神谷町
「ナポリスタカ」は飯倉交差点の桜田通り沿いにあります。
場所は港区麻布台1-11-4です。

ピッツァで有名なお店で、店内は30席ほどで禁煙、テラス席もあります。
店内はナポリのサッカーチームのカラーである青色であふれています。


イタリア人のオーナーシェフのお店で、店内はイタリア語が飛び交い、
BGMもイタリア語(多分)のポピュラーソングです。
人気のあるお店で、11時30分の開店時間にはもう待っている人がいて、
12時には満席になります。
場所柄、外国人のお客さんも多いようです。

平日のランチセット1200円はピッツァを注文しようかと思ったのですが、
ちょっと大きそうなので、今回はパスタにしました。
先ず、サラダとスープです。


ヤリイカとオリーブ、アンチョビのオリーブソーススパゲッティは可愛い絵柄の
お皿に入っています。
ヤリイカも柔らかく、程よいアルデンテで、美味しいです。

コーヒーが付きます。

小さいですが、明るく陽気な雰囲気のお店で、次回は是非、
ピッツァを試してみたいものです。
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「ナポリスタカ」は飯倉交差点の桜田通り沿いにあります。
場所は港区麻布台1-11-4です。

ピッツァで有名なお店で、店内は30席ほどで禁煙、テラス席もあります。
店内はナポリのサッカーチームのカラーである青色であふれています。


イタリア人のオーナーシェフのお店で、店内はイタリア語が飛び交い、
BGMもイタリア語(多分)のポピュラーソングです。
人気のあるお店で、11時30分の開店時間にはもう待っている人がいて、
12時には満席になります。
場所柄、外国人のお客さんも多いようです。

平日のランチセット1200円はピッツァを注文しようかと思ったのですが、
ちょっと大きそうなので、今回はパスタにしました。
先ず、サラダとスープです。


ヤリイカとオリーブ、アンチョビのオリーブソーススパゲッティは可愛い絵柄の
お皿に入っています。
ヤリイカも柔らかく、程よいアルデンテで、美味しいです。

コーヒーが付きます。

小さいですが、明るく陽気な雰囲気のお店で、次回は是非、
ピッツァを試してみたいものです。
新橋
新橋のパナソニック汐留ミュージアムでは「フランス印象派陶磁器 1866-1886
ジャポニズムの成熟」展が開かれます。
会期は6月22日(日)までで、水曜日は休館日です。
リモージュ磁器のアビランド社の経営者で日本美術の収集家、シャルル・アビランドは、
1874年の第1回印象派展に出品した画家で版画家のフェリックス・ブラックモンを
美術監督として迎え入れています。
ブラックモンも日本美術への関心が深く、ジャポニスムの影響を受けた製品を
生み出していきます。
展覧会ではアビランド家のコレクションを中心に、印象派時代の陶磁器や東洋や日本の
美術に触発された陶磁器などが展示されています。
併せて、コローや印象派の絵画10点も展示されています。
『「ルソー」シリーズ 雄鶏に熊蜂図皿』 クレイユ・エ・モントロー陶器工場
フェリックス・ブラックモン 1867年 ファイアンス陶器

フランソワ=ウジェーヌ・ルソーはブラックモンが北斎漫画のスタイルで描いた
デッサンに基いて「ルソー」シリーズをデザインしています。
それまでの整然と左右対称の図柄に比べると大変斬新で、爆弾が爆発して
物があちこち飛び散っているようだと評されますが1867年のパリ万国博覧会で
好評を得ています。
この博覧会には徳川幕府や薩摩藩、佐賀藩が初めて出品し、徳川昭武などの
使節団も赴いています。
ジャポニスムの皿を見た使節たちはどう思ったことでしょうか。
「バルボティーヌ 草花燕図水注」 アビランド社 オートゥイユ工房
1876-83年 テラコッタ

素焼きの上にスリップ(泥しょう)がかけてあって、油彩画のカンヴァスを見るようです。
白い腹を見せて飛んでいる燕も描かれています。
レオン・パリゾは生没年未詳で、ジャポニスムや自然主義の影響を受けた花や鳥を
描いています。
「バルボティーヌ 黒地金彩花図水注」 アビランド社 オートゥイユ工房 シャルル・ミドゥー
1876-83年 テラコッタ

艶のある濃い紫色の地に、蒔絵のような金色の草花が描かれています。
シャルル・ミドゥーは生没年未詳で、濃い色の背景に金銀で上絵を描いた、
日本の漆工芸のような作品で知られています。
「彫文秋景図大皿」 アビランド社 オートゥイユ工房 フェリックス・ブラックモン
1874年 ファイアンス陶器

40㎝ほどもある大きな皿で、第1回印象派展の年に制作されています。
景色は彫り込んでつくってあり、色彩が塊りになっていて、ゴッホの絵のような
勢いがありますが、ゴッホが絵を描き始めたのはずっと後のことです。
シャルル・アビランドはこの皿を芸術作品として自分用に保管していて、
販売はされていません。
「花鳥図大皿」 ジュール・ヴイエイヤール工房(ボルドー) レオン・パリゾ
1878年頃 ファイアンス陶器

色彩が鮮やかで輪郭線が盛り上がっています。
ジュール・ヴイエイヤール工房はボルドーで設立された工房で、北斎漫画や富嶽百景の
モチーフを組合わせた独特の製品を生み出しています。
テーブルセッティングの展示もあります。
「ルソーシリーズ」 4人用のテーブルセッティング
フェリックス・ブラックモン 1867年 クレイユ・モントロー工場


縁取りの青を活かした涼しげなセッティングです。
「海草」シリーズ 6人用のティータイムセッティング
レオン・パランドル 1874年 アビランド社


「マントからジョワジ=ル=ロワへの道」 アルフレッド・シスレー
1872年 吉野石膏美術振興財団

マントもジョワジ=ル=ロワもセーヌ川沿いの町です。
印象派やジャポニスムという新しい芸術の波の影響を受けて、どのような陶磁器が
生産されたのかを知ることが出来ました。
19世紀後半のフランス陶磁器のコレクションなので、華やかな雰囲気の展示です。
展覧会のHPです。
次回の展覧会は「建築家ピエール・シャローとガラスの家」展です。
会期は7月26日(土)から10月13日(月・祝)です。

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新橋のパナソニック汐留ミュージアムでは「フランス印象派陶磁器 1866-1886
ジャポニズムの成熟」展が開かれます。
会期は6月22日(日)までで、水曜日は休館日です。
リモージュ磁器のアビランド社の経営者で日本美術の収集家、シャルル・アビランドは、
1874年の第1回印象派展に出品した画家で版画家のフェリックス・ブラックモンを
美術監督として迎え入れています。
ブラックモンも日本美術への関心が深く、ジャポニスムの影響を受けた製品を
生み出していきます。
展覧会ではアビランド家のコレクションを中心に、印象派時代の陶磁器や東洋や日本の
美術に触発された陶磁器などが展示されています。
併せて、コローや印象派の絵画10点も展示されています。
『「ルソー」シリーズ 雄鶏に熊蜂図皿』 クレイユ・エ・モントロー陶器工場
フェリックス・ブラックモン 1867年 ファイアンス陶器

フランソワ=ウジェーヌ・ルソーはブラックモンが北斎漫画のスタイルで描いた
デッサンに基いて「ルソー」シリーズをデザインしています。
それまでの整然と左右対称の図柄に比べると大変斬新で、爆弾が爆発して
物があちこち飛び散っているようだと評されますが1867年のパリ万国博覧会で
好評を得ています。
この博覧会には徳川幕府や薩摩藩、佐賀藩が初めて出品し、徳川昭武などの
使節団も赴いています。
ジャポニスムの皿を見た使節たちはどう思ったことでしょうか。
「バルボティーヌ 草花燕図水注」 アビランド社 オートゥイユ工房
1876-83年 テラコッタ

素焼きの上にスリップ(泥しょう)がかけてあって、油彩画のカンヴァスを見るようです。
白い腹を見せて飛んでいる燕も描かれています。
レオン・パリゾは生没年未詳で、ジャポニスムや自然主義の影響を受けた花や鳥を
描いています。
「バルボティーヌ 黒地金彩花図水注」 アビランド社 オートゥイユ工房 シャルル・ミドゥー
1876-83年 テラコッタ

艶のある濃い紫色の地に、蒔絵のような金色の草花が描かれています。
シャルル・ミドゥーは生没年未詳で、濃い色の背景に金銀で上絵を描いた、
日本の漆工芸のような作品で知られています。
「彫文秋景図大皿」 アビランド社 オートゥイユ工房 フェリックス・ブラックモン
1874年 ファイアンス陶器

40㎝ほどもある大きな皿で、第1回印象派展の年に制作されています。
景色は彫り込んでつくってあり、色彩が塊りになっていて、ゴッホの絵のような
勢いがありますが、ゴッホが絵を描き始めたのはずっと後のことです。
シャルル・アビランドはこの皿を芸術作品として自分用に保管していて、
販売はされていません。
「花鳥図大皿」 ジュール・ヴイエイヤール工房(ボルドー) レオン・パリゾ
1878年頃 ファイアンス陶器

色彩が鮮やかで輪郭線が盛り上がっています。
ジュール・ヴイエイヤール工房はボルドーで設立された工房で、北斎漫画や富嶽百景の
モチーフを組合わせた独特の製品を生み出しています。
テーブルセッティングの展示もあります。
「ルソーシリーズ」 4人用のテーブルセッティング
フェリックス・ブラックモン 1867年 クレイユ・モントロー工場


縁取りの青を活かした涼しげなセッティングです。
「海草」シリーズ 6人用のティータイムセッティング
レオン・パランドル 1874年 アビランド社


「マントからジョワジ=ル=ロワへの道」 アルフレッド・シスレー
1872年 吉野石膏美術振興財団

マントもジョワジ=ル=ロワもセーヌ川沿いの町です。
印象派やジャポニスムという新しい芸術の波の影響を受けて、どのような陶磁器が
生産されたのかを知ることが出来ました。
19世紀後半のフランス陶磁器のコレクションなので、華やかな雰囲気の展示です。
展覧会のHPです。
次回の展覧会は「建築家ピエール・シャローとガラスの家」展です。
会期は7月26日(土)から10月13日(月・祝)です。

御徒町
「珈琲処 ボナール」は上野広小路の黒門交番の裏手にあります。
場所は台東区上野1-18-11です。


創業65年のお店で、元は日本橋の高島屋の横にありましたが、地区の再開発に伴って
こちらに移転して、4月24日にオープンしたばかりです。
以前のボナールは1階と2階がありましたが、こちらも1階と2階分けてあり、
1階は禁煙で30席ほどです。

以前と同じようにレオナール・フジタの絵も飾ってあり、
お水にライムの味がするのも以前と同じです。
BGMはクラシックでした。
水出しコーヒーの器具もあります。


ブレンドコーヒー750円はやや薄めの酸味系の味です。

カップはウェッジウッドです。
ビルの建て替えなどに伴って以前からのお店が無くなってしまうのはよくあることですが、
こうして新しい場所で営業しているのを見ると、なんだか嬉しくなります。
日本橋にあった時の「珈琲処ボナール」の記事です。
お店のHPです。
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「珈琲処 ボナール」は上野広小路の黒門交番の裏手にあります。
場所は台東区上野1-18-11です。


創業65年のお店で、元は日本橋の高島屋の横にありましたが、地区の再開発に伴って
こちらに移転して、4月24日にオープンしたばかりです。
以前のボナールは1階と2階がありましたが、こちらも1階と2階分けてあり、
1階は禁煙で30席ほどです。

以前と同じようにレオナール・フジタの絵も飾ってあり、
お水にライムの味がするのも以前と同じです。
BGMはクラシックでした。
水出しコーヒーの器具もあります。


ブレンドコーヒー750円はやや薄めの酸味系の味です。

カップはウェッジウッドです。
ビルの建て替えなどに伴って以前からのお店が無くなってしまうのはよくあることですが、
こうして新しい場所で営業しているのを見ると、なんだか嬉しくなります。
日本橋にあった時の「珈琲処ボナール」の記事です。
お店のHPです。
三越前
日本橋三越本店では日加修好85周年記念、「モンゴメリと花子の赤毛のアン展
~カナダと日本をつないだ運命の一冊~」が開かれています。
会期は6月3日(月)まで、入場料は一般800円です。
この後、福岡、大阪、岡山、沖縄に巡回します。

小説「赤毛のアン」の原作者、ルーシー・モード・モンゴメリ(1874-1942)と、この作品を
日本で最初に翻訳した村岡花子(1893-1968)について紹介する展覧会です。
ルーシー・モード・モンゴメリはカナダ東部のプリンス・エドワード島に生まれ、
そこで15歳まで過ごしています。

幼い頃から読書好きで、古典を読破し、後に息子が回想したところによれば、
多くの詩を諳んじていたそうです。
プリンス・エドワード島での生活を織り込んで1908年に書かれたのが
「Anne of Green Gables(赤毛のアン)」で、プリンス・エドワード島は
英語圏に属しており、英語で書かれています。
会場には「Anne of Green Gables」の直筆原稿やモンゴメリの愛読書などが
展示されています。

モンゴメリのスクラップブック

興味のある物や新聞記事などを集めて切り貼りしたもので、「赤毛のアン」の
題材に使われた記事もあります。
村岡花子は山梨県出身で、父親の希望でメソジスト派の教会で幼児洗礼を受けています。

カナダ・メソジスト教会の宣教師によって設立された東洋英和女学院高等科を卒業し、
銀座の教文館に編集者として勤務しています。
東洋英和の図書館で英語の小説や詩の原書を読破し、やがて翻訳を手掛ける
ようになります。
「赤毛のアン」は1939年に、第二次世界大戦を前に日本を去る、教文館での同僚の
宣教師、ミス・ショーから原書を受け取って翻訳を思い立ったもので、戦時中も
翻訳を続け、1952年に出版しています。
日本での題名を最初は「窓辺に倚る少女」としていたものが、若い編集者の発案で、
「赤毛のアン」に決まったそうです。
村岡花子に託された「Anne of Green Gables」原書

「赤毛のアン」初版本 三笠書房

私も展示品を観ていて、アンが苺ジュースと間違えてワインを友だちのダイアナに
飲ませてしまい、大騒ぎになった話などを思い出しました。
原作には聖書やイギリスの古典文学からの引用が豊富に盛り込まれていて、
1993年の松本侑子訳にはその詳細な注釈が入っているということなので、
それも一度読んでみたいものです。
私の行ったのは平日でしたが、会場は女性を中心にかなりの来場者で賑わっていました。
孤児という恵まれない境遇にありながらも明るく生きていくアンに、多くの人が
共感しているのでしょう。
展覧会を紹介する、カナダ観光局の公式ウェブサイトです。
プリンス・エドワード島への旅行案内です。
「赤毛のアン」の舞台ということで、日本人に人気の観光地になっています。

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日本橋三越本店では日加修好85周年記念、「モンゴメリと花子の赤毛のアン展
~カナダと日本をつないだ運命の一冊~」が開かれています。
会期は6月3日(月)まで、入場料は一般800円です。
この後、福岡、大阪、岡山、沖縄に巡回します。

小説「赤毛のアン」の原作者、ルーシー・モード・モンゴメリ(1874-1942)と、この作品を
日本で最初に翻訳した村岡花子(1893-1968)について紹介する展覧会です。
ルーシー・モード・モンゴメリはカナダ東部のプリンス・エドワード島に生まれ、
そこで15歳まで過ごしています。

幼い頃から読書好きで、古典を読破し、後に息子が回想したところによれば、
多くの詩を諳んじていたそうです。
プリンス・エドワード島での生活を織り込んで1908年に書かれたのが
「Anne of Green Gables(赤毛のアン)」で、プリンス・エドワード島は
英語圏に属しており、英語で書かれています。
会場には「Anne of Green Gables」の直筆原稿やモンゴメリの愛読書などが
展示されています。

モンゴメリのスクラップブック

興味のある物や新聞記事などを集めて切り貼りしたもので、「赤毛のアン」の
題材に使われた記事もあります。
村岡花子は山梨県出身で、父親の希望でメソジスト派の教会で幼児洗礼を受けています。

カナダ・メソジスト教会の宣教師によって設立された東洋英和女学院高等科を卒業し、
銀座の教文館に編集者として勤務しています。
東洋英和の図書館で英語の小説や詩の原書を読破し、やがて翻訳を手掛ける
ようになります。
「赤毛のアン」は1939年に、第二次世界大戦を前に日本を去る、教文館での同僚の
宣教師、ミス・ショーから原書を受け取って翻訳を思い立ったもので、戦時中も
翻訳を続け、1952年に出版しています。
日本での題名を最初は「窓辺に倚る少女」としていたものが、若い編集者の発案で、
「赤毛のアン」に決まったそうです。
村岡花子に託された「Anne of Green Gables」原書

「赤毛のアン」初版本 三笠書房

私も展示品を観ていて、アンが苺ジュースと間違えてワインを友だちのダイアナに
飲ませてしまい、大騒ぎになった話などを思い出しました。
原作には聖書やイギリスの古典文学からの引用が豊富に盛り込まれていて、
1993年の松本侑子訳にはその詳細な注釈が入っているということなので、
それも一度読んでみたいものです。
私の行ったのは平日でしたが、会場は女性を中心にかなりの来場者で賑わっていました。
孤児という恵まれない境遇にありながらも明るく生きていくアンに、多くの人が
共感しているのでしょう。
展覧会を紹介する、カナダ観光局の公式ウェブサイトです。
プリンス・エドワード島への旅行案内です。
「赤毛のアン」の舞台ということで、日本人に人気の観光地になっています。

御徒町
「Cochon d'or 香味屋 (コション・ドール カミヤ)」はリニューアルオープンした
吉池ビルの8階にあります。
場所は台東区上野3-27-12です。
新しい吉池ビルです。

お店は下谷の老舗洋食店、「香味屋」のプロデュースで、4月26日にオープンしました。
Cochon d'orとは金の豚という意味です。


11時開店で、休日に行ったところ、11時半にはほぼ満席になりました。
カウンター席含め40席ほどで全席禁煙です。
オープンしたばかりなのでカトラリーも新しく、箸もあります。
BGMはジャズソングでした。


ランチ950円にはポタージュスープが付きます。

Aランチはポークジンジャー・メンチカツ・エビフライの盛り合わせです。

ていねいに作ってあり、美味しいです。
コーヒーはやや薄めです。

夜には本格的なビストロ料理を小皿で楽しめるそうです。
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「Cochon d'or 香味屋 (コション・ドール カミヤ)」はリニューアルオープンした
吉池ビルの8階にあります。
場所は台東区上野3-27-12です。
新しい吉池ビルです。

お店は下谷の老舗洋食店、「香味屋」のプロデュースで、4月26日にオープンしました。
Cochon d'orとは金の豚という意味です。


11時開店で、休日に行ったところ、11時半にはほぼ満席になりました。
カウンター席含め40席ほどで全席禁煙です。
オープンしたばかりなのでカトラリーも新しく、箸もあります。
BGMはジャズソングでした。


ランチ950円にはポタージュスープが付きます。

Aランチはポークジンジャー・メンチカツ・エビフライの盛り合わせです。

ていねいに作ってあり、美味しいです。
コーヒーはやや薄めです。

夜には本格的なビストロ料理を小皿で楽しめるそうです。
上野
上野の国立科学博物館では、企画展、「石の世界と宮沢賢治」が開かれています。
会期は6月15日(日)までです。
常設展の入館料で入場出来ます。

宮沢賢治(1896-1933)は岩石や鉱物への興味が強く、小学校時代には
「石っこ賢さん」と呼ばれ、盛岡高等農林学校では地学を学び、各地の
地質図を作成していて、作品にもよく岩石や鉱物が登場しています。
その宮沢賢治の作品を通じて、石の世界を紹介する展覧会です。
会場内は撮影可能です。
イーハトーブ(岩手県)の地質図が床に貼ってあります。

和漢三才図絵

江戸時代の岩石・鉱物の名前には石英・雲母・瑪瑙など、現在と同じものも
ありますが、明治時代に多くは新しい名前に変えられています。
尋常小学校の理科の教科書と尋常小学校の鉱物標本セット

現在と違って、教科書は文部省が作成しています。
明治時代の標本セット

現在では宝石として扱われるトパーズも入っています。
帝室博物館(現在の東京国立博物館)から国立科学博物館に移管された
自然史資料(天産資料)の一部が展示されています。
宮沢賢治も上京した際に帝室博物館を訪れ、天産資料の展示を見ています。
足尾銅山産出の方解石

結晶が丸い形になっています。
宮沢賢治は盛岡高等農林学校(現在の岩手大学農学部)に進学し、
卒業後は研究生となって、標本採集や地質図作成を行なっています。


盛岡高等農林学校にあった島津製作所製の標本 岩手大学蔵

宮沢賢治の採集した標本 岩手大学蔵

研究生を終了した後、農学校の教諭となり、地質調査を続けています。

黒板に地形図が描いてあります。
宮沢賢治が日本で最初に発見したバタグルミの化石

宮沢賢治の作品に登場する、鉱物や岩石、化石の展示です。
丹礬(胆礬、たんばん)

柘榴石

孔雀石

「気のいい火山弾」の主人公の火山弾

宮沢賢治は活火山である岩手山などを通じて火山についての知識を
得ていました。
他にも「楢ノ木大学士の野宿」「十力の金剛石」「岩手軽便鉄道の一月」
などの作品に登場する岩石などが紹介されています。
筑摩書房刊 宮沢賢治全集

岩石や鉱物の写真が使われています。
宮沢賢治を岩石・鉱物の視点から捉えた面白い展覧会です。
私も地学は好きで、玄武岩や黄銅鉱といった名前を聞くと
わくわくするので、興味深く観ました。
展覧会のHPです。
chariot
上野の国立科学博物館では、企画展、「石の世界と宮沢賢治」が開かれています。
会期は6月15日(日)までです。
常設展の入館料で入場出来ます。

宮沢賢治(1896-1933)は岩石や鉱物への興味が強く、小学校時代には
「石っこ賢さん」と呼ばれ、盛岡高等農林学校では地学を学び、各地の
地質図を作成していて、作品にもよく岩石や鉱物が登場しています。
その宮沢賢治の作品を通じて、石の世界を紹介する展覧会です。
会場内は撮影可能です。
イーハトーブ(岩手県)の地質図が床に貼ってあります。

和漢三才図絵

江戸時代の岩石・鉱物の名前には石英・雲母・瑪瑙など、現在と同じものも
ありますが、明治時代に多くは新しい名前に変えられています。
尋常小学校の理科の教科書と尋常小学校の鉱物標本セット

現在と違って、教科書は文部省が作成しています。
明治時代の標本セット

現在では宝石として扱われるトパーズも入っています。
帝室博物館(現在の東京国立博物館)から国立科学博物館に移管された
自然史資料(天産資料)の一部が展示されています。
宮沢賢治も上京した際に帝室博物館を訪れ、天産資料の展示を見ています。
足尾銅山産出の方解石

結晶が丸い形になっています。
宮沢賢治は盛岡高等農林学校(現在の岩手大学農学部)に進学し、
卒業後は研究生となって、標本採集や地質図作成を行なっています。


盛岡高等農林学校にあった島津製作所製の標本 岩手大学蔵

宮沢賢治の採集した標本 岩手大学蔵

研究生を終了した後、農学校の教諭となり、地質調査を続けています。

黒板に地形図が描いてあります。
宮沢賢治が日本で最初に発見したバタグルミの化石

宮沢賢治の作品に登場する、鉱物や岩石、化石の展示です。
丹礬(胆礬、たんばん)

柘榴石

孔雀石

「気のいい火山弾」の主人公の火山弾

宮沢賢治は活火山である岩手山などを通じて火山についての知識を
得ていました。
他にも「楢ノ木大学士の野宿」「十力の金剛石」「岩手軽便鉄道の一月」
などの作品に登場する岩石などが紹介されています。
筑摩書房刊 宮沢賢治全集

岩石や鉱物の写真が使われています。
宮沢賢治を岩石・鉱物の視点から捉えた面白い展覧会です。
私も地学は好きで、玄武岩や黄銅鉱といった名前を聞くと
わくわくするので、興味深く観ました。
展覧会のHPです。
六本木
六本木の森アーツセンターギャラリーでは
「こども展 名画にみるこどもと画家の絆」が開かれています。
会期は6月29日(日)まで、会期中は無休です。

5月20日にブロガー特別内覧会があったので行ってきました。
2009年から2010年にパリのオランジュリー美術館で開かれた、「モデルとなった子どもたち」展を
日本向けに再構成した展覧会です。
森アーツセンターギャラリー・エキジビション・ディレクターの中山三善さんのギャラリートークを
交えての内覧会でした。
写真は美術館の特別の許可を得て撮影したものです。
会場入り口にはレゴブロックで作った、アンリ・ルソーの「人形を抱く子ども」が置いてあります。

右:アンリ・ルソー 「人形を抱く子ども」 1904-05年頃 オランジュリー美術館

とても存在感のある作品で、展覧会のポスターなどにも使われています。
ルソーは子どもの絵を4点描いているそうで、そのうちの1点は2010年に世田谷美術館で
開かれた、「ザ・コレクション・ヴィンタートゥール」展に展示されていました。
人形と花と一緒に描く画面構成は同じです。
「ザ・コレクション・ヴィンタートゥール」展の記事です。
右:レイモン・レヴィ=ストロース 「子どものクロード・レヴィ=ストロース、あるいは
木馬の三輪車にまたがる子どものクロード・レヴィ=ストロース」
1912年 プティ・パレ美術館

モデルのクロード・レヴィ=ストロース(1908~2009)は後にフランスを代表する思想家となります。
4歳頃の独り息子のクロードを描いたものですが、たしかに賢そうな顔をしています。
右:シャルル・ブラン 「ジェルメーヌ・ピショの肖像」
1881年 ポワティア、サント=クロワ美術館
左:ウジェーヌ・デュレンヌ 「身だしなみ」 1901年頃 グラース国際香水博物館

右
アカデミズムの画家のブグロー風に描かれた、如何にも可愛げな女の子です。
左
洗面台で一心に身づくろいしている可愛い瞬間を捉えています。
右:アンリ・ジュール・ジャン・ジョフロワ 「教室にて、子どもたちの学習」
1889年 パリ、フランス国民教育省
左:ベルナール・ブーテ・ド・モンヴェル 「ヌムールの寄宿舎」
1909年 ブーローニュ=ビヤンクール、1930年代美術館

右
教室でスモックを着た男の子たちがペンを使って書き取りの練習をしていて、
机にはインク壷が埋め込まれています。
一番後ろの席は年少の子どもたちのようで、石板を使っています。
作者は小学校に勤めていたこともあるとのことで、子どもたちの生態を良く捉えています。
この絵はフランス国民教育省の大臣控室に飾ってあるそうで、フランスで義務教育が
本格化するのは19世紀後半のことで、義務教育の始まりを示す記念の意味がある
作品と言えます。
左
ヌムールはパリ近郊の町です。
黒の制服の女子生徒たちが先生に連れられ、背の順番に並んで行進しています。
2013年にホテルオークラ東京で開かれた、「モネ ユトリロ 佐伯と日仏絵画の巨匠たち」展に
展示されていた、レオナール・フジタの「パリ風景」にも同じような制服の女子生徒が
描かれていました。
「モネ ユトリロ 佐伯と日仏絵画の巨匠たち」展の記事です。
右:ベルト・モリゾ 「犬を抱く娘」 1886年 個人蔵
左:ピエール=オーギュスト・ルノワール 「ジュリー・マネの肖像、あるいは猫を抱く子ども」
1887年 オルセー美術館

右
印象派の画家、ベルト・モリゾはマネの弟、ウージェーヌ・マネと結婚していて、
1879年にジュリーが生まれています。
左
少し憂いのある表情のジュリーに抱かれた猫は気持ち良さそうに眠っています。
ルノワールが少女と猫というモチーフで描いた作品は2013年に三菱一号館美術館で開かれた、
「奇跡のクラークコレクション―ルノワールとフランス絵画の傑作―」展にも1点、
展示されていました。
「奇跡のクラークコレクション―ルノワールとフランス絵画の傑作―」展の記事です。
ジュリーが16歳のとき、父母が亡くなり、ルノワールたちはジュリーの後見人になっています。
ルノワールも自分の子どもをモデルに多くの作品を描いています。
右:ピエール=オーギュスト・ルノワール 「ジャン・ルノワールの肖像」
1899年 リモージュ美術館
中:ピエール=オーギュスト・ルノワール 「道化役のクロード・ルノワール」
1909年 オランジュリー美術館
左:ピエール=オーギュスト・ルノワール 「遊ぶクロード・ルノワール」
1905年頃 オランジュリー美術館

右
後に映画監督となる長男のジャンがモデルです。
女の子の服装をしていますが、これは幼児期は女の子の方が丈夫なので、
この時代は男の子にも女の子の服装をさせる風習があったことによるものです。
中
三男のクロードがモデルで、3人の中ではクロードが最も多くモデルを務めています。
クロードはこの衣装が嫌いで、モデルになると半日学校を休めることだけが
嬉しかったそうです。
右:クロード・モネ 「青いセーターを着たミシェル・モネ」 1883年 マルモッタン・モネ美術館
中:クロード・モネ 「玉房付の帽子を被ったミシェル・モネの肖像」
1880年 マルモッタン・モネ美術館
左:クロード・モネ 「ジャン・モネの肖像」
1880年 マルモッタン・モネ美術館

最初の妻、カミーユとの間に出来た長男のジャンと次男のミシェルです。
家族のポートレートとして自分用に描いているので、簡潔な描き方です。
ジャンはモネの代表作、「日傘の女性、モネ夫人と息子」(1875年)にも描かれています。
子どもを描いた画家と言えばモーリス・ドニで、ドニの作品は6点展示されています。
右:モーリス・ドニ 「リザール号に乗ったドミニック」 1921年 個人蔵
中:モーリス・ドニ 「トランペットを吹くアコ」 1919年 個人蔵
左:モーリス・ドニ 「ボクシング」 1918年頃 個人蔵

どれも個人蔵で、描かれた子どもたちの子孫が所蔵しているのでしょう。
ドニの子どもたちを描いた作品は2011年に損保ジャパン東郷青児美術館で開かれた、
「モーリス・ドニ―いのちの輝き、子どものいる風景」展に展示されていました。
「モーリス・ドニ―いのちの輝き、子どものいる風景」展の記事です。
右:ポール・セザンヌ 「芸術家の息子の肖像」 1881-82年 オランジュリー美術館

独り息子のポールがモデルですが、他の画家の作品と違って、あまり子どもの可愛さを
表現していません。
セザンヌはモデルになった画商が動くと、「リンゴが動くか!」と怒ったそうですが、
リンゴを描くような冷静な目で見て描いたのでしょう。
右:エドゥアール・ヴュイヤール 「クロード・ベルネーム・ド・ヴィレールとその母」
1905-08年 オルセー美術館
左:エドゥアール・ヴィヤール 「ジュヌヴィエーヴ・ベルネーム・ド・ヴィレール」
1919-20年 オルセー美術館

私が気に入ったのはヴィヤールの2点です。
ヴィヤールの絵を扱っている画商の子どもたちを描いていて、鈍い金色に輝き、
ざっくりとした筆触が心地良い作品です。
ダヴード・エンダディアン 「ヤシャール=アザールの肖像」 1986年 個人蔵
ダヴード・エンダディアン 「ネガールの肖像」 1994年 個人蔵
横向きの姿の息子と娘を室内の光の中で写実的に描いています。
ダヴード・エンダディアンはイラン出身で、静かで誠実な描きぶりです。
他に、ピカソ・マティス・パスキン・キスリング・ドラン・レンピッカなどの作品もあります。
会場の最後に展示されているのはレオナール・フジタの作品、2点です。
レオナール・フジタ 「フランスの48の富」 1960-61 パリ市近代美術館
小さい子どもたちが化学者、猟師、コック、画家などさまざまな職業人に扮しているのを
48枚の小さな板に描いてあります。
フジタには子供がいませんでしたが、子ども好きで、戦後再びフランスに渡ってからは
子どもを題材にした作品をよく描いています。
それぞれの画家の子どもとの係わり、子どもへの愛情が伝わって、見所の多い面白い展覧会です。
展覧会のHPです。
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六本木の森アーツセンターギャラリーでは
「こども展 名画にみるこどもと画家の絆」が開かれています。
会期は6月29日(日)まで、会期中は無休です。


5月20日にブロガー特別内覧会があったので行ってきました。
2009年から2010年にパリのオランジュリー美術館で開かれた、「モデルとなった子どもたち」展を
日本向けに再構成した展覧会です。
森アーツセンターギャラリー・エキジビション・ディレクターの中山三善さんのギャラリートークを
交えての内覧会でした。
写真は美術館の特別の許可を得て撮影したものです。
会場入り口にはレゴブロックで作った、アンリ・ルソーの「人形を抱く子ども」が置いてあります。

右:アンリ・ルソー 「人形を抱く子ども」 1904-05年頃 オランジュリー美術館

とても存在感のある作品で、展覧会のポスターなどにも使われています。
ルソーは子どもの絵を4点描いているそうで、そのうちの1点は2010年に世田谷美術館で
開かれた、「ザ・コレクション・ヴィンタートゥール」展に展示されていました。
人形と花と一緒に描く画面構成は同じです。
「ザ・コレクション・ヴィンタートゥール」展の記事です。
右:レイモン・レヴィ=ストロース 「子どものクロード・レヴィ=ストロース、あるいは
木馬の三輪車にまたがる子どものクロード・レヴィ=ストロース」
1912年 プティ・パレ美術館

モデルのクロード・レヴィ=ストロース(1908~2009)は後にフランスを代表する思想家となります。
4歳頃の独り息子のクロードを描いたものですが、たしかに賢そうな顔をしています。
右:シャルル・ブラン 「ジェルメーヌ・ピショの肖像」
1881年 ポワティア、サント=クロワ美術館
左:ウジェーヌ・デュレンヌ 「身だしなみ」 1901年頃 グラース国際香水博物館

右
アカデミズムの画家のブグロー風に描かれた、如何にも可愛げな女の子です。
左
洗面台で一心に身づくろいしている可愛い瞬間を捉えています。
右:アンリ・ジュール・ジャン・ジョフロワ 「教室にて、子どもたちの学習」
1889年 パリ、フランス国民教育省
左:ベルナール・ブーテ・ド・モンヴェル 「ヌムールの寄宿舎」
1909年 ブーローニュ=ビヤンクール、1930年代美術館

右
教室でスモックを着た男の子たちがペンを使って書き取りの練習をしていて、
机にはインク壷が埋め込まれています。
一番後ろの席は年少の子どもたちのようで、石板を使っています。
作者は小学校に勤めていたこともあるとのことで、子どもたちの生態を良く捉えています。
この絵はフランス国民教育省の大臣控室に飾ってあるそうで、フランスで義務教育が
本格化するのは19世紀後半のことで、義務教育の始まりを示す記念の意味がある
作品と言えます。
左
ヌムールはパリ近郊の町です。
黒の制服の女子生徒たちが先生に連れられ、背の順番に並んで行進しています。
2013年にホテルオークラ東京で開かれた、「モネ ユトリロ 佐伯と日仏絵画の巨匠たち」展に
展示されていた、レオナール・フジタの「パリ風景」にも同じような制服の女子生徒が
描かれていました。
「モネ ユトリロ 佐伯と日仏絵画の巨匠たち」展の記事です。
右:ベルト・モリゾ 「犬を抱く娘」 1886年 個人蔵
左:ピエール=オーギュスト・ルノワール 「ジュリー・マネの肖像、あるいは猫を抱く子ども」
1887年 オルセー美術館

右
印象派の画家、ベルト・モリゾはマネの弟、ウージェーヌ・マネと結婚していて、
1879年にジュリーが生まれています。
左
少し憂いのある表情のジュリーに抱かれた猫は気持ち良さそうに眠っています。
ルノワールが少女と猫というモチーフで描いた作品は2013年に三菱一号館美術館で開かれた、
「奇跡のクラークコレクション―ルノワールとフランス絵画の傑作―」展にも1点、
展示されていました。
「奇跡のクラークコレクション―ルノワールとフランス絵画の傑作―」展の記事です。
ジュリーが16歳のとき、父母が亡くなり、ルノワールたちはジュリーの後見人になっています。
ルノワールも自分の子どもをモデルに多くの作品を描いています。
右:ピエール=オーギュスト・ルノワール 「ジャン・ルノワールの肖像」
1899年 リモージュ美術館
中:ピエール=オーギュスト・ルノワール 「道化役のクロード・ルノワール」
1909年 オランジュリー美術館
左:ピエール=オーギュスト・ルノワール 「遊ぶクロード・ルノワール」
1905年頃 オランジュリー美術館

右
後に映画監督となる長男のジャンがモデルです。
女の子の服装をしていますが、これは幼児期は女の子の方が丈夫なので、
この時代は男の子にも女の子の服装をさせる風習があったことによるものです。
中
三男のクロードがモデルで、3人の中ではクロードが最も多くモデルを務めています。
クロードはこの衣装が嫌いで、モデルになると半日学校を休めることだけが
嬉しかったそうです。
右:クロード・モネ 「青いセーターを着たミシェル・モネ」 1883年 マルモッタン・モネ美術館
中:クロード・モネ 「玉房付の帽子を被ったミシェル・モネの肖像」
1880年 マルモッタン・モネ美術館
左:クロード・モネ 「ジャン・モネの肖像」
1880年 マルモッタン・モネ美術館

最初の妻、カミーユとの間に出来た長男のジャンと次男のミシェルです。
家族のポートレートとして自分用に描いているので、簡潔な描き方です。
ジャンはモネの代表作、「日傘の女性、モネ夫人と息子」(1875年)にも描かれています。
子どもを描いた画家と言えばモーリス・ドニで、ドニの作品は6点展示されています。
右:モーリス・ドニ 「リザール号に乗ったドミニック」 1921年 個人蔵
中:モーリス・ドニ 「トランペットを吹くアコ」 1919年 個人蔵
左:モーリス・ドニ 「ボクシング」 1918年頃 個人蔵

どれも個人蔵で、描かれた子どもたちの子孫が所蔵しているのでしょう。
ドニの子どもたちを描いた作品は2011年に損保ジャパン東郷青児美術館で開かれた、
「モーリス・ドニ―いのちの輝き、子どものいる風景」展に展示されていました。
「モーリス・ドニ―いのちの輝き、子どものいる風景」展の記事です。
右:ポール・セザンヌ 「芸術家の息子の肖像」 1881-82年 オランジュリー美術館

独り息子のポールがモデルですが、他の画家の作品と違って、あまり子どもの可愛さを
表現していません。
セザンヌはモデルになった画商が動くと、「リンゴが動くか!」と怒ったそうですが、
リンゴを描くような冷静な目で見て描いたのでしょう。
右:エドゥアール・ヴュイヤール 「クロード・ベルネーム・ド・ヴィレールとその母」
1905-08年 オルセー美術館
左:エドゥアール・ヴィヤール 「ジュヌヴィエーヴ・ベルネーム・ド・ヴィレール」
1919-20年 オルセー美術館

私が気に入ったのはヴィヤールの2点です。
ヴィヤールの絵を扱っている画商の子どもたちを描いていて、鈍い金色に輝き、
ざっくりとした筆触が心地良い作品です。
ダヴード・エンダディアン 「ヤシャール=アザールの肖像」 1986年 個人蔵
ダヴード・エンダディアン 「ネガールの肖像」 1994年 個人蔵
横向きの姿の息子と娘を室内の光の中で写実的に描いています。
ダヴード・エンダディアンはイラン出身で、静かで誠実な描きぶりです。
他に、ピカソ・マティス・パスキン・キスリング・ドラン・レンピッカなどの作品もあります。
会場の最後に展示されているのはレオナール・フジタの作品、2点です。
レオナール・フジタ 「フランスの48の富」 1960-61 パリ市近代美術館
小さい子どもたちが化学者、猟師、コック、画家などさまざまな職業人に扮しているのを
48枚の小さな板に描いてあります。
フジタには子供がいませんでしたが、子ども好きで、戦後再びフランスに渡ってからは
子どもを題材にした作品をよく描いています。
それぞれの画家の子どもとの係わり、子どもへの愛情が伝わって、見所の多い面白い展覧会です。
展覧会のHPです。
上野
「LA COCORICO(ラ ココリコ)上野の森さくらテラス店」は上野の森さくらテラスの
1階にあります。
場所は台東区上野公園1-54です。

4月26日にさくらテラスに合わせてオープンしたお店で、60席ほどで全席禁煙、
ウッディな作りの店内です。

鶏の鳴き声を店名にしていて、ロティサリーチキンがメニューの中心です。


ランチセット1490円は数種類の前菜から一つ選びます。
帆立貝とレンズ豆のソテーです。
帆立貝にはウニが塗ってあって、力の入った前菜です。

ロティサリーチキン1/4サイズにはピラフが添えられています。
プラス300円で1/2サイズになります。

チキンは手づかみで食べるのが一番美味しいそうですが、アツアツなので
鋸刃付きのナイフを使ってちょっとワイルドな気分でいただきました。
皮はパリッとして香ばしく、中はしっとりとして、なかなか美味しいです。
コーヒーには小さなマドレーヌが付いています。

マドレーヌを食べながら、ふと思いました。
帆立貝はスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の印です。
旧約聖書にはお腹を空かせたエサウがレンズ豆の煮物と引き換えに
長子権を弟のヤコブに譲ってしまった話が出ています。
そう言えば、イエスは最後の晩餐でペテロに、「あなたは鶏が鳴く前に
三度私を知らないと言うだろう」と言っています。
いろいろと意味の深いランチです。
上野駅の真横の便利な場所にあって、チキンをたっぷり味わえる、活きのいいお店です。
上野の森さくらテラスの一番上の階から見下ろしたところです。

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「LA COCORICO(ラ ココリコ)上野の森さくらテラス店」は上野の森さくらテラスの
1階にあります。
場所は台東区上野公園1-54です。

4月26日にさくらテラスに合わせてオープンしたお店で、60席ほどで全席禁煙、
ウッディな作りの店内です。

鶏の鳴き声を店名にしていて、ロティサリーチキンがメニューの中心です。


ランチセット1490円は数種類の前菜から一つ選びます。
帆立貝とレンズ豆のソテーです。
帆立貝にはウニが塗ってあって、力の入った前菜です。

ロティサリーチキン1/4サイズにはピラフが添えられています。
プラス300円で1/2サイズになります。

チキンは手づかみで食べるのが一番美味しいそうですが、アツアツなので
鋸刃付きのナイフを使ってちょっとワイルドな気分でいただきました。
皮はパリッとして香ばしく、中はしっとりとして、なかなか美味しいです。
コーヒーには小さなマドレーヌが付いています。

マドレーヌを食べながら、ふと思いました。
帆立貝はスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の印です。
旧約聖書にはお腹を空かせたエサウがレンズ豆の煮物と引き換えに
長子権を弟のヤコブに譲ってしまった話が出ています。
そう言えば、イエスは最後の晩餐でペテロに、「あなたは鶏が鳴く前に
三度私を知らないと言うだろう」と言っています。
いろいろと意味の深いランチです。
上野駅の真横の便利な場所にあって、チキンをたっぷり味わえる、活きのいいお店です。
上野の森さくらテラスの一番上の階から見下ろしたところです。

新宿
新宿の損保ジャパン東郷青児美術館では、「オランダ・ハーグ派展」が開かれています。
会期は6月29日(日)までです。

副題に「ゴッホの原点、近代自然主義絵画の成立」となっていて、ハーグ市立美術館所蔵の
作品を中心に19世紀後半にハーグを拠点に活動した画家たちの作品などが展示されています。
ハーグ派はフランスのバルビゾン派の影響を受け、屋外の自然や働く人たち、室内の情景
などを描いています。
またバルビゾン派を通じて、レンブラントやフェルメールの17世紀オランダ絵画を再評価
しています。
ジャン=バティスト=カミーユ・コロー 「浅瀬を渡る山羊の番人、イタリアの思い出」
1872年頃 吉野石膏美術振興財団

銀灰色に包まれた穏やかな景色とアクセントの赤い帽子という、コロー独特の世界です。
ジャン=フランソワ・ミレー 「バター作りの女」 1870年 吉野石膏美術振興財団

腕に力を入れて牛乳の入った桶をかき混ぜている女性に、匂いを嗅ぎ付けたのか、
猫がすり寄っています。
戸口では鶏がその様子を窺っています。
ジャン=フランソワ・ミレー(1814-1875)はバルビゾン派を代表する画家です。
ヴィレム・ルーロフス 「アプカウデ近く、風車のある干拓地の風景」
1870年頃 ハーグ市立美術館

横の線を強調した広々とした画面で、風車を回す風は水辺の葦を揺らし、
雲が流れ、鳥が騒いでいます。
ヴィレム・ルーロフス(1822-1897)はオランダの画家の中で最も早くバルビゾンを
訪れて感銘を受けています。
後にメスダッハを教えるなど、ハーグ派に影響を与えています。
ヤン・ヘンドリック・ヴァイセンブルフ 「トレックフリート」
1870年 ハーグ市立美術館

トレックフリートはハーグ近くの運河で、晴れた空に雲が浮かび、帆を広げた川船が
行き交い、風車が回っています。
手前の道を母子と犬が歩いてきて、対岸の船を引っ張る馬の通る曳船道や地面を
走り抜ける雲の影も見えます。
ストリートビューでトレックフリート(trekvliet)の辺りを見ると、のどかな郊外を通る
運河が見えます。
ヤン・ヘンドリック・ヴァイセンブルフ(1838-1865)はハーグ派の中で最も成功した
画家の一人とのことで、運河や川など水辺の光景を描いています。
ヘラルト・ビルデルス 「干拓地の風景のなかの牝牛(オーステルベーク)」
1857年頃 ハーグ市立美術館

オーステルベークはアルンヘムに近く、バルビゾン派がフォンテーヌブローの森に
出かけたように、ハーグ派はオーステルベークの自然を描いています。
牝牛はハーグ派の画家にとって、オランダの経済を支える存在としての象徴的な
意味があったそうです。
ヘラルト・ビルデルス(1824-1903)は動物のいる風景をよく描いています。
ヤコプ・マリス 「漁船」 1878年 ハーグ市立美術館

高さ124㎝の大きな画面いっぱいに灰色の空が広がり、その色が海に映っています。
ニシンを獲る漁船のマストの旗は風で千切れそうになってはためいています。
スヘフェニンゲンはハーグ郊外の漁村ですが、港が無いので、漁船は綱で浜に
引き上げられます。
ヤコプ・マリス(1837-1899)は自然の風景や都会の光景を描いています。
ヘンドリック・ヴィレム・メスダッハ 「オランダの海岸沿い」
1885年 ハーグ市立美術館

夕暮れの海岸の状景で、夕陽が雲を照らし、漁船はシルエットになっています。
空や雲を大きく描く海景画はオランダ絵画の見所の一つです。
ヘンドリック・ヴィレム・メスダッハ(1831-1915)は裕福な銀行家の家に生まれますが、
画家を志し、ヴィレム・ルーロフスに師事しています。
海景画家として知られ、スヘフェニンゲンの海岸を360度見回した景色を高さ14m、
幅120mという巨大なリング状の絵画にしたパノラマ・メスダグで有名です。
パノラマ・メスダグはハーグ市にある、メスダッハの建てた美術館で、その巨大な
パノラマを観ることが出来ます。
美術館のHPにはパノラマのスクリーンセーバーも載っています。
パノラマ・メスダグのHPです。
メスダッハの作品は2009年にホテルオークラで開かれた、「栄光のオランダ絵画展」にも
展示されていました。
「栄光のオランダ絵画展」の記事です。
フィリップ・サデー 「貧しい人たちの運命」 1901年 ハーグ市立美術館

漁村の女性たちが海岸で水揚げした時にこぼれたニシンをカモメと一緒になって拾っています。
女性は木靴を履いていて、女の子は裸足です。
フィリップ・サデー(1837-1904)はスヘフェニンゲンの漁村の生活を描いています。
ヨーゼフ・イスラエルス 「縫い物をする若い女」 1880年頃 ハーグ市立美術館

窓からの光で縫い物をしている女性で、窓の外にはわずかに青空が見えます。
フェルメールのような情景ですが、光と影の雰囲気はレンブラント風です。
ヨーゼフ・イスラエルス(1824-1911)は落着いた色調と精神性の高さから
第2のレンブラントと呼ばれていたそうです。
ベルナルデュス・ヨハネス・ブロンメルス 「室内」 1872年 ハーグ市立美術館

窓辺のテーブルを囲んでくつろぐ家族の一コマです。
オランダ絵画は宗教改革の後は世俗画中心になりますが、この絵には聖ヨセフと
聖母子のモチーフの面影を感じます。
ベルナルデュス・ヨハネス・ブロンメルス(1845-1914)はイスラエルスの影響を受けながら、
海辺の風景や漁師の生活を描いた画家とのことです。
アルベルト・ヌウハウス 「母と子どもたち」 ハーグ市立美術館

赤ちゃんをあやす母親と後ろから覗き込んでいる姉です。
こちらの作品からは聖母子と洗礼者ヨハネを思い出します。
アルベルト・ヌウハウス(1844-1914)は農民の生活や室内の光景を描いた画家とのことです。
フィンセント・ファン・ゴッホ 「白い帽子をかぶった農婦の顔」
1884~85年 クレラー=ミュラー美術館

初期の有名な「ジャガイモを食べる人々」(1885)に描かれた人物を思わせる、
力のこもった作品です。
フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)は16歳から20歳までハーグの画商の下で働き、
27歳のとき再びハーグを訪れて、いとこと結婚したハーグ派の画家に絵を習っています。
ハーグ派は全体に暗い色調なのが特徴ですが、ゴッホの初期の作品にもそれが表れています。
フィンセント・ファン・ゴッホ 「じゃがいもを掘る2人の農婦」
1885年 クレラー=ミュラー美術館

ミレーのような雰囲気の作品で、庶民の生活を描くハーグ派にも通じています。
近代オランダ絵画を代表するモンドリアンの作品も4点、展示されています。
ピート・モンドリアン 「アムステルダムの東、オーストザイゼの風車」
1907年頃 ハーグ市立美術館

ピート・モンドリアン(1872-1944)は初期にはハーグ派の影響を受けた風景画を描いています。
ピート・モンドリアン 「夕暮れの風車」 1917年頃 ハーグ市立美術館

すでにモンドリアンの関心が情景ではなく、色面の構成に移っていることがよく分かります。
初めて観る画家たちの作品も多く、どれも親しみやすく、ハーグ派と呼ばれる画家たちを
知ることの出来る、面白い展覧会です。
展覧会のHPです。
次回の展覧会は「不思議な動き キネティック・アート展」です。
会期は7月8日(火)から8月24日(日)までです。

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新宿の損保ジャパン東郷青児美術館では、「オランダ・ハーグ派展」が開かれています。
会期は6月29日(日)までです。

副題に「ゴッホの原点、近代自然主義絵画の成立」となっていて、ハーグ市立美術館所蔵の
作品を中心に19世紀後半にハーグを拠点に活動した画家たちの作品などが展示されています。
ハーグ派はフランスのバルビゾン派の影響を受け、屋外の自然や働く人たち、室内の情景
などを描いています。
またバルビゾン派を通じて、レンブラントやフェルメールの17世紀オランダ絵画を再評価
しています。
ジャン=バティスト=カミーユ・コロー 「浅瀬を渡る山羊の番人、イタリアの思い出」
1872年頃 吉野石膏美術振興財団

銀灰色に包まれた穏やかな景色とアクセントの赤い帽子という、コロー独特の世界です。
ジャン=フランソワ・ミレー 「バター作りの女」 1870年 吉野石膏美術振興財団

腕に力を入れて牛乳の入った桶をかき混ぜている女性に、匂いを嗅ぎ付けたのか、
猫がすり寄っています。
戸口では鶏がその様子を窺っています。
ジャン=フランソワ・ミレー(1814-1875)はバルビゾン派を代表する画家です。
ヴィレム・ルーロフス 「アプカウデ近く、風車のある干拓地の風景」
1870年頃 ハーグ市立美術館

横の線を強調した広々とした画面で、風車を回す風は水辺の葦を揺らし、
雲が流れ、鳥が騒いでいます。
ヴィレム・ルーロフス(1822-1897)はオランダの画家の中で最も早くバルビゾンを
訪れて感銘を受けています。
後にメスダッハを教えるなど、ハーグ派に影響を与えています。
ヤン・ヘンドリック・ヴァイセンブルフ 「トレックフリート」
1870年 ハーグ市立美術館

トレックフリートはハーグ近くの運河で、晴れた空に雲が浮かび、帆を広げた川船が
行き交い、風車が回っています。
手前の道を母子と犬が歩いてきて、対岸の船を引っ張る馬の通る曳船道や地面を
走り抜ける雲の影も見えます。
ストリートビューでトレックフリート(trekvliet)の辺りを見ると、のどかな郊外を通る
運河が見えます。
ヤン・ヘンドリック・ヴァイセンブルフ(1838-1865)はハーグ派の中で最も成功した
画家の一人とのことで、運河や川など水辺の光景を描いています。
ヘラルト・ビルデルス 「干拓地の風景のなかの牝牛(オーステルベーク)」
1857年頃 ハーグ市立美術館

オーステルベークはアルンヘムに近く、バルビゾン派がフォンテーヌブローの森に
出かけたように、ハーグ派はオーステルベークの自然を描いています。
牝牛はハーグ派の画家にとって、オランダの経済を支える存在としての象徴的な
意味があったそうです。
ヘラルト・ビルデルス(1824-1903)は動物のいる風景をよく描いています。
ヤコプ・マリス 「漁船」 1878年 ハーグ市立美術館

高さ124㎝の大きな画面いっぱいに灰色の空が広がり、その色が海に映っています。
ニシンを獲る漁船のマストの旗は風で千切れそうになってはためいています。
スヘフェニンゲンはハーグ郊外の漁村ですが、港が無いので、漁船は綱で浜に
引き上げられます。
ヤコプ・マリス(1837-1899)は自然の風景や都会の光景を描いています。
ヘンドリック・ヴィレム・メスダッハ 「オランダの海岸沿い」
1885年 ハーグ市立美術館

夕暮れの海岸の状景で、夕陽が雲を照らし、漁船はシルエットになっています。
空や雲を大きく描く海景画はオランダ絵画の見所の一つです。
ヘンドリック・ヴィレム・メスダッハ(1831-1915)は裕福な銀行家の家に生まれますが、
画家を志し、ヴィレム・ルーロフスに師事しています。
海景画家として知られ、スヘフェニンゲンの海岸を360度見回した景色を高さ14m、
幅120mという巨大なリング状の絵画にしたパノラマ・メスダグで有名です。
パノラマ・メスダグはハーグ市にある、メスダッハの建てた美術館で、その巨大な
パノラマを観ることが出来ます。
美術館のHPにはパノラマのスクリーンセーバーも載っています。
パノラマ・メスダグのHPです。
メスダッハの作品は2009年にホテルオークラで開かれた、「栄光のオランダ絵画展」にも
展示されていました。
「栄光のオランダ絵画展」の記事です。
フィリップ・サデー 「貧しい人たちの運命」 1901年 ハーグ市立美術館

漁村の女性たちが海岸で水揚げした時にこぼれたニシンをカモメと一緒になって拾っています。
女性は木靴を履いていて、女の子は裸足です。
フィリップ・サデー(1837-1904)はスヘフェニンゲンの漁村の生活を描いています。
ヨーゼフ・イスラエルス 「縫い物をする若い女」 1880年頃 ハーグ市立美術館

窓からの光で縫い物をしている女性で、窓の外にはわずかに青空が見えます。
フェルメールのような情景ですが、光と影の雰囲気はレンブラント風です。
ヨーゼフ・イスラエルス(1824-1911)は落着いた色調と精神性の高さから
第2のレンブラントと呼ばれていたそうです。
ベルナルデュス・ヨハネス・ブロンメルス 「室内」 1872年 ハーグ市立美術館

窓辺のテーブルを囲んでくつろぐ家族の一コマです。
オランダ絵画は宗教改革の後は世俗画中心になりますが、この絵には聖ヨセフと
聖母子のモチーフの面影を感じます。
ベルナルデュス・ヨハネス・ブロンメルス(1845-1914)はイスラエルスの影響を受けながら、
海辺の風景や漁師の生活を描いた画家とのことです。
アルベルト・ヌウハウス 「母と子どもたち」 ハーグ市立美術館

赤ちゃんをあやす母親と後ろから覗き込んでいる姉です。
こちらの作品からは聖母子と洗礼者ヨハネを思い出します。
アルベルト・ヌウハウス(1844-1914)は農民の生活や室内の光景を描いた画家とのことです。
フィンセント・ファン・ゴッホ 「白い帽子をかぶった農婦の顔」
1884~85年 クレラー=ミュラー美術館

初期の有名な「ジャガイモを食べる人々」(1885)に描かれた人物を思わせる、
力のこもった作品です。
フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)は16歳から20歳までハーグの画商の下で働き、
27歳のとき再びハーグを訪れて、いとこと結婚したハーグ派の画家に絵を習っています。
ハーグ派は全体に暗い色調なのが特徴ですが、ゴッホの初期の作品にもそれが表れています。
フィンセント・ファン・ゴッホ 「じゃがいもを掘る2人の農婦」
1885年 クレラー=ミュラー美術館

ミレーのような雰囲気の作品で、庶民の生活を描くハーグ派にも通じています。
近代オランダ絵画を代表するモンドリアンの作品も4点、展示されています。
ピート・モンドリアン 「アムステルダムの東、オーストザイゼの風車」
1907年頃 ハーグ市立美術館

ピート・モンドリアン(1872-1944)は初期にはハーグ派の影響を受けた風景画を描いています。
ピート・モンドリアン 「夕暮れの風車」 1917年頃 ハーグ市立美術館

すでにモンドリアンの関心が情景ではなく、色面の構成に移っていることがよく分かります。
初めて観る画家たちの作品も多く、どれも親しみやすく、ハーグ派と呼ばれる画家たちを
知ることの出来る、面白い展覧会です。
展覧会のHPです。
次回の展覧会は「不思議な動き キネティック・アート展」です。
会期は7月8日(火)から8月24日(日)までです。

元町中華街
山下公園横の「カフェ エリオット アベニュー」に行ってきました。
場所は横浜市中区山下町18で、横浜人形の家の1階です。

小さなお店は明るく、全席禁煙です。
シアトルの「Espresso Vivace」から空輸される豆を使った
エスプレッソ700円は味に深みがあります。
こちらはアメリカ―ノ400円です。

以前、 「カフェ エリオット アベニュー」に行った時の記事です。
山下公園を歩きました。
氷川丸

山下公園の花壇




chariot
山下公園横の「カフェ エリオット アベニュー」に行ってきました。
場所は横浜市中区山下町18で、横浜人形の家の1階です。

小さなお店は明るく、全席禁煙です。
シアトルの「Espresso Vivace」から空輸される豆を使った
エスプレッソ700円は味に深みがあります。
こちらはアメリカ―ノ400円です。

以前、 「カフェ エリオット アベニュー」に行った時の記事です。
山下公園を歩きました。
氷川丸

山下公園の花壇




上野
上野の東京都美術館では、「公募団体ベストセレクション 美術 2014」展が
開かれています。
会期は5月27日(火)までです。

同時開催中の「バルテュス展」のチケットで無料で入場できます。
1926(大正15)年に開館して依頼、公募団体とともに歩んできた東京都美術館が
開く展覧会で、今年は3回目、27団体の151人の作品が展示されています。
参加団体は以下の通りです。
一陽会、一水会、旺玄会、行動美術協会、光風会、国画会、示現会、自由美術協会、
主体美術協会、春陽会、新制作協会、水彩連盟、創画会、創元会、東光会、
独立美術協会、二科会、二紀会、日洋会、日展、日本水彩画会、日本彫刻会、
日本版画協会、日本美術院、白日会、美術文化協会、モダンアート協会
榎本香奈子 「MAZE-私も、うさぎ-」(部分) 油彩、カンヴァス 2013年
チラシに使われている絵です。
犬と兎が垣根の迷路の中でてんでに追いかけっこをしています。
緑とオレンジ色の対照が印象的で、動きと空間があります。
この絵の上にも小さな絵があって、キャベツ畑の中で男の子が
耳に手を当てて兎の真似をしています。
古澤洋子 「未来へ続く家波」 紙本着色 2012年 日展

イタリアの古い家並が渦を巻いて、波頭となっています。
家並を一つのオブジェとして捉えています。
飯泉俊夫 「ヴェニス朝明け」 油彩、カンヴァス 2012年 東光会

家々の赤い屋根を朝焼けでさらに強調しています。
塗師祥一郎 「春近い長坂」 油彩、カンヴァス 2011年 日洋会

山梨県長坂の風景でしょうか。
安定した画面構成です。
金森宰司 『ライフ「タピストリーのある部屋で」』
油彩、カンヴァス 2011年 新制作協会

金森さんのライフシリーズの一つです。
量感と色彩にあふれています。
田村研一 「CATASTROPHE-BOWL」 油彩、カンヴァス 2013年 新制作協会

2013年の新制作展での画像です。
田村さんはやんちゃでノスタルジックな世界を描いています。
番場三雄 「タルチョ舞う中で」 紙本着色 2012年 日本美術院

タルチョ(風旗)は5色の旗で、チベットで用いられ、屋外に張られています。
風の中を行くヤクの群れと人を、抑制した色調で量感のあるかたまりとして描いています。
高島圭史 「旅の博物誌」 紙本着色 2012年 日本美術院
暗い赤紫色の色調で、女性が伏せて眠っているテーブルにはガラスの器や
さまざまな小物が置いてあります。
テーブルの辺りだけ光が当たり、幻想的な雰囲気を感じます。
番場さんと高島さんの作品はこの年の日本美術院賞を受賞しています。
渡邊裕公 「光彩奪目」 カラーボールペン、カンヴァス 2013年 光風会
三十三間の千手観音を背景にワンピース姿の女性が立っています。
カラーボールペンで細密に描き込むという技法で、独特のマチエールを生んでいます。
それぞれの団体で観たことのある作品に再会することも出来て、面白い展覧会です。
展覧会のHPです。
chariot
上野の東京都美術館では、「公募団体ベストセレクション 美術 2014」展が
開かれています。
会期は5月27日(火)までです。

同時開催中の「バルテュス展」のチケットで無料で入場できます。
1926(大正15)年に開館して依頼、公募団体とともに歩んできた東京都美術館が
開く展覧会で、今年は3回目、27団体の151人の作品が展示されています。
参加団体は以下の通りです。
一陽会、一水会、旺玄会、行動美術協会、光風会、国画会、示現会、自由美術協会、
主体美術協会、春陽会、新制作協会、水彩連盟、創画会、創元会、東光会、
独立美術協会、二科会、二紀会、日洋会、日展、日本水彩画会、日本彫刻会、
日本版画協会、日本美術院、白日会、美術文化協会、モダンアート協会
榎本香奈子 「MAZE-私も、うさぎ-」(部分) 油彩、カンヴァス 2013年
チラシに使われている絵です。
犬と兎が垣根の迷路の中でてんでに追いかけっこをしています。
緑とオレンジ色の対照が印象的で、動きと空間があります。
この絵の上にも小さな絵があって、キャベツ畑の中で男の子が
耳に手を当てて兎の真似をしています。
古澤洋子 「未来へ続く家波」 紙本着色 2012年 日展

イタリアの古い家並が渦を巻いて、波頭となっています。
家並を一つのオブジェとして捉えています。
飯泉俊夫 「ヴェニス朝明け」 油彩、カンヴァス 2012年 東光会

家々の赤い屋根を朝焼けでさらに強調しています。
塗師祥一郎 「春近い長坂」 油彩、カンヴァス 2011年 日洋会

山梨県長坂の風景でしょうか。
安定した画面構成です。
金森宰司 『ライフ「タピストリーのある部屋で」』
油彩、カンヴァス 2011年 新制作協会

金森さんのライフシリーズの一つです。
量感と色彩にあふれています。
田村研一 「CATASTROPHE-BOWL」 油彩、カンヴァス 2013年 新制作協会

2013年の新制作展での画像です。
田村さんはやんちゃでノスタルジックな世界を描いています。
番場三雄 「タルチョ舞う中で」 紙本着色 2012年 日本美術院

タルチョ(風旗)は5色の旗で、チベットで用いられ、屋外に張られています。
風の中を行くヤクの群れと人を、抑制した色調で量感のあるかたまりとして描いています。
高島圭史 「旅の博物誌」 紙本着色 2012年 日本美術院
暗い赤紫色の色調で、女性が伏せて眠っているテーブルにはガラスの器や
さまざまな小物が置いてあります。
テーブルの辺りだけ光が当たり、幻想的な雰囲気を感じます。
番場さんと高島さんの作品はこの年の日本美術院賞を受賞しています。
渡邊裕公 「光彩奪目」 カラーボールペン、カンヴァス 2013年 光風会
三十三間の千手観音を背景にワンピース姿の女性が立っています。
カラーボールペンで細密に描き込むという技法で、独特のマチエールを生んでいます。
それぞれの団体で観たことのある作品に再会することも出来て、面白い展覧会です。
展覧会のHPです。