東京
丸の内仲通りでは、「丸の内仲通りガーデニングショー2014」が
開かれています。
今年で11回目で、仲通り沿いにディズニーの世界をテーマにした
ガーデニング作品が展示されています。
5月6日まで開かれていて、今年から秋から春に開催時期が変わりました。










「丸の内仲通りガーデニングショー」のHPです。
丸の内仲通りには色々なハンギングバスケットも飾られています。





三菱一号館美術館で開かれている、「ザ・ビューティフル―英国の唯美主義
1860-1900」展の会期は5月6日までです。
「英国の唯美主義1860-1900」展の記事です。
ブリックスクエアのトチノキには花が咲いています。


chariot
丸の内仲通りでは、「丸の内仲通りガーデニングショー2014」が
開かれています。
今年で11回目で、仲通り沿いにディズニーの世界をテーマにした
ガーデニング作品が展示されています。
5月6日まで開かれていて、今年から秋から春に開催時期が変わりました。










「丸の内仲通りガーデニングショー」のHPです。
丸の内仲通りには色々なハンギングバスケットも飾られています。





三菱一号館美術館で開かれている、「ザ・ビューティフル―英国の唯美主義
1860-1900」展の会期は5月6日までです。
「英国の唯美主義1860-1900」展の記事です。
ブリックスクエアのトチノキには花が咲いています。


三越前
日本橋の三井記念美術館では特別展、「超絶技巧! 明治工芸の粋」が
開かれています。
会期は4月6日(日)までです。

京都の清水三年坂美術館の所蔵する、七宝、金工、漆工、牙彫、陶芸など
精緻を極めた明治の工芸品約160点の展示です。
4月26日の夜にweb特別鑑賞会があったので、行ってきました。
浅野研究所の広瀬麻美さんの司会で、山下裕二明治学院大学教授の解説を
伺いました。
清水三年坂美術館の館長でこのコレクションを収集された村田理如(まさゆき)
さんも来られていて、お話を伺うことが出来ました。
江戸時代、将軍や諸大名の需要をまかなっていた工芸の職人たちは
明治維新によって顧客を失ったため、明治政府は彼らの保護と外貨獲得のため、
輸出用の工芸品を彼らに作らせています。
そのため、工芸技術は明治時代に頂点を極め、優良品は海外に流出していく
状況が現在まで続いています。
やがて日本では西洋芸術の流入によって、在来の工芸は衰えていくのに対し、
現在も海外で最も人気のある日本の芸術は浮世絵と明治の工芸品だそうです。
七宝 「花文飾り壺」 並河靖之

展示室1の最初に展示されています。
小さな壺で、この展覧会から使用されたというLED照明の下で煌めいています。
色の境目に金属線を置く、有線七宝という技法を用いていて、七宝らしい
くっきりした模様が漆黒の背景に浮かび上がっています。
七宝 「桜蝶図平皿」 並河靖之

桜花で囲まれた鮮やかな緑色の地にさまざまな蝶が舞っています。
モンキチョウが他のチョウに重なっていて、空間性もあります。
七宝 「藤図花瓶」 濤川惣助


色を置いた後、焼成する前に金属線を抜く、無線七宝という技術を
使っています。
境界線がぼやけるので、白い藤は筆で描いたような味わいがあります。
刺繍絵画 「瀑布図」 無銘

6月1日までの展示です。
絹糸の刺繍によって絵を仕上げていくもので、遠くから見ると
絵か写真のようです。
近くで見ると絹糸の光沢のある風合いを感じます。
保存の都合上、刺繍絵画の展示期間は短くなっています。
金工 「古瓦鳩香炉」 正阿弥勝義


古瓦に止まった鳩に見付かった蜘蛛が逃げようとして、下の方にわずかに
身を寄せた瞬間を捉えています。
古瓦は奈良県にある楽田寺の瓦のようで、鉄が古錆びた色を出しており、
鳩は銀製です。
牙彫(げちょう)・木彫 「竹の子、梅」 安藤緑山

牙彫は象牙などを使った彫刻です。
大きな一本の象牙から掘出した筍で、皮の破れまで再現した、本物と
見分けが付かない精巧な細工です。
緑山の作品はどれも支えが無くても自立できるように、上手く作られて
いるそうです。
安藤緑山は牙彫師で、野菜や果物を得意とし、素材に着色するという、
当時は異端だった技法を使っています。
作品は数十点残っていますが、弟子も取らなかったため、彫りや彩色の
技法も伝わらず、緑山自身の経歴もほとんど判っていないそうです。
以下も安藤緑山の牙彫です。
左から仏手柑、柿、バナナ、パイナップル

柘榴、蜜柑

茄子

竹の子、豌豆、独活、玉蜀黍、パセリ、蕪

蜂の巣、焼き栗、霊芝、蝸牛

牙彫・木彫 「葛に蜘蛛の巣図文庫」 旭玉山

桐の箱に象牙などの別の素材を嵌め込む彫嵌の技法によっています。
旭玉山(1843-1923)は牙彫作家で、高村光雲とともに東京美術学校の
教授も勤めています。
明治には輸出用に牙彫が盛んに作られ、高村光雲の言葉によれば、
「彫刻の世界は象牙で真ッ白になってしまいました」というほど
だったそうです。
木彫が近代彫刻として発展してきたのに対し、現在では牙彫はあまり
知られなくなってしまいました。
牙彫・木彫 「法師狸」 高村光雲

近代彫刻の祖とされる高村光雲の作品です。
昔話の「狸和尚」から想を得た木彫で、袈裟を掛け、衣を担いだ
狸を彫っています。
茶室には三井記念美術館の所蔵する、安藤緑山の「仏手柑」が
展示されていました。


自在 「鯉」 高橋好山

自在とは、金属の小さな部品をつなぎ合わせて、実物と同じように
形を変えることの出来る置物です。
鱗がびっしりと並んだ胴体や鰭を動かすことが出来ます。
甲冑師の技術により制作されたもので、甲冑の需要の激減し
た江戸時代の末期に特に盛んになり、輸出もされるようになります。
刀装具 「鳳凰花桐文銀装兵庫鎖太刀拵」 海野勝珉


明治天皇への献上のため、三井家から注文を受けたものの、
制作に15年掛かったため、天皇の崩御により献上は
叶わなかったそうです。
海野勝珉や正阿弥勝義は江戸期には刀装具を作っていたのが、
明治になりさまざまな金工品を手掛けるようになっています。
漆工 「四季草花蒔絵堤箪笥」 赤塚自得

蒔絵や螺鈿で牡丹、藤、山吹、鉄線などを描いた、とても豪華な
作品です。
扉を開けると蛍の飛び交う夏の景色になっているそうです。
漆工 「渦文蒔絵香合」 白山松哉


小さな香合の全面に隙間なく同じ太さの細い線が渦巻き状に入っています。
この線は器物の方を動かして描いてあるそうです。
漆工 「宝舟蒔絵茶箱」 柴田是真

漆絵で有名な柴田是真の作で、宝舟には笠、七宝文、珊瑚、巻物などが
載っています。
近代的なすっきりしたデザインの作品です。
漆工 「鍔に煙管図堤箪笥」 無銘(柴山細工)

芝山細工は漆などの面の上に貝や珊瑚、象牙、べっ甲などを貼って図柄を
描きます。
江戸時代に上総国芝山(現在の千葉県芝山町)の大野木専蔵が考案し、
将軍家の御用にも使われています。
薩摩 「花見図花瓶」 錦光山

薩摩焼は幕末に金彩色絵の豪華な製品が作られ、パリやウィーンでの
万国博覧会で好評を得たことから、輸出工芸品として盛んになります。
花見の様子を描いた花瓶の上部にアール・ヌーボー風の植物を
巻き付かせています。
アール・ヌーボーは日本からの湧出された工芸品に影響を受けていますが、
逆の流れもあるという面白い例です。
薩摩 「雀蝶尽し茶碗」 精巧山

器の外側を雀、内側を小さな蝶で埋め尽くしています。
作者の精巧山については経歴が分からないそうです。
文字通り、どの作品も超絶技巧の連続で、観終わるとご馳走を存分に味わった
ような満足感があります。
細部にも徹底的にこだわる日本人の特質がよく表れています。
これらの作品の中には作者の名や経歴の分からない物もあるというのは
惜しいことで、今後の研究が進むことを期待します。
日本の工芸技術を見直す良い機会になる、とても興味深く、面白い展覧会です。
展覧会のHPです。
三井記念美術館の次回の展覧会は、「能面と能装束展」です。
会期は7月24日(木)から9月21日(日)までです。

chariot
日本橋の三井記念美術館では特別展、「超絶技巧! 明治工芸の粋」が
開かれています。
会期は4月6日(日)までです。

京都の清水三年坂美術館の所蔵する、七宝、金工、漆工、牙彫、陶芸など
精緻を極めた明治の工芸品約160点の展示です。
4月26日の夜にweb特別鑑賞会があったので、行ってきました。
浅野研究所の広瀬麻美さんの司会で、山下裕二明治学院大学教授の解説を
伺いました。
清水三年坂美術館の館長でこのコレクションを収集された村田理如(まさゆき)
さんも来られていて、お話を伺うことが出来ました。
江戸時代、将軍や諸大名の需要をまかなっていた工芸の職人たちは
明治維新によって顧客を失ったため、明治政府は彼らの保護と外貨獲得のため、
輸出用の工芸品を彼らに作らせています。
そのため、工芸技術は明治時代に頂点を極め、優良品は海外に流出していく
状況が現在まで続いています。
やがて日本では西洋芸術の流入によって、在来の工芸は衰えていくのに対し、
現在も海外で最も人気のある日本の芸術は浮世絵と明治の工芸品だそうです。
七宝 「花文飾り壺」 並河靖之

展示室1の最初に展示されています。
小さな壺で、この展覧会から使用されたというLED照明の下で煌めいています。
色の境目に金属線を置く、有線七宝という技法を用いていて、七宝らしい
くっきりした模様が漆黒の背景に浮かび上がっています。
七宝 「桜蝶図平皿」 並河靖之

桜花で囲まれた鮮やかな緑色の地にさまざまな蝶が舞っています。
モンキチョウが他のチョウに重なっていて、空間性もあります。
七宝 「藤図花瓶」 濤川惣助


色を置いた後、焼成する前に金属線を抜く、無線七宝という技術を
使っています。
境界線がぼやけるので、白い藤は筆で描いたような味わいがあります。
刺繍絵画 「瀑布図」 無銘

6月1日までの展示です。
絹糸の刺繍によって絵を仕上げていくもので、遠くから見ると
絵か写真のようです。
近くで見ると絹糸の光沢のある風合いを感じます。
保存の都合上、刺繍絵画の展示期間は短くなっています。
金工 「古瓦鳩香炉」 正阿弥勝義


古瓦に止まった鳩に見付かった蜘蛛が逃げようとして、下の方にわずかに
身を寄せた瞬間を捉えています。
古瓦は奈良県にある楽田寺の瓦のようで、鉄が古錆びた色を出しており、
鳩は銀製です。
牙彫(げちょう)・木彫 「竹の子、梅」 安藤緑山

牙彫は象牙などを使った彫刻です。
大きな一本の象牙から掘出した筍で、皮の破れまで再現した、本物と
見分けが付かない精巧な細工です。
緑山の作品はどれも支えが無くても自立できるように、上手く作られて
いるそうです。
安藤緑山は牙彫師で、野菜や果物を得意とし、素材に着色するという、
当時は異端だった技法を使っています。
作品は数十点残っていますが、弟子も取らなかったため、彫りや彩色の
技法も伝わらず、緑山自身の経歴もほとんど判っていないそうです。
以下も安藤緑山の牙彫です。
左から仏手柑、柿、バナナ、パイナップル

柘榴、蜜柑

茄子

竹の子、豌豆、独活、玉蜀黍、パセリ、蕪

蜂の巣、焼き栗、霊芝、蝸牛

牙彫・木彫 「葛に蜘蛛の巣図文庫」 旭玉山

桐の箱に象牙などの別の素材を嵌め込む彫嵌の技法によっています。
旭玉山(1843-1923)は牙彫作家で、高村光雲とともに東京美術学校の
教授も勤めています。
明治には輸出用に牙彫が盛んに作られ、高村光雲の言葉によれば、
「彫刻の世界は象牙で真ッ白になってしまいました」というほど
だったそうです。
木彫が近代彫刻として発展してきたのに対し、現在では牙彫はあまり
知られなくなってしまいました。
牙彫・木彫 「法師狸」 高村光雲

近代彫刻の祖とされる高村光雲の作品です。
昔話の「狸和尚」から想を得た木彫で、袈裟を掛け、衣を担いだ
狸を彫っています。
茶室には三井記念美術館の所蔵する、安藤緑山の「仏手柑」が
展示されていました。


自在 「鯉」 高橋好山

自在とは、金属の小さな部品をつなぎ合わせて、実物と同じように
形を変えることの出来る置物です。
鱗がびっしりと並んだ胴体や鰭を動かすことが出来ます。
甲冑師の技術により制作されたもので、甲冑の需要の激減し
た江戸時代の末期に特に盛んになり、輸出もされるようになります。
刀装具 「鳳凰花桐文銀装兵庫鎖太刀拵」 海野勝珉


明治天皇への献上のため、三井家から注文を受けたものの、
制作に15年掛かったため、天皇の崩御により献上は
叶わなかったそうです。
海野勝珉や正阿弥勝義は江戸期には刀装具を作っていたのが、
明治になりさまざまな金工品を手掛けるようになっています。
漆工 「四季草花蒔絵堤箪笥」 赤塚自得

蒔絵や螺鈿で牡丹、藤、山吹、鉄線などを描いた、とても豪華な
作品です。
扉を開けると蛍の飛び交う夏の景色になっているそうです。
漆工 「渦文蒔絵香合」 白山松哉


小さな香合の全面に隙間なく同じ太さの細い線が渦巻き状に入っています。
この線は器物の方を動かして描いてあるそうです。
漆工 「宝舟蒔絵茶箱」 柴田是真

漆絵で有名な柴田是真の作で、宝舟には笠、七宝文、珊瑚、巻物などが
載っています。
近代的なすっきりしたデザインの作品です。
漆工 「鍔に煙管図堤箪笥」 無銘(柴山細工)

芝山細工は漆などの面の上に貝や珊瑚、象牙、べっ甲などを貼って図柄を
描きます。
江戸時代に上総国芝山(現在の千葉県芝山町)の大野木専蔵が考案し、
将軍家の御用にも使われています。
薩摩 「花見図花瓶」 錦光山

薩摩焼は幕末に金彩色絵の豪華な製品が作られ、パリやウィーンでの
万国博覧会で好評を得たことから、輸出工芸品として盛んになります。
花見の様子を描いた花瓶の上部にアール・ヌーボー風の植物を
巻き付かせています。
アール・ヌーボーは日本からの湧出された工芸品に影響を受けていますが、
逆の流れもあるという面白い例です。
薩摩 「雀蝶尽し茶碗」 精巧山

器の外側を雀、内側を小さな蝶で埋め尽くしています。
作者の精巧山については経歴が分からないそうです。
文字通り、どの作品も超絶技巧の連続で、観終わるとご馳走を存分に味わった
ような満足感があります。
細部にも徹底的にこだわる日本人の特質がよく表れています。
これらの作品の中には作者の名や経歴の分からない物もあるというのは
惜しいことで、今後の研究が進むことを期待します。
日本の工芸技術を見直す良い機会になる、とても興味深く、面白い展覧会です。
展覧会のHPです。
三井記念美術館の次回の展覧会は、「能面と能装束展」です。
会期は7月24日(木)から9月21日(日)までです。

元町中華街
「カフェ88」は元町中華街駅近くの谷戸橋交差点にあります。
場所は横浜市中区山下町88で、番地がお店の名前になっています。
2013年の11月にオープンしたお店で、店内は禁煙で約40席、
テラス席もあり、ソファー席はゆったりしています。

谷戸橋交差点と高速道路が見えます。


カプチーノ450円です。

カップはd'ANCAPです。
こちらはバニラアイスホワイトバルサミコ風味450円と紅茶450円です。

アイスクリームは甘さ控えめで、すっきりした味です。
山下公園などの観光スポットからは少し離れていますが、
周りにはホテルや結婚式場があるので、披露宴帰りの
グループなどで賑わっていました。
夏になるとカモメたちも渡って行くので、静かになってしまいますが、
このときはまだにぎやかでした。

chariot
「カフェ88」は元町中華街駅近くの谷戸橋交差点にあります。
場所は横浜市中区山下町88で、番地がお店の名前になっています。
2013年の11月にオープンしたお店で、店内は禁煙で約40席、
テラス席もあり、ソファー席はゆったりしています。

谷戸橋交差点と高速道路が見えます。


カプチーノ450円です。

カップはd'ANCAPです。
こちらはバニラアイスホワイトバルサミコ風味450円と紅茶450円です。

アイスクリームは甘さ控えめで、すっきりした味です。
山下公園などの観光スポットからは少し離れていますが、
周りにはホテルや結婚式場があるので、披露宴帰りの
グループなどで賑わっていました。
夏になるとカモメたちも渡って行くので、静かになってしまいますが、
このときはまだにぎやかでした。

上野
上野の東京都美術館では、「バルテュス展」が開かれています。
会期は6月22日(日)までです。

フランスの画家、バルテュス(1908-2001)の回顧展で、油彩画40点以上や
素描などが展示され、会場には晩年を過ごしたスイスの自宅のアトリエが
再現されています。
バルテュス(本名、バルタザール・ミシェル・クロソウスキー・ド・ローラ)
はパリでポーランド貴族の家系に生まれています。
幼い頃から絵が上手く、11歳のときに描いた、猫のミツとの出会いと
別れを描いた絵は、詩人のリルケに絶賛されています。
「ミツ」 本 1921年
節子・クロソフスカ・ド・ローラ・コレクション
40枚のモノクロの絵によるお話で、最後は猫が居なくなって
泣いている場面で終わっていて、リルケの序文が付いています。
バルテュスは画家を志しますが、美術学校には行かず、独学で
習得しています。
1926年にイタリアを訪れ、アレッツォの聖フランチェスコ聖堂で
ピエロ・デラ・フランチェスカの描いた「聖十字架伝」を観て
感銘を受けています。
特にその構図の幾何学性に関心を持ったそうで、「聖十字架伝」の
模写も3点、展示されています。
イギリスのヨークシャー地方を訪れた時にはその光景に魅了され、
それがきっかけとなって、ヨークシャーの荒野を舞台にした、
エミリー・ブロンテの「嵐が丘」(1847年)の挿絵を1933年から
35年にかけて描いています。
鉛筆とインクで描かれた挿絵15点が展示されていて、どれも人物の
姿勢が誇張され、強い緊張感のある構図になっています。
その頃、婚約者のいるアントワネット・ド・ワットヴィルとの
恋に悩んでいた自分をヒースクリフに、アントワネットをキャサリンに
なぞらえていたとのことですが、強烈な個性のヒースクリフに自分を
重ね合わせていたのかと思いました。
「キャシーの化粧」 1933年
油彩、カンヴァス ポンピドゥー・センター

挿絵のうちの1点を油彩で描いたもので、女中を間に置いて、
裸のキャサリン(キャシー)を白く、深刻な表情のヒースクリフを
黒く描き分け、三角形の構図の中に入れています。
そっぽを向いたようなキャサリンの顔が印象的です。
バルテュスは1937年にアントワネットと結婚しますが、
後に離婚しています。
「夢見るテレーズ」 1938年 油彩、カンヴァス メトロポリタン美術館
チラシに使われている作品です。
少女と猫という、バルテュスのよく描いたモチーフの最初の作品です。
バルテュスは少女を神聖不可侵な存在として、イマジネーションの
源にしています。
モデルはパリに居た時の隣人の娘で、扇情的なポーズですが、
色彩は統一され、描写は写実的です。
「おやつの時間」 1940年 油彩、厚紙(板にマウント) テート

テーブルにはパン・ワイン・りんごといったキリスト教を連想させる
物が並んでいて、少女が幕を上げてそれを見ています。
つややかで重厚なマチエールの作品で、モデルは第2次世界大戦当時
住んでいたシャンプロヴァン地方の農家の娘です。
バルテュスは1939年の開戦で召集されますが、負傷により除隊しています。
「美しい日々」 1944-46年 油彩、カンヴァス
ワシントン、ハーシュホーン博物館と彫刻の庭

手鏡を見る少女というモチーフの最初の作品とのことで、モデルは
バルテュスが第2次世界大戦中に一時滞在していたスイスの少女です。
少女の手足から暖炉の炎、薪まで、斜めの線を強調した幾何学的な構図で、
左からの白い光と暖炉の赤い炎を対照させています。
「決して来ない時」 1949年 油彩、カンヴァス
フランシス・リーマン・レーブ・アート・センター

少女と猫を描いた作品の一つで、英語の題は”The Week of the
Four Thursdays(木曜日が4日ある週)”です。
フランスでは学校は木曜日が休みなので、木曜日が4日ある週とは、
あり得ないという意味の慣用句だそうです。
少女はかなり無理な姿勢で猫を撫でていて、観る人の目を惹き付けます。
バルテュスの描く人物の姿勢はロマン主義的な動的な感じではなく、
静的で幾何学的なものに見えます。
「地中海の猫」 1949年 油彩、カンヴァス 個人蔵

パリのオデオン広場に現在もある地中海料理のレストラン、
「ラ・メディテラネ」の店内を飾るため描かれた絵で、猫になった
バルテュスが魚を食べようと待ち構えています。
虹が魚になり、伊勢海老から少女につながり、円環状になっていて、
少女のモデルはジョルジュ・バタイユの娘です。
色彩も明るく、バルテュスの中でも特にデザイン的だなと思ったら、
店内装飾のための作品でした。
魚や伊勢海老はとても巧みに写実的に描かれていて、具象画家としての
バルテュスの技量の高さを見せています。
「横顔のコレット」 1954年 油彩、カンヴァス
節子・クロソフスカ・ド・ローラ・コレクション

バルテュスは1953年にブルゴーニュ地方の城館に移り住んでいて、
モデルは城館の修理に当った石工の娘です。
簡潔で安定した構図の作品で、光に浮かび上がる少女の顔は仏像を
思わせます。
1961年にはフランスの文化大臣だったアンドレ・マルローの要請により、
ローマのアカデミー・ド・フランスの館長に就任しています。
「朱色の机と日本の女」 1967-1976年
カゼイン、テンペラ、カンヴァス ブレント・R・ハリス・コレクション

バルテュスは1962年にアンドレ・マルローの依頼でパリの
日本古美術展の準備のため日本を訪れた際に、当時20歳の
節子夫人と出会い、1967年に結婚しています。
モデルは着物姿の節子夫人で、和風の室内を描いていますが、
かなり極端なポーズです。
「トランプ遊びをする人々」 1966-1973年
カゼイン、油彩、テンペラ、カンヴァス
ロッテルダム、ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館

初期ルネサンスのジョットを思わせる古風な雰囲気の作品ですが、
ここでも人物が机の上に身を乗り出すなど、斜めの線を意識した
特異な構図になっています。
バルテュスは日本文化への関心が深く、人物の表情は歌舞伎の見得から
取ったそうです。
画業の長いバルテュスは多くのモデルを題材にしていて、
作風も変化しています。
その跡をたどり、バルティスの美意識に触れることの出来る、
とても興味深い展覧会です。
chariot
上野の東京都美術館では、「バルテュス展」が開かれています。
会期は6月22日(日)までです。

フランスの画家、バルテュス(1908-2001)の回顧展で、油彩画40点以上や
素描などが展示され、会場には晩年を過ごしたスイスの自宅のアトリエが
再現されています。
バルテュス(本名、バルタザール・ミシェル・クロソウスキー・ド・ローラ)
はパリでポーランド貴族の家系に生まれています。
幼い頃から絵が上手く、11歳のときに描いた、猫のミツとの出会いと
別れを描いた絵は、詩人のリルケに絶賛されています。
「ミツ」 本 1921年
節子・クロソフスカ・ド・ローラ・コレクション
40枚のモノクロの絵によるお話で、最後は猫が居なくなって
泣いている場面で終わっていて、リルケの序文が付いています。
バルテュスは画家を志しますが、美術学校には行かず、独学で
習得しています。
1926年にイタリアを訪れ、アレッツォの聖フランチェスコ聖堂で
ピエロ・デラ・フランチェスカの描いた「聖十字架伝」を観て
感銘を受けています。
特にその構図の幾何学性に関心を持ったそうで、「聖十字架伝」の
模写も3点、展示されています。
イギリスのヨークシャー地方を訪れた時にはその光景に魅了され、
それがきっかけとなって、ヨークシャーの荒野を舞台にした、
エミリー・ブロンテの「嵐が丘」(1847年)の挿絵を1933年から
35年にかけて描いています。
鉛筆とインクで描かれた挿絵15点が展示されていて、どれも人物の
姿勢が誇張され、強い緊張感のある構図になっています。
その頃、婚約者のいるアントワネット・ド・ワットヴィルとの
恋に悩んでいた自分をヒースクリフに、アントワネットをキャサリンに
なぞらえていたとのことですが、強烈な個性のヒースクリフに自分を
重ね合わせていたのかと思いました。
「キャシーの化粧」 1933年
油彩、カンヴァス ポンピドゥー・センター

挿絵のうちの1点を油彩で描いたもので、女中を間に置いて、
裸のキャサリン(キャシー)を白く、深刻な表情のヒースクリフを
黒く描き分け、三角形の構図の中に入れています。
そっぽを向いたようなキャサリンの顔が印象的です。
バルテュスは1937年にアントワネットと結婚しますが、
後に離婚しています。
「夢見るテレーズ」 1938年 油彩、カンヴァス メトロポリタン美術館
チラシに使われている作品です。
少女と猫という、バルテュスのよく描いたモチーフの最初の作品です。
バルテュスは少女を神聖不可侵な存在として、イマジネーションの
源にしています。
モデルはパリに居た時の隣人の娘で、扇情的なポーズですが、
色彩は統一され、描写は写実的です。
「おやつの時間」 1940年 油彩、厚紙(板にマウント) テート

テーブルにはパン・ワイン・りんごといったキリスト教を連想させる
物が並んでいて、少女が幕を上げてそれを見ています。
つややかで重厚なマチエールの作品で、モデルは第2次世界大戦当時
住んでいたシャンプロヴァン地方の農家の娘です。
バルテュスは1939年の開戦で召集されますが、負傷により除隊しています。
「美しい日々」 1944-46年 油彩、カンヴァス
ワシントン、ハーシュホーン博物館と彫刻の庭

手鏡を見る少女というモチーフの最初の作品とのことで、モデルは
バルテュスが第2次世界大戦中に一時滞在していたスイスの少女です。
少女の手足から暖炉の炎、薪まで、斜めの線を強調した幾何学的な構図で、
左からの白い光と暖炉の赤い炎を対照させています。
「決して来ない時」 1949年 油彩、カンヴァス
フランシス・リーマン・レーブ・アート・センター

少女と猫を描いた作品の一つで、英語の題は”The Week of the
Four Thursdays(木曜日が4日ある週)”です。
フランスでは学校は木曜日が休みなので、木曜日が4日ある週とは、
あり得ないという意味の慣用句だそうです。
少女はかなり無理な姿勢で猫を撫でていて、観る人の目を惹き付けます。
バルテュスの描く人物の姿勢はロマン主義的な動的な感じではなく、
静的で幾何学的なものに見えます。
「地中海の猫」 1949年 油彩、カンヴァス 個人蔵

パリのオデオン広場に現在もある地中海料理のレストラン、
「ラ・メディテラネ」の店内を飾るため描かれた絵で、猫になった
バルテュスが魚を食べようと待ち構えています。
虹が魚になり、伊勢海老から少女につながり、円環状になっていて、
少女のモデルはジョルジュ・バタイユの娘です。
色彩も明るく、バルテュスの中でも特にデザイン的だなと思ったら、
店内装飾のための作品でした。
魚や伊勢海老はとても巧みに写実的に描かれていて、具象画家としての
バルテュスの技量の高さを見せています。
「横顔のコレット」 1954年 油彩、カンヴァス
節子・クロソフスカ・ド・ローラ・コレクション

バルテュスは1953年にブルゴーニュ地方の城館に移り住んでいて、
モデルは城館の修理に当った石工の娘です。
簡潔で安定した構図の作品で、光に浮かび上がる少女の顔は仏像を
思わせます。
1961年にはフランスの文化大臣だったアンドレ・マルローの要請により、
ローマのアカデミー・ド・フランスの館長に就任しています。
「朱色の机と日本の女」 1967-1976年
カゼイン、テンペラ、カンヴァス ブレント・R・ハリス・コレクション

バルテュスは1962年にアンドレ・マルローの依頼でパリの
日本古美術展の準備のため日本を訪れた際に、当時20歳の
節子夫人と出会い、1967年に結婚しています。
モデルは着物姿の節子夫人で、和風の室内を描いていますが、
かなり極端なポーズです。
「トランプ遊びをする人々」 1966-1973年
カゼイン、油彩、テンペラ、カンヴァス
ロッテルダム、ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館

初期ルネサンスのジョットを思わせる古風な雰囲気の作品ですが、
ここでも人物が机の上に身を乗り出すなど、斜めの線を意識した
特異な構図になっています。
バルテュスは日本文化への関心が深く、人物の表情は歌舞伎の見得から
取ったそうです。
画業の長いバルテュスは多くのモデルを題材にしていて、
作風も変化しています。
その跡をたどり、バルティスの美意識に触れることの出来る、
とても興味深い展覧会です。
東京
「DEAN&DELUCA 丸の内店」に行ってきました。
場所は千代田区丸の内1-4-5、三菱UFJ信託銀行本店ビルです。


ミックスグリルプレート1600円です。

アメリカ風にちょっとワイルドな雰囲気のあるプレートで、
牛、豚、鶏肉に甘いコーンブレッドが添えられています。
こちらはトリュフリゾット海老の串焼きローズマリー風1400円です。

エスプレッソs400円には小さなチョコレートが付いています。

本日のコーヒー500円です。

ディナータイムですが、カフェとして利用しているお客さんも多いようです。
軽く食事をしてお店を出ました。
この前、「DEAN&DELUCA丸の内店」に行った時の記事です。
chariot
「DEAN&DELUCA 丸の内店」に行ってきました。
場所は千代田区丸の内1-4-5、三菱UFJ信託銀行本店ビルです。


ミックスグリルプレート1600円です。

アメリカ風にちょっとワイルドな雰囲気のあるプレートで、
牛、豚、鶏肉に甘いコーンブレッドが添えられています。
こちらはトリュフリゾット海老の串焼きローズマリー風1400円です。

エスプレッソs400円には小さなチョコレートが付いています。

本日のコーヒー500円です。

ディナータイムですが、カフェとして利用しているお客さんも多いようです。
軽く食事をしてお店を出ました。
この前、「DEAN&DELUCA丸の内店」に行った時の記事です。
東京
東京駅の東京ステーションギャラリーでは、「洋画家たちの青春―
白馬会から光風会へ」展が開かれています。
会期は5月6日(火)までです。
入館料は一般900円です。

光風会100回展を記念しての展覧会で、白馬会とそのメンバーによって
結成された光風会、光風会から別れた団体で活動した画家たち、
67人の約80点の作品が展示されています。
約半数は30代までの若い時期の作品とのことです。
黒田清輝 「鉄砲百合」 1909(明治42)年 石橋財団石橋美術館

外交派と呼ばれた明るい色彩による作品です。
黒田清輝(1866-1924)たちが教官となって、1896年に東京美術学校に
西洋画科が設置されています。
黒田は同じ年に白馬会を結成しています。
藤島武二 「うつつ」 1913(大正12)年 東京国立美術館

藤島武二(1867-1943)は黒田と同じ鹿児島県出身で、黒田と同時に
西洋画科の教官となり、白馬会にも参加しています。
厳めしい顔をした人ですが、感覚的な雰囲気を持った作品を多く
描いています。
久米桂一郎 「林檎拾い」 1892(明治25)年 久米美術館

フランス滞在中に描いた作品で、印象派風の作風です。
久米桂一郎(1866-1934)はフランスでは黒田とともにラファエル・
コランに学び、白馬会の結成にも加わっています。
岩倉具視たちの遣欧米使節団に同行して「米欧回覧実記」を著した
久米邦武の長男で、久米邦武は「米欧回覧実記」で得た政府の報奨金で、
桂一郎を欧州に留学させています。
中澤弘光 「カフェの女」 1920(大正9)年 宮崎県立美術館

外交派風の明るい色彩で、日本髪を結ってビールの栓を抜くカフェーの
女給さんを描いて、大正ロマン時代の雰囲気があります。
中澤弘光(1874-1964)は東京美術学校で黒田清輝に師事し、
白馬会の結成に参加しています。
白馬会の解散した翌年の1912年に中澤弘光ら白馬会のメンバー7人によって
光風会が結成されています。
杉浦非水 「非水創作図案集」(文雅堂)より
1926(大正15)年 愛媛県美術館

杉浦非水(1876-1965)は東京美術学校の日本画選科に入学し、
在学中に黒田の指導を受けています。
デザイナーとして光風会の結成に参加し、光風会の出版物などを
手掛けています。
辻永 「ハルビンの冬」 1917(大正6)年 石橋財団石橋美術館

ロシア風の板塀や、冬の日の明るい照り返しが印象的です。
ハルビンはロシアに統治されていた時期があり、ロシア人が
多く住んでいました。
辻永(1884-1974)は東京美術学校で岡田三郎助に師事し、
白馬会にも出品しています。
光風会会員となり、戦後は日展理事長を勤めています。
内田巌 「イギリスの女A」 1931(昭和6)年 神奈川県立近代美術館

暗く重量感のある画面です。
1929年に始まった世界大恐慌の影も感じられます。
内田巌(1900-1953)は東京美術学校で藤島武二に師事しています。
光風会会員でしたが、1936年に猪熊弦一郎や小磯良平らとともに
新制作協会を結成しています。
戦後、藤田嗣治の戦争協力を糾弾した人物としても知られています。
藤島武二、岡田三郎助、和田英作、児島虎次郎、猪熊弦一郎、小磯良平、
須田剋太、脇田和らの作品も展示され、日本の洋画の一つの流れを
形成してきた光風会の歴史をたどることの出来る展覧会です。
展覧会のHPです。
次回の展覧会は「ジャン・フォートリエ展」です。
会期は5月24日(土)から7月13日(日)までです。
chariot
東京駅の東京ステーションギャラリーでは、「洋画家たちの青春―
白馬会から光風会へ」展が開かれています。
会期は5月6日(火)までです。
入館料は一般900円です。

光風会100回展を記念しての展覧会で、白馬会とそのメンバーによって
結成された光風会、光風会から別れた団体で活動した画家たち、
67人の約80点の作品が展示されています。
約半数は30代までの若い時期の作品とのことです。
黒田清輝 「鉄砲百合」 1909(明治42)年 石橋財団石橋美術館

外交派と呼ばれた明るい色彩による作品です。
黒田清輝(1866-1924)たちが教官となって、1896年に東京美術学校に
西洋画科が設置されています。
黒田は同じ年に白馬会を結成しています。
藤島武二 「うつつ」 1913(大正12)年 東京国立美術館

藤島武二(1867-1943)は黒田と同じ鹿児島県出身で、黒田と同時に
西洋画科の教官となり、白馬会にも参加しています。
厳めしい顔をした人ですが、感覚的な雰囲気を持った作品を多く
描いています。
久米桂一郎 「林檎拾い」 1892(明治25)年 久米美術館

フランス滞在中に描いた作品で、印象派風の作風です。
久米桂一郎(1866-1934)はフランスでは黒田とともにラファエル・
コランに学び、白馬会の結成にも加わっています。
岩倉具視たちの遣欧米使節団に同行して「米欧回覧実記」を著した
久米邦武の長男で、久米邦武は「米欧回覧実記」で得た政府の報奨金で、
桂一郎を欧州に留学させています。
中澤弘光 「カフェの女」 1920(大正9)年 宮崎県立美術館

外交派風の明るい色彩で、日本髪を結ってビールの栓を抜くカフェーの
女給さんを描いて、大正ロマン時代の雰囲気があります。
中澤弘光(1874-1964)は東京美術学校で黒田清輝に師事し、
白馬会の結成に参加しています。
白馬会の解散した翌年の1912年に中澤弘光ら白馬会のメンバー7人によって
光風会が結成されています。
杉浦非水 「非水創作図案集」(文雅堂)より
1926(大正15)年 愛媛県美術館

杉浦非水(1876-1965)は東京美術学校の日本画選科に入学し、
在学中に黒田の指導を受けています。
デザイナーとして光風会の結成に参加し、光風会の出版物などを
手掛けています。
辻永 「ハルビンの冬」 1917(大正6)年 石橋財団石橋美術館

ロシア風の板塀や、冬の日の明るい照り返しが印象的です。
ハルビンはロシアに統治されていた時期があり、ロシア人が
多く住んでいました。
辻永(1884-1974)は東京美術学校で岡田三郎助に師事し、
白馬会にも出品しています。
光風会会員となり、戦後は日展理事長を勤めています。
内田巌 「イギリスの女A」 1931(昭和6)年 神奈川県立近代美術館

暗く重量感のある画面です。
1929年に始まった世界大恐慌の影も感じられます。
内田巌(1900-1953)は東京美術学校で藤島武二に師事しています。
光風会会員でしたが、1936年に猪熊弦一郎や小磯良平らとともに
新制作協会を結成しています。
戦後、藤田嗣治の戦争協力を糾弾した人物としても知られています。
藤島武二、岡田三郎助、和田英作、児島虎次郎、猪熊弦一郎、小磯良平、
須田剋太、脇田和らの作品も展示され、日本の洋画の一つの流れを
形成してきた光風会の歴史をたどることの出来る展覧会です。
展覧会のHPです。
次回の展覧会は「ジャン・フォートリエ展」です。
会期は5月24日(土)から7月13日(日)までです。
東京
大丸東京店の10階にある、「茶寮 都路里 大丸東京店」に行ってきました。
普段は順番待ちになることが多いのですが、夕方に行ったので、
わりと空いていました。

東京駅八重洲口のグランルーフが見下ろせます。

青山亘幹(のぶよし)さんの舞妓の絵が飾ってあります。

白玉あんみつ906円は上品な味で美味しいです。

抹茶そば802円は温かいそばです。

5月になると、氷のメニューが出てくるので、宇治金時など
食べてみたいものです。
以前、都路里 大丸東京店」に行った時の記事です。
chariot
大丸東京店の10階にある、「茶寮 都路里 大丸東京店」に行ってきました。
普段は順番待ちになることが多いのですが、夕方に行ったので、
わりと空いていました。

東京駅八重洲口のグランルーフが見下ろせます。

青山亘幹(のぶよし)さんの舞妓の絵が飾ってあります。

白玉あんみつ906円は上品な味で美味しいです。

抹茶そば802円は温かいそばです。

5月になると、氷のメニューが出てくるので、宇治金時など
食べてみたいものです。
以前、都路里 大丸東京店」に行った時の記事です。
みなとみらい
横浜美術館では、開館25周年記念、「魅惑のニッポン木版画展」が
開かれています。
会期は5月25日(日)までで、木曜日は休館です。

江戸時代、浮世絵の隆盛によって日本に定着した木版画の数々を紹介する
展覧会で、幕末から現代にかけての約200点が展示されています。
歌川国芳 「ほふづきづくし 夕立」 1842年(天保13)頃 横浜美術館

歌川国芳(1798-1861)は幕末を代表する浮世絵師で、大判3枚続きの
大画面を使った迫力のある作品が特に有名です。
ほおづきの形をした人や犬が夕立に遭って逃げ惑っています。
「ほふづきづくし」には、「韓信の股くぐり」をしているのもあり、
江戸の洒落を見せています。
月岡芳年 「風俗三十二相 けむさう 享和年間内室之風俗」
1888年(明治21) 横浜美術館

月岡芳年(1839-92)は幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師で、
歌川国芳に学び、多くの歴史画や風俗画などを手掛けています。
蚊遣りを焚いて団扇を使っている女性で、いかにも煙そうな顔をしています。
明治時代の作品ですが、江戸の歌麿風で、煙の線に動きがあります。
小林清親 「両国花火之図」 1880年(明治13) 横浜美術館

小林清親(1847-1915)は鳥羽伏見の戦いにも参加した幕臣で、
明治になってから西洋画を取入れ、光と影を強調した光線画と
呼ばれる浮世絵を描いて、人気を得ています。
両国の花火の情景で、川遊びの船と人がシルエットとなって浮かび、
花火は大きな円光となった、一種宇宙的な光景です。
花火に喜ぶ人々の姿には何か郷愁を誘うものがあります。
川瀬巴水 「東京十二題 こま形河岸」 1919年(大正8) 横浜美術館

川瀬巴水(1883~1957)は大正から昭和にかけて活躍した風景版画家です。
新版画という、江戸の浮世絵の技法を受け継ぎながら新しい芸術を目指した
版画を制作し、日本各地の風景を叙情的に描いています。
大川端の竹屋の景色で、立て並べた竹の隙間から隅田川や夏の雲が
のぞいています。
馬は動かず、荷車の男も眠っていて、時が止まっているようです。
長谷川潔 「風(イェーツの詩に寄す)」 1915年(大正4) 横浜美術館

長谷川潔(1891-1980)は深い黒色を基調にした銅版画の技法で有名ですが、
初期には木版画を制作しています。
恩地孝四郎 「ダイビング」 1936年(昭和11) 横浜美術館

恩地孝四郎(1891-1955)は日本の版画を芸術の領域に高めた一人で、
戦後は抽象版画に取組んでいます。
雲よりも上を女性のダイバーが跳ぶ大胆な構図で、単純化された画面は
モダンです。
恩地孝四郎 『東京駅 「東京回顧図絵」より』
1945年(昭和20) 横浜美術館

終戦の年の12月に恩地孝四郎、川上澄生、平塚運一、前川千帆、
関野準一郎、斎藤清らの作品を集めて刊行された版画集です。
東京駅の駅舎が空襲で破壊されたのはこの年の5月25日のことです。
平和な時代の光景で、アーケードに差す夏の日は高く、洋装と和装の
女性が交じり、男性はパナマ帽を被っています。
棟方志功 「華狩頌」 1954年(昭和29) 日本民藝館

隙間なく花で埋められた大きな画面いっぱいに人馬や動物が駆け違い、
空には鳥が飛んでいます。
高句麗壁画に着想を得た、縦横を強調した活き活きとした作品で、
作者によれば心の矢で花を狩っているそうです。
ポール・ジャクレー 「黒い蓮華、中国」 1959年(昭和34) 横浜美術館

ポール・ジャクレー(1896-1960)はパリ生まれで、お雇い外国人の子として
4歳の時に来日し、生涯を日本で過ごしています。
日本文化に深く傾倒し、鏑木清方の兄弟弟子の池田輝方、蕉園夫妻に
日本画を習っています。
日本、中国、南洋諸島の女性を題材にした木版画を数多く制作し、
水彩画も描いています。
ジャクレーの木版画はのびやかで明快なのが特徴です。
チャールズ・バートレット、ヘレン・ハイド、バーサ・ラム、
エミール・オルリックなど、日本の版画を学んだ外国人の作家の
作品も展示されています。
桐月沙樹 「ナミマノダンサー」 2011年(平成23) 個人蔵

木目を活かした木版画らしい作品で、ダンサーが軽やかに舞っています。
色調は淡く上品で、洗練された雰囲気があります。
風間サチ子 「噫!怒涛の閉塞艦」 2012年(平成24) 東京都現代美術館

大きな作品で、東京電力本社ビルの乗った軍艦は押し寄せる波に傾き、
発電所が爆発しています。
戦艦陸奥や原子力船むつが浮かび、遠くにはキノコ雲が上がっています。
東日本大震災の原発事故を基にしていて、風間さんは批評精神にあふれた
作品を制作しています。
他に橋口五葉、竹久夢二、北岡文雄らの作品もあって、多くの作家の作品を
通じて、浮世絵に始まり芸術としてさまざまな広がりを見せてきた日本の
木版画の歩みをたどることの出来る、とても面白い展覧会です。
展覧会のHPです。
次回の展覧会は、「ヨコハマトリエンナーレ2014」です。
会期は8月1日(金)から11月3日(月)までです。

chariot
横浜美術館では、開館25周年記念、「魅惑のニッポン木版画展」が
開かれています。
会期は5月25日(日)までで、木曜日は休館です。

江戸時代、浮世絵の隆盛によって日本に定着した木版画の数々を紹介する
展覧会で、幕末から現代にかけての約200点が展示されています。
歌川国芳 「ほふづきづくし 夕立」 1842年(天保13)頃 横浜美術館

歌川国芳(1798-1861)は幕末を代表する浮世絵師で、大判3枚続きの
大画面を使った迫力のある作品が特に有名です。
ほおづきの形をした人や犬が夕立に遭って逃げ惑っています。
「ほふづきづくし」には、「韓信の股くぐり」をしているのもあり、
江戸の洒落を見せています。
月岡芳年 「風俗三十二相 けむさう 享和年間内室之風俗」
1888年(明治21) 横浜美術館

月岡芳年(1839-92)は幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師で、
歌川国芳に学び、多くの歴史画や風俗画などを手掛けています。
蚊遣りを焚いて団扇を使っている女性で、いかにも煙そうな顔をしています。
明治時代の作品ですが、江戸の歌麿風で、煙の線に動きがあります。
小林清親 「両国花火之図」 1880年(明治13) 横浜美術館

小林清親(1847-1915)は鳥羽伏見の戦いにも参加した幕臣で、
明治になってから西洋画を取入れ、光と影を強調した光線画と
呼ばれる浮世絵を描いて、人気を得ています。
両国の花火の情景で、川遊びの船と人がシルエットとなって浮かび、
花火は大きな円光となった、一種宇宙的な光景です。
花火に喜ぶ人々の姿には何か郷愁を誘うものがあります。
川瀬巴水 「東京十二題 こま形河岸」 1919年(大正8) 横浜美術館

川瀬巴水(1883~1957)は大正から昭和にかけて活躍した風景版画家です。
新版画という、江戸の浮世絵の技法を受け継ぎながら新しい芸術を目指した
版画を制作し、日本各地の風景を叙情的に描いています。
大川端の竹屋の景色で、立て並べた竹の隙間から隅田川や夏の雲が
のぞいています。
馬は動かず、荷車の男も眠っていて、時が止まっているようです。
長谷川潔 「風(イェーツの詩に寄す)」 1915年(大正4) 横浜美術館

長谷川潔(1891-1980)は深い黒色を基調にした銅版画の技法で有名ですが、
初期には木版画を制作しています。
恩地孝四郎 「ダイビング」 1936年(昭和11) 横浜美術館

恩地孝四郎(1891-1955)は日本の版画を芸術の領域に高めた一人で、
戦後は抽象版画に取組んでいます。
雲よりも上を女性のダイバーが跳ぶ大胆な構図で、単純化された画面は
モダンです。
恩地孝四郎 『東京駅 「東京回顧図絵」より』
1945年(昭和20) 横浜美術館

終戦の年の12月に恩地孝四郎、川上澄生、平塚運一、前川千帆、
関野準一郎、斎藤清らの作品を集めて刊行された版画集です。
東京駅の駅舎が空襲で破壊されたのはこの年の5月25日のことです。
平和な時代の光景で、アーケードに差す夏の日は高く、洋装と和装の
女性が交じり、男性はパナマ帽を被っています。
棟方志功 「華狩頌」 1954年(昭和29) 日本民藝館

隙間なく花で埋められた大きな画面いっぱいに人馬や動物が駆け違い、
空には鳥が飛んでいます。
高句麗壁画に着想を得た、縦横を強調した活き活きとした作品で、
作者によれば心の矢で花を狩っているそうです。
ポール・ジャクレー 「黒い蓮華、中国」 1959年(昭和34) 横浜美術館

ポール・ジャクレー(1896-1960)はパリ生まれで、お雇い外国人の子として
4歳の時に来日し、生涯を日本で過ごしています。
日本文化に深く傾倒し、鏑木清方の兄弟弟子の池田輝方、蕉園夫妻に
日本画を習っています。
日本、中国、南洋諸島の女性を題材にした木版画を数多く制作し、
水彩画も描いています。
ジャクレーの木版画はのびやかで明快なのが特徴です。
チャールズ・バートレット、ヘレン・ハイド、バーサ・ラム、
エミール・オルリックなど、日本の版画を学んだ外国人の作家の
作品も展示されています。
桐月沙樹 「ナミマノダンサー」 2011年(平成23) 個人蔵

木目を活かした木版画らしい作品で、ダンサーが軽やかに舞っています。
色調は淡く上品で、洗練された雰囲気があります。
風間サチ子 「噫!怒涛の閉塞艦」 2012年(平成24) 東京都現代美術館

大きな作品で、東京電力本社ビルの乗った軍艦は押し寄せる波に傾き、
発電所が爆発しています。
戦艦陸奥や原子力船むつが浮かび、遠くにはキノコ雲が上がっています。
東日本大震災の原発事故を基にしていて、風間さんは批評精神にあふれた
作品を制作しています。
他に橋口五葉、竹久夢二、北岡文雄らの作品もあって、多くの作家の作品を
通じて、浮世絵に始まり芸術としてさまざまな広がりを見せてきた日本の
木版画の歩みをたどることの出来る、とても面白い展覧会です。
展覧会のHPです。
次回の展覧会は、「ヨコハマトリエンナーレ2014」です。
会期は8月1日(金)から11月3日(月)までです。

根津
「珈琲館根津駅前店」に行ってきました。
場所は文京区根津1-1-22で、東京メトロ千代田線根津駅の上の
不忍通り沿いにあります。

本日のコーヒー440円とモーニングのシナモンバタートースト90円です。


こちらはカフェオレ500円です。

午前中だったので、地元の人たちがモーニングを楽しんでいました。
根津神社のつつじも見てきました。
根津神社では5月6日まで、つつじまつりが開かれています。
表参道の大鳥居

神橋

池の亀のひなたぼっこ

楼門

唐門

拝殿

根津神社は徳川6代将軍家宣の甲府藩主時代の屋敷地で、
社殿は宝永3年(1706)に5代将軍綱吉によって
造営されています。
宝永7年(1710)に藤堂高敏が寄進した銅の灯篭です。

斜面の乙女稲荷神社には寄進された小さな鳥居が並んでいます。


先週末に行ったときは、早咲きのつつじが咲いていました。



境内は土埃が立つので、汚れをふき取りやすい靴を履いていった方が
良いと思います。
帰りに不忍通りにある、串揚げの「はん亭」の前を通ったので、
写真を撮りました。
木造3階建てで、テレビや雑誌にもよく登場します。

chariot
「珈琲館根津駅前店」に行ってきました。
場所は文京区根津1-1-22で、東京メトロ千代田線根津駅の上の
不忍通り沿いにあります。

本日のコーヒー440円とモーニングのシナモンバタートースト90円です。


こちらはカフェオレ500円です。

午前中だったので、地元の人たちがモーニングを楽しんでいました。
根津神社のつつじも見てきました。
根津神社では5月6日まで、つつじまつりが開かれています。
表参道の大鳥居

神橋

池の亀のひなたぼっこ

楼門

唐門

拝殿

根津神社は徳川6代将軍家宣の甲府藩主時代の屋敷地で、
社殿は宝永3年(1706)に5代将軍綱吉によって
造営されています。
宝永7年(1710)に藤堂高敏が寄進した銅の灯篭です。

斜面の乙女稲荷神社には寄進された小さな鳥居が並んでいます。


先週末に行ったときは、早咲きのつつじが咲いていました。



境内は土埃が立つので、汚れをふき取りやすい靴を履いていった方が
良いと思います。
帰りに不忍通りにある、串揚げの「はん亭」の前を通ったので、
写真を撮りました。
木造3階建てで、テレビや雑誌にもよく登場します。

横浜
「サロン ド ウフエモア」は そごう横浜店の10階にある、卵料理と
パンケーキのお店です。


4月にオープンしたばかりのお店で、約50席、全席禁煙です。
11時開店ですが、休日に行ったところ、10分ほどで満席になりました。

スフレ卵のオムライス980円です。

クッションのような大きなプレーンオムレツがライスに載っています。
卵は白身がたくさん使われていて、中は少し温かい程度で、もっと
温かくても良いと思ったのですが、これ以上火を通すとふわっとした
感じが無くなってしまうのでしょう。
ライスはやや硬めです。
スフレ卵のリゾット海老のトマトクリーム1080円です。

リゾットはしっかり味が付いています。
ブレンドコーヒー530円はすっきりした味でたっぷりあります。

隣ではパンケーキのダブルを注文している人がいて、2枚重ねの
パンケーキも美味しそうなので、今度行ったときは試してみようかと
思います。
chariot
「サロン ド ウフエモア」は そごう横浜店の10階にある、卵料理と
パンケーキのお店です。


4月にオープンしたばかりのお店で、約50席、全席禁煙です。
11時開店ですが、休日に行ったところ、10分ほどで満席になりました。

スフレ卵のオムライス980円です。

クッションのような大きなプレーンオムレツがライスに載っています。
卵は白身がたくさん使われていて、中は少し温かい程度で、もっと
温かくても良いと思ったのですが、これ以上火を通すとふわっとした
感じが無くなってしまうのでしょう。
ライスはやや硬めです。
スフレ卵のリゾット海老のトマトクリーム1080円です。

リゾットはしっかり味が付いています。
ブレンドコーヒー530円はすっきりした味でたっぷりあります。

隣ではパンケーキのダブルを注文している人がいて、2枚重ねの
パンケーキも美味しそうなので、今度行ったときは試してみようかと
思います。