城の天守を縮小して移築しています。
図面によれば五層の天守で、一層の中央に大きな唐破風が付いています。
この天守は寛延3年(1750)に落雷で焼失し、その後は天守は再建されません。
工事は寛永3年に完成し、行幸の儀は9月6日から5日間に渡って盛大に行われ、
雅楽、舞楽、能が演じられ、馬術、蹴鞠や和歌の会も催されます。
狩野派は狩野探幽に率いられ、障壁画の制作に当たり、足掛け3年の期間で
1万を超える面数を描き上げています。
「二の丸御殿 飾金具」 4点 寛永3年(1626) 国宝
大きな釘隠で、花束を熨斗で包んだ花熨斗の形など、とても華やかで
精巧な細工です。
「花下遊楽図」 6曲1双 狩野長信 17世紀 東京国立博物館 国宝

8月10日までの展示です。
この作品は毎年春のお花見の季節に東京国立博物館で展示される以外は
なかなか観る機会がありません。
当時の狩野派の作柄を知ることの出来る作品です。
二の丸御殿 遠侍二の間 「竹林群虎図」 狩野甚之丞
襖2面 寛永3年(1626) 重要文化財

二の丸御殿は入母屋造の大きな建物が雁行型に並んでいて、最初にあるのが
遠侍(とおさむらい)です。
警護の武士の詰め所で、登城した大名の控えの間として使われていました。
狩野甚之丞は狩野永徳の甥で、二条城障壁画の制作にも参加しています。
虎や豹が、かなりデフォルメされた姿で描かれています。
両前足を広げ、体をねじって水を飲む姿は虎の絵でよく見る絵柄です。
当時は豹は雌の虎とされていたので、群虎図となっています。
二の丸御殿 遠侍勅使の間(下段) 「檜図」 狩野甚之丞
襖2面 寛永3年(1626) 重要文化財

金雲の下から枝を延ばしています。
二の丸御殿 大広間四の間 「松鷹図」 狩野山楽または探幽
襖4面 寛永3年(1626) 重要文化財


大広間の一の間、二の間は将軍が諸大名と対面する場所で、四の間は将軍の
上洛の折に武器を納めておく場所といわれています。
とても大きな部屋なので、絵も松の巨木をのたうつようにうねらせ、
鋭い目をした大きな鷹をとまらせた、豪放極まりない画面になっています。
二の丸御殿 黒書院四の間 「菊図」 狩野尚信
襖2面 寛永3年(1626) 重要文化財

黒書院は親藩や譜代などの大名との内輪の対面所です。
絵柄も優美な菊の花になっています。
二の丸御殿 白書院一の間天井画 「花卉図」 狩野派
4面 寛永3年(1626) 重要文化財
(朝顔)

白書院は将軍の居室・寝所で、障壁画も落着いた水墨画でまとめられています。
天井は格天井(ごうてんじょう)で、それぞれの面に花の絵が描かれています。
幕末になり朝廷のある京都が政治の舞台になってくると14代将軍徳川家茂が
文久3年(1863)に上洛し、二条城に入ります。
将軍の上洛は3代家光以来です。
慶応3年(1867)10月13日に15代将軍徳川慶喜は二条城に40藩の重臣を集め、
大政奉還を告げます。
「大政奉還上意書」 19世紀後半 茨城県立歴史館
徳川慶喜が一橋家に宛てて書いた大政奉還の趣意書です。
文面は10月14日に朝廷に提出された「大政奉還上表」とほぼ同じで、保平の乱
(保元・平治の乱)以来武家に移った政権を朝廷に返す時が来た、とあります。
「大政奉還(下図)」 邨田丹陵 20世紀 明治神宮

日本史の教科書によく載っている、有名な場面です。
絵では黒書院が描かれていますが、慶喜が大政奉還を告げたのは大広間です。
ここに王城の地での武権の象徴としての二条城はその役目を終えます。
この後、徳川慶喜は軍勢を率いて大坂城に退去し、鳥羽伏見の戦いに敗北すると、
江戸に逃げ帰ります。
二条城は明治時代に離宮となった後、昭和14年(1939)に京都市に下賜され、
現在に至っています。
まさに、チラシの言葉にある通り、大広間に描かれた鷹は、「その目は、
徳川幕府の栄光と終焉を見ていた。」ことになります。
私が二条城に行ったとき、かぎ型に続く有名なウグイス張りの廊下の横には金箔地の
襖に絵の描かれた大きな部屋が並び、何とも重々しい印象で、将軍や大名というのは
こういう大層な建物の中を行き来していたのかと感心しました。
会場ではそのウグイス張りの廊下の音も鳴っていて、その時のことを思い出します。
元離宮二条城のHPです。
元離宮二条城では本格修理に当たって、1日城主を募集中です。

金額に応じてさまざまな特典があり、100万円以上を寄付すると、普段は非公開の
場所も案内してもらえるそうです。
将軍様しか座れない、黒書院の上段の間にも着座出来るようです。

江戸時代には御家人株を金で買うことも出来たようですが、100万円で一日天下様に
なれるというのは魅力です。
詳しくは1日城主募集のページをご覧下さい。
狩野探幽以来の江戸狩野派についての解説です。
chariot
両国の江戸東京博物館では江戸東京博物館開館20周年記念、「二条城展」が
開かれています。
会期は9月23日(日)までです。
休館日は毎週月曜日ですが、8月13日、9月10日、17日は開館しています。
8月26日までの前期と28日からの後期で一部展示替えがあります。


京都の二条城は、関ヶ原の戦いに勝った徳川家康の京都での拠点として、
慶長7年(1602)に着工されています。
翌年完成し、ここで家康は征夷大将軍就任祝賀の儀を行なっています。
その時の二条城は方形で一重の堀を巡らし、慶長11年には北西隅に五層の
天守閣が完成しています。
慶長16年には家康は現在の二の丸御殿に当たる建物で、豊臣秀頼と
会見しています。
大阪の陣が起こると家康は二条城から進撃し、豊臣氏を滅ぼしています。
「洛中洛外図屏風」 6曲1双 17世紀 勝興寺(高岡市) 重要文化財


前期展示です。
左隻中央には二条城が描かれていて、天守閣は一層目の屋根は方形造、
二層目からは層毎に入母屋造が互い違いになっています。
右隻には内裏や豊臣秀吉の建てた方広寺、右上隅に伏見城が描かれています。
洛中洛外図の恒例として、右隻には祇園祭の山鉾巡行、左隻には神輿渡御の
様子も描き込まれています。
元和6年(1620)には、2代将軍秀忠の娘、和子の後水尾天皇の元への
入内に当たっては、一行は二条城から出発しています。
「東福門院入内図屏風」 4曲1双 17世紀 三井記念美術館 重要文化財
後期展示です。
(左隻)

(右隻)

入内の時の華やかな行列の模様を描いたもので、元は絵巻の形だったらしく、
目録も付いていて、井伊、酒井、松平などの幕臣の名前も見えます。
この屏風は2011年に開かれていた、「三井記念美術館館蔵品展」にも
展示されていました。
「三井記念美術館館蔵品展」の記事です。
「東福門院像」 江戸時代 光雲寺(京都市)

光雲寺は南禅寺の塔頭で、東福門院となった中宮和子が帰依し、菩提寺とも
なっています。
宝冠を着け、唐衣には葵の紋が描かれています。
寛永元年(1624)に後水尾天皇の行幸を迎えるため大改築が始められ、
本丸の築造、二の丸御殿の改造が行われます。
この時、慶長の天守を淀城に移し、伏見城の天守を縮小して移築しています。
図面によれば五層の天守で、一層の中央に大きな唐破風が付いています。
この天守は寛延3年(1750)に落雷で焼失し、その後は天守は再建されません。
工事は寛永3年に完成し、行幸の儀は9月6日から5日間に渡って盛大に行われ、
雅楽、舞楽、能が演じられ、馬術、蹴鞠や和歌の会も催されます。
狩野派は狩野探幽に率いられ、障壁画の制作に当たり、足掛け3年の期間で
1万を超える面数を描き上げています。
「二の丸御殿 飾金具」 4点 寛永3年(1626) 国宝
大きな釘隠で、花束を熨斗で包んだ花熨斗の形など、とても華やかで
精巧な細工です。
「花下遊楽図」 6曲1双 狩野長信 17世紀 東京国立博物館 国宝

8月10日までの展示です。
この作品は毎年春のお花見の季節に東京国立博物館で展示される以外は
なかなか観る機会がありません。
当時の狩野派の作柄を知ることの出来る作品です。
二の丸御殿 遠侍二の間 「竹林群虎図」 狩野甚之丞
襖2面 寛永3年(1626) 重要文化財

二の丸御殿は入母屋造の大きな建物が雁行型に並んでいて、最初にあるのが
遠侍(とおさむらい)です。
警護の武士の詰め所で、登城した大名の控えの間として使われていました。
狩野甚之丞は狩野永徳の甥で、二条城障壁画の制作にも参加しています。
虎や豹が、かなりデフォルメされた姿で描かれています。
両前足を広げ、体をねじって水を飲む姿は虎の絵でよく見る絵柄です。
当時は豹は雌の虎とされていたので、群虎図となっています。
二の丸御殿 遠侍勅使の間(下段) 「檜図」 狩野甚之丞
襖2面 寛永3年(1626) 重要文化財

金雲の下から枝を延ばしています。
二の丸御殿 大広間四の間 「松鷹図」 狩野山楽または探幽
襖4面 寛永3年(1626) 重要文化財


大広間の一の間、二の間は将軍が諸大名と対面する場所で、四の間は将軍の
上洛の折に武器を納めておく場所といわれています。
とても大きな部屋なので、絵も松の巨木をのたうつようにうねらせ、
鋭い目をした大きな鷹をとまらせた、豪放極まりない画面になっています。
二の丸御殿 黒書院四の間 「菊図」 狩野尚信
襖2面 寛永3年(1626) 重要文化財

黒書院は親藩や譜代などの大名との内輪の対面所です。
絵柄も優美な菊の花になっています。
二の丸御殿 白書院一の間天井画 「花卉図」 狩野派
4面 寛永3年(1626) 重要文化財
(朝顔)

白書院は将軍の居室・寝所で、障壁画も落着いた水墨画でまとめられています。
天井は格天井(ごうてんじょう)で、それぞれの面に花の絵が描かれています。
幕末になり朝廷のある京都が政治の舞台になってくると14代将軍徳川家茂が
文久3年(1863)に上洛し、二条城に入ります。
将軍の上洛は3代家光以来です。
慶応3年(1867)10月13日に15代将軍徳川慶喜は二条城に40藩の重臣を集め、
大政奉還を告げます。
「大政奉還上意書」 19世紀後半 茨城県立歴史館
徳川慶喜が一橋家に宛てて書いた大政奉還の趣意書です。
文面は10月14日に朝廷に提出された「大政奉還上表」とほぼ同じで、保平の乱
(保元・平治の乱)以来武家に移った政権を朝廷に返す時が来た、とあります。
「大政奉還(下図)」 邨田丹陵 20世紀 明治神宮

日本史の教科書によく載っている、有名な場面です。
絵では黒書院が描かれていますが、慶喜が大政奉還を告げたのは大広間です。
ここに王城の地での武権の象徴としての二条城はその役目を終えます。
この後、徳川慶喜は軍勢を率いて大坂城に退去し、鳥羽伏見の戦いに敗北すると、
江戸に逃げ帰ります。
二条城は明治時代に離宮となった後、昭和14年(1939)に京都市に下賜され、
現在に至っています。
まさに、チラシの言葉にある通り、大広間に描かれた鷹は、「その目は、
徳川幕府の栄光と終焉を見ていた。」ことになります。
私が二条城に行ったとき、かぎ型に続く有名なウグイス張りの廊下の横には金箔地の
襖に絵の描かれた大きな部屋が並び、何とも重々しい印象で、将軍や大名というのは
こういう大層な建物の中を行き来していたのかと感心しました。
会場ではそのウグイス張りの廊下の音も鳴っていて、その時のことを思い出します。
元離宮二条城のHPです。
元離宮二条城では本格修理に当たって、1日城主を募集中です。

金額に応じてさまざまな特典があり、100万円以上を寄付すると、普段は非公開の
場所も案内してもらえるそうです。
将軍様しか座れない、黒書院の上段の間にも着座出来るようです。

江戸時代には御家人株を金で買うことも出来たようですが、100万円で一日天下様に
なれるというのは魅力です。
詳しくは1日城主募集のページをご覧下さい。
狩野探幽以来の江戸狩野派についての解説です。
湯島
喫茶店「ボンジュール」は湯島交差点の地下鉄湯島駅を上がった所にあります。
場所は文京区湯島3-46-4です。

奥に細長いお店で、1階は30席ほど、2階もありますが、時間によっては
使われていません。
45周年記念のメニューもある昔からのお店ですが、店内は改装されていて、
落着いてすっきりした感じです。
壁にはレザークラフトのパネルも飾ってあります。
BGMはクラシックのピアノ曲でした。


平日は朝7時から、土日は9時から開いていて、11時までモーニングセット
380円があります。
私が行ったのは11時少し前でしたが、元気の良いマスターに
今なら間に合いますよと言われ、モーニングを注文しました。

トーストは厚く、殻付きのゆで卵とサラダの付いた、典型的なセットで、
これで380円はお得です。
店名といい、BGMのクラシックといい、昔ながらの喫茶店の形を残す、
懐かしい感じのするお店です。
追記
残念なことに、喫茶店「ボンジュール」は2013年7月25日を以て閉店しました。
chariot
喫茶店「ボンジュール」は湯島交差点の地下鉄湯島駅を上がった所にあります。
場所は文京区湯島3-46-4です。

奥に細長いお店で、1階は30席ほど、2階もありますが、時間によっては
使われていません。
45周年記念のメニューもある昔からのお店ですが、店内は改装されていて、
落着いてすっきりした感じです。
壁にはレザークラフトのパネルも飾ってあります。
BGMはクラシックのピアノ曲でした。


平日は朝7時から、土日は9時から開いていて、11時までモーニングセット
380円があります。
私が行ったのは11時少し前でしたが、元気の良いマスターに
今なら間に合いますよと言われ、モーニングを注文しました。

トーストは厚く、殻付きのゆで卵とサラダの付いた、典型的なセットで、
これで380円はお得です。
店名といい、BGMのクラシックといい、昔ながらの喫茶店の形を残す、
懐かしい感じのするお店です。
追記
残念なことに、喫茶店「ボンジュール」は2013年7月25日を以て閉店しました。
東京
丸の内オアゾ内の丸善丸の内本店4階ギャラリーAでは7月31日(火)まで、
「エキレキリエブルアート展」が開かれています。
エブルアートとはトルコの染色工芸で、溶液の上に絵具を流し、その上に
紙や布を置いて模様を移し取る技法です。
日本の墨流しに相当します。
コーランの用紙や、15世紀のオスマントルコ時代には公文書の用紙にも
使われていて、アートとして注目されたのは19世紀にエブルの技法で
花を描くようになってからだそうです。
展覧会ではトルコのエキレキリ5人姉弟によるエブルアート約30点が
展示されています。
エキレキリさんたちは日本に滞在して活動しており、女性のニメット・
エキレキリさんはとても日本語が上手でした。
ニメット・エキレキリ 「富士山」 F10

葛飾北斎の「冨嶽三十六景」の「凱風快晴」をエブルにした感じです。
雲の部分が勢い良く湧きあがっています。
ヒキメット・エキレキリ 「流れ」 F10

エブルでは溶液の上に置いた岩絵具を櫛を使って引きのばして模様を
描いたりします。
エブルに使う岩絵具はとても長い時間をかけて細かく砕かないと、
うまく色が広がらないそうです。
エムレ・エキエキリ 「ふくろう」 F3

エブルの上に油彩で描いた作品もあります。
写実的に描かれたフクロウの姿は大理石模様の背景の中で際立っています。
chariot
丸の内オアゾ内の丸善丸の内本店4階ギャラリーAでは7月31日(火)まで、
「エキレキリエブルアート展」が開かれています。
エブルアートとはトルコの染色工芸で、溶液の上に絵具を流し、その上に
紙や布を置いて模様を移し取る技法です。
日本の墨流しに相当します。
コーランの用紙や、15世紀のオスマントルコ時代には公文書の用紙にも
使われていて、アートとして注目されたのは19世紀にエブルの技法で
花を描くようになってからだそうです。
展覧会ではトルコのエキレキリ5人姉弟によるエブルアート約30点が
展示されています。
エキレキリさんたちは日本に滞在して活動しており、女性のニメット・
エキレキリさんはとても日本語が上手でした。
ニメット・エキレキリ 「富士山」 F10

葛飾北斎の「冨嶽三十六景」の「凱風快晴」をエブルにした感じです。
雲の部分が勢い良く湧きあがっています。
ヒキメット・エキレキリ 「流れ」 F10

エブルでは溶液の上に置いた岩絵具を櫛を使って引きのばして模様を
描いたりします。
エブルに使う岩絵具はとても長い時間をかけて細かく砕かないと、
うまく色が広がらないそうです。
エムレ・エキエキリ 「ふくろう」 F3

エブルの上に油彩で描いた作品もあります。
写実的に描かれたフクロウの姿は大理石模様の背景の中で際立っています。
上野
上野の東京国立博物館平成館では特別展、「青山杉雨の眼と書」が
開かれています。
会期は9月9日(日)までです。
8月19日までの前期と8月21日からの後期で、一部展示替えがあります。

今年は書家の青山杉雨(あおやまさんう、1912-1993)の生誕100年に当たり、
また日中国交正常化40周年、東京国立博物館140周年 にも当たります。
展覧会では、青山杉雨の収集した中国の書画、文房具と自身の代表作、
約360点を展示しています。
青山杉雨は1930年代に書家としての活動を始め、行書、草書を得意としていました。
青山杉雨 「白楽天・間夕」 昭和13年(1938)

26歳の作品です。
柔らかな書風で強弱のリズムがあります。
やがて、30歳で西川寧に師事し、篆書(てんしょ)や隷書(れいしょ)による
表現を追求します。
青山杉雨 「殷文鳥獣戯画」 昭和44年(1969)

57歳の作品です。
動物や鳥の姿を篆書の雰囲気で自由に描いています。
漢字が象形文字だったことを思い出させてくれます。
青山杉雨 「萬方鮮」 昭和52年(1977)

青山杉雨は2枚合わせるとほぼ方形になる紙に数文字を配した作品を多く
書いています。
墨の潤いや枯れを存分に使った力強い書き振りで、鮮の字は魚や羊の
象形文字であることを示しています。
青山杉雨 「戦士図・図象文字集成」 昭和56年(1981)

前期の展示です。
殷時代の金文(青銅器に鋳込まれた文字)に想を得て、戦士と武具、
動物の形を絵文字のように書いています。
青山杉雨の書は作品ごとに趣きが違い、「一作一面貌」とも呼ばれています。
また、中国の歴史を知り、それぞれの時代の政治、経済を知らないと
書は理解出来ない、とも述べています。
青山杉雨の書を観ていると、ものごとを字によって表現することの喜びが
伝わってきます。
それは漢字というものが原初の金石文の時から持っている特質なのでしょう。
青山杉雨は、当時評価の低かった明清の書画も数多く収集し、個人では入手が
困難と思われていた、元の楊維楨(よういてい、1296-1370)の書も入手しています。
楊維楨 「張氏通波阡表巻」 元時代・至正25年(1365)

張麒という人の依頼で書いた、張家の先祖の墓地である通波塘に立てる
碑(阡表)の原稿です。
青山杉雨は中国の文房具の収集も行なっています。
「楼閣人物黄楊彫硯屏」 清時代(17-19世紀)

硯屏(けんびょう)とは、チリやホコリが入るのを防ぐために硯の横に置く
小さな衝立です。
書斎も再現されていて、洋式机を使って書いていたことが分かります。
大きな作品は立って書いたようです。
書棚には書籍や置物が並び、いかにも文人の書斎らしい落着いた雰囲気です。
書の持つ品格の伝わる、すがすがしさを感じる展覧会です。
展覧会のHPです。
chariot
上野の東京国立博物館平成館では特別展、「青山杉雨の眼と書」が
開かれています。
会期は9月9日(日)までです。
8月19日までの前期と8月21日からの後期で、一部展示替えがあります。

今年は書家の青山杉雨(あおやまさんう、1912-1993)の生誕100年に当たり、
また日中国交正常化40周年、東京国立博物館140周年 にも当たります。
展覧会では、青山杉雨の収集した中国の書画、文房具と自身の代表作、
約360点を展示しています。
青山杉雨は1930年代に書家としての活動を始め、行書、草書を得意としていました。
青山杉雨 「白楽天・間夕」 昭和13年(1938)

26歳の作品です。
柔らかな書風で強弱のリズムがあります。
やがて、30歳で西川寧に師事し、篆書(てんしょ)や隷書(れいしょ)による
表現を追求します。
青山杉雨 「殷文鳥獣戯画」 昭和44年(1969)

57歳の作品です。
動物や鳥の姿を篆書の雰囲気で自由に描いています。
漢字が象形文字だったことを思い出させてくれます。
青山杉雨 「萬方鮮」 昭和52年(1977)

青山杉雨は2枚合わせるとほぼ方形になる紙に数文字を配した作品を多く
書いています。
墨の潤いや枯れを存分に使った力強い書き振りで、鮮の字は魚や羊の
象形文字であることを示しています。
青山杉雨 「戦士図・図象文字集成」 昭和56年(1981)

前期の展示です。
殷時代の金文(青銅器に鋳込まれた文字)に想を得て、戦士と武具、
動物の形を絵文字のように書いています。
青山杉雨の書は作品ごとに趣きが違い、「一作一面貌」とも呼ばれています。
また、中国の歴史を知り、それぞれの時代の政治、経済を知らないと
書は理解出来ない、とも述べています。
青山杉雨の書を観ていると、ものごとを字によって表現することの喜びが
伝わってきます。
それは漢字というものが原初の金石文の時から持っている特質なのでしょう。
青山杉雨は、当時評価の低かった明清の書画も数多く収集し、個人では入手が
困難と思われていた、元の楊維楨(よういてい、1296-1370)の書も入手しています。
楊維楨 「張氏通波阡表巻」 元時代・至正25年(1365)

張麒という人の依頼で書いた、張家の先祖の墓地である通波塘に立てる
碑(阡表)の原稿です。
青山杉雨は中国の文房具の収集も行なっています。
「楼閣人物黄楊彫硯屏」 清時代(17-19世紀)

硯屏(けんびょう)とは、チリやホコリが入るのを防ぐために硯の横に置く
小さな衝立です。
書斎も再現されていて、洋式机を使って書いていたことが分かります。
大きな作品は立って書いたようです。
書棚には書籍や置物が並び、いかにも文人の書斎らしい落着いた雰囲気です。
書の持つ品格の伝わる、すがすがしさを感じる展覧会です。
展覧会のHPです。
新橋
「パーラー キムラヤ」は新橋駅前ビル1号館の地下1階にあります。
場所は港区新橋2-10-15です。
新橋駅前ビルです。

地下商店街は昔ながらの雰囲気を残しています。

メニューの見本もしっかり揃っています。

中はシート席が40席ほどで、テレビも点いていたりして、
昭和の喫茶店がそのまま残っています。
水槽では熱帯魚が泳いでいて、船の模型も置いてあり、
店員さんも昔のデパートの食堂のような制服を着ています。

ランチセットのスパゲティナポリタンとコーヒー、900円です。


サラダもきれいに盛り付けられています。
ナポリタンはかなりしっかり茹でられていて柔らかく、
こってりした懐かしい味です。
二代目らしい若いマスターはいろいろ目配りが効いていて、
調理しながらもお客さんの様子を見て、席はこちらの方が
良いだろうとか、店員さんに指示していました。
昭和とか、時間が止まったとかいうより、時代に合わせる気など無い
という気概を感じるお店です。
新橋にはこういうお店もあるのだと、ちょっとした感慨を覚えます。
chariot
「パーラー キムラヤ」は新橋駅前ビル1号館の地下1階にあります。
場所は港区新橋2-10-15です。
新橋駅前ビルです。

地下商店街は昔ながらの雰囲気を残しています。

メニューの見本もしっかり揃っています。

中はシート席が40席ほどで、テレビも点いていたりして、
昭和の喫茶店がそのまま残っています。
水槽では熱帯魚が泳いでいて、船の模型も置いてあり、
店員さんも昔のデパートの食堂のような制服を着ています。

ランチセットのスパゲティナポリタンとコーヒー、900円です。


サラダもきれいに盛り付けられています。
ナポリタンはかなりしっかり茹でられていて柔らかく、
こってりした懐かしい味です。
二代目らしい若いマスターはいろいろ目配りが効いていて、
調理しながらもお客さんの様子を見て、席はこちらの方が
良いだろうとか、店員さんに指示していました。
昭和とか、時間が止まったとかいうより、時代に合わせる気など無い
という気概を感じるお店です。
新橋にはこういうお店もあるのだと、ちょっとした感慨を覚えます。
三越前
日本橋三越本店美術工芸サロンでは7月31日(火)まで、
「JIZAI 満田晴穂 自在置物展」が開かれています。

満田晴穂(みつたはるお)さん(1980~)は米子出身の彫金家で、
東京藝術大学美術研究科修士課程彫金研究室を修了した後、
自在置物を制作しています。
自在置物とは、金属の小さな部品をつなぎ合わせて、実物と同じように形を
変えることの出来る精巧な置物です。
元々は甲冑師の明珍(みょうちん)家の技術により制作されたものということです。
昆虫や蜘蛛、蟹、海老などさまざまな生き物を原寸大で、忠実に再現していますが、
手足や羽根は動かすことが出来ます。
どの虫も蟹もとても良く出来ていて、本物と見分けが付きません。
写真の青大将は銅、青銅、赤銅、真鍮を使い、うろこがびっしりと並んでいて、
長さは60cmあります。
甲冑師の技から始まった自在置物は現在もアートとして生きています。
chariot
日本橋三越本店美術工芸サロンでは7月31日(火)まで、
「JIZAI 満田晴穂 自在置物展」が開かれています。

満田晴穂(みつたはるお)さん(1980~)は米子出身の彫金家で、
東京藝術大学美術研究科修士課程彫金研究室を修了した後、
自在置物を制作しています。
自在置物とは、金属の小さな部品をつなぎ合わせて、実物と同じように形を
変えることの出来る精巧な置物です。
元々は甲冑師の明珍(みょうちん)家の技術により制作されたものということです。
昆虫や蜘蛛、蟹、海老などさまざまな生き物を原寸大で、忠実に再現していますが、
手足や羽根は動かすことが出来ます。
どの虫も蟹もとても良く出来ていて、本物と見分けが付きません。
写真の青大将は銅、青銅、赤銅、真鍮を使い、うろこがびっしりと並んでいて、
長さは60cmあります。
甲冑師の技から始まった自在置物は現在もアートとして生きています。
銀座
銀座の日動画廊で8月2日(木)まで、「第6回 夏の会展」が開かれています。
夏の会は、日動画廊の主催する昭和会展の受賞作家を中心にした企画展です。
出展作家は以下の18名で、約70点が展示されています。
有吉宏朗、今井充俊、岩岡航路、小木曽誠、小野月世、角谷心平、木津文哉、
坂田哲也、陶山充、西房浩二、平澤篤、福田建之、堀晃、百瀬智宏、山本雄三、
吉川龍、米田 和恵、渡邊榮一
西房浩二 「ロンダ 休日の朝」 8P

ロンダは南スペインの岩の崖の上に建っている町です。
家の壁や木々に当たる南スペインの強い日の光を描き出しています。
木津文哉 「陽光」 6F

木津さんは花の絵を出品しています。
質感を重視する画家なので、花もみずみずしく描かれています。
渡邊榮一「少年王國<ほんの子供とはいえ、
先祖たちへの義務を読みとる>」30F

コラージュ風の作品で、アンティークをアリスをシュルレアリスムに
したような世界です。
時間を象徴する時計や砂時計が描き込まれています。
2011年の「夏の会展」の記事です。
chariot
銀座の日動画廊で8月2日(木)まで、「第6回 夏の会展」が開かれています。
夏の会は、日動画廊の主催する昭和会展の受賞作家を中心にした企画展です。
出展作家は以下の18名で、約70点が展示されています。
有吉宏朗、今井充俊、岩岡航路、小木曽誠、小野月世、角谷心平、木津文哉、
坂田哲也、陶山充、西房浩二、平澤篤、福田建之、堀晃、百瀬智宏、山本雄三、
吉川龍、米田 和恵、渡邊榮一
西房浩二 「ロンダ 休日の朝」 8P

ロンダは南スペインの岩の崖の上に建っている町です。
家の壁や木々に当たる南スペインの強い日の光を描き出しています。
木津文哉 「陽光」 6F

木津さんは花の絵を出品しています。
質感を重視する画家なので、花もみずみずしく描かれています。
渡邊榮一「少年王國<ほんの子供とはいえ、
先祖たちへの義務を読みとる>」30F

コラージュ風の作品で、アンティークをアリスをシュルレアリスムに
したような世界です。
時間を象徴する時計や砂時計が描き込まれています。
2011年の「夏の会展」の記事です。
六本木
六本木の森美術館では「アラブ・エクスプレス展」が開かれています。
会期は10月28日(日)までで、会期中は無休です。

多様な文化と複雑な歴史を持つ現代のアラブ世界のアーティスト、
34組の作品の展示です。
日本で初めてのアラブの現代美術についての展覧会で、外務省やアラブ各国の
大使館も後援しています。
出展者のうち15人が女性とのことで、その比率の高さは意外でした。
7月20日に、ブログやツイッターを持っている人を対象にした特別鑑賞会が
ありましたので、私も参加させていただきました。
プロジェクトマネジャーの田篭美保さんによるギャラリーツァーのある夜7時に
合わせて行ってきました。
特別鑑賞会は撮影自由です。
インパクトのある色彩感覚の受付です。

アトファール・アハダース (レバノンで結成、活動中)
「私をここに連れて行って:想い出を作りたいから」 2010-12年

3人組のアーティストの作品で、レバノンの写真スタジオで流行している
プリクラのように特殊加工した写真に想を得ているそうです。
富士山、アークヒルズ、東京タワーとアフリカの動物たちが一緒になっています。
想い出も切り貼り出来るものになっていることを表しているようです。
シャリーフ・ワーキド (ナザレ生まれ、イスラエル/パレスチナ在住)
「次回へ続く」 2009年

約40分間のビデオ作品はイスラムのテロリストが銃を前に犯行声明を読み上げている
ようですが、実は「千夜一夜物語」を朗読しているところです。
アラブと言えば「千夜一夜物語」かイスラムのテロを思い浮かべる西欧の先入観への
皮肉を込めています。
銃もテロリストのよく使うカラシニコフではなく、米軍の小銃のようです。
「次回へ続く」という題名も効いています。
ハリーム・アル・カリーム (イラク生まれ、アラブ首長国連邦/アメリカ在住)
『無題1 「キングズ・ハーレム」シリーズより』 2008年

アラブの民族衣装を着ているように見えますが、これは架空のデザインで
実在はしないそうです。
ハーレムの女性という、西欧のステレオタイプのイメージ、いわゆる
オリエンタリズムに疑問を向けています。
ミーラ・フレイズ (アラブ首長国連邦生まれ、在住)
2010年 左から、「グラディエーター」「マドンナ」「ダンス ウイズ ウルブズ」

1989年生まれの女性の作品で、いろいろな仮面を被った女性の写真です。
人は他者からのイメージに合わせた仮面を被っていることを表しているようです。
イスラムの女性が顔を覆っているヒジャブを抑圧の象徴とみる風潮に対する批判も
込めているとのことです。
ハリーム・アル・カリーム (イラク生まれ、アラブ首長国連邦/アメリカ在住)
『無題1 「都会の目撃者」シリーズより』 2002年

口を塞がれ、顔の輪郭もぼやけた女性の眼はしっかりとこちらを見つめています。
言論の抑圧に対して、それを見据える姿勢を示しています。
彼自身もイラクのフセイン政権の弾圧を逃れて、3年間南部の砂漠の洞穴に
潜んでいた経験があるそうです。
ルラ・ハラワーニ (エルサレム生まれ、在住)
「親密さ」 2004年

パレスチナ人居住区とエルサレムの間に設けられた検問所でイスラエル兵士の
行なう身分証明書や手荷物の検査を隠し撮りしたものです。
パレスチナ人は仕事や用事でエルサレムに行くためにはここを通らねばならず、
「親密さ」という題とは無縁の緊張、不信が漂います。
アマール・ケナーウィ (エジプト生まれ、在住)
「羊たちの沈黙」 2009年

カイロの雑踏を羊飼いになった彼女に連れられた人たちが四つん這いになって
進む様子を写したビデオです。
呆気にとられたような顔をした通行人や、これは何なんだと言って食って掛かる
人もいます。
人びとが羊のように従順に従わされている状況を告発するパフォーマンスとも言え、
後に彼女も逮捕されてしまいます。
この後、アラブの春が始まってエジプト革命が起こり、2011年にムバラク政権は
崩壊しています。
それにしても、パフォーマンスに参加した人たちはいろいろな意味で勇気があったと
思います。
展覧会に出展されている作品の作家の中には2011年にカイロのタハリール広場の
騒乱で亡くなった人もいます。
リーム・アル・ガイス (アラブ首長国連邦生まれ、在住)
「ドバイ:その地には何が残されているのか?」 2008/11年

建設ラッシュに沸くアラブ首長国連邦のドバイを表したインスタレーションです。
周辺から建設労働者により人口の多数は外国人になっている現在のドバイを
作者は鳥の姿になって眺めています。
マハ・ムスタファ(イラク生まれ、カナダ/スウェーデン在住)
「ブラック・ファウンテン」 2008/12年
(夕方撮った写真)

(夜撮った写真)

1991年の湾岸戦争で、クウェートから退却するイラク軍が油田を爆破したため
黒煙が空を覆い、黒い雨となって周辺国に降っています。
作家はこの雨を浴びた経験があります。
作品は、水の乏しい中東で喜ばれる噴水の形をしていますが、黒い水が天井近くまで
吹き上がり、黒い飛沫が周りの床にまで飛び散っています。
飛沫が飛ぶのは予想していなかったとのことで、展覧会が始まって日数が経つにつれ、
濃くなってきたそうです。
文明を支える一方で自然破壊を起こし、争奪戦に巻き込まれる石油を象徴的に
表しています。
窓の外の東京の景色を背景にすると、さらに深い意味合いを感じます。
アハマド・マーテル (サウジアラビア生まれ、在住)
「マグネティズム III」 2012年

磁石とそれに集まる鉄粉を撮った写真です。
アラブについての展覧会場でこれを見ると、メッカのカアバ神殿の周りを
周回する巡礼者に見えます。
まさしく、宗教の持つ、人々を吸引する力は磁石に似ています。
ゼーナ・エル・ハリール (イギリス生まれ、レバノン在住)
「軽めのファンダンゴを踊ったら」 2010年

2006年にイスラエル軍がレバノンに侵攻した時に空から撒いたビラの絵柄を使った、
コラージュです。
ビラにはシリアのアサド大統領、パレスチナのイスラム原理主義ハマースの
マシャアル政治局長、イランのアフマディネジャド大統領が笛を吹いて、
蛇になったレバノンのシーア派政治組織ヒズブッラーの指導者ナスルッラーを
踊らせているマンガが描かれています。
作者はこのマンガを逆手に取って、飛び切り派手でハッピーなポップアートに
仕立てています。
ファンダンゴはスペインの民俗舞曲で、地中海地域にもなじみのある音楽かも
しれません。
観ていて楽しいアートですが、その厳しい政治状況を思うと笑っていられなく
なります。
ハラーイル・サルキシアン (シリア生まれ、シリア/イギリス在住)
「処刑広場」 2008

アラブの都市風景に見えますが、これはシリアのアレッポ、ラタキア、ダマスカスの
3都市で公開処刑の行われた場所を、時間も同じ早朝に撮ったものです。
現在、シリアのアサド政権は反政府勢力の攻撃に晒されていますが、もし政権が
崩壊すれば、逆の立場での悲劇が始まる恐れもあります。
オライブ・トゥーカーン (アメリカ生まれ、在住)
「(より)新しい中東」 2007/12年


中東各国を磁石の付いた白いプレートにして、壁に並べられるようにしています。
英仏の植民地政策の結果として出来上がった国家と国境線を見直してみようと
するものです。
パレスチナだけは固定されていて、そこが基点となっています。
また、プレートにはアメリカの退役将校ラルフ・ピーターズが構想したという、
民族や宗教に基く新しい国境線も書き込まれています。
たしかに、現在の中東の不安定の原因の一つは人為的な国境線ですが、
これを再編成しようとすると大変な混乱を引き起こしそうです。
アラブの現代アートについてまったく知識が無かったので、この展覧会はとても
興味深く観ることが出来ました。
また、アラブの抱える問題の複雑さを改めて思い知ることにもなりました。
会場の最後にはアラブについての書籍や映像を閲覧できる、アラブ・ラウンジも
設けられています。

展覧会のHPです。
アークヒルズに、ドバイの世界一の高層ビル、ブルジュ・ハリーファを
写した広告がありました。

エドワード・W・サイードはオリエンタリズムについての理論家として有名です。
アラブ世界の抱える問題の一つは聖地エルサレムにあります。
chariot
六本木の森美術館では「アラブ・エクスプレス展」が開かれています。
会期は10月28日(日)までで、会期中は無休です。

多様な文化と複雑な歴史を持つ現代のアラブ世界のアーティスト、
34組の作品の展示です。
日本で初めてのアラブの現代美術についての展覧会で、外務省やアラブ各国の
大使館も後援しています。
出展者のうち15人が女性とのことで、その比率の高さは意外でした。
7月20日に、ブログやツイッターを持っている人を対象にした特別鑑賞会が
ありましたので、私も参加させていただきました。
プロジェクトマネジャーの田篭美保さんによるギャラリーツァーのある夜7時に
合わせて行ってきました。
特別鑑賞会は撮影自由です。
インパクトのある色彩感覚の受付です。

アトファール・アハダース (レバノンで結成、活動中)
「私をここに連れて行って:想い出を作りたいから」 2010-12年

3人組のアーティストの作品で、レバノンの写真スタジオで流行している
プリクラのように特殊加工した写真に想を得ているそうです。
富士山、アークヒルズ、東京タワーとアフリカの動物たちが一緒になっています。
想い出も切り貼り出来るものになっていることを表しているようです。
シャリーフ・ワーキド (ナザレ生まれ、イスラエル/パレスチナ在住)
「次回へ続く」 2009年

約40分間のビデオ作品はイスラムのテロリストが銃を前に犯行声明を読み上げている
ようですが、実は「千夜一夜物語」を朗読しているところです。
アラブと言えば「千夜一夜物語」かイスラムのテロを思い浮かべる西欧の先入観への
皮肉を込めています。
銃もテロリストのよく使うカラシニコフではなく、米軍の小銃のようです。
「次回へ続く」という題名も効いています。
ハリーム・アル・カリーム (イラク生まれ、アラブ首長国連邦/アメリカ在住)
『無題1 「キングズ・ハーレム」シリーズより』 2008年

アラブの民族衣装を着ているように見えますが、これは架空のデザインで
実在はしないそうです。
ハーレムの女性という、西欧のステレオタイプのイメージ、いわゆる
オリエンタリズムに疑問を向けています。
ミーラ・フレイズ (アラブ首長国連邦生まれ、在住)
2010年 左から、「グラディエーター」「マドンナ」「ダンス ウイズ ウルブズ」

1989年生まれの女性の作品で、いろいろな仮面を被った女性の写真です。
人は他者からのイメージに合わせた仮面を被っていることを表しているようです。
イスラムの女性が顔を覆っているヒジャブを抑圧の象徴とみる風潮に対する批判も
込めているとのことです。
ハリーム・アル・カリーム (イラク生まれ、アラブ首長国連邦/アメリカ在住)
『無題1 「都会の目撃者」シリーズより』 2002年

口を塞がれ、顔の輪郭もぼやけた女性の眼はしっかりとこちらを見つめています。
言論の抑圧に対して、それを見据える姿勢を示しています。
彼自身もイラクのフセイン政権の弾圧を逃れて、3年間南部の砂漠の洞穴に
潜んでいた経験があるそうです。
ルラ・ハラワーニ (エルサレム生まれ、在住)
「親密さ」 2004年

パレスチナ人居住区とエルサレムの間に設けられた検問所でイスラエル兵士の
行なう身分証明書や手荷物の検査を隠し撮りしたものです。
パレスチナ人は仕事や用事でエルサレムに行くためにはここを通らねばならず、
「親密さ」という題とは無縁の緊張、不信が漂います。
アマール・ケナーウィ (エジプト生まれ、在住)
「羊たちの沈黙」 2009年

カイロの雑踏を羊飼いになった彼女に連れられた人たちが四つん這いになって
進む様子を写したビデオです。
呆気にとられたような顔をした通行人や、これは何なんだと言って食って掛かる
人もいます。
人びとが羊のように従順に従わされている状況を告発するパフォーマンスとも言え、
後に彼女も逮捕されてしまいます。
この後、アラブの春が始まってエジプト革命が起こり、2011年にムバラク政権は
崩壊しています。
それにしても、パフォーマンスに参加した人たちはいろいろな意味で勇気があったと
思います。
展覧会に出展されている作品の作家の中には2011年にカイロのタハリール広場の
騒乱で亡くなった人もいます。
リーム・アル・ガイス (アラブ首長国連邦生まれ、在住)
「ドバイ:その地には何が残されているのか?」 2008/11年

建設ラッシュに沸くアラブ首長国連邦のドバイを表したインスタレーションです。
周辺から建設労働者により人口の多数は外国人になっている現在のドバイを
作者は鳥の姿になって眺めています。
マハ・ムスタファ(イラク生まれ、カナダ/スウェーデン在住)
「ブラック・ファウンテン」 2008/12年
(夕方撮った写真)

(夜撮った写真)

1991年の湾岸戦争で、クウェートから退却するイラク軍が油田を爆破したため
黒煙が空を覆い、黒い雨となって周辺国に降っています。
作家はこの雨を浴びた経験があります。
作品は、水の乏しい中東で喜ばれる噴水の形をしていますが、黒い水が天井近くまで
吹き上がり、黒い飛沫が周りの床にまで飛び散っています。
飛沫が飛ぶのは予想していなかったとのことで、展覧会が始まって日数が経つにつれ、
濃くなってきたそうです。
文明を支える一方で自然破壊を起こし、争奪戦に巻き込まれる石油を象徴的に
表しています。
窓の外の東京の景色を背景にすると、さらに深い意味合いを感じます。
アハマド・マーテル (サウジアラビア生まれ、在住)
「マグネティズム III」 2012年

磁石とそれに集まる鉄粉を撮った写真です。
アラブについての展覧会場でこれを見ると、メッカのカアバ神殿の周りを
周回する巡礼者に見えます。
まさしく、宗教の持つ、人々を吸引する力は磁石に似ています。
ゼーナ・エル・ハリール (イギリス生まれ、レバノン在住)
「軽めのファンダンゴを踊ったら」 2010年

2006年にイスラエル軍がレバノンに侵攻した時に空から撒いたビラの絵柄を使った、
コラージュです。
ビラにはシリアのアサド大統領、パレスチナのイスラム原理主義ハマースの
マシャアル政治局長、イランのアフマディネジャド大統領が笛を吹いて、
蛇になったレバノンのシーア派政治組織ヒズブッラーの指導者ナスルッラーを
踊らせているマンガが描かれています。
作者はこのマンガを逆手に取って、飛び切り派手でハッピーなポップアートに
仕立てています。
ファンダンゴはスペインの民俗舞曲で、地中海地域にもなじみのある音楽かも
しれません。
観ていて楽しいアートですが、その厳しい政治状況を思うと笑っていられなく
なります。
ハラーイル・サルキシアン (シリア生まれ、シリア/イギリス在住)
「処刑広場」 2008

アラブの都市風景に見えますが、これはシリアのアレッポ、ラタキア、ダマスカスの
3都市で公開処刑の行われた場所を、時間も同じ早朝に撮ったものです。
現在、シリアのアサド政権は反政府勢力の攻撃に晒されていますが、もし政権が
崩壊すれば、逆の立場での悲劇が始まる恐れもあります。
オライブ・トゥーカーン (アメリカ生まれ、在住)
「(より)新しい中東」 2007/12年


中東各国を磁石の付いた白いプレートにして、壁に並べられるようにしています。
英仏の植民地政策の結果として出来上がった国家と国境線を見直してみようと
するものです。
パレスチナだけは固定されていて、そこが基点となっています。
また、プレートにはアメリカの退役将校ラルフ・ピーターズが構想したという、
民族や宗教に基く新しい国境線も書き込まれています。
たしかに、現在の中東の不安定の原因の一つは人為的な国境線ですが、
これを再編成しようとすると大変な混乱を引き起こしそうです。
アラブの現代アートについてまったく知識が無かったので、この展覧会はとても
興味深く観ることが出来ました。
また、アラブの抱える問題の複雑さを改めて思い知ることにもなりました。
会場の最後にはアラブについての書籍や映像を閲覧できる、アラブ・ラウンジも
設けられています。

展覧会のHPです。
アークヒルズに、ドバイの世界一の高層ビル、ブルジュ・ハリーファを
写した広告がありました。

エドワード・W・サイードはオリエンタリズムについての理論家として有名です。
アラブ世界の抱える問題の一つは聖地エルサレムにあります。
成田
先日、用事があって成田国際空港に行ってきました。
上野発のスカイライナーからの景色です。
とても天気が良くて暑い日でした。

空港第2ビル駅から第二ターミナルに入りました。
(成田空港ではターミナルビルでお茶を飲んだり、飛行機の写真を撮るだけでも
本人確認の出来るものが必要です。)
見学デッキからは各航空会社の旅客機が見えます。
手前からJetstar、QANTAS、CATHAY PACIFIC

手前からJetstar、QANTAS、SKY MARK AIRLINES

SKY MARK AIRLINES

Shenzhen Airlines(深圳航空)

CHINA AIRLINES

Air Tahiti Nui

American Airlines

ANA

JAL

鶴丸マークが復活したJALです。
「がんばろう日本」と書いてあります。
右側に少し見えるのはMeridiana fly

Meridiana flyのミラノ行きの便に機内食を積んでいるところです。

第2ターミナルの4階はレストラン街になっていて、その中に
「UCCカフェプラザ 成田空港店」はあります。

小さなお店で、通路との間に壁もありませんが、全席禁煙で、
フードメニューもいろいろ揃っています。
ワッフルが美味しいそうです。
カウンターではサイフォンを並べてコーヒーを淹れていました。

日替りのおすすめコーヒー500円もあります。
その日は店長ブレンドでした。

コーヒーはテーブルでフラスコからカップに注いでくれます。
UCCのお店だけあって、すっきりとして美味しいです。
空港では出発や出迎えの待ち時間が長くなることが多いですが、
こちらは軽食もあり、そういう時にも便利なお店です。
chariot
先日、用事があって成田国際空港に行ってきました。
上野発のスカイライナーからの景色です。
とても天気が良くて暑い日でした。

空港第2ビル駅から第二ターミナルに入りました。
(成田空港ではターミナルビルでお茶を飲んだり、飛行機の写真を撮るだけでも
本人確認の出来るものが必要です。)
見学デッキからは各航空会社の旅客機が見えます。
手前からJetstar、QANTAS、CATHAY PACIFIC

手前からJetstar、QANTAS、SKY MARK AIRLINES

SKY MARK AIRLINES

Shenzhen Airlines(深圳航空)

CHINA AIRLINES

Air Tahiti Nui

American Airlines

ANA

JAL

鶴丸マークが復活したJALです。
「がんばろう日本」と書いてあります。
右側に少し見えるのはMeridiana fly

Meridiana flyのミラノ行きの便に機内食を積んでいるところです。

第2ターミナルの4階はレストラン街になっていて、その中に
「UCCカフェプラザ 成田空港店」はあります。

小さなお店で、通路との間に壁もありませんが、全席禁煙で、
フードメニューもいろいろ揃っています。
ワッフルが美味しいそうです。
カウンターではサイフォンを並べてコーヒーを淹れていました。

日替りのおすすめコーヒー500円もあります。
その日は店長ブレンドでした。

コーヒーはテーブルでフラスコからカップに注いでくれます。
UCCのお店だけあって、すっきりとして美味しいです。
空港では出発や出迎えの待ち時間が長くなることが多いですが、
こちらは軽食もあり、そういう時にも便利なお店です。
上野
上野の国立科学博物館では、特別展、「元素のふしぎ」が開かれています。
会期は10月8日(月・祝)までです。

会場マップです。

金、銀、鉄、水素、酸素、カルシウム、ナトリウムなど、118種類の元素
すべてについて、我々の生活とどのように結び付いているかを分かりやすく
解説する展覧会です。
会場は撮影自由です。

放射性元素など展示が難しいもの以外は、それぞれの元素の純粋な単体や、
それで出来ている製品を展示しています。

鉄(Fe)はさまざまな場所で活躍しています。

ストロンチウム(Sr)は花火にも使われています。

毎日の食品に含まれる元素の解説です。

混じる元素によって宝石の種類が変わります。

翡翠の成分はナトリウム(Na)、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)、
酸素(O)です。
ダイヤモンドは炭素(C)だけで出来ています。
洋画、日本画の絵具や陶磁器の釉にもいろいろの元素が使われています。
洋画の絵具の解説です。

日本画の絵具は尾形光琳の「紅白梅図屏風」を使って解説しています。

陶磁器の釉による色の違いです。

紺色にはコバルト(Co)、赤色には鉄(Fe)が含まれています。

ガラスの色も含まれる元素によって色が変わります。

金属箔にもさまざまな色があります。

同じ金箔でも金(Au)の含有率でかなり色合いが違います。
金属の重さ比べのコーナーでは、箱の中に片手を入れて、金(Au)、銀(Ag)、
銅(Cu)、アルミニウム(Al)を持ち上げることが出来ます。

同じ体積でもアルミニウムは簡単に持ち上がりますが、金は重くて
ほとんど持ち上がりません。
金属の棒を叩いて音の違いを確かめたり、体重計に乗って自分の体の
元素の重さを計るコーナーもあります。
1925年、アメリカのハバードの周期表です。
元素の数はまだ96個です。

ミュージアムショップです。

TシャツのデザインはFe(鉄)です。

元素について興味を持って観てもらうためのいろいろな工夫があって、
よく考えられた、面白い企画の展覧会でした。
展覧会のHPです。
ミュージアムショップでもこの図鑑が売られていました。
chariot
上野の国立科学博物館では、特別展、「元素のふしぎ」が開かれています。
会期は10月8日(月・祝)までです。

会場マップです。

金、銀、鉄、水素、酸素、カルシウム、ナトリウムなど、118種類の元素
すべてについて、我々の生活とどのように結び付いているかを分かりやすく
解説する展覧会です。
会場は撮影自由です。

放射性元素など展示が難しいもの以外は、それぞれの元素の純粋な単体や、
それで出来ている製品を展示しています。

鉄(Fe)はさまざまな場所で活躍しています。

ストロンチウム(Sr)は花火にも使われています。

毎日の食品に含まれる元素の解説です。

混じる元素によって宝石の種類が変わります。

翡翠の成分はナトリウム(Na)、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)、
酸素(O)です。
ダイヤモンドは炭素(C)だけで出来ています。
洋画、日本画の絵具や陶磁器の釉にもいろいろの元素が使われています。
洋画の絵具の解説です。

日本画の絵具は尾形光琳の「紅白梅図屏風」を使って解説しています。

陶磁器の釉による色の違いです。

紺色にはコバルト(Co)、赤色には鉄(Fe)が含まれています。

ガラスの色も含まれる元素によって色が変わります。

金属箔にもさまざまな色があります。

同じ金箔でも金(Au)の含有率でかなり色合いが違います。
金属の重さ比べのコーナーでは、箱の中に片手を入れて、金(Au)、銀(Ag)、
銅(Cu)、アルミニウム(Al)を持ち上げることが出来ます。

同じ体積でもアルミニウムは簡単に持ち上がりますが、金は重くて
ほとんど持ち上がりません。
金属の棒を叩いて音の違いを確かめたり、体重計に乗って自分の体の
元素の重さを計るコーナーもあります。
1925年、アメリカのハバードの周期表です。
元素の数はまだ96個です。

ミュージアムショップです。

TシャツのデザインはFe(鉄)です。

元素について興味を持って観てもらうためのいろいろな工夫があって、
よく考えられた、面白い企画の展覧会でした。
展覧会のHPです。
ミュージアムショップでもこの図鑑が売られていました。
東京
「バビーズ ヤエチカ」は東京駅の八重洲地下1番通りに新しく
オープンしたカフェです。



美味しそうなパイが揃っています。

「バビーズ」は1990年にニューヨークでパイのお店として始まり、
アメリカの伝統的な家庭料理を提供しているとのことです。
日本には「バビーズ 横浜」と「バビーズ ニューヨーク アークヒルズ」があり、
「バビーズ ヤエチカ」は今年の6月に開店しました。
店内は約80席あり、全席禁煙です。
カントリー風のインテリアで、壁には子どもが描いたような絵も飾ってあります。
BGMは元気なロックでした。





オープン記念のランチセット、ジョニーパンケーキと手作りブルーベリー
コンポートとドリンクのセット980円です。
横に置いてあるのはメープルシロップのびんです。

たっぷりのブルーベリーは迫力がありますが、酸味と甘味のバランスが良く、
パンケーキもほど良い甘さで美味しいです。
パンケーキはそれほど大きくなく、生地にもブルーベリーが入っています。
ドリンクのコーヒーに付いているミルクピッチャーが巨大で、カフェオレが
作れそうです。
コーヒーもずっしりした味です。

こちらはチェリーパイとドリンクのセット850円で、
ドリンクはアイスティーにしました。
ホイップクリームは「すごい」ボリュームでした。

たっぷり入ったチェリーは鮮やかな酸味があり、美味しいです。

いかにもアメリカらしい雰囲気と味を楽しめるお店でした。
平日は朝7:30から、土日は9:00から開いているので、
いつかモーニングセットを試してみようと思います。
「バビーズ ヤエチカ」の地図が載っている八重洲地下街のHPです。
chariot
「バビーズ ヤエチカ」は東京駅の八重洲地下1番通りに新しく
オープンしたカフェです。



美味しそうなパイが揃っています。

「バビーズ」は1990年にニューヨークでパイのお店として始まり、
アメリカの伝統的な家庭料理を提供しているとのことです。
日本には「バビーズ 横浜」と「バビーズ ニューヨーク アークヒルズ」があり、
「バビーズ ヤエチカ」は今年の6月に開店しました。
店内は約80席あり、全席禁煙です。
カントリー風のインテリアで、壁には子どもが描いたような絵も飾ってあります。
BGMは元気なロックでした。





オープン記念のランチセット、ジョニーパンケーキと手作りブルーベリー
コンポートとドリンクのセット980円です。
横に置いてあるのはメープルシロップのびんです。

たっぷりのブルーベリーは迫力がありますが、酸味と甘味のバランスが良く、
パンケーキもほど良い甘さで美味しいです。
パンケーキはそれほど大きくなく、生地にもブルーベリーが入っています。
ドリンクのコーヒーに付いているミルクピッチャーが巨大で、カフェオレが
作れそうです。
コーヒーもずっしりした味です。

こちらはチェリーパイとドリンクのセット850円で、
ドリンクはアイスティーにしました。
ホイップクリームは「すごい」ボリュームでした。

たっぷり入ったチェリーは鮮やかな酸味があり、美味しいです。

いかにもアメリカらしい雰囲気と味を楽しめるお店でした。
平日は朝7:30から、土日は9:00から開いているので、
いつかモーニングセットを試してみようと思います。
「バビーズ ヤエチカ」の地図が載っている八重洲地下街のHPです。
京橋・東京
京橋のブリヂストン美術館では、「ドビュッシー、音楽と美術
印象派と象徴派のあいだで」展が開かれています。
会期は10月14日(日)までです。

クロード・アシル・ドビュッシー(1862-1918)の活躍した時代は、印象主義と
象徴主義の時代で、音楽や美術、文学、舞台芸術の各芸術がジャンルを超えて、
互いに影響を与え、時には共同で創作することもあったということです。
ドビュッシーはその代表的な存在で、印象派、ポスト印象派、象徴派の作家の
作品に触れて大きな影響を受け、自分の作品に反映させています。
この展覧会ではそのドビュッシーを中心にした、19世紀末の印象派、ポスト印象派、
象徴派の絵画、彫刻など、約150点が展示されています。
パリのオルセー美術館、オランジュリー美術館との共同企画による展覧会で、
特にオルセー美術館からは多くの作品が出展されています。
会場の壁はドビュッシーの代表作、「海-3つの交響的スケッチ」を象徴して、
鮮やかな青色にまとめられています。
マルセル・バシェ 「クロード・ドビュッシーの肖像」
1885年 オルセー美術館

2号ほどの小品です。
ドビュッシーの初期の歌曲、「選ばれし乙女」は、画家で詩人のダンテ・
ゲイブリエル・ロセッティ(1828-82)の詩、「選ばれし乙女」に
触発された作品とのことです。
エドワード・バーン=ジョーンズ 「王女サブラ」 1865年 オルセー美術館

王女サブラは悪龍の犠牲になるところを聖ゲオルギウスによって救われる、
伝説の王女です。
バーン=ジョーンズは英雄伝説をよく描いていて、三菱一号館美術館で
8月19日(日)まで開かれている、「バーン=ジョーンズ展」でも
「龍退治と王女サブラ救出」が展示されています。
初期の作品で、師事していたロセッティの作品に似ています。
モーリス・ドニ 「ミューズたち」 1893年 オルセー美術館
木立の中を6人のミューズ(ギリシャ神話の女神)が散策し、手前には
3人のミューズが座っています。
高さ約170cmの大作で、秋を思わせる茶系の色にまとめられ、平面的で
装飾的な作品です。
ドニは絵画について、「ある一定の秩序で集められた色彩によっておおわれた
平坦な面」という、有名な言葉を遺しています。
この作品は2010年に国立新美術館で開かれた、『オルセー美術館展2010
「ポスト印象派」』にも展示されていました。
モーリス・ドニ 「木々の下の人の行列(緑の木立)」 1893年 オルセー美術館

この作品も『オルセー美術館展2010「ポスト印象派」』に展示されていました。
木立の中を行く人たちは幻想的な雰囲気です。
木々の描き方も平面的で、幹の色も自然色ではありません。
モーリス・ドニ 「木の葉に埋もれたはしご(天上装飾のための詩情に満ちた
アラベスク文様)」 1892年 モーリス・ドニ美術館
大きな作品で、樹木に立てかけられたはしごに4人の女性が乗っています。
天上装飾ということもあって、女性の姿は重力を感じさせず、服も木の葉も
渦を巻くように描かれ、とても華やかで装飾的です。
この展覧会はモーリス・ドニの作品が何点も展示されているのも魅力です。
ドビュッシーの援助者の中に画家のアンリ・ルロールがいました。
ドビュッシーは敬愛するドガとルドンの作品をルロール家で観て、
彼らとも会っています。
ピエール=オーギュスト・ルノワール 「ピアノに向かうイヴォンヌと
クリスティーヌ・ルロール」 1897年 オランジュリー美術館

チラシなどに使われている作品で、アンリ・ルロールの娘たちを描いていて、
白い服がイヴォンヌです。
服の色に合わせて、2人の肌の色も少し違えてあります。
壁にはドガの、競馬と踊り子を描いた絵が飾ってあります。
ピアノは当時の裕福な家庭の象徴だったそうで、ルロール家の雰囲気を
伝えています。
アンリ・ルロールのサロンにはドガ、ルノワール、ウジェーヌ・カリエール、
ドニ、マラルメ、ジッド、ヴァレリーなどが集い、イヴォンヌは彼らの
ミューズのような存在だったそうです。
アンリ・ルロール自身の作品も何点か展示されていて、どれもおだやかで
センスの良い描きぶりです。
モーリス・ドニ 「イヴォンヌ・ルロールの3つの肖像」
1897年 オルセー美術館

大きな作品で、イヴォンヌを3つの姿で描いています。
青系統でまとめられ、遠くには踊っている女性も見えて、象徴的な雰囲気です。
イヴォンヌはとても細身で背が高く描かれ、ルノアールの描いたふっくらとした
姿とはかなり違います。
画家によって、ミューズの姿も違うのでしょう。
ドニの多くの作品は妻のマルトをモデルにしていますが、マルトはふくよかに
描かれています。
エドゥアール・マネ 「ステファヌ・マラルメの肖像」
1876年 オルセー美術館

象徴派の詩人、マラルメが葉巻を手に思索に耽っている姿です。
ドビュッシーはマラルメの詩に触発されて、「牧神の午後への前奏曲」を
作曲しています。
ギュスターヴ・カイユボット 「ピアノを弾く若い男」
1876年 石橋財団ブリヂストン美術館
この画像は6月までブリヂストン美術館で開かれていた、「あなたに見せたい絵が
あります。-ブリヂストン美術館開館60周年記念」展の内覧会の時のものです。

ブリヂストン美術館が最近購入した作品です。
ピアノを弾いている弟を描いた絵で、パリの裕福な家庭の一こまをみせています。
グランドピアノの奥行き、窓の位置など、いろいろ考えてあります。
ギュスターヴ・カイユボットは印象派の画家で、他の印象派の画家たちの作品を
購入したりして、経済的援助もしています。
オルセー美術館のコレクションも寄贈されたカイユボットのコレクションを
基にしているとのことです。
「海-3つの交響的スケッチ」に関連した展示もあります。
クロード・ドビュッシー 「海-3つの交響的スケッチ(楽譜)」
1905年 個人蔵

葛飾北斎の「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」から借用したデザインです。
ドビュッシーは日本や中国の美術の持つ省略的な表現方法、繊細な色調などに
関心を持っていたとのことです。
クロード・モネ 「雨のベリール」 1886年 石橋財団ブリヂストン美術館

ベリールはブルターニュ半島にある、「美しい島」という意味の島で、
モネは1886年に訪れて写生しています。
クロード・モネ 「嵐、ベリール」 1886年 オルセー美術館

嵐の海は銀灰色に変わり、白波が逆立っています。
ウインスロー・ホーマー 「夏の夜」 1890年 オルセー美術館
月の光に照らされた海岸では女性が踊り、輝く海を眺めて佇む人たちも見えます。
ウインスロー・ホーマーは力強い写実が特徴のアメリカの画家ですが、
その作品は物語的で、詩情があります。
ドビュッシーの曲にふさわしい雰囲気を持つ作品です。
この作品も『オルセー美術館展2010「ポスト印象派」』に展示されていました。
アンリ=エドモン・クロス 「黄金の島」 1891-92年 オルセー美術館

「黄金の島」はリヴィエラの沖にある島の名とのことです。
アンリ=エドモン・クロスは点描派の画家で、この作品からは点描特有の
リズムを感じます。
ドビュッシーは印象派の作曲家とも呼ばれていますが、現在は象徴派とされています。
印象派という名前自体がモネたちの作品を非難しての呼び方であり、初期の
ドビュッシーの作品に対しても否定的な意味で使われたとのことです。
そしてドビュッシーの作品自体がとても絵画的なので、印象主義や象徴主義と
いった呼び方になじんでいるといえます。
私も初めてドビュッシーの曲を聴いたとき、何と繊細で絵のような曲なのだろうと
感心したことを覚えています。
そのときの曲は「牧神の午後への前奏曲」だったと思います。
展覧会には他にもドビュッシーの好んだジャポニズムやアール・ヌーヴォーの
作品も数多く展示されている、とても濃密な展覧会です。
chariot
京橋のブリヂストン美術館では、「ドビュッシー、音楽と美術
印象派と象徴派のあいだで」展が開かれています。
会期は10月14日(日)までです。

クロード・アシル・ドビュッシー(1862-1918)の活躍した時代は、印象主義と
象徴主義の時代で、音楽や美術、文学、舞台芸術の各芸術がジャンルを超えて、
互いに影響を与え、時には共同で創作することもあったということです。
ドビュッシーはその代表的な存在で、印象派、ポスト印象派、象徴派の作家の
作品に触れて大きな影響を受け、自分の作品に反映させています。
この展覧会ではそのドビュッシーを中心にした、19世紀末の印象派、ポスト印象派、
象徴派の絵画、彫刻など、約150点が展示されています。
パリのオルセー美術館、オランジュリー美術館との共同企画による展覧会で、
特にオルセー美術館からは多くの作品が出展されています。
会場の壁はドビュッシーの代表作、「海-3つの交響的スケッチ」を象徴して、
鮮やかな青色にまとめられています。
マルセル・バシェ 「クロード・ドビュッシーの肖像」
1885年 オルセー美術館

2号ほどの小品です。
ドビュッシーの初期の歌曲、「選ばれし乙女」は、画家で詩人のダンテ・
ゲイブリエル・ロセッティ(1828-82)の詩、「選ばれし乙女」に
触発された作品とのことです。
エドワード・バーン=ジョーンズ 「王女サブラ」 1865年 オルセー美術館

王女サブラは悪龍の犠牲になるところを聖ゲオルギウスによって救われる、
伝説の王女です。
バーン=ジョーンズは英雄伝説をよく描いていて、三菱一号館美術館で
8月19日(日)まで開かれている、「バーン=ジョーンズ展」でも
「龍退治と王女サブラ救出」が展示されています。
初期の作品で、師事していたロセッティの作品に似ています。
モーリス・ドニ 「ミューズたち」 1893年 オルセー美術館
木立の中を6人のミューズ(ギリシャ神話の女神)が散策し、手前には
3人のミューズが座っています。
高さ約170cmの大作で、秋を思わせる茶系の色にまとめられ、平面的で
装飾的な作品です。
ドニは絵画について、「ある一定の秩序で集められた色彩によっておおわれた
平坦な面」という、有名な言葉を遺しています。
この作品は2010年に国立新美術館で開かれた、『オルセー美術館展2010
「ポスト印象派」』にも展示されていました。
モーリス・ドニ 「木々の下の人の行列(緑の木立)」 1893年 オルセー美術館

この作品も『オルセー美術館展2010「ポスト印象派」』に展示されていました。
木立の中を行く人たちは幻想的な雰囲気です。
木々の描き方も平面的で、幹の色も自然色ではありません。
モーリス・ドニ 「木の葉に埋もれたはしご(天上装飾のための詩情に満ちた
アラベスク文様)」 1892年 モーリス・ドニ美術館
大きな作品で、樹木に立てかけられたはしごに4人の女性が乗っています。
天上装飾ということもあって、女性の姿は重力を感じさせず、服も木の葉も
渦を巻くように描かれ、とても華やかで装飾的です。
この展覧会はモーリス・ドニの作品が何点も展示されているのも魅力です。
ドビュッシーの援助者の中に画家のアンリ・ルロールがいました。
ドビュッシーは敬愛するドガとルドンの作品をルロール家で観て、
彼らとも会っています。
ピエール=オーギュスト・ルノワール 「ピアノに向かうイヴォンヌと
クリスティーヌ・ルロール」 1897年 オランジュリー美術館

チラシなどに使われている作品で、アンリ・ルロールの娘たちを描いていて、
白い服がイヴォンヌです。
服の色に合わせて、2人の肌の色も少し違えてあります。
壁にはドガの、競馬と踊り子を描いた絵が飾ってあります。
ピアノは当時の裕福な家庭の象徴だったそうで、ルロール家の雰囲気を
伝えています。
アンリ・ルロールのサロンにはドガ、ルノワール、ウジェーヌ・カリエール、
ドニ、マラルメ、ジッド、ヴァレリーなどが集い、イヴォンヌは彼らの
ミューズのような存在だったそうです。
アンリ・ルロール自身の作品も何点か展示されていて、どれもおだやかで
センスの良い描きぶりです。
モーリス・ドニ 「イヴォンヌ・ルロールの3つの肖像」
1897年 オルセー美術館

大きな作品で、イヴォンヌを3つの姿で描いています。
青系統でまとめられ、遠くには踊っている女性も見えて、象徴的な雰囲気です。
イヴォンヌはとても細身で背が高く描かれ、ルノアールの描いたふっくらとした
姿とはかなり違います。
画家によって、ミューズの姿も違うのでしょう。
ドニの多くの作品は妻のマルトをモデルにしていますが、マルトはふくよかに
描かれています。
エドゥアール・マネ 「ステファヌ・マラルメの肖像」
1876年 オルセー美術館

象徴派の詩人、マラルメが葉巻を手に思索に耽っている姿です。
ドビュッシーはマラルメの詩に触発されて、「牧神の午後への前奏曲」を
作曲しています。
ギュスターヴ・カイユボット 「ピアノを弾く若い男」
1876年 石橋財団ブリヂストン美術館
この画像は6月までブリヂストン美術館で開かれていた、「あなたに見せたい絵が
あります。-ブリヂストン美術館開館60周年記念」展の内覧会の時のものです。

ブリヂストン美術館が最近購入した作品です。
ピアノを弾いている弟を描いた絵で、パリの裕福な家庭の一こまをみせています。
グランドピアノの奥行き、窓の位置など、いろいろ考えてあります。
ギュスターヴ・カイユボットは印象派の画家で、他の印象派の画家たちの作品を
購入したりして、経済的援助もしています。
オルセー美術館のコレクションも寄贈されたカイユボットのコレクションを
基にしているとのことです。
「海-3つの交響的スケッチ」に関連した展示もあります。
クロード・ドビュッシー 「海-3つの交響的スケッチ(楽譜)」
1905年 個人蔵

葛飾北斎の「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」から借用したデザインです。
ドビュッシーは日本や中国の美術の持つ省略的な表現方法、繊細な色調などに
関心を持っていたとのことです。
クロード・モネ 「雨のベリール」 1886年 石橋財団ブリヂストン美術館

ベリールはブルターニュ半島にある、「美しい島」という意味の島で、
モネは1886年に訪れて写生しています。
クロード・モネ 「嵐、ベリール」 1886年 オルセー美術館

嵐の海は銀灰色に変わり、白波が逆立っています。
ウインスロー・ホーマー 「夏の夜」 1890年 オルセー美術館
月の光に照らされた海岸では女性が踊り、輝く海を眺めて佇む人たちも見えます。
ウインスロー・ホーマーは力強い写実が特徴のアメリカの画家ですが、
その作品は物語的で、詩情があります。
ドビュッシーの曲にふさわしい雰囲気を持つ作品です。
この作品も『オルセー美術館展2010「ポスト印象派」』に展示されていました。
アンリ=エドモン・クロス 「黄金の島」 1891-92年 オルセー美術館

「黄金の島」はリヴィエラの沖にある島の名とのことです。
アンリ=エドモン・クロスは点描派の画家で、この作品からは点描特有の
リズムを感じます。
ドビュッシーは印象派の作曲家とも呼ばれていますが、現在は象徴派とされています。
印象派という名前自体がモネたちの作品を非難しての呼び方であり、初期の
ドビュッシーの作品に対しても否定的な意味で使われたとのことです。
そしてドビュッシーの作品自体がとても絵画的なので、印象主義や象徴主義と
いった呼び方になじんでいるといえます。
私も初めてドビュッシーの曲を聴いたとき、何と繊細で絵のような曲なのだろうと
感心したことを覚えています。
そのときの曲は「牧神の午後への前奏曲」だったと思います。
展覧会には他にもドビュッシーの好んだジャポニズムやアール・ヌーヴォーの
作品も数多く展示されている、とても濃密な展覧会です。