東京
丸の内オアゾ内の丸善丸の内本店4階ギャラリーAでは、
「たなかしん作品展-聖者-息抜きは猫」が開かれています。
会期は5月3日(火・祝)までです。


たなかしんさん(1979~)は大阪出身の画家、絵本作家で、
アトリエのある明石の浜の砂を塗った下地に絵を描いています。
童話のような世界で、画面には砂の持つ独特な質感があります。
この展覧会ではいろいろな聖者のイメージを描いた作品と、
猫を描いた絵が展示されています。
絵本、画集、詩集やグッズなども販売されています。
「菩提樹」では、大きな木の下に座ったお釈迦様の周りに、
十二支の動物やライオン、象、そして鯨まで集まっています。
象や鯨がいると若冲を思い出します。
会場におられた、たなかさんによれば、絵具を沁み込ませる
ためにしっかり塗り込まねばならず、上塗りする時は逆に
薄く塗らないとうまく砂の質感が出せないそうです。
たなかしんさんのHPです。
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丸の内オアゾ内の丸善丸の内本店4階ギャラリーAでは、
「たなかしん作品展-聖者-息抜きは猫」が開かれています。
会期は5月3日(火・祝)までです。


たなかしんさん(1979~)は大阪出身の画家、絵本作家で、
アトリエのある明石の浜の砂を塗った下地に絵を描いています。
童話のような世界で、画面には砂の持つ独特な質感があります。
この展覧会ではいろいろな聖者のイメージを描いた作品と、
猫を描いた絵が展示されています。
絵本、画集、詩集やグッズなども販売されています。
「菩提樹」では、大きな木の下に座ったお釈迦様の周りに、
十二支の動物やライオン、象、そして鯨まで集まっています。
象や鯨がいると若冲を思い出します。
会場におられた、たなかさんによれば、絵具を沁み込ませる
ためにしっかり塗り込まねばならず、上塗りする時は逆に
薄く塗らないとうまく砂の質感が出せないそうです。
たなかしんさんのHPです。
新橋・汐留
新橋のパナソニック汐留ミュージアムでは「REVALUE NIPPON PROJECT展
中田英寿が出会った日本工芸」が開かれています。
会期は6月5日(日)までです。

元サッカー日本代表の中田英寿氏が続けているプロジェクトのひとつで、
日本の伝統工芸、文化や技術の価値や可能性を再発見し、その魅力を
より多くの人に知ってもらう「きっかけ」をつくることで、日本文化の
継承・発展を促すことを目的としています。
毎年「陶磁器」「和紙」「竹」「型紙」「漆」などを素材を選んで、
批評家などのアドバイザリーボードが、工芸家やアーティストなどの
コラボレーターを選び、各チームが作品を制作しています。
展覧会では、このプロジェクトで生まれた作品、約30点が展示され、
会期中、ワークショップも幾つか開かれます。
「UFO鍋」 植葉香澄、奈良美智、中田英寿 2010年 茨城県陶芸美術館蔵

高さ131㎝ある、土鍋形をした陶器のオブジェです。
植葉香澄あんは京都の陶芸家で、京焼に見られる模様も入っています。
奈良美智さんは陶芸の経験もあるそうです。
「赤絵セラミックスピーカー」見附正康、佐藤オオキ、秋元雄史
2010年 一般財団法人TAKE ACTION FOUNDATION蔵

佐藤オオキさんのデザインした縦横3㎝の小さなセラミックの基板に
見附正康さんが赤絵を施しています。
見附正康さんは極めて細密な線で赤絵を描く陶芸家です。
京橋のLIXILギャラリー3では5月5日(木)まで、「見附正康・西田健二の+α展」が
開かれています。
「見附正康・西田健二の+α展」のHPです。
「光器」 新里明士、宮島達男、藤原ヒロシ 2010年

新里明士さんは磁器を透かし彫りした穴を釉薬でふさぐ、蛍手という技法による
作品を制作しています。
宮島達男さんが作品で使うデジタルカウンターの数字を彫ってあります。
新里さんの作品は2015年に虎ノ門の菊池寛実記念智美術館で開かれた、
「菊池寛実賞 工芸の現在」展に展示されていました。
「菊池寛実賞 工芸の現在」展の記事です。
「Life size polar bear in papier mache」橋本彰一、片山正通、NIGO
2011年 一般財団法人TAKE ACTION FOUNDATION蔵

橋本さんは三春張り子の工房の当主です。
高さ110㎝の大きなシロクマの張り子は和紙を固めて作ってあります。
洛竹庵(茶室) 大塚祐司、堀口豊太、小山格平、塚田章、山中晴夫、建畠晢
2013年 イヴ・ブゴン蔵

さまざまな竹を取り合わせて作った、組立式の茶室です。
同じ組立式でも、豊臣秀吉の黄金の茶室よりかなり質素です。
「Infinite Shadow」 中臣一、森田恭通、中田英寿 2013年 個人蔵

真竹を編んだ、高さ240㎝もある大きなシャンデリアです。
素材が柔らかさを感じさせ、球体が光を包み込んでいます。
どの作品も伝統工芸の素材と技法を使いながら、斬新な発想とデザインによって、
観る人に新鮮な印象を与えるアートになっています。
展覧会のHPです。
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新橋のパナソニック汐留ミュージアムでは「REVALUE NIPPON PROJECT展
中田英寿が出会った日本工芸」が開かれています。
会期は6月5日(日)までです。

元サッカー日本代表の中田英寿氏が続けているプロジェクトのひとつで、
日本の伝統工芸、文化や技術の価値や可能性を再発見し、その魅力を
より多くの人に知ってもらう「きっかけ」をつくることで、日本文化の
継承・発展を促すことを目的としています。
毎年「陶磁器」「和紙」「竹」「型紙」「漆」などを素材を選んで、
批評家などのアドバイザリーボードが、工芸家やアーティストなどの
コラボレーターを選び、各チームが作品を制作しています。
展覧会では、このプロジェクトで生まれた作品、約30点が展示され、
会期中、ワークショップも幾つか開かれます。
「UFO鍋」 植葉香澄、奈良美智、中田英寿 2010年 茨城県陶芸美術館蔵

高さ131㎝ある、土鍋形をした陶器のオブジェです。
植葉香澄あんは京都の陶芸家で、京焼に見られる模様も入っています。
奈良美智さんは陶芸の経験もあるそうです。
「赤絵セラミックスピーカー」見附正康、佐藤オオキ、秋元雄史
2010年 一般財団法人TAKE ACTION FOUNDATION蔵

佐藤オオキさんのデザインした縦横3㎝の小さなセラミックの基板に
見附正康さんが赤絵を施しています。
見附正康さんは極めて細密な線で赤絵を描く陶芸家です。
京橋のLIXILギャラリー3では5月5日(木)まで、「見附正康・西田健二の+α展」が
開かれています。
「見附正康・西田健二の+α展」のHPです。
「光器」 新里明士、宮島達男、藤原ヒロシ 2010年

新里明士さんは磁器を透かし彫りした穴を釉薬でふさぐ、蛍手という技法による
作品を制作しています。
宮島達男さんが作品で使うデジタルカウンターの数字を彫ってあります。
新里さんの作品は2015年に虎ノ門の菊池寛実記念智美術館で開かれた、
「菊池寛実賞 工芸の現在」展に展示されていました。
「菊池寛実賞 工芸の現在」展の記事です。
「Life size polar bear in papier mache」橋本彰一、片山正通、NIGO
2011年 一般財団法人TAKE ACTION FOUNDATION蔵

橋本さんは三春張り子の工房の当主です。
高さ110㎝の大きなシロクマの張り子は和紙を固めて作ってあります。
洛竹庵(茶室) 大塚祐司、堀口豊太、小山格平、塚田章、山中晴夫、建畠晢
2013年 イヴ・ブゴン蔵

さまざまな竹を取り合わせて作った、組立式の茶室です。
同じ組立式でも、豊臣秀吉の黄金の茶室よりかなり質素です。
「Infinite Shadow」 中臣一、森田恭通、中田英寿 2013年 個人蔵

真竹を編んだ、高さ240㎝もある大きなシャンデリアです。
素材が柔らかさを感じさせ、球体が光を包み込んでいます。
どの作品も伝統工芸の素材と技法を使いながら、斬新な発想とデザインによって、
観る人に新鮮な印象を与えるアートになっています。
展覧会のHPです。
表参道
表参道の根津美術館では特別展、「国宝 燕子花図屏風 歌をまとう絵の系譜」展が
開かれています。
会期は5月15日(日)までです。
毎年この季節恒例の、「燕子花図屏風」を中心にした展示ですが、今回は各作品に
和歌が添えて掲示されています。
「燕子花図屏風」 尾形光琳 江戸時代 18世紀 国宝

右隻

左隻

今年もこの絵に会える季節になりました。
唐衣きつゝなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
「吉野龍田図屏風」 江戸時代 17世紀

右隻

左隻

右隻は吉野の桜、左隻は龍田川の紅葉という和歌の名所を描いた屏風で、
桜の花弁は胡粉を厚く塗って盛り上げ、豪華に仕上げています。
枝に結ばれた短冊には、古今和歌集と玉葉和歌集に載せられた歌が数首、
書かれています。
ことしより春しりそむる桜かなちるといふことはならはざらなむ
紀貫之 古今和歌集
龍田川もみじばながる神なびのみむろの山に時雨ふるらし
詠み人知らず 古今和歌集
「砧打ち図」 窪俊満 江戸時代 18~19世紀

歌枕として有名な六玉川(全国で6か所の玉川)の内、摂津三島の玉川の情景です。
松の木の傍らで袖を風になびかせる女性と、砧を打つ女性が描かれています。
窪俊満(くぼしゅんまん:1757~1802)は浮世絵師で、狂歌や細工物も能くしています。
松風の音だに秋はさびしきに衣うつなり玉川の里
源俊頼 千載和歌集
「伊勢物語絵巻」 3巻 室町時代 16世紀 個人蔵

物語そのものより、詠われた歌の場面が多いのが特徴です。
唐衣~を詠った場面です。


展示室5のテーマは「藤崎コレクションの中国陶磁」です。
根津美術館に寄贈された藤崎隆三氏の中国陶磁のコレクションが展示されています。
唐の白磁が中心となっています。
「白磁浄瓶」 唐時代 8世紀

僧が浄水を入れる金属製の器をかたどっています。
白磁は白い生地に透明な釉薬をかけたものですが、これは生地の上に白い土を
かぶせてから透明な釉薬をかけてあるそうです。
丸みのあるおだやかな形で、浮き出した土の色に温かみがあります。
「彩陶双耳壺」 中国・新石器時代 甘粛馬家窯文化 紀元前3000年頃

1923年に黄河上流の甘粛省馬家窯村で遺跡が発見された文化です。
展示室6のテーマは「初風炉(しょぶろ)の茶」です。
5月になり、初夏を迎えると、炉を閉じて風炉を用いる季節の始まりです。
「砂張釣舟花入 銘 艜(ひらた)」 東南アジア 15世紀

細長い銅製の器で、縁を廻って細かい模様が入っています。
元は食器か盛り器として使われていた品です。
器を底の平らな川舟のひらた舟に見立てていて、武野紹鴎が所持していた
ところから紹鴎艜と呼ばれています。
砂張(さはり)は響銅とも書き、銅に錫、鉛を加えた合金です。
「青磁浮牡丹文水指」 龍泉窯 元時代 13~14世紀

涼しげな色合いの壺で、水指に使われています。
暗い茶室の中で青が際立ちます。
「安南花唐草文茶碗 銘 童子」 ベトナム 15~16世紀

ベトナム渡来の染付で、花模様が描いてあります。
展覧会のHPです。
次回の展覧会はコレクション展、「鏡の魅力-村上コレクションの古鏡-」展です。
会期は5月26日(木)から7月10日(日)までです。
庭園の燕子花も咲き始めました。





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表参道の根津美術館では特別展、「国宝 燕子花図屏風 歌をまとう絵の系譜」展が
開かれています。
会期は5月15日(日)までです。
毎年この季節恒例の、「燕子花図屏風」を中心にした展示ですが、今回は各作品に
和歌が添えて掲示されています。
「燕子花図屏風」 尾形光琳 江戸時代 18世紀 国宝

右隻

左隻

今年もこの絵に会える季節になりました。
唐衣きつゝなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
「吉野龍田図屏風」 江戸時代 17世紀

右隻

左隻

右隻は吉野の桜、左隻は龍田川の紅葉という和歌の名所を描いた屏風で、
桜の花弁は胡粉を厚く塗って盛り上げ、豪華に仕上げています。
枝に結ばれた短冊には、古今和歌集と玉葉和歌集に載せられた歌が数首、
書かれています。
ことしより春しりそむる桜かなちるといふことはならはざらなむ
紀貫之 古今和歌集
龍田川もみじばながる神なびのみむろの山に時雨ふるらし
詠み人知らず 古今和歌集
「砧打ち図」 窪俊満 江戸時代 18~19世紀

歌枕として有名な六玉川(全国で6か所の玉川)の内、摂津三島の玉川の情景です。
松の木の傍らで袖を風になびかせる女性と、砧を打つ女性が描かれています。
窪俊満(くぼしゅんまん:1757~1802)は浮世絵師で、狂歌や細工物も能くしています。
松風の音だに秋はさびしきに衣うつなり玉川の里
源俊頼 千載和歌集
「伊勢物語絵巻」 3巻 室町時代 16世紀 個人蔵

物語そのものより、詠われた歌の場面が多いのが特徴です。
唐衣~を詠った場面です。


展示室5のテーマは「藤崎コレクションの中国陶磁」です。
根津美術館に寄贈された藤崎隆三氏の中国陶磁のコレクションが展示されています。
唐の白磁が中心となっています。
「白磁浄瓶」 唐時代 8世紀

僧が浄水を入れる金属製の器をかたどっています。
白磁は白い生地に透明な釉薬をかけたものですが、これは生地の上に白い土を
かぶせてから透明な釉薬をかけてあるそうです。
丸みのあるおだやかな形で、浮き出した土の色に温かみがあります。
「彩陶双耳壺」 中国・新石器時代 甘粛馬家窯文化 紀元前3000年頃

1923年に黄河上流の甘粛省馬家窯村で遺跡が発見された文化です。
展示室6のテーマは「初風炉(しょぶろ)の茶」です。
5月になり、初夏を迎えると、炉を閉じて風炉を用いる季節の始まりです。
「砂張釣舟花入 銘 艜(ひらた)」 東南アジア 15世紀

細長い銅製の器で、縁を廻って細かい模様が入っています。
元は食器か盛り器として使われていた品です。
器を底の平らな川舟のひらた舟に見立てていて、武野紹鴎が所持していた
ところから紹鴎艜と呼ばれています。
砂張(さはり)は響銅とも書き、銅に錫、鉛を加えた合金です。
「青磁浮牡丹文水指」 龍泉窯 元時代 13~14世紀

涼しげな色合いの壺で、水指に使われています。
暗い茶室の中で青が際立ちます。
「安南花唐草文茶碗 銘 童子」 ベトナム 15~16世紀

ベトナム渡来の染付で、花模様が描いてあります。
展覧会のHPです。
次回の展覧会はコレクション展、「鏡の魅力-村上コレクションの古鏡-」展です。
会期は5月26日(木)から7月10日(日)までです。
庭園の燕子花も咲き始めました。





銀座
「数寄屋橋茶房」は3月31日にオープンした東急プラザ銀座の6階にあります。
場所は中央区銀座5-2-1です。

6階のキリコラウンジは半分がフリースペース、半分が「数寄屋橋茶房」になっています。
吹抜けは27mもあり、江戸切子を模したという大きなオブジェが下がっています。


数寄屋橋の景色を高い場所から眺め渡すことが出来ます。


「数寄屋橋茶房」は広い空間を使っているので、とてもゆったりとして寛げます。
銀座の日本料理店「六雁」の秋山料理長監修というランチを注文しました。

鶏挽肉と野菜の煮こごり1350円です。

パンはカボチャ、抹茶、竹炭の3種類が盛られています。
サラダのドレッシングには塩昆布も入っていて、スープはだしの風味の
カボチャのスープです。
煮こごりは彩りも良く、上品に仕上がっています。
こちらは塩鮭と茸とビーンズのサンドウィッチ1350円です。

パンに塩鮭という珍しい取り合わせで、柴漬けも入っています。
どれも和食が基本で、手間をかけてあって、なかなか美味しいです。
プラス300円でセットドリンクが付きます。
コーヒーはサイフォンで淹れます。

カップは美濃の作山窯です。
本日の水出し茶は木苺の風味がして、苦味が無く、すっきりしています。

今度は和菓子のスイーツを試してみたいものです。
フリースペースにはカフェもあって、ソフトドリンクやアルコールなどを注文出来ます。


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「数寄屋橋茶房」は3月31日にオープンした東急プラザ銀座の6階にあります。
場所は中央区銀座5-2-1です。

6階のキリコラウンジは半分がフリースペース、半分が「数寄屋橋茶房」になっています。
吹抜けは27mもあり、江戸切子を模したという大きなオブジェが下がっています。


数寄屋橋の景色を高い場所から眺め渡すことが出来ます。


「数寄屋橋茶房」は広い空間を使っているので、とてもゆったりとして寛げます。
銀座の日本料理店「六雁」の秋山料理長監修というランチを注文しました。

鶏挽肉と野菜の煮こごり1350円です。

パンはカボチャ、抹茶、竹炭の3種類が盛られています。
サラダのドレッシングには塩昆布も入っていて、スープはだしの風味の
カボチャのスープです。
煮こごりは彩りも良く、上品に仕上がっています。
こちらは塩鮭と茸とビーンズのサンドウィッチ1350円です。

パンに塩鮭という珍しい取り合わせで、柴漬けも入っています。
どれも和食が基本で、手間をかけてあって、なかなか美味しいです。
プラス300円でセットドリンクが付きます。
コーヒーはサイフォンで淹れます。

カップは美濃の作山窯です。
本日の水出し茶は木苺の風味がして、苦味が無く、すっきりしています。

今度は和菓子のスイーツを試してみたいものです。
フリースペースにはカフェもあって、ソフトドリンクやアルコールなどを注文出来ます。


上野
「びわ湖長浜KANNON HOUSE」は京成上野駅と不忍池の間にあります。
場所は台東区上野2-14-27の上野ファーストビル1階です。

観音の里として知られる滋賀県長浜市が、「観音」をテーマとして
2016年の3月にオープンした情報発信拠点で、開館時間は午前10時から午後6時、
入館は無料、休館日は月曜日です。
隣の不忍池は寛永寺の開祖・天海が琵琶湖に見立て、竹生島になぞらえて
中之島を築かせたとされており、長浜市の拠点としてふさわしい場所といえます。
その長浜市には130体を超える観音像があり、2か月に1体ずつこちらで展示しています。
最初は琵琶湖竹生島の宝厳寺に伝わる聖観音立像で、3月21日から展示されています。
展示室は長浜産のヒノキで作られています。


平安時代後期の作で、像高67㎝、蓮華を持ち、優しいお顔立ちをしておられます。

7月5日(火)からは東京藝術大学美術館で「観音の里の祈りとくらし展Ⅱ」が
開かれる予定です。

2014年に東京藝術大学大学美術館で開かれた「観音の里の祈りとくらし展
-びわ湖・長浜のホトケたち-」の記事です。
「びわ湖長浜KANNON HOUSE」のHPです。
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「びわ湖長浜KANNON HOUSE」は京成上野駅と不忍池の間にあります。
場所は台東区上野2-14-27の上野ファーストビル1階です。

観音の里として知られる滋賀県長浜市が、「観音」をテーマとして
2016年の3月にオープンした情報発信拠点で、開館時間は午前10時から午後6時、
入館は無料、休館日は月曜日です。
隣の不忍池は寛永寺の開祖・天海が琵琶湖に見立て、竹生島になぞらえて
中之島を築かせたとされており、長浜市の拠点としてふさわしい場所といえます。
その長浜市には130体を超える観音像があり、2か月に1体ずつこちらで展示しています。
最初は琵琶湖竹生島の宝厳寺に伝わる聖観音立像で、3月21日から展示されています。
展示室は長浜産のヒノキで作られています。


平安時代後期の作で、像高67㎝、蓮華を持ち、優しいお顔立ちをしておられます。

7月5日(火)からは東京藝術大学美術館で「観音の里の祈りとくらし展Ⅱ」が
開かれる予定です。

2014年に東京藝術大学大学美術館で開かれた「観音の里の祈りとくらし展
-びわ湖・長浜のホトケたち-」の記事です。
「びわ湖長浜KANNON HOUSE」のHPです。
銀座・新橋
銀座の「カフヱーパウリスタ」に行って来ました。
場所は中央区銀座8-9、中央通りの南側、新橋近くです。


創業が明治44年(1911)という、歴史のあるお店で、
「鬼の如く黒く恋の如く甘く地獄の如く熱きコーヒー」という、
大正ロマンに溢れたキャッチフレーズでも有名です。
最初は銀座6丁目の交詢社の向かいにあり、喫茶店を現在の場所で
再開したのは昭和45年(1970)とのことです。
大正時代は文人たちのたまり場で、画家では若い頃の藤田嗣治が
常連だったそうです。
店内は昭和の喫茶店の形を残していて、ブラウン系でまとめ、席はソファーなので、
ゆったりと座れます。
BGMはボサノバでした。


キッシュ、ケーキ、コーヒーのセット1300円です。

キッシュ・ロレーヌはベーコン・チーズ・ほうれん草・玉ねぎが入っています。
ケーキは和栗のタルトにしました。


ウェッジウッドのカップにはお店のマークが入っています。
こちらのブランドの森のコーヒーはやや酸味系で飲みやすい味です。
雑誌か何かの取材の人たちが店内を撮影していました。
以前、「カフヱーパウリスタ」に行った時の記事です。
お店のHPです。
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銀座の「カフヱーパウリスタ」に行って来ました。
場所は中央区銀座8-9、中央通りの南側、新橋近くです。


創業が明治44年(1911)という、歴史のあるお店で、
「鬼の如く黒く恋の如く甘く地獄の如く熱きコーヒー」という、
大正ロマンに溢れたキャッチフレーズでも有名です。
最初は銀座6丁目の交詢社の向かいにあり、喫茶店を現在の場所で
再開したのは昭和45年(1970)とのことです。
大正時代は文人たちのたまり場で、画家では若い頃の藤田嗣治が
常連だったそうです。
店内は昭和の喫茶店の形を残していて、ブラウン系でまとめ、席はソファーなので、
ゆったりと座れます。
BGMはボサノバでした。


キッシュ、ケーキ、コーヒーのセット1300円です。

キッシュ・ロレーヌはベーコン・チーズ・ほうれん草・玉ねぎが入っています。
ケーキは和栗のタルトにしました。


ウェッジウッドのカップにはお店のマークが入っています。
こちらのブランドの森のコーヒーはやや酸味系で飲みやすい味です。
雑誌か何かの取材の人たちが店内を撮影していました。
以前、「カフヱーパウリスタ」に行った時の記事です。
お店のHPです。
六本木1丁目
六本木の泉屋博古館分館では、住友春翠生誕150年記念特別展、「バロン住友の美的生活
美の夢は終わらない」展が開かれています。
第1部「バロン住友春翠-邸宅美術館の夢」は5月8日(日)まで、
第2部「数寄者住友春翠-和の美を愉しむ」は6月4日(土)から8月5日(金)までです。

住友家15代当主、住友吉左衞門友純(1864~1926)は公家の徳大寺公純
(きんいと)の子として生まれています。
明治末期の総理大臣で元老の西園寺公望は実兄に当たります。
明治25年に住友家の養嗣子となり、翌年に15代当主を継いで幼名の隆麿を
改め吉左衞門友純を名乗ります。
茶人としても有名で、春翠と号し、男爵(バロン)でもあります。
第1部は住友春翠が明治36年(1903)に神戸の須磨海岸に建てた洋館(須磨別邸)を紹介し、
春翠の収集した美術品とともに展示しています。
展示室には住友関係の建築を多く手掛けた野口孫市(1869-1915)の設計による、
須磨別邸の模型や資料も展示されています。

野口孫市の東京帝国大学工科大学の卒業証書には辰野金吾を筆頭に教授陣の
署名捺印が並び、最後に東京帝国大学総長濱尾新の署名捺印があります。
近代洋画のコレクションは住友家15代、吉左衛門友純(号・春翠)の
明治30年(1897)の欧米旅行がきっかけになっているそうです。
その時にクロード・モネの「サン=シメオンの農場への道」「モンソー公園」を
購入していますが、これが日本に印象派の作品の伝わる最も早い例とのことです。
クロード・モネ 「サン=シメオンの農場への道」 1864年

サン=シメオンはノルマンディーのオンフルールにあった農場で、ここの宿に
ブーダン、クールベ、ヨンキントなどが集い、モネも加わっています。
彼らは戸外で、移り変わる自然を描き、サン=シメオン派と呼ばれています。
印象派発祥の地とも言える場所です。
「モンソー公園」 クロード・モネ 1876年

1874年の第1回印象派展より少し後の作品です。
赤いマロニエの花の咲く頃で、日傘を差して歩いているのは後妻となるアリス・オシュデと
その娘とのことです。
和田英作 「こだま」 1903年

和田英作(1874-1959)のフランス留学時代の作品です。
ルーブル美術館の古典彫刻の展示室で、林立する彫刻の中で反響を聞いた体験が
基になっているそうです。
和田英作は黒田清輝の師であるラファエル・コランに師事していますが、ドイツで興った
世紀末の絵画運動のベルリン分離派の作品にも感銘を受けています。
ムンクの「叫び」(1893年)に似ていますがムンクもベルリン分離派に加わって
いたので、和田英作もムンクの作品を知っていたのでしょう。
山下新太郎 「読書の後」 1908年

山下新太郎(1881-1966)のフランス留学時代の作品です。
フランスではラファエル・コラン、続いてフェルナン・コルモンに師事しています。
逆光を使ったおだやかな雰囲気の作品です。
山下新太郎はルノワールに傾倒しますが、彼に会うのはこの作品の後とのことです。
1909年のパリのサロンで入選し、翌年の第4回文展に出展され、会場で春翠が
購入しています。
藤島武二 「幸ある朝」 1908年

藤島武二(1867-1943)はフランス留学中はフェルナン・コルモンや
カロリュス=デュランに師事しています。
こちらも逆光の中の室内で、若い女性が朝の光の中で手紙を読んでいます。
良い便りのもたらす幸福感を鎧戸からの光、花瓶の花、女性の表情で表した
ロマンチックな作品です。
藤島武二は和田や山下より年長で、東京美術学校では山下を教えていますが、
ヨーロッパ留学は遅く、そのためかラファエル・コランには就いていません。
ローマ滞在中の作品で1911年の第5回文展に出展されています。
鹿子木孟郎 「加茂の競馬」 1913年

加茂の競馬は徒然草にも書かれた、上賀茂神社の伝統行事です。
大きな作品で、日本の情景が西洋画の技法で描かれ、日の光が強調されています。
鹿子木孟郎(かのこぎたけしろう:1874-1941)は春翠の支援を受け、フランスに
留学しています。
歴史画を得意としたジャン=ポール・ローランスに師事し、春翠の依頼でローランスの
作品を何点か買い入れています。
住友春翠/鹿子木孟郎 「大根に鼠図」 大正時代
墨絵で、春翠が二股大根を、鹿子木孟郎がそれをかじるネズミを描いています。
春翠の援助を受けていることをネズミがすねかじりしている図で表している訳です。
「秘色窯瑞雲文瓢形花瓶」 三代清風与平 明治時代後期

「秘色」とは「秘色青磁」のことで、越州窯で9~10世紀に焼かれた
青磁を指すとのことです。
堂々とした瓢箪型の青磁の胴一面に雲を浮き出させています。
三代清風与平(1851~1914)は宋代の青磁、白磁の写しに巧みで、
陶芸では最初に帝室技芸員に選ばれています。
「青華鳳凰形花生」 初代宮川香山 明治時代

横浜真葛焼初代宮川香山の作で、釣花生の形をしていますが、置いて使います。
春翠は横浜真葛焼も好んでいます。
虎卣(こゆう) 高35.7cm 商時代後期 前11世紀

虎が後足と尾で立って、人を抱えた形をしています。
邪鬼を食べているのか人を守護しているのか、その意味は不明とのことです。
須磨別邸は1945年3月の空襲で、飾られていた黒田清輝の「朝妝」「昔語り」などと共に
焼失してしまいました。
「昔語り」の下絵は、東京国立博物館で5月15日(日)までで開かれている、
「生誕150年 黒田清輝展」に展示されています。
「生誕150年 黒田清輝展」の記事です。
後期は茶臼山本邸の資料や茶道具、絵画などの展示です。
展覧会のHPです。
chariot
六本木の泉屋博古館分館では、住友春翠生誕150年記念特別展、「バロン住友の美的生活
美の夢は終わらない」展が開かれています。
第1部「バロン住友春翠-邸宅美術館の夢」は5月8日(日)まで、
第2部「数寄者住友春翠-和の美を愉しむ」は6月4日(土)から8月5日(金)までです。

住友家15代当主、住友吉左衞門友純(1864~1926)は公家の徳大寺公純
(きんいと)の子として生まれています。
明治末期の総理大臣で元老の西園寺公望は実兄に当たります。
明治25年に住友家の養嗣子となり、翌年に15代当主を継いで幼名の隆麿を
改め吉左衞門友純を名乗ります。
茶人としても有名で、春翠と号し、男爵(バロン)でもあります。
第1部は住友春翠が明治36年(1903)に神戸の須磨海岸に建てた洋館(須磨別邸)を紹介し、
春翠の収集した美術品とともに展示しています。
展示室には住友関係の建築を多く手掛けた野口孫市(1869-1915)の設計による、
須磨別邸の模型や資料も展示されています。

野口孫市の東京帝国大学工科大学の卒業証書には辰野金吾を筆頭に教授陣の
署名捺印が並び、最後に東京帝国大学総長濱尾新の署名捺印があります。
近代洋画のコレクションは住友家15代、吉左衛門友純(号・春翠)の
明治30年(1897)の欧米旅行がきっかけになっているそうです。
その時にクロード・モネの「サン=シメオンの農場への道」「モンソー公園」を
購入していますが、これが日本に印象派の作品の伝わる最も早い例とのことです。
クロード・モネ 「サン=シメオンの農場への道」 1864年

サン=シメオンはノルマンディーのオンフルールにあった農場で、ここの宿に
ブーダン、クールベ、ヨンキントなどが集い、モネも加わっています。
彼らは戸外で、移り変わる自然を描き、サン=シメオン派と呼ばれています。
印象派発祥の地とも言える場所です。
「モンソー公園」 クロード・モネ 1876年

1874年の第1回印象派展より少し後の作品です。
赤いマロニエの花の咲く頃で、日傘を差して歩いているのは後妻となるアリス・オシュデと
その娘とのことです。
和田英作 「こだま」 1903年

和田英作(1874-1959)のフランス留学時代の作品です。
ルーブル美術館の古典彫刻の展示室で、林立する彫刻の中で反響を聞いた体験が
基になっているそうです。
和田英作は黒田清輝の師であるラファエル・コランに師事していますが、ドイツで興った
世紀末の絵画運動のベルリン分離派の作品にも感銘を受けています。
ムンクの「叫び」(1893年)に似ていますがムンクもベルリン分離派に加わって
いたので、和田英作もムンクの作品を知っていたのでしょう。
山下新太郎 「読書の後」 1908年

山下新太郎(1881-1966)のフランス留学時代の作品です。
フランスではラファエル・コラン、続いてフェルナン・コルモンに師事しています。
逆光を使ったおだやかな雰囲気の作品です。
山下新太郎はルノワールに傾倒しますが、彼に会うのはこの作品の後とのことです。
1909年のパリのサロンで入選し、翌年の第4回文展に出展され、会場で春翠が
購入しています。
藤島武二 「幸ある朝」 1908年

藤島武二(1867-1943)はフランス留学中はフェルナン・コルモンや
カロリュス=デュランに師事しています。
こちらも逆光の中の室内で、若い女性が朝の光の中で手紙を読んでいます。
良い便りのもたらす幸福感を鎧戸からの光、花瓶の花、女性の表情で表した
ロマンチックな作品です。
藤島武二は和田や山下より年長で、東京美術学校では山下を教えていますが、
ヨーロッパ留学は遅く、そのためかラファエル・コランには就いていません。
ローマ滞在中の作品で1911年の第5回文展に出展されています。
鹿子木孟郎 「加茂の競馬」 1913年

加茂の競馬は徒然草にも書かれた、上賀茂神社の伝統行事です。
大きな作品で、日本の情景が西洋画の技法で描かれ、日の光が強調されています。
鹿子木孟郎(かのこぎたけしろう:1874-1941)は春翠の支援を受け、フランスに
留学しています。
歴史画を得意としたジャン=ポール・ローランスに師事し、春翠の依頼でローランスの
作品を何点か買い入れています。
住友春翠/鹿子木孟郎 「大根に鼠図」 大正時代
墨絵で、春翠が二股大根を、鹿子木孟郎がそれをかじるネズミを描いています。
春翠の援助を受けていることをネズミがすねかじりしている図で表している訳です。
「秘色窯瑞雲文瓢形花瓶」 三代清風与平 明治時代後期

「秘色」とは「秘色青磁」のことで、越州窯で9~10世紀に焼かれた
青磁を指すとのことです。
堂々とした瓢箪型の青磁の胴一面に雲を浮き出させています。
三代清風与平(1851~1914)は宋代の青磁、白磁の写しに巧みで、
陶芸では最初に帝室技芸員に選ばれています。
「青華鳳凰形花生」 初代宮川香山 明治時代

横浜真葛焼初代宮川香山の作で、釣花生の形をしていますが、置いて使います。
春翠は横浜真葛焼も好んでいます。
虎卣(こゆう) 高35.7cm 商時代後期 前11世紀

虎が後足と尾で立って、人を抱えた形をしています。
邪鬼を食べているのか人を守護しているのか、その意味は不明とのことです。
須磨別邸は1945年3月の空襲で、飾られていた黒田清輝の「朝妝」「昔語り」などと共に
焼失してしまいました。
「昔語り」の下絵は、東京国立博物館で5月15日(日)までで開かれている、
「生誕150年 黒田清輝展」に展示されています。
「生誕150年 黒田清輝展」の記事です。
後期は茶臼山本邸の資料や茶道具、絵画などの展示です。
展覧会のHPです。
日比谷・有楽町
丸の内の出光美術館では開館50周年記念、「美の祝典」展が開かれています。

出光美術館の開館50周年を記念して、所蔵する名品を3期に分けて展示するもので、
「I 期 やまと絵の四季」はは5月8日(日)までです。
II 期は水墨画、III 期は江戸絵画を中心にしています。
I 期 やまと絵の四季
「絵因果経」(部分) 奈良時代 重要文化財

5世紀に漢訳された過去現在因果経を絵入りの経巻にしています。
上段に釈迦の物語が素朴な表現で描かれています。
風神雷神も描かれています。


「真言八祖行状図(龍智)」 保延2年(1136) 重要文化財

明治の廃仏毀釈で廃寺となった、奈良県の内山永久寺の旧蔵です。
真言宗の龍猛、龍智、金剛智、不空、善無畏、一行、恵果、空海の事績を描いた
大きな八幅の掛軸です。
龍智は南インドの人で、龍猛から密教を授かり、これを金剛智に伝えています。
紅葉の風景の中で、左には龍智と玄奘、下には龍智と金剛智、善無畏、
右上には楽器を持った二人の人物が描かれています。



「佐竹本三十六歌仙絵巻 柿本人麿」
伝藤原信実 鎌倉時代 重要文化財

大名の佐竹家に伝わった鎌倉時代の三十六歌仙絵巻です。
元は2巻の絵巻だったのが、大正時代に巻頭部分の「住吉明神」を含め、
37枚に切断されたものです。
直衣(のうし)に、烏帽子、右手に筆、左手に紙を持って座った老人の姿です。
平安時代に、歌人の藤原兼房が夢の中で柿本人麻呂に会ったという逸話があり、
その時見たという姿で人麻呂は描かれるようになったということです。
ほのゝとあかしのうらのあさきりにしまかくれゆく舟をしそおもふ
「十王地獄図」 鎌倉時代末期~南北朝時代

双幅の片方で、上部には、右から初江王、五官王、変成王、平等王、五道転輪王が
居並び、裁きを行なっています。
亡者たちは腕を打ち砕かれたり、広げられた舌を牛の挽く鋤で切られたり、
さんざんに責めさいなまれています。
これを見ていると、怖くて悪いことが出来なくなります。


耐え難い寒さの八寒地獄には、亡者を救う観音菩薩が現れています。
地獄に仏とはこのことです。

「日月四季花鳥図屏風」(右隻) 室町時代 重要文化財

春夏を描いた右隻には金の板の太陽を、秋冬の左隻には銀の三日月を貼ってあります。
とても装飾的な画面で、後の琳派に比べ、ちょっと重々しいところがあります。
「月に秋草図屏風」 右隻(部分) 伝 俵屋宗達 江戸時代

六曲一双の金屏風に薄、萩、桔梗など秋の草を散らし、銀泥で半月を描いています。
疎らに置かれた草花は空間の広がりを思わせ、しみじみとした秋の情緒に
満ちています。
俵屋宗達の工房の作ですが、質の高さから宗達自身が描いたのではないかと
言われているとのことです。
「四季草花図屏風」 「伊年」印 六曲一双 江戸時代

俵屋宗達の工房の作であることを表す「伊年」印の捺された屏風です。
量産できるように上下2段に同じ調子でびっしりと草花を並べてありますが、
金地に映えた豪華な画面です。
特別展示 「伴大納言絵巻」(上巻部分) 平安時代 国宝


貞観8年(866)に起きた応天門の変を題材に平安時代末期に描かれた3巻の絵巻で、
この記念展が10年振りの展示となり、I期に上巻、II期に中巻、III期に下巻が展示されます。
応天門の変は、大納言伴善男が宮城の応天門に放火したとされ、流罪になった事件で、
これにより大伴氏は没落し、藤原氏が権勢を強めています。
上巻には炎上する応天門と駆け付ける役人、集まって大騒ぎする人々、清和天皇に拝謁する
藤原良房などが描かれています。
会場には絵巻の各部分や登場人物の解説が掲示され、内容がよく分かるようになっています。
驚き騒ぐ人々の様子や赤い焔と黒煙を上げる応天門の描写は臨場感にあふれています。
続くII期の展示も楽しみです。
展覧会のHPです。
chariot
丸の内の出光美術館では開館50周年記念、「美の祝典」展が開かれています。

出光美術館の開館50周年を記念して、所蔵する名品を3期に分けて展示するもので、
「I 期 やまと絵の四季」はは5月8日(日)までです。
II 期は水墨画、III 期は江戸絵画を中心にしています。
I 期 やまと絵の四季
「絵因果経」(部分) 奈良時代 重要文化財

5世紀に漢訳された過去現在因果経を絵入りの経巻にしています。
上段に釈迦の物語が素朴な表現で描かれています。
風神雷神も描かれています。


「真言八祖行状図(龍智)」 保延2年(1136) 重要文化財

明治の廃仏毀釈で廃寺となった、奈良県の内山永久寺の旧蔵です。
真言宗の龍猛、龍智、金剛智、不空、善無畏、一行、恵果、空海の事績を描いた
大きな八幅の掛軸です。
龍智は南インドの人で、龍猛から密教を授かり、これを金剛智に伝えています。
紅葉の風景の中で、左には龍智と玄奘、下には龍智と金剛智、善無畏、
右上には楽器を持った二人の人物が描かれています。



「佐竹本三十六歌仙絵巻 柿本人麿」
伝藤原信実 鎌倉時代 重要文化財

大名の佐竹家に伝わった鎌倉時代の三十六歌仙絵巻です。
元は2巻の絵巻だったのが、大正時代に巻頭部分の「住吉明神」を含め、
37枚に切断されたものです。
直衣(のうし)に、烏帽子、右手に筆、左手に紙を持って座った老人の姿です。
平安時代に、歌人の藤原兼房が夢の中で柿本人麻呂に会ったという逸話があり、
その時見たという姿で人麻呂は描かれるようになったということです。
ほのゝとあかしのうらのあさきりにしまかくれゆく舟をしそおもふ
「十王地獄図」 鎌倉時代末期~南北朝時代

双幅の片方で、上部には、右から初江王、五官王、変成王、平等王、五道転輪王が
居並び、裁きを行なっています。
亡者たちは腕を打ち砕かれたり、広げられた舌を牛の挽く鋤で切られたり、
さんざんに責めさいなまれています。
これを見ていると、怖くて悪いことが出来なくなります。


耐え難い寒さの八寒地獄には、亡者を救う観音菩薩が現れています。
地獄に仏とはこのことです。

「日月四季花鳥図屏風」(右隻) 室町時代 重要文化財

春夏を描いた右隻には金の板の太陽を、秋冬の左隻には銀の三日月を貼ってあります。
とても装飾的な画面で、後の琳派に比べ、ちょっと重々しいところがあります。
「月に秋草図屏風」 右隻(部分) 伝 俵屋宗達 江戸時代

六曲一双の金屏風に薄、萩、桔梗など秋の草を散らし、銀泥で半月を描いています。
疎らに置かれた草花は空間の広がりを思わせ、しみじみとした秋の情緒に
満ちています。
俵屋宗達の工房の作ですが、質の高さから宗達自身が描いたのではないかと
言われているとのことです。
「四季草花図屏風」 「伊年」印 六曲一双 江戸時代

俵屋宗達の工房の作であることを表す「伊年」印の捺された屏風です。
量産できるように上下2段に同じ調子でびっしりと草花を並べてありますが、
金地に映えた豪華な画面です。
特別展示 「伴大納言絵巻」(上巻部分) 平安時代 国宝


貞観8年(866)に起きた応天門の変を題材に平安時代末期に描かれた3巻の絵巻で、
この記念展が10年振りの展示となり、I期に上巻、II期に中巻、III期に下巻が展示されます。
応天門の変は、大納言伴善男が宮城の応天門に放火したとされ、流罪になった事件で、
これにより大伴氏は没落し、藤原氏が権勢を強めています。
上巻には炎上する応天門と駆け付ける役人、集まって大騒ぎする人々、清和天皇に拝謁する
藤原良房などが描かれています。
会場には絵巻の各部分や登場人物の解説が掲示され、内容がよく分かるようになっています。
驚き騒ぐ人々の様子や赤い焔と黒煙を上げる応天門の描写は臨場感にあふれています。
続くII期の展示も楽しみです。
展覧会のHPです。
上野
上野の東京国立博物館では、「生誕150年 黒田清輝展」が開かれています。
会期は5月15日(日)までです。

明治の日本の洋画界を指導した黒田清輝(1866-1924)の生誕150年を記念し、
黒田の作品約200件の他、黒田に影響を与えたフランスの画家や、黒田と同時期の
画家の作品も展示された、回顧展です。
黒田清輝は1884年に法律を学ぶためフランスに渡りますが、山本芳翠らに奨められ、
自身が好きだったこともあり、画家に転向しています。
山本芳翠の「猛虎一声」(1895、東京藝術大学)も展示されています。
第1章 1884~1893 フランスで画家になる-画家修業の時代
黒田は外光派の画家、ラファエル・コランに師事します。
外光派とは従来のアカデミズムの中に印象派の明るさを取り入れた画家を指します。
ラファエル・コラン 「フロレアル(花月)」 1886年 オルセー美術館

写実的で明るい画風ですが、印象派のように屋外で描いているのでは無く、
人物が背景から浮いている感じもします。
また、バルビゾン派、印象派やシャヴァンヌにも関心を示しています。
ジャン=フランソワ・ミレー 「羊飼いの少女」 1863年頃
フランス、 オルセー美術館(アラス美術館寄託)

黒田清輝 「祈祷」 1889(明治22)年 東京国立博物館

少女をバルビゾン派風に描いています。
クロード・モネ 「サンジェルマンの森の下草」 1882年
吉野石膏株式会社(山形美術館寄託)

黒田清輝 「落葉」 1891(明治24)年 東京近代美術館

日光を強調した、印象派のような明るい作品です。
ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ 「聖ジュヌヴィエーヴの幼少期」
油彩・鉛筆・カンヴァス 1875年頃 島根県立美術館


パリのパンテオンの装飾壁画の縮小版です。
聖ジュヌヴィエーヴはパリの守護聖人で、451年のフン族の攻撃から
パリを守ったとされています。
「読書」 1891(明治24)年 東京国立博物館

フランス留学中の作品です。
黒田は1890年にグレー=シュル=ロワに移り住んでいます。
モデルは下宿先の肉屋の娘さんのマリア・ビヨーで、黒田とは親密な関係にあったそうです。
閉めた鎧戸からの逆光の中で描いていて、光の当たる女性の顔や首筋が輝いています。
服の色もマリア像のように赤と青でまとめ、西洋古典画も吸収したことを示しています。
この作品は師のラファエル・コランに賞賛され、サロンにも入選して、フランス画壇への
デビュー作となっています。
「マンドリンを持てる女」 1891(明治24)年 東京国立博物館

「読書」と同じ頃にフランスで描かれた作品で、こちらはサロンでは落選しています。
このような感傷的な雰囲気の絵は弟分の藤島武二がよく描くことになります。
「婦人像(厨房)」 1892(明治25)年 東京藝術大学

こちらもマリア・ビヨーをモデルにしています。
色彩は明るいのですが、冬の情景なので、冷たい空気も感じます。
黒田は、「どこに出しても恥ずかしくない作品」と述べています。
「菊花と西洋婦人」 1892(明治25)年 個人蔵

壷に活けた菊には量感と勢いがあり、色彩も華やかです。
横に描かれている女性はマリアと姉とのことです。
第2章 1893-1907 日本洋画の模索-白馬会の時代
「舞妓」1893(明治26)年 東京国立博物館 重要文化財

帰国後に最初に仕上げた作品で、初めて京都を訪れた時に描かれています。
モデルは舞妓の「小ゑん」で、女中は「まめどん」と呼ばれていたそうです。
青を基調にしていて、この作品も逆光を使い、鴨川に反射する光も取り入れています。
全体に印象の強い作品で、頬に光の当たった小ゑんの表情には張りがあり、
活き活きとしています。
速水御舟が1920年に描いた「京の舞妓」も出窓に腰掛ける舞妓という構図を使っています。
舞妓は日本画ではよく題材になりますが、日本画では外光を描くことはなく、
この絵のような量感はありません。
まめどんは半身が画面の枠で切れていますが、これは印象派の手法によるそうです。
もっとも印象派も広重などの浮世絵からこの手法を学んでいます。
黒田は1890年代はよく舞妓をモティーフにしたそうですが、東海道線の全線開通が1889年で、
神戸まで20時間以上かかったそうですから、京都に行くのも今ほど簡単ではない時代です。
「湖畔」1897(明治30)年 東京国立博物館 重要文化財

後の夫人・照子と箱根に避暑に行った折、芦ノ湖畔にたたずむ照子の姿を見て、
制作を思い付いています。
萩を描いた団扇を手に湖を眺める照子は、鼻も高くしっかりとした面立ちをしています。
淡い色彩でまとめられ、同じ着物姿の女性でも、「舞妓」とはかなり異なった印象です。
「木かげ」1898(明治31)年 公益財団法人ウッドワン美術館

逗子の旅館、養神亭に滞在中の作品で、モデルは柳屋の「つうちゃん」です。
「つうちゃん」グミの枝に手を伸ばし、横には白百合の花と麦藁帽子が置かれています。
日の光の中でグミの赤と白百合の白を対比させた、明るい、印象派風の作品ですが、
「つうちゃん」の姿勢が不安定なことが気になります。
「昔語り下絵(構図II)」 1896(明治29)年 東京国立博物館

京都旅行の折、清閑寺の僧の語る平家物語の小督の哀話に感銘を受け、制作した作品です。
路傍で僧が語っているのは、源仲国が小督に聞かせようと笛を吹いている場面です。
悲恋の物語を聴く夫婦者か恋仲の二人、しゃがんで煙管を吹かす女、若い娘などが描かれ、
明治の風俗画ともなっています。
他にも多くの下絵が展示されていて、制作に多くの時間と労力をかけ、努力していたことが
分かります。
完成作は住友家の須磨別邸に飾られていましたが、残念なことに1945年の神戸大空襲で、
同じ黒田の「朝妝」とともに焼失しています。
黒田清輝は歴史や宗教、思想などを群像表現によって表す、いわゆる構想画を目指していて、
「昔語り」はその試みの一つです。
黒田自身は自分の構想画はまだ中途であると認識していたそうですが、東京美術学校で
教授の黒田に反発していた青木繁の「海の幸」などは黒田の構想画の流れを継いでい
るとも言えます。
「智・感・情」 1899(明治32)年 東京国立博物館 重要文化財

「智・感・情」のうち「情」

まだ芸術としての裸体に馴染みの無かった明治時代に、啓蒙のために描いた
作品とのことで、明治時代の日本人とは思えないような理想化された体型に
引き伸ばしてあります。
西洋の三美神を思わせる構成ですが、金地を背景にして輪郭線を使い、
体の外には影も無く、日本画の仏画に似ています。
第3章 1907~1924 日本洋画のアカデミズム形成-文展・帝展の時代
黒田は1896年の東京美術学校の西洋画科の新設時には教官となり、1907年に開設された
文展(現在の日展の前身)の審査委員を務め、1920年には帝室技芸員に選ばれ、
1920年には貴族院議員にもなるなど、美術界を指導する多忙な日々を送ることになります。
「野辺」 1907(明治40)年 ポーラ美術館

師のラファエル・コラン風の清らかな雰囲気の作品です。
「鉄砲百合」 1909(明治42)年 石橋財団石橋美術館

黒田は花の絵を好み、よく描いています。
黒田は本格的な絵画として「構想画」に取組んでいますが、自身が「スケッチ」と称した
このような絵の方が肩が凝らず、気楽に観ていられます。
「梅林」 1924(大正13)年 東京国立博物館

絶筆で、前年に狭心症を発病して療養中に早春の庭を描いた作品です。
体力の衰えもあってか、粗く大まかな筆遣いですが、かえって迫力があります。
西洋絵画を日本に移植し、それを育てるという使命を担わされた黒田清輝は
裸体画に対する無理解に遭ったり、美術行政の立場に立たされたりと、
あれこれ大変だったことが分かります。
先駆者としての黒田の宿命なのでしょうが、画家としての個性を出し切る前に
力を使い果たして画業を終えてしまったようにも思えます。
展覧会のHPです。
東京国立博物館に隣接する黒田記念館は、黒田清輝の、遺産の一部を美術奨励事業に
充てるようにとの遺言により設立された施設で、1928年に竣工し、2015年にリニューアル
オープンしています。


黒田記念館のHPです。
chariot
上野の東京国立博物館では、「生誕150年 黒田清輝展」が開かれています。
会期は5月15日(日)までです。

明治の日本の洋画界を指導した黒田清輝(1866-1924)の生誕150年を記念し、
黒田の作品約200件の他、黒田に影響を与えたフランスの画家や、黒田と同時期の
画家の作品も展示された、回顧展です。
黒田清輝は1884年に法律を学ぶためフランスに渡りますが、山本芳翠らに奨められ、
自身が好きだったこともあり、画家に転向しています。
山本芳翠の「猛虎一声」(1895、東京藝術大学)も展示されています。
第1章 1884~1893 フランスで画家になる-画家修業の時代
黒田は外光派の画家、ラファエル・コランに師事します。
外光派とは従来のアカデミズムの中に印象派の明るさを取り入れた画家を指します。
ラファエル・コラン 「フロレアル(花月)」 1886年 オルセー美術館

写実的で明るい画風ですが、印象派のように屋外で描いているのでは無く、
人物が背景から浮いている感じもします。
また、バルビゾン派、印象派やシャヴァンヌにも関心を示しています。
ジャン=フランソワ・ミレー 「羊飼いの少女」 1863年頃
フランス、 オルセー美術館(アラス美術館寄託)

黒田清輝 「祈祷」 1889(明治22)年 東京国立博物館

少女をバルビゾン派風に描いています。
クロード・モネ 「サンジェルマンの森の下草」 1882年
吉野石膏株式会社(山形美術館寄託)

黒田清輝 「落葉」 1891(明治24)年 東京近代美術館

日光を強調した、印象派のような明るい作品です。
ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ 「聖ジュヌヴィエーヴの幼少期」
油彩・鉛筆・カンヴァス 1875年頃 島根県立美術館


パリのパンテオンの装飾壁画の縮小版です。
聖ジュヌヴィエーヴはパリの守護聖人で、451年のフン族の攻撃から
パリを守ったとされています。
「読書」 1891(明治24)年 東京国立博物館

フランス留学中の作品です。
黒田は1890年にグレー=シュル=ロワに移り住んでいます。
モデルは下宿先の肉屋の娘さんのマリア・ビヨーで、黒田とは親密な関係にあったそうです。
閉めた鎧戸からの逆光の中で描いていて、光の当たる女性の顔や首筋が輝いています。
服の色もマリア像のように赤と青でまとめ、西洋古典画も吸収したことを示しています。
この作品は師のラファエル・コランに賞賛され、サロンにも入選して、フランス画壇への
デビュー作となっています。
「マンドリンを持てる女」 1891(明治24)年 東京国立博物館

「読書」と同じ頃にフランスで描かれた作品で、こちらはサロンでは落選しています。
このような感傷的な雰囲気の絵は弟分の藤島武二がよく描くことになります。
「婦人像(厨房)」 1892(明治25)年 東京藝術大学

こちらもマリア・ビヨーをモデルにしています。
色彩は明るいのですが、冬の情景なので、冷たい空気も感じます。
黒田は、「どこに出しても恥ずかしくない作品」と述べています。
「菊花と西洋婦人」 1892(明治25)年 個人蔵

壷に活けた菊には量感と勢いがあり、色彩も華やかです。
横に描かれている女性はマリアと姉とのことです。
第2章 1893-1907 日本洋画の模索-白馬会の時代
「舞妓」1893(明治26)年 東京国立博物館 重要文化財

帰国後に最初に仕上げた作品で、初めて京都を訪れた時に描かれています。
モデルは舞妓の「小ゑん」で、女中は「まめどん」と呼ばれていたそうです。
青を基調にしていて、この作品も逆光を使い、鴨川に反射する光も取り入れています。
全体に印象の強い作品で、頬に光の当たった小ゑんの表情には張りがあり、
活き活きとしています。
速水御舟が1920年に描いた「京の舞妓」も出窓に腰掛ける舞妓という構図を使っています。
舞妓は日本画ではよく題材になりますが、日本画では外光を描くことはなく、
この絵のような量感はありません。
まめどんは半身が画面の枠で切れていますが、これは印象派の手法によるそうです。
もっとも印象派も広重などの浮世絵からこの手法を学んでいます。
黒田は1890年代はよく舞妓をモティーフにしたそうですが、東海道線の全線開通が1889年で、
神戸まで20時間以上かかったそうですから、京都に行くのも今ほど簡単ではない時代です。
「湖畔」1897(明治30)年 東京国立博物館 重要文化財

後の夫人・照子と箱根に避暑に行った折、芦ノ湖畔にたたずむ照子の姿を見て、
制作を思い付いています。
萩を描いた団扇を手に湖を眺める照子は、鼻も高くしっかりとした面立ちをしています。
淡い色彩でまとめられ、同じ着物姿の女性でも、「舞妓」とはかなり異なった印象です。
「木かげ」1898(明治31)年 公益財団法人ウッドワン美術館

逗子の旅館、養神亭に滞在中の作品で、モデルは柳屋の「つうちゃん」です。
「つうちゃん」グミの枝に手を伸ばし、横には白百合の花と麦藁帽子が置かれています。
日の光の中でグミの赤と白百合の白を対比させた、明るい、印象派風の作品ですが、
「つうちゃん」の姿勢が不安定なことが気になります。
「昔語り下絵(構図II)」 1896(明治29)年 東京国立博物館

京都旅行の折、清閑寺の僧の語る平家物語の小督の哀話に感銘を受け、制作した作品です。
路傍で僧が語っているのは、源仲国が小督に聞かせようと笛を吹いている場面です。
悲恋の物語を聴く夫婦者か恋仲の二人、しゃがんで煙管を吹かす女、若い娘などが描かれ、
明治の風俗画ともなっています。
他にも多くの下絵が展示されていて、制作に多くの時間と労力をかけ、努力していたことが
分かります。
完成作は住友家の須磨別邸に飾られていましたが、残念なことに1945年の神戸大空襲で、
同じ黒田の「朝妝」とともに焼失しています。
黒田清輝は歴史や宗教、思想などを群像表現によって表す、いわゆる構想画を目指していて、
「昔語り」はその試みの一つです。
黒田自身は自分の構想画はまだ中途であると認識していたそうですが、東京美術学校で
教授の黒田に反発していた青木繁の「海の幸」などは黒田の構想画の流れを継いでい
るとも言えます。
「智・感・情」 1899(明治32)年 東京国立博物館 重要文化財

「智・感・情」のうち「情」

まだ芸術としての裸体に馴染みの無かった明治時代に、啓蒙のために描いた
作品とのことで、明治時代の日本人とは思えないような理想化された体型に
引き伸ばしてあります。
西洋の三美神を思わせる構成ですが、金地を背景にして輪郭線を使い、
体の外には影も無く、日本画の仏画に似ています。
第3章 1907~1924 日本洋画のアカデミズム形成-文展・帝展の時代
黒田は1896年の東京美術学校の西洋画科の新設時には教官となり、1907年に開設された
文展(現在の日展の前身)の審査委員を務め、1920年には帝室技芸員に選ばれ、
1920年には貴族院議員にもなるなど、美術界を指導する多忙な日々を送ることになります。
「野辺」 1907(明治40)年 ポーラ美術館

師のラファエル・コラン風の清らかな雰囲気の作品です。
「鉄砲百合」 1909(明治42)年 石橋財団石橋美術館

黒田は花の絵を好み、よく描いています。
黒田は本格的な絵画として「構想画」に取組んでいますが、自身が「スケッチ」と称した
このような絵の方が肩が凝らず、気楽に観ていられます。
「梅林」 1924(大正13)年 東京国立博物館

絶筆で、前年に狭心症を発病して療養中に早春の庭を描いた作品です。
体力の衰えもあってか、粗く大まかな筆遣いですが、かえって迫力があります。
西洋絵画を日本に移植し、それを育てるという使命を担わされた黒田清輝は
裸体画に対する無理解に遭ったり、美術行政の立場に立たされたりと、
あれこれ大変だったことが分かります。
先駆者としての黒田の宿命なのでしょうが、画家としての個性を出し切る前に
力を使い果たして画業を終えてしまったようにも思えます。
展覧会のHPです。
東京国立博物館に隣接する黒田記念館は、黒田清輝の、遺産の一部を美術奨励事業に
充てるようにとの遺言により設立された施設で、1928年に竣工し、2015年にリニューアル
オープンしています。


黒田記念館のHPです。
新宿
今回の地震に遭われた熊本県の皆さまにお見舞い申し上げます。
私も熊本県に友人がおり、心配しています。
カフェ、「ストーリー ストーリー (STORY STORY)」は小田急百貨店新宿店本館の
10階にあります。


有隣堂の運営するお店で、書籍店に併設され、書籍店の本を持込んで
読むことも出来ます。
カレーやパスタ、サンドイッチなどのメニューも揃っています。
約70席の店内はブラウンでまとめられ、広々としていて、全席禁煙、
窓から新宿西口を見渡せます。
まだ午前中なので、席は空いていました。

小さなかぼちゃの焼プリン650円とセットのコーヒー300円です。
たっぷりのコーヒーは単品500円です。

コーヒーも美味しく、ちょっと立ち寄るのに都合の良いお店です。
chariot
今回の地震に遭われた熊本県の皆さまにお見舞い申し上げます。
私も熊本県に友人がおり、心配しています。
カフェ、「ストーリー ストーリー (STORY STORY)」は小田急百貨店新宿店本館の
10階にあります。


有隣堂の運営するお店で、書籍店に併設され、書籍店の本を持込んで
読むことも出来ます。
カレーやパスタ、サンドイッチなどのメニューも揃っています。
約70席の店内はブラウンでまとめられ、広々としていて、全席禁煙、
窓から新宿西口を見渡せます。
まだ午前中なので、席は空いていました。

小さなかぼちゃの焼プリン650円とセットのコーヒー300円です。
たっぷりのコーヒーは単品500円です。

コーヒーも美味しく、ちょっと立ち寄るのに都合の良いお店です。