上野
上野の国立科学博物館では特別展、「昆虫」が開かれています。
会期は10月8日(月・祝)までです。

香川照之さんが大喜びで掴まえているのは南米に生息する、世界で最も重いとされる
アクタエオンゾウカブトムシです。
会場の最初には巨大な昆虫たちが待ち構えています。
ニホンミツバチの約200倍の模型

大きな花粉団子を付けています。
オオムラサキの約30倍の模型

背中に乗ってどこかに飛んでいきたくなります
ヒトスジシマカの約240倍模型

これに刺されたら血を全部吸われて、干からびてしまいそうです。
虫が入って固まった、白亜紀の琥珀

小説・映画の「ジュラシック・パーク」では、琥珀に閉じ込められた蚊の吸った
恐竜の血からDNAを抽出し、恐竜を再生させています。
蝶の標本

美しい昆虫・オオルリアゲハ

美しい昆虫・トリバネアゲハの仲間

さまざまの蝶に囲まれた、世界最大級の蝶、アレクサンドラトリバネアゲハ

パプアニューギニア東部の一部地域にだけ生息しています。
カブトムシの仲間

角の長いのは南米に生息するネプチューンオオカブトムシで、
ヘラクレスオオカブトムシに次ぐ大きさです。
大きくて変わった甲虫

メガネウラの復元模型と化石


メガネウラは史上最大の昆虫で、羽根の両端は70㎝、3億2千万年前に現れ、
2億5千万年前に絶滅しています。
Gの部屋

Gには特別室が与えられています。
マダガスカルゴキブリはマダガスカルに生息し、羽根がありません。

ハテナゴキブリは黒と白の模様があります。

南アメリカのゴキブリ

ゲンゴローに似たのもあります。
アジア・アフリカ・オーストラリアのゴキブリ

ゴキブリは約3億年前に現れた昆虫で、元来は熱帯雨林に住み、
人間の生活環境に居るのはその一部だそうです。
生活環境で分けた昆虫

水辺

市街地

サバイバルの知恵:隠れる、驚かす

木の葉に化けたり、大きな目のような模様で相手を驚かせます。
アリやシロアリの生態を描いたマンガもあります。
恩知らず

アリダマシヤドリバエの幼虫はトビイロケアリのメスに寄生して、
ウジとなって出てきてサナギとなります。
トビイロケアリはそれを我が子と思って大切に育てます。
カッコウの托卵のようなお話です。
刹那

アリサライギングチはツヤハダアリの行列の上でホバリングして待ち、
列から離れたアリがいると素早くつかみかかってさらい上げ、
針で麻痺させ、巣穴に運びます。
ファーブル昆虫記のカリウドバチの話を思い出します。
カツオブシムシ類

カツオブシムシ類によって作成された鳥の骨格標本

カツオブシムシ類は動物の剥製などを食い荒らしますが、肉や脂を
きれいに完食してくれるので、骨格標本作りには役立ちます。
シルクをつくるガ

特にヤママユガの仲間の繭はシルク製品の原料になっています。
研究者たちの業績の紹介と、それぞれの収集したコレクション


ヤンバルテナガコガネのホロタイプ標本

新種の学名を決める際、基準となる標本がタイプ標本です。
タイプ標本が複数ある時はその中で最優先される標本がホロタイプ標本で、
新種1種に1点しかありません。
展覧会のHPです。
国立科学博物館の玄関では、「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」で使う
丸木舟が置かれています。





縄文時代に先立つ旧石器時代の約3万年前に台湾から沖縄を経由して人類が
日本へ渡るルートがあったと推定されます。
それを再現するプロジェクトで、石斧で杉の木を切り倒し、中をくりぬいて丸木舟を作り、
台湾から与那国島への200㎞を2~3日かけて漕いで渡ろうとするものです。
そこは黒潮の強く流れる海域で、かなりな困難が予想されますが、2019年の実行を予定し、
9月14日まで必要資金3000万円を募金しているところです。
草で作った舟、竹を組んだ舟で試みたところ、黒潮を越えるスピードが出ず、
やはり木の舟を作って渡ったのではないかということです。


chariot
上野の国立科学博物館では特別展、「昆虫」が開かれています。
会期は10月8日(月・祝)までです。

香川照之さんが大喜びで掴まえているのは南米に生息する、世界で最も重いとされる
アクタエオンゾウカブトムシです。
会場の最初には巨大な昆虫たちが待ち構えています。
ニホンミツバチの約200倍の模型

大きな花粉団子を付けています。
オオムラサキの約30倍の模型

背中に乗ってどこかに飛んでいきたくなります
ヒトスジシマカの約240倍模型

これに刺されたら血を全部吸われて、干からびてしまいそうです。
虫が入って固まった、白亜紀の琥珀

小説・映画の「ジュラシック・パーク」では、琥珀に閉じ込められた蚊の吸った
恐竜の血からDNAを抽出し、恐竜を再生させています。
蝶の標本

美しい昆虫・オオルリアゲハ

美しい昆虫・トリバネアゲハの仲間

さまざまの蝶に囲まれた、世界最大級の蝶、アレクサンドラトリバネアゲハ

パプアニューギニア東部の一部地域にだけ生息しています。
カブトムシの仲間

角の長いのは南米に生息するネプチューンオオカブトムシで、
ヘラクレスオオカブトムシに次ぐ大きさです。
大きくて変わった甲虫

メガネウラの復元模型と化石


メガネウラは史上最大の昆虫で、羽根の両端は70㎝、3億2千万年前に現れ、
2億5千万年前に絶滅しています。
Gの部屋

Gには特別室が与えられています。
マダガスカルゴキブリはマダガスカルに生息し、羽根がありません。

ハテナゴキブリは黒と白の模様があります。

南アメリカのゴキブリ

ゲンゴローに似たのもあります。
アジア・アフリカ・オーストラリアのゴキブリ

ゴキブリは約3億年前に現れた昆虫で、元来は熱帯雨林に住み、
人間の生活環境に居るのはその一部だそうです。
生活環境で分けた昆虫

水辺

市街地

サバイバルの知恵:隠れる、驚かす

木の葉に化けたり、大きな目のような模様で相手を驚かせます。
アリやシロアリの生態を描いたマンガもあります。
恩知らず

アリダマシヤドリバエの幼虫はトビイロケアリのメスに寄生して、
ウジとなって出てきてサナギとなります。
トビイロケアリはそれを我が子と思って大切に育てます。
カッコウの托卵のようなお話です。
刹那

アリサライギングチはツヤハダアリの行列の上でホバリングして待ち、
列から離れたアリがいると素早くつかみかかってさらい上げ、
針で麻痺させ、巣穴に運びます。
ファーブル昆虫記のカリウドバチの話を思い出します。
カツオブシムシ類

カツオブシムシ類によって作成された鳥の骨格標本

カツオブシムシ類は動物の剥製などを食い荒らしますが、肉や脂を
きれいに完食してくれるので、骨格標本作りには役立ちます。
シルクをつくるガ

特にヤママユガの仲間の繭はシルク製品の原料になっています。
研究者たちの業績の紹介と、それぞれの収集したコレクション


ヤンバルテナガコガネのホロタイプ標本

新種の学名を決める際、基準となる標本がタイプ標本です。
タイプ標本が複数ある時はその中で最優先される標本がホロタイプ標本で、
新種1種に1点しかありません。
展覧会のHPです。
国立科学博物館の玄関では、「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」で使う
丸木舟が置かれています。





縄文時代に先立つ旧石器時代の約3万年前に台湾から沖縄を経由して人類が
日本へ渡るルートがあったと推定されます。
それを再現するプロジェクトで、石斧で杉の木を切り倒し、中をくりぬいて丸木舟を作り、
台湾から与那国島への200㎞を2~3日かけて漕いで渡ろうとするものです。
そこは黒潮の強く流れる海域で、かなりな困難が予想されますが、2019年の実行を予定し、
9月14日まで必要資金3000万円を募金しているところです。
草で作った舟、竹を組んだ舟で試みたところ、黒潮を越えるスピードが出ず、
やはり木の舟を作って渡ったのではないかということです。


銀座一丁目
「ATELIER CAFE(アトリエ カフェ)」はキラリトギンザの5階にあります。
場所は中央区銀座1-8-19です。

貴和製作所の アクセサリーパーツショップに併設されたカフェで、明るいベージュ色の
店内は約60席、全席禁煙です。
工具も貸し出されていて、アクセサリー作りの作業をすることも出来ます。
BGMは無く、静かな店内です。


窓の下は中央通りで、向かい側はポーラ ミュージアム アネックスのある
ポーラ銀座ビルです。

カフェラテ600円です。
貴和製作所のポイントカードを提示すると10%引きになります。

おしゃべりを楽しみながらアクセサリー作りにいそしんでいるグループが幾つかあって、
他のカフェとはちょっと違った、面白い雰囲気のお店です。
男性のお客は少ないのですが、買物のお供でしばらくお茶を楽しみました。
chariot
「ATELIER CAFE(アトリエ カフェ)」はキラリトギンザの5階にあります。
場所は中央区銀座1-8-19です。

貴和製作所の アクセサリーパーツショップに併設されたカフェで、明るいベージュ色の
店内は約60席、全席禁煙です。
工具も貸し出されていて、アクセサリー作りの作業をすることも出来ます。
BGMは無く、静かな店内です。


窓の下は中央通りで、向かい側はポーラ ミュージアム アネックスのある
ポーラ銀座ビルです。

カフェラテ600円です。
貴和製作所のポイントカードを提示すると10%引きになります。

おしゃべりを楽しみながらアクセサリー作りにいそしんでいるグループが幾つかあって、
他のカフェとはちょっと違った、面白い雰囲気のお店です。
男性のお客は少ないのですが、買物のお供でしばらくお茶を楽しみました。
銀座
銀座和光本館6階の和光ホールでは、「KIRIKO-伝承の技と新しき表現-」展が
開かれています。
会期は8月5日(日)まで、入場は無料です。

切子ガラスの新作の展示で、江戸切子の作者、瀧澤利夫、黒川昭男、高野秀德の
3名の作品の他、薩摩切子、花切子、グラヴィールの作品も展示されています。
花切子はカットした面を磨かず、すりガラスのようにしておく技法で、
グラヴィールはガラスの表面に彫刻を施す技法です。
瀧澤さんと高野さんは伝統の左右対称のカット、黒川さんは変則的な形のカットで
制作しています。

切子ガラスは西洋のカットグラスを手本にして幕末に製作が始まりますが、
当初は江戸切子が無色透明だったのに対し、薩摩切子は無色のガラスに
被せた色ガラスをカットしています。
現在は江戸切子も被せガラスを使っています。
chariot
銀座和光本館6階の和光ホールでは、「KIRIKO-伝承の技と新しき表現-」展が
開かれています。
会期は8月5日(日)まで、入場は無料です。

切子ガラスの新作の展示で、江戸切子の作者、瀧澤利夫、黒川昭男、高野秀德の
3名の作品の他、薩摩切子、花切子、グラヴィールの作品も展示されています。
花切子はカットした面を磨かず、すりガラスのようにしておく技法で、
グラヴィールはガラスの表面に彫刻を施す技法です。
瀧澤さんと高野さんは伝統の左右対称のカット、黒川さんは変則的な形のカットで
制作しています。

切子ガラスは西洋のカットグラスを手本にして幕末に製作が始まりますが、
当初は江戸切子が無色透明だったのに対し、薩摩切子は無色のガラスに
被せた色ガラスをカットしています。
現在は江戸切子も被せガラスを使っています。
恵比寿
山種美術館では企画展、「水を描く―広重の雨、玉堂の清流、土牛のうずしお―」が
開かれています。
会期は9月6日(木)までです。

今年9月に国際水協会(IWA)世界会議が東京で開かれるということで、
水にちなんだ作品の展示です。
歌川広重 「東海道五拾三次」より「庄野・白雨」 1833~36(天保4-7)年頃

8月5日までの展示です。
広重の 「東海道五拾三次」を代表する作品です。
にわか雨に慌てて、鍬を担いで坂を駆け下る人、駆け上がる駕篭、風に揺れる
木々には動きがあり、しかも叙情性に満ちた絵になっています。
対角線の構図は、広重の学んだ四条派の影響とのことです。
牛方のあきらめて行くにわか雨 江戸川柳
歌川広重 「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」 1857(安政4)年

8月7日からの展示です。
隅田川の新大橋(大橋)を西側から見た図です。
川向こうに幕府の御船蔵があり、安宅船(戦艦)を収容していたので、「あたけ」の
地名が付いています。
びっしり並んだ細い線で雨を表し、あてなしぼかしという摺りの技法を使って、
むらむらとした雨雲を表現しています。
広重は雨の表現が巧みです。
本降りになって出て行く雨宿り 江戸川柳
奥村土牛 「雨趣」 1928年

麻布谷町(今の六本木1丁目)の雨の日の眺めです。
谷あいに並ぶ木造家屋の上に降る雨が、細かく一本一本描かれています。
厳密な写実を行なう速水御舟の影響でしょう。
色数を抑えてじっくり描くという画風は、この頃にはすでに見られます。
川合玉堂 「渓雨紅樹」 1946年

谷あいの村は雨に煙り、紅葉した木々の葉はうなだれています。
白抜きで表された道を傘を差した人が二人歩いています。
川合玉堂はよく風景の中に何人かの人を描いて、人のつながりを表しています。
川合玉堂は写生の折に見かけた水車小屋の風景を気に入り、自宅の庭に
水車を作ってその音を楽しんだということです。
千住博 「ウォーターフォール」 1995年
パンフレットに使われている作品です。
大作で、白い絵具を流して描く、千住さん独特の技法による作品です。
絵具の滝が滝の絵になる、と千住さんは述べています。
しんと静かな画面を観ていると、轟く水音が聴こえてきます。
嬉しや水 鳴るは滝の水 日は照るとも 絶えずとうたり 平家物語、額打論
奥田元宋 「奥入瀬(秋)」(部分) 1983年

縦約2m、横約5mの大作で、奥入瀬渓流の紅葉を描いています。
年を取ると大きな作品を描けなくなるので、80歳までは日展とは別に
年に1作描くことにしたそうで、これは71歳のときの作品です。
奥田元宋は赤色をあふれるように使ったことで有名で、「元宋の赤」と
呼ばれています。
その赤は深く、荘厳さがあります。
ちはやふる神代もきかず竜田川唐紅に水くくるとは 在原業平
小林古径 「河風」 1915年

黒の絣の浴衣姿の女が河原に置いた縁台に掛け、桔梗の団扇を持って
足を水にひたしています。
後ろに垂らした帯の色が鮮やかで、水の描き方にも特徴があります。
小林古径の33歳頃の作品で、後の画風と違い、絵に生々しさがあります。
菱川師宣の見返り美人などの浮世絵を参考にしていて、流れの描き方には
紅児会で共に活動した今村紫紅の影響が見られるそうです。
夏河を越すうれしさよ手に草履 蕪村
速水御舟 「埃乃土人ノ灌漑」 1931年

小品で、1930年の欧州旅行の船旅の途中で見かけた、エジプトの情景です。
2つの跳ね釣瓶を使った水汲みの様子を描いています。
人物の姿は古代のエジプト絵画風で、1人は赤い腰巻に白い鉢巻、
1人は白い腰巻に赤白の鉢巻です。
左右対称の面白い構図で、烏が1羽、のんびり止まっています。
肩の力を抜いた、楽しい絵です。
竹内栖鳳 「緑池」 1927年

一匹の蛙が池から顔を出しています。
いかにも暖かそうな春の情景です。
竹内栖鳳の描く動物はどれも見事にその姿を捉えています。
東山魁夷 「緑潤う」 1976年

修学院離宮の庭です。
親交の深かった川端康成に、京都の風景の残っている今のうちに描くように奨められ、
取り組んだ4点のうちの一つです。
小堀鞆音 「那須宗隆射扇図」 1890年

平家物語の一節の那須与一が屋島の戦いで扇を射落す場面です。
波の形は様式的ですが、平家物語の記述を参考にした戦装束の与一の姿は
濃い色彩で写実的に描かれています。
小堀鞆音(1864~1931)は安田靫彦の師で、歴史画を得意としています。
折節北風激しくて 磯打つ波も高かりけり 平家物語、扇の的の段
川端龍子 「鳴門」 1929年


横約8m以上もある大作で、濃い群青の波が渦巻く、迫力いっぱいの画面が広がっています。
川端龍子は従来のいわゆる「床の間芸術」に対抗し、広い展示場での展示に耐える、
「会場芸術」を追及しています。
自身の設立した青龍社の第1回展の出品作です。
奥村土牛「鳴門」 1959年

近景の渦潮と遠景の島の静が一体となった、重厚な作品です。
幾重にも塗り重ねた堅牢な画面造りは、奥村土牛の特徴です。
小さな連絡船に乗っていて、たまたま渦潮に出会い、奥さんに帯を
掴んでもらって渦潮を覗き込んで写生したということです。
宮廻正明 「水花火(螺)」 2012年

四国の四万十川の投網漁を題材にしていて、真昼に一瞬咲いた花火を捉えています。
水面を点描で描き、網の目も細かく一本一本描き込んでいます。
宮廻さんの作品は幾何学的な構図が新鮮です。
小野竹喬 「沖の灯」 1977年

夕陽に焼けた雲の色が海に映り、沖には漁火が見えます。
最晩年の作で、色も形も単純化され、本質だけになっています。
雨、滝、川、池、海という、それぞれの水の表情を見せてくれる展覧会です。
山種美術館のHPです。
次回の展覧会は企画展、「日本美術院創立120 年記念 日本画の挑戦者たち
―大観・春草・古径・御舟―」です。
会期は9月15日(土)から11月11日(日)までです。
chariot
山種美術館では企画展、「水を描く―広重の雨、玉堂の清流、土牛のうずしお―」が
開かれています。
会期は9月6日(木)までです。

今年9月に国際水協会(IWA)世界会議が東京で開かれるということで、
水にちなんだ作品の展示です。
歌川広重 「東海道五拾三次」より「庄野・白雨」 1833~36(天保4-7)年頃

8月5日までの展示です。
広重の 「東海道五拾三次」を代表する作品です。
にわか雨に慌てて、鍬を担いで坂を駆け下る人、駆け上がる駕篭、風に揺れる
木々には動きがあり、しかも叙情性に満ちた絵になっています。
対角線の構図は、広重の学んだ四条派の影響とのことです。
牛方のあきらめて行くにわか雨 江戸川柳
歌川広重 「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」 1857(安政4)年

8月7日からの展示です。
隅田川の新大橋(大橋)を西側から見た図です。
川向こうに幕府の御船蔵があり、安宅船(戦艦)を収容していたので、「あたけ」の
地名が付いています。
びっしり並んだ細い線で雨を表し、あてなしぼかしという摺りの技法を使って、
むらむらとした雨雲を表現しています。
広重は雨の表現が巧みです。
本降りになって出て行く雨宿り 江戸川柳
奥村土牛 「雨趣」 1928年

麻布谷町(今の六本木1丁目)の雨の日の眺めです。
谷あいに並ぶ木造家屋の上に降る雨が、細かく一本一本描かれています。
厳密な写実を行なう速水御舟の影響でしょう。
色数を抑えてじっくり描くという画風は、この頃にはすでに見られます。
川合玉堂 「渓雨紅樹」 1946年

谷あいの村は雨に煙り、紅葉した木々の葉はうなだれています。
白抜きで表された道を傘を差した人が二人歩いています。
川合玉堂はよく風景の中に何人かの人を描いて、人のつながりを表しています。
川合玉堂は写生の折に見かけた水車小屋の風景を気に入り、自宅の庭に
水車を作ってその音を楽しんだということです。
千住博 「ウォーターフォール」 1995年
パンフレットに使われている作品です。
大作で、白い絵具を流して描く、千住さん独特の技法による作品です。
絵具の滝が滝の絵になる、と千住さんは述べています。
しんと静かな画面を観ていると、轟く水音が聴こえてきます。
嬉しや水 鳴るは滝の水 日は照るとも 絶えずとうたり 平家物語、額打論
奥田元宋 「奥入瀬(秋)」(部分) 1983年

縦約2m、横約5mの大作で、奥入瀬渓流の紅葉を描いています。
年を取ると大きな作品を描けなくなるので、80歳までは日展とは別に
年に1作描くことにしたそうで、これは71歳のときの作品です。
奥田元宋は赤色をあふれるように使ったことで有名で、「元宋の赤」と
呼ばれています。
その赤は深く、荘厳さがあります。
ちはやふる神代もきかず竜田川唐紅に水くくるとは 在原業平
小林古径 「河風」 1915年

黒の絣の浴衣姿の女が河原に置いた縁台に掛け、桔梗の団扇を持って
足を水にひたしています。
後ろに垂らした帯の色が鮮やかで、水の描き方にも特徴があります。
小林古径の33歳頃の作品で、後の画風と違い、絵に生々しさがあります。
菱川師宣の見返り美人などの浮世絵を参考にしていて、流れの描き方には
紅児会で共に活動した今村紫紅の影響が見られるそうです。
夏河を越すうれしさよ手に草履 蕪村
速水御舟 「埃乃土人ノ灌漑」 1931年

小品で、1930年の欧州旅行の船旅の途中で見かけた、エジプトの情景です。
2つの跳ね釣瓶を使った水汲みの様子を描いています。
人物の姿は古代のエジプト絵画風で、1人は赤い腰巻に白い鉢巻、
1人は白い腰巻に赤白の鉢巻です。
左右対称の面白い構図で、烏が1羽、のんびり止まっています。
肩の力を抜いた、楽しい絵です。
竹内栖鳳 「緑池」 1927年

一匹の蛙が池から顔を出しています。
いかにも暖かそうな春の情景です。
竹内栖鳳の描く動物はどれも見事にその姿を捉えています。
東山魁夷 「緑潤う」 1976年

修学院離宮の庭です。
親交の深かった川端康成に、京都の風景の残っている今のうちに描くように奨められ、
取り組んだ4点のうちの一つです。
小堀鞆音 「那須宗隆射扇図」 1890年

平家物語の一節の那須与一が屋島の戦いで扇を射落す場面です。
波の形は様式的ですが、平家物語の記述を参考にした戦装束の与一の姿は
濃い色彩で写実的に描かれています。
小堀鞆音(1864~1931)は安田靫彦の師で、歴史画を得意としています。
折節北風激しくて 磯打つ波も高かりけり 平家物語、扇の的の段
川端龍子 「鳴門」 1929年


横約8m以上もある大作で、濃い群青の波が渦巻く、迫力いっぱいの画面が広がっています。
川端龍子は従来のいわゆる「床の間芸術」に対抗し、広い展示場での展示に耐える、
「会場芸術」を追及しています。
自身の設立した青龍社の第1回展の出品作です。
奥村土牛「鳴門」 1959年

近景の渦潮と遠景の島の静が一体となった、重厚な作品です。
幾重にも塗り重ねた堅牢な画面造りは、奥村土牛の特徴です。
小さな連絡船に乗っていて、たまたま渦潮に出会い、奥さんに帯を
掴んでもらって渦潮を覗き込んで写生したということです。
宮廻正明 「水花火(螺)」 2012年

四国の四万十川の投網漁を題材にしていて、真昼に一瞬咲いた花火を捉えています。
水面を点描で描き、網の目も細かく一本一本描き込んでいます。
宮廻さんの作品は幾何学的な構図が新鮮です。
小野竹喬 「沖の灯」 1977年

夕陽に焼けた雲の色が海に映り、沖には漁火が見えます。
最晩年の作で、色も形も単純化され、本質だけになっています。
雨、滝、川、池、海という、それぞれの水の表情を見せてくれる展覧会です。
山種美術館のHPです。
次回の展覧会は企画展、「日本美術院創立120 年記念 日本画の挑戦者たち
―大観・春草・古径・御舟―」です。
会期は9月15日(土)から11月11日(日)までです。
新宿
新宿の東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館では、「巨匠たちのクレパス画展
―日本近代から現代まで―」が開かれています。
会期は9月9日(日)までです。

サクラクレパスの運営するサクラアートミュージアムのコレクションから作家115名の
約150点が展示されています。
クレパスは、現在のサクラクレパスが1925年に開発した商品で、硬くて面を描きにくい
クレヨンと、粉っぽくて定着液の吹付けが必要なパステルの欠点を補うものです。
山本鼎 「江の浦風景」 1934年

山本鼎(1882-1946)は子どもが自由に絵を描ける「自由画」を提唱し、クレパスを考案し、
サクラクレパスとともに開発に関わっています。
三岸節子 「花 I」 1940年頃

三岸節子(1905-1999)は力強い調子で花の絵を数多く描いていますが、
パステルでもよく描いています。
猪熊源一郎 「顔」 1950年

背景の青とバナナの緑が新鮮です。
小磯良平 「婦人像」 1951年

小磯良平(1903-1988)は写実画の大家で、細い線で表情も描き出しています。
パステルについて、油絵具の発色にも似た鮮明度の強さが魅力だと述べています。
寺内萬治郎 「緑衣の婦人像」 制作年不明

寺内萬治郎(1890-1964)は裸婦像で有名です。
東京美術学校在学中に生家が破産し、仕送りが途絶えたため、絵具を買えず、
デッサンばかりしていたため、デッサン力が上がったそうです。
山下清 「花火」 制作年不明

山下清(1922-1971)は長岡の花火のちぎり絵が特に有名ですが、
パステルでも描いています。
熊谷守一 「裸婦」 制作年不明

熊谷守一の特徴の赤い輪郭線を使っています。
佐伯米子 「フランスのグリシ―という田舎町の風景」 制作年不明

透視図法を使っていて、人物がポツンと描かれているところもユトリロ風です。
佐伯米子は夫の佐伯祐三とともに1920年代に2度、フランスに渡っています。
岡本太郎 「鳥と太陽」 制作年不明

岡本太郎は、人に媚びるとしてペットを嫌っていましたが、カラスを飼っていて、
飼っているのではなく、一緒に暮らしているだけだと言っています。
舟越桂 「習作」 2002年

彫刻家ですが、素描にも優れていて、孤独感のある人物を描いています。
クレパスと言えば洋画家を想像しますが、加山又造、岩田荘平、神戸智行、
鴻池朋子、福井江太郎など、日本画家の作品もあります。
加山又造 「薫風」 制作年不明

版画の彫った線のように細い描線です。
他に浅井閑右衛門、梅原龍三郎、岡鹿之助、佐藤胎泰生、宮本三郎などの作品も
展示され、サクラクレパスの歴史の紹介もあって、なかなか面白い展覧会です。
1階ロビーではクレパスと画用紙で自由に絵を描けるコーナーもあります。
展覧会のHPです。
次回の展覧会は「カール・ラーション展」です。
会期は9月22日(土)から12月24日(月・休)までです。

chariot
新宿の東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館では、「巨匠たちのクレパス画展
―日本近代から現代まで―」が開かれています。
会期は9月9日(日)までです。

サクラクレパスの運営するサクラアートミュージアムのコレクションから作家115名の
約150点が展示されています。
クレパスは、現在のサクラクレパスが1925年に開発した商品で、硬くて面を描きにくい
クレヨンと、粉っぽくて定着液の吹付けが必要なパステルの欠点を補うものです。
山本鼎 「江の浦風景」 1934年

山本鼎(1882-1946)は子どもが自由に絵を描ける「自由画」を提唱し、クレパスを考案し、
サクラクレパスとともに開発に関わっています。
三岸節子 「花 I」 1940年頃

三岸節子(1905-1999)は力強い調子で花の絵を数多く描いていますが、
パステルでもよく描いています。
猪熊源一郎 「顔」 1950年

背景の青とバナナの緑が新鮮です。
小磯良平 「婦人像」 1951年

小磯良平(1903-1988)は写実画の大家で、細い線で表情も描き出しています。
パステルについて、油絵具の発色にも似た鮮明度の強さが魅力だと述べています。
寺内萬治郎 「緑衣の婦人像」 制作年不明

寺内萬治郎(1890-1964)は裸婦像で有名です。
東京美術学校在学中に生家が破産し、仕送りが途絶えたため、絵具を買えず、
デッサンばかりしていたため、デッサン力が上がったそうです。
山下清 「花火」 制作年不明

山下清(1922-1971)は長岡の花火のちぎり絵が特に有名ですが、
パステルでも描いています。
熊谷守一 「裸婦」 制作年不明

熊谷守一の特徴の赤い輪郭線を使っています。
佐伯米子 「フランスのグリシ―という田舎町の風景」 制作年不明

透視図法を使っていて、人物がポツンと描かれているところもユトリロ風です。
佐伯米子は夫の佐伯祐三とともに1920年代に2度、フランスに渡っています。
岡本太郎 「鳥と太陽」 制作年不明

岡本太郎は、人に媚びるとしてペットを嫌っていましたが、カラスを飼っていて、
飼っているのではなく、一緒に暮らしているだけだと言っています。
舟越桂 「習作」 2002年

彫刻家ですが、素描にも優れていて、孤独感のある人物を描いています。
クレパスと言えば洋画家を想像しますが、加山又造、岩田荘平、神戸智行、
鴻池朋子、福井江太郎など、日本画家の作品もあります。
加山又造 「薫風」 制作年不明

版画の彫った線のように細い描線です。
他に浅井閑右衛門、梅原龍三郎、岡鹿之助、佐藤胎泰生、宮本三郎などの作品も
展示され、サクラクレパスの歴史の紹介もあって、なかなか面白い展覧会です。
1階ロビーではクレパスと画用紙で自由に絵を描けるコーナーもあります。
展覧会のHPです。
次回の展覧会は「カール・ラーション展」です。
会期は9月22日(土)から12月24日(月・休)までです。

御徒町
御徒町にある、「カフェ ラパン」に行ってきました。
場所は台東区上野3-15-7で、上野松坂屋の南、中央通りから東に少し入った所です。
自家焙煎コーヒーのお店で、全席禁煙、床は板張り、広いガラス窓が
通りに面しています。

店内にはいつも大きな活け花が飾ってあります。


チーズケーキ400円と、ジノリのカップに入ったウインナコーヒー550円です。

ケーキは自家製で、いつもショートケーキなど2・3種類が置いてあります。
ネルドリップで淹れるコーヒーもしっかりした味で美味しく、上野に行った時に
よく利用するお店です。
以前、「カフェ ラパン」に行ったときの記事です。
chariot
御徒町にある、「カフェ ラパン」に行ってきました。
場所は台東区上野3-15-7で、上野松坂屋の南、中央通りから東に少し入った所です。
自家焙煎コーヒーのお店で、全席禁煙、床は板張り、広いガラス窓が
通りに面しています。

店内にはいつも大きな活け花が飾ってあります。


チーズケーキ400円と、ジノリのカップに入ったウインナコーヒー550円です。

ケーキは自家製で、いつもショートケーキなど2・3種類が置いてあります。
ネルドリップで淹れるコーヒーもしっかりした味で美味しく、上野に行った時に
よく利用するお店です。
以前、「カフェ ラパン」に行ったときの記事です。
東京
三菱一号館美術館で開かれた、青い日記帳×「ショーメ 時空を超える宝飾芸術の世界
―1780年パリに始まるエスプリ」展、ブロガー特別内覧会に行ってきました。
展覧会の会期は9月17日(月・祝)までです。

1780年、パリで創業したジュエラー、ショーメの展覧会です。
まず、高橋明也館長(右)の挨拶があり、続いて、「弐代目・青い日記帳」主催の
Takさん(左)がモデレーターで、岩瀬慧学芸員(中)の解説を伺いました。
展示室の内装は、パリのファッションショーの内装を手掛けたチームが約50人も
やって来て、担当したそうで、今までの展覧会とは雰囲気が違っています。

会場の写真は特別の許可を得て撮影しています。
マリ=エティエンヌ・ニトが創業したショーメはナポレオン1世と皇妃、ジョセフィーヌの
御用達となり、発展を遂げています。
「戴冠衣装の皇帝ナポレオン1世」 フランソワ・ジェラール
1806年 パレ・フェッシュ美術館、アジャクシオ

古代ギリシャ風の月桂冠を被り、展示室の最初に、堂々と立っています。
創業時の1780年から現在に至る作品の推移です。
1890年から1910年

1935年から1970年

2000年から2018年

時代が進むにつれ、ダイヤモンドのカッティングやセッティング、シルバーなど地金の
研磨技術が向上し、特に20世紀になると大きく進歩して、輝きを増したそうです。
「ダイヤモンドとエメラルドのパリュールを着用したナポレオン1世の妻、
皇妃ジョセフィーヌの肖像」 ジャン=バティスト・ルニョー
1809年頃 パリ、ドヌ=ティエール財団(フランス学士院)

「麦の穂のティアラ」 フランソワ=ルニョー・ニト
1811年頃 パリ、ショーメ・コレクション

ローマ神話に由来する、繁栄と肥沃の象徴である麦の穂の形のティアラです。
麦の穂はナポレオンの時代に人気のあったモティーフで、ジョセフィーヌも好んでいます。
ダイヤモンドを並べ、現代にも通用するデザインです。
ナポレオンの時代は古典古代の文化への復帰が見られるそうです。
「皇妃マリー=ルイーズの肖像」 ロベール・ルフェーヴル
1812年 パリ、ショーメ・コレクション

ナポレオンは嫡子を産めなかったジョセフィーヌと離婚し、1810年に神聖ローマ皇帝
フランツ2世の子、マリー=ルイーズと結婚しています。
後ろの椅子のNの字はナポレオンのイニシャルです。
「皇妃マリー=ルイーズのルビーとダイヤモンドのパリュールのレプリカ」
ニト・エ・フィス 1811年頃 パリ、ショーメ・コレクション

ホワイトサファイア、ジルコン、ガーネットを使っています。
ティアラは古代ギリシャで王権を示すヘアバンドに由来する装飾品で、ジョセフィーヌが
着けたことにより、注目されます。
ダヴィッドの描いた「ナポレオン1世の戴冠式」でもジョセフィーヌはティアラを着けています。
以来、ショーメは3500点ものティアラを制作しています。
『「ティアラのサロン」に展示されているマイヨショール』
19-20世紀 パリ、ショーメ・コレクション

完成品の直前のモデル300点です。
20点の輝くティアラが展示されています。


「アメシストのティアラ」 ジャン=バティスト・フォサン
1830年頃 ウォバーンアビー・コレクション

『「ロイヒテンベルク」として知られるティアラ』 ジャン=バティスト・フォサン
1830-40年頃 パリ、ショーメ・コレクション

ロイヒテンベルクはジョセフィーヌに由来する家系とのことです。
着けるとエメラルドの花は揺れ動き、外してブローチなどにも出来ます。
『ティアラ「鮮紅色の情熱」』 2016年 ショーメ・パリ

レッドスピネルやロードライトガーネットの紅い百合は外してブローチなどにも出来ます。
『ローリエのティアラ「アポロンの蒼穹」』 2016年 ショーメ・パリ

月桂冠に、地中海の空を表す青のサファイアをあしらっています。
「ホープ・カップ」 ジャン=ヴァランタン・モレル 1853-1855年 メイター・コレクション

貝殻の形のブラッドストーンを支える台はギリシャ神話のペルセウスと
アンドロメダの物語で飾られています。
メドゥーサの首を獲ったペルセウス

ペルセウスの助けを待つアンドロメダ

自然をモティーフにした宝飾品の展示室です。
「タコのネックレス」 ショーメ 1970年
両シチリア王国ブルボン家王女コレクション

水晶のタコです。
タコはヨーロッパでは嫌われていますが、地中海地域では好まれているようです。
一角獣、鹿、馬、ハチドリなどを象っています。

デザイン画もたくさんあります。


キネティック・アート(動くアート)の作品の展示です。
「ブローチとしても着用可能な一対のハチドリのエグレット」
ジョゼフ・ショーメ 1890年頃

装身具の性質上、動きを伴いますが、それを強調して魅力を増しています。
短冊を下げた日本のかんざしも同じです。
展示室の最後は、日本にちなんだ展示です。
マリー・アントワネットの日本の漆器コレクションの硯箱
江戸時代 パリ、ギメ美術館

ショーメの創業者、マリ=エティエンヌ・ニトはフランス革命勃発直後の1793年に
芸術委員会に参加し、マリー・アントワネットの所有していた貴重品の鑑定を
行なっています。
その際、日本の漆器を高く評価し、保存すべきと勧告しています。
「雷神、日本風ブローチ」 ジョゼフ・ショーメ
1900年頃 ショーメ・コレクション、パリ

傘を差した浮世絵風の女性はオパールの提灯を提げ、雷神は鎧武者に似て、
太鼓もシンバルが付いてタンバリンのようです。
半円状の画面には舞い散る桜が投影され、最後の展示品が置かれています。


「シャン ドゥ プランタン」 ショーメ 2018年 ショーメ・パリ

今回の展覧会のために制作されたパリュールで、ルビー、オニキス、ダイヤモンドを
あしらい、西洋と日本の文化を表しています。
ショーメのデザインは古典古代、自然、東洋など、時代の流行を巧みに取り入れていて、
多彩な広がりを見せています。
高橋館長によれば、ヨーロッパには教会のステンドグラスに見られるように光への
あこがれが強く、これが宝飾品にも反映されており、日本人の感覚とは異なるとのことです。
東京国立博物館で開かれている「縄文―1万年の美の鼓動」展を見て、縄文時代には
盛んだったイヤリング、ネックレス、ブレスレットなどが後の時代の日本で廃れたのは
なぜだろうかと思ったのですが、光への嗜好の違いがあるというお話はうなずけます。
たしかに日本は陰翳礼賛の国です。
展覧会のHPです。
chariot
三菱一号館美術館で開かれた、青い日記帳×「ショーメ 時空を超える宝飾芸術の世界
―1780年パリに始まるエスプリ」展、ブロガー特別内覧会に行ってきました。
展覧会の会期は9月17日(月・祝)までです。

1780年、パリで創業したジュエラー、ショーメの展覧会です。
まず、高橋明也館長(右)の挨拶があり、続いて、「弐代目・青い日記帳」主催の
Takさん(左)がモデレーターで、岩瀬慧学芸員(中)の解説を伺いました。
展示室の内装は、パリのファッションショーの内装を手掛けたチームが約50人も
やって来て、担当したそうで、今までの展覧会とは雰囲気が違っています。

会場の写真は特別の許可を得て撮影しています。
マリ=エティエンヌ・ニトが創業したショーメはナポレオン1世と皇妃、ジョセフィーヌの
御用達となり、発展を遂げています。
「戴冠衣装の皇帝ナポレオン1世」 フランソワ・ジェラール
1806年 パレ・フェッシュ美術館、アジャクシオ

古代ギリシャ風の月桂冠を被り、展示室の最初に、堂々と立っています。
創業時の1780年から現在に至る作品の推移です。
1890年から1910年

1935年から1970年

2000年から2018年

時代が進むにつれ、ダイヤモンドのカッティングやセッティング、シルバーなど地金の
研磨技術が向上し、特に20世紀になると大きく進歩して、輝きを増したそうです。
「ダイヤモンドとエメラルドのパリュールを着用したナポレオン1世の妻、
皇妃ジョセフィーヌの肖像」 ジャン=バティスト・ルニョー
1809年頃 パリ、ドヌ=ティエール財団(フランス学士院)

「麦の穂のティアラ」 フランソワ=ルニョー・ニト
1811年頃 パリ、ショーメ・コレクション

ローマ神話に由来する、繁栄と肥沃の象徴である麦の穂の形のティアラです。
麦の穂はナポレオンの時代に人気のあったモティーフで、ジョセフィーヌも好んでいます。
ダイヤモンドを並べ、現代にも通用するデザインです。
ナポレオンの時代は古典古代の文化への復帰が見られるそうです。
「皇妃マリー=ルイーズの肖像」 ロベール・ルフェーヴル
1812年 パリ、ショーメ・コレクション

ナポレオンは嫡子を産めなかったジョセフィーヌと離婚し、1810年に神聖ローマ皇帝
フランツ2世の子、マリー=ルイーズと結婚しています。
後ろの椅子のNの字はナポレオンのイニシャルです。
「皇妃マリー=ルイーズのルビーとダイヤモンドのパリュールのレプリカ」
ニト・エ・フィス 1811年頃 パリ、ショーメ・コレクション

ホワイトサファイア、ジルコン、ガーネットを使っています。
ティアラは古代ギリシャで王権を示すヘアバンドに由来する装飾品で、ジョセフィーヌが
着けたことにより、注目されます。
ダヴィッドの描いた「ナポレオン1世の戴冠式」でもジョセフィーヌはティアラを着けています。
以来、ショーメは3500点ものティアラを制作しています。
『「ティアラのサロン」に展示されているマイヨショール』
19-20世紀 パリ、ショーメ・コレクション

完成品の直前のモデル300点です。
20点の輝くティアラが展示されています。


「アメシストのティアラ」 ジャン=バティスト・フォサン
1830年頃 ウォバーンアビー・コレクション

『「ロイヒテンベルク」として知られるティアラ』 ジャン=バティスト・フォサン
1830-40年頃 パリ、ショーメ・コレクション

ロイヒテンベルクはジョセフィーヌに由来する家系とのことです。
着けるとエメラルドの花は揺れ動き、外してブローチなどにも出来ます。
『ティアラ「鮮紅色の情熱」』 2016年 ショーメ・パリ

レッドスピネルやロードライトガーネットの紅い百合は外してブローチなどにも出来ます。
『ローリエのティアラ「アポロンの蒼穹」』 2016年 ショーメ・パリ

月桂冠に、地中海の空を表す青のサファイアをあしらっています。
「ホープ・カップ」 ジャン=ヴァランタン・モレル 1853-1855年 メイター・コレクション

貝殻の形のブラッドストーンを支える台はギリシャ神話のペルセウスと
アンドロメダの物語で飾られています。
メドゥーサの首を獲ったペルセウス

ペルセウスの助けを待つアンドロメダ

自然をモティーフにした宝飾品の展示室です。
「タコのネックレス」 ショーメ 1970年
両シチリア王国ブルボン家王女コレクション

水晶のタコです。
タコはヨーロッパでは嫌われていますが、地中海地域では好まれているようです。
一角獣、鹿、馬、ハチドリなどを象っています。

デザイン画もたくさんあります。


キネティック・アート(動くアート)の作品の展示です。
「ブローチとしても着用可能な一対のハチドリのエグレット」
ジョゼフ・ショーメ 1890年頃

装身具の性質上、動きを伴いますが、それを強調して魅力を増しています。
短冊を下げた日本のかんざしも同じです。
展示室の最後は、日本にちなんだ展示です。
マリー・アントワネットの日本の漆器コレクションの硯箱
江戸時代 パリ、ギメ美術館

ショーメの創業者、マリ=エティエンヌ・ニトはフランス革命勃発直後の1793年に
芸術委員会に参加し、マリー・アントワネットの所有していた貴重品の鑑定を
行なっています。
その際、日本の漆器を高く評価し、保存すべきと勧告しています。
「雷神、日本風ブローチ」 ジョゼフ・ショーメ
1900年頃 ショーメ・コレクション、パリ

傘を差した浮世絵風の女性はオパールの提灯を提げ、雷神は鎧武者に似て、
太鼓もシンバルが付いてタンバリンのようです。
半円状の画面には舞い散る桜が投影され、最後の展示品が置かれています。


「シャン ドゥ プランタン」 ショーメ 2018年 ショーメ・パリ

今回の展覧会のために制作されたパリュールで、ルビー、オニキス、ダイヤモンドを
あしらい、西洋と日本の文化を表しています。
ショーメのデザインは古典古代、自然、東洋など、時代の流行を巧みに取り入れていて、
多彩な広がりを見せています。
高橋館長によれば、ヨーロッパには教会のステンドグラスに見られるように光への
あこがれが強く、これが宝飾品にも反映されており、日本人の感覚とは異なるとのことです。
東京国立博物館で開かれている「縄文―1万年の美の鼓動」展を見て、縄文時代には
盛んだったイヤリング、ネックレス、ブレスレットなどが後の時代の日本で廃れたのは
なぜだろうかと思ったのですが、光への嗜好の違いがあるというお話はうなずけます。
たしかに日本は陰翳礼賛の国です。
展覧会のHPです。
六本木一丁目
「タリーズコーヒー&TEA六本木一丁目」は泉ガーデンタワーの1階にあります。
場所は港区六本木1丁目6-1で、「PAUL」の隣になります。

今年5月のオープン、紅茶メニューに力を入れたお店で、横浜元町店に続く2店目です。
白を基調にした店内は60席ほど 全席禁煙、テーブルも白木で、ソファー席は
ゆったりしています。
BGMは静かなポピュラーでした。



アールグレイクラシック450円とコガネスイートポテト210円です。

ティーバッグで大きなカップに入っていて、香りが立って美味しいです。
紅茶を充実させたチェーン系のカフェは珍しく、丘の上の泉屋博古館、智美術館、
大倉集古館(現在は改修工事中)の行き帰りに寄れるお店が増えました。
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「タリーズコーヒー&TEA六本木一丁目」は泉ガーデンタワーの1階にあります。
場所は港区六本木1丁目6-1で、「PAUL」の隣になります。

今年5月のオープン、紅茶メニューに力を入れたお店で、横浜元町店に続く2店目です。
白を基調にした店内は60席ほど 全席禁煙、テーブルも白木で、ソファー席は
ゆったりしています。
BGMは静かなポピュラーでした。



アールグレイクラシック450円とコガネスイートポテト210円です。

ティーバッグで大きなカップに入っていて、香りが立って美味しいです。
紅茶を充実させたチェーン系のカフェは珍しく、丘の上の泉屋博古館、智美術館、
大倉集古館(現在は改修工事中)の行き帰りに寄れるお店が増えました。
東京
東京駅の東京ステーションギャラリーでは、「生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです。」展
が開かれています。
会期は9月9日(日)まで、入館料は一般1000円です。

童画家いわさきちひろ(1918-1974)の生誕100年を記念しての展覧会で、ちひろ美術館の
所蔵品で構成されています。
各章はちひろの言葉からの引用です。
第Ⅰ章 私の娘時代はずっと戦争のなかでした
終戦までの資料と作品です。
いわさきちひろは福井県の出身で、陸軍の技師の家に生まれ、東京府立第六高等女学校
(現東京都立三田高等学校)に入学しています。
子どもの頃から絵が好きで、女学校時代に岡田三郎助に油絵を学んでいます。
「なでしことあざみ」 油彩、キャンバス 1940年代前半

まだ、後のいわさきちひろは始まっていません。
第Ⅱ章 働いている人たちに共感してもらえる絵を描きたい
戦後、画家を志し、雑誌の表紙や紙芝居などに取組みます。
宮沢賢治に感銘を受け、日本共産党に入党し、やがて松本善明と結婚します。
松本善明は後に国会議員になっています。
「いわさきちひろ、絵描きです。」は松本善明への自己紹介の言葉だそうです。
「ヒゲタ醤油広告」 ポスター 1950年代前半

ちひろはヒゲタ醤油の広告を20年以上、手掛けています。
確かなデッサン力を見せる線描です。
ちろの描いた赤ちゃんはその月齢が分かるほど正確だそうです。
第Ⅲ章 私は、豹変しながらいろいろとあくせくします
ちひろの作品の制作過程を紹介しています。
1枚の絵が完成するまでに、いろいろ試し、画面を変化させていく様子が分かります。
「引越しのトラックを見つめる少女」
『となりにきたこ』(至光社)より パステル、洋紙 1970年

この形になる前は少女が壁にもたれていたり、小犬が描き加えられたりしていたのを、
いろいろ直しています。
第Ⅳ章 童画は、けしてただの文の説明であってはならない
ちひろは、「童画の世界からは、さし絵ということばをなくしてしまいたい。」とも
述べています。
画家としての自負の表れた言葉です。
水彩画の数々によって、ちひろの色彩画家としての魅力を味わえます。
「海辺を走る少女と小犬」 『ぽちのきたうみ』(至光社)より 水彩、洋紙 1973年

夏の砂浜を駆ける女の子と小犬の場面で、大回りして走る犬の足跡が
その嬉しさを表しています。
透明で豊かな色彩、確かなデッサン、そしてやさしさが、いわさきちひろの
魅力であることを示してくれる展覧会です。
展覧会のHPです。
ちひろ美術館・東京と安曇野ちひろ美術館のHPです。
次回の展覧会は、「横山華山展」です。
会期は9月22日(土)から11月11日(日)までです。

chariot
東京駅の東京ステーションギャラリーでは、「生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです。」展
が開かれています。
会期は9月9日(日)まで、入館料は一般1000円です。

童画家いわさきちひろ(1918-1974)の生誕100年を記念しての展覧会で、ちひろ美術館の
所蔵品で構成されています。
各章はちひろの言葉からの引用です。
第Ⅰ章 私の娘時代はずっと戦争のなかでした
終戦までの資料と作品です。
いわさきちひろは福井県の出身で、陸軍の技師の家に生まれ、東京府立第六高等女学校
(現東京都立三田高等学校)に入学しています。
子どもの頃から絵が好きで、女学校時代に岡田三郎助に油絵を学んでいます。
「なでしことあざみ」 油彩、キャンバス 1940年代前半

まだ、後のいわさきちひろは始まっていません。
第Ⅱ章 働いている人たちに共感してもらえる絵を描きたい
戦後、画家を志し、雑誌の表紙や紙芝居などに取組みます。
宮沢賢治に感銘を受け、日本共産党に入党し、やがて松本善明と結婚します。
松本善明は後に国会議員になっています。
「いわさきちひろ、絵描きです。」は松本善明への自己紹介の言葉だそうです。
「ヒゲタ醤油広告」 ポスター 1950年代前半

ちひろはヒゲタ醤油の広告を20年以上、手掛けています。
確かなデッサン力を見せる線描です。
ちろの描いた赤ちゃんはその月齢が分かるほど正確だそうです。
第Ⅲ章 私は、豹変しながらいろいろとあくせくします
ちひろの作品の制作過程を紹介しています。
1枚の絵が完成するまでに、いろいろ試し、画面を変化させていく様子が分かります。
「引越しのトラックを見つめる少女」
『となりにきたこ』(至光社)より パステル、洋紙 1970年

この形になる前は少女が壁にもたれていたり、小犬が描き加えられたりしていたのを、
いろいろ直しています。
第Ⅳ章 童画は、けしてただの文の説明であってはならない
ちひろは、「童画の世界からは、さし絵ということばをなくしてしまいたい。」とも
述べています。
画家としての自負の表れた言葉です。
水彩画の数々によって、ちひろの色彩画家としての魅力を味わえます。
「海辺を走る少女と小犬」 『ぽちのきたうみ』(至光社)より 水彩、洋紙 1973年

夏の砂浜を駆ける女の子と小犬の場面で、大回りして走る犬の足跡が
その嬉しさを表しています。
透明で豊かな色彩、確かなデッサン、そしてやさしさが、いわさきちひろの
魅力であることを示してくれる展覧会です。
展覧会のHPです。
ちひろ美術館・東京と安曇野ちひろ美術館のHPです。
次回の展覧会は、「横山華山展」です。
会期は9月22日(土)から11月11日(日)までです。

上野
上野の東京国立博物館では特別展、「縄文―1万年の美の鼓動」が
開かれています。
会期は9月2日(日)までです。

旧石器時代が終わった約13000年前(諸説あり)に始まり、約10000年続いたとされる
縄文時代の遺物を通じて、縄文時代の「美」を探る展覧会です。
国宝指定の土偶6件すべてを始め、土器、石器など、その時代の生活や美意識を示す品、
約200件が展示されています。
第1章 暮らしの美
日常に使う、土器、石斧、釣針、装身具などの展示です。
木製編籠 縄文ポシェット 青森県青森市 三内丸山遺跡
縄文時代(中期)・前3000~前2000年 青森県教育委員会(縄文時遊館保管) 重要文化財

中にはクルミの殻が入っています。
これを持って、森で木の実を拾っていたのでしょう。
漆塗注口土器 北海道八雲町 野田生1遺跡
縄文時代(後期)・前2000~前1000年 北海道・八雲町教育委員会

土器に赤い漆が塗られていて、漆が生活の場で使われていたことが分かります。
土製の耳飾りや硬玉製の装身具もあります。
土製耳飾 東京都調布市 下布田遺跡
縄文時代(晩期)・前1000~前400年 東京・江戸東京たてもの園 重要文化財

直径10㎝近い、とても大きなピアスで、これを耳に嵌めていたと思うと、驚いてしまいます。
人の目を惹きたい気持ちは昔も変わらないようです。
この時代には盛んだったイヤリング、ネックレス、ブレスレットなどが後の時代の日本で
廃れたのはなぜでしょうか。
第2章 美のうねり
縄文土器の作り続けられた1万年の間の形や文様の変化をたどります。
火焰型土器・王冠型土器 新潟県十日町市 野首遺跡
縄文時代(中期)・前3000~前2000年 新潟・十日町市博物館
大小の火焰型土器・王冠型土器が12個、一緒に展示されていて、壮観です。
信濃川中流域を中心に、新潟県・長野県・福島県に多く出土する形で、縄文文化には
時代の違いとともに地方の違いがあることが分かります。
第3章 美の競演
日本の縄文時代にあたる時期のアジアやヨーロッパの土器との比較です。
中国・パキスタン・イラク・エジプト・キプロス・スイスなどの紀元前3000~2000年代の土器や
弥生時代の土器が展示されています。
第4章 縄文美の最たるもの
この展覧会の見所で、国宝に指定されている縄文時代の出土品6件すべてが
展示されています。
火焔型土器 新潟県十日町市笹山遺跡
縄文時代(中期)・前3000~前2000年 新潟・十日町市(十日町市博物館保管) 国宝

火焔型土器は信濃川中流域で発生した形式とのことですが、そこには「芸術家」と
言える人がいたのでしょう。
土偶 縄文のビーナス 長野県茅野市棚畑遺跡
縄文時代(中期)・前3000~前2000年 長野・茅野市(茅野市尖石縄文考古館保管) 国宝

7月31日からの展示です。
縄文時代の遺物で最初に国宝に指定されています。
集落の中心の広場に掘った小さな穴に埋められていました。
乳房があり、お腹が張り出し、大きな腰をした姿は、まさに豊穣、多産の
シンボルであることが分かります。
目や口は、他の土偶に多く見られるように付け足すのではなく、埴輪のように
穴を開けて作っています。
雲母が入っていて表面はキラキラしており、体に装飾も無いので、
すっきりした印象を受けます。
土偶 縄文の女神 山形県舟形町西ノ前遺跡
縄文時代(中期)・前3000~前2000年 山形県(山形県立博物館保管) 国宝

足を長く四角い形に作り、乳房の表現も工夫するなど、すぐれたデザイン感覚です。
横から見ると、立像を支える下半身と、薄い板のような上半身の組み合わせで
あることが分かります。
顔の造作が無いので、精霊か何かを表しているのではないかということです。
土偶 仮面の女神 長野県茅野市中ッ原遺跡
縄文時代(後期)・前2000~前1000年 長野・茅野市(茅野市尖石縄文考古館保管) 国宝

7月31日からの展示です。
どっしりした足で立つ、堂々とした姿です。
顔に三角形の仮面のような物が付いており、ひもで後ろで結んである状態を
表しています。
表面は磨かれ、丁寧に作られたことが分かります。
集落の墓の中から出土しており、再生か鎮魂を願ったものではないかということです。
土偶 合掌土偶 青森県八戸市風張1遺跡 縄文時代(後期)・前2000~前1000年
青森・八戸市(八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館保管) 国宝

小さな土偶ですが、立てた膝の上で両手を組んだ姿をしています。
お祈りをしているとも、お産の姿とも言われています。
多くの土偶は故意に壊されていることが多いのに、これは天然アスファルトで
補修がなされており、住居跡の奥から発見されていて、大事にされていたことが分かります。
土偶 中空土偶 北海道函館市著保内野遺跡 縄文時代(後期)・前2000~前1000年
北海道・函館市(函館市縄文文化交流センター保管) 国宝

中空の土偶としては最大級の大きさとのことで、顔も体も現実の人間に
近い形をしています。
胸や下半身には細密な文様が施されています。
第5章 祈りの美、祈りの形
縄文人の心を示す品の展示です。
土偶 滋賀県東近江市 相谷熊原遺跡
縄文時代(草創期)・前11000~前7000年 滋賀県教育委員会
高さ約3㎝の、頭も腕も無い上半身だけのトルソで、乳房が写実的に表現されています。
国内で最も古い土偶の一つで、土偶とはこのような小さくて簡単な形から始まったことを
示しています。
遮光器土偶 青森県つがる市木造亀ヶ岡
縄文時代(晩期)・前1000~前400年 東京国立博物館 重要文化財

土偶といえば、先ずこれを思い出します。
顔がすべて、目を閉じた瞼になっていて、ゴーグル(遮光器)のように
見えることから、この名が付いています。
ネックレスらしい物を着け、髪も装飾的、着ている物の文様も描かれ、
華やかな姿です。
土面 縄文時代晩期(前1000~前400年)
秋田県能代市麻生遺跡 東京大学総合研究博物館 重要文化財

円形で、仮面にしては小さいので、額に付けたか、墓票に付けたのでは
ないかと言われています。
目の作り方は、遮光器土偶に似ていて、時期は違いますが、地域が近いことが
関係しているのでしょうか。
人形装飾付有孔鍔付土器 山梨県南アルプス市鋳物師屋遺跡
縄文時代(中期)・前3000~前2000年 山梨・南アルプス市教育委員会 重要文化財

土器の表面に人の姿が貼り付けてあります。
踊る女性を表しているとのことで、口を開け、右手を上げています。
指は3本で表していて、3本指の土偶は他にも展示されています。
猪形土製品 青森県弘前市 十腰内2遺跡
縄文時代(後期)・前2000~前1000年 青森・弘前市立博物館

写実的な猪で、鼻はとがり、背中の毛は逆立ち、しっぽも立っていて、
蹄も表現されています。
猿型・熊型・キノコ型・貝型などの土製品もあります。
第6章 新たにつむがれる美
縄文文化の近代の作家たちに与えた影響の紹介です。
柳宗悦や濱田庄司など民芸運動の芸術家や岡本太郎は大きな影響を受けています。
日本人の美意識は、農耕生活の始まった弥生時代に由来するものが中心であるように
思えますが、長野県諏訪の御柱祭のように現在も縄文文化を受け継いでいるとされる
ものもあります。
縄文時代は1万年も続いており、現在の日本文化の底には縄文文化も流れているのでしょう。
大変人気の展覧会で、私の行った休日の開館時には入館待ちの行列が出来ていました。
展覧会のHPです。
chariot
上野の東京国立博物館では特別展、「縄文―1万年の美の鼓動」が
開かれています。
会期は9月2日(日)までです。

旧石器時代が終わった約13000年前(諸説あり)に始まり、約10000年続いたとされる
縄文時代の遺物を通じて、縄文時代の「美」を探る展覧会です。
国宝指定の土偶6件すべてを始め、土器、石器など、その時代の生活や美意識を示す品、
約200件が展示されています。
第1章 暮らしの美
日常に使う、土器、石斧、釣針、装身具などの展示です。
木製編籠 縄文ポシェット 青森県青森市 三内丸山遺跡
縄文時代(中期)・前3000~前2000年 青森県教育委員会(縄文時遊館保管) 重要文化財

中にはクルミの殻が入っています。
これを持って、森で木の実を拾っていたのでしょう。
漆塗注口土器 北海道八雲町 野田生1遺跡
縄文時代(後期)・前2000~前1000年 北海道・八雲町教育委員会

土器に赤い漆が塗られていて、漆が生活の場で使われていたことが分かります。
土製の耳飾りや硬玉製の装身具もあります。
土製耳飾 東京都調布市 下布田遺跡
縄文時代(晩期)・前1000~前400年 東京・江戸東京たてもの園 重要文化財

直径10㎝近い、とても大きなピアスで、これを耳に嵌めていたと思うと、驚いてしまいます。
人の目を惹きたい気持ちは昔も変わらないようです。
この時代には盛んだったイヤリング、ネックレス、ブレスレットなどが後の時代の日本で
廃れたのはなぜでしょうか。
第2章 美のうねり
縄文土器の作り続けられた1万年の間の形や文様の変化をたどります。
火焰型土器・王冠型土器 新潟県十日町市 野首遺跡
縄文時代(中期)・前3000~前2000年 新潟・十日町市博物館
大小の火焰型土器・王冠型土器が12個、一緒に展示されていて、壮観です。
信濃川中流域を中心に、新潟県・長野県・福島県に多く出土する形で、縄文文化には
時代の違いとともに地方の違いがあることが分かります。
第3章 美の競演
日本の縄文時代にあたる時期のアジアやヨーロッパの土器との比較です。
中国・パキスタン・イラク・エジプト・キプロス・スイスなどの紀元前3000~2000年代の土器や
弥生時代の土器が展示されています。
第4章 縄文美の最たるもの
この展覧会の見所で、国宝に指定されている縄文時代の出土品6件すべてが
展示されています。
火焔型土器 新潟県十日町市笹山遺跡
縄文時代(中期)・前3000~前2000年 新潟・十日町市(十日町市博物館保管) 国宝

火焔型土器は信濃川中流域で発生した形式とのことですが、そこには「芸術家」と
言える人がいたのでしょう。
土偶 縄文のビーナス 長野県茅野市棚畑遺跡
縄文時代(中期)・前3000~前2000年 長野・茅野市(茅野市尖石縄文考古館保管) 国宝

7月31日からの展示です。
縄文時代の遺物で最初に国宝に指定されています。
集落の中心の広場に掘った小さな穴に埋められていました。
乳房があり、お腹が張り出し、大きな腰をした姿は、まさに豊穣、多産の
シンボルであることが分かります。
目や口は、他の土偶に多く見られるように付け足すのではなく、埴輪のように
穴を開けて作っています。
雲母が入っていて表面はキラキラしており、体に装飾も無いので、
すっきりした印象を受けます。
土偶 縄文の女神 山形県舟形町西ノ前遺跡
縄文時代(中期)・前3000~前2000年 山形県(山形県立博物館保管) 国宝

足を長く四角い形に作り、乳房の表現も工夫するなど、すぐれたデザイン感覚です。
横から見ると、立像を支える下半身と、薄い板のような上半身の組み合わせで
あることが分かります。
顔の造作が無いので、精霊か何かを表しているのではないかということです。
土偶 仮面の女神 長野県茅野市中ッ原遺跡
縄文時代(後期)・前2000~前1000年 長野・茅野市(茅野市尖石縄文考古館保管) 国宝

7月31日からの展示です。
どっしりした足で立つ、堂々とした姿です。
顔に三角形の仮面のような物が付いており、ひもで後ろで結んである状態を
表しています。
表面は磨かれ、丁寧に作られたことが分かります。
集落の墓の中から出土しており、再生か鎮魂を願ったものではないかということです。
土偶 合掌土偶 青森県八戸市風張1遺跡 縄文時代(後期)・前2000~前1000年
青森・八戸市(八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館保管) 国宝

小さな土偶ですが、立てた膝の上で両手を組んだ姿をしています。
お祈りをしているとも、お産の姿とも言われています。
多くの土偶は故意に壊されていることが多いのに、これは天然アスファルトで
補修がなされており、住居跡の奥から発見されていて、大事にされていたことが分かります。
土偶 中空土偶 北海道函館市著保内野遺跡 縄文時代(後期)・前2000~前1000年
北海道・函館市(函館市縄文文化交流センター保管) 国宝

中空の土偶としては最大級の大きさとのことで、顔も体も現実の人間に
近い形をしています。
胸や下半身には細密な文様が施されています。
第5章 祈りの美、祈りの形
縄文人の心を示す品の展示です。
土偶 滋賀県東近江市 相谷熊原遺跡
縄文時代(草創期)・前11000~前7000年 滋賀県教育委員会
高さ約3㎝の、頭も腕も無い上半身だけのトルソで、乳房が写実的に表現されています。
国内で最も古い土偶の一つで、土偶とはこのような小さくて簡単な形から始まったことを
示しています。
遮光器土偶 青森県つがる市木造亀ヶ岡
縄文時代(晩期)・前1000~前400年 東京国立博物館 重要文化財

土偶といえば、先ずこれを思い出します。
顔がすべて、目を閉じた瞼になっていて、ゴーグル(遮光器)のように
見えることから、この名が付いています。
ネックレスらしい物を着け、髪も装飾的、着ている物の文様も描かれ、
華やかな姿です。
土面 縄文時代晩期(前1000~前400年)
秋田県能代市麻生遺跡 東京大学総合研究博物館 重要文化財

円形で、仮面にしては小さいので、額に付けたか、墓票に付けたのでは
ないかと言われています。
目の作り方は、遮光器土偶に似ていて、時期は違いますが、地域が近いことが
関係しているのでしょうか。
人形装飾付有孔鍔付土器 山梨県南アルプス市鋳物師屋遺跡
縄文時代(中期)・前3000~前2000年 山梨・南アルプス市教育委員会 重要文化財

土器の表面に人の姿が貼り付けてあります。
踊る女性を表しているとのことで、口を開け、右手を上げています。
指は3本で表していて、3本指の土偶は他にも展示されています。
猪形土製品 青森県弘前市 十腰内2遺跡
縄文時代(後期)・前2000~前1000年 青森・弘前市立博物館

写実的な猪で、鼻はとがり、背中の毛は逆立ち、しっぽも立っていて、
蹄も表現されています。
猿型・熊型・キノコ型・貝型などの土製品もあります。
第6章 新たにつむがれる美
縄文文化の近代の作家たちに与えた影響の紹介です。
柳宗悦や濱田庄司など民芸運動の芸術家や岡本太郎は大きな影響を受けています。
日本人の美意識は、農耕生活の始まった弥生時代に由来するものが中心であるように
思えますが、長野県諏訪の御柱祭のように現在も縄文文化を受け継いでいるとされる
ものもあります。
縄文時代は1万年も続いており、現在の日本文化の底には縄文文化も流れているのでしょう。
大変人気の展覧会で、私の行った休日の開館時には入館待ちの行列が出来ていました。
展覧会のHPです。
神保町
「ディゾン(DIXANS)神保町」はお茶の水小学校(元の錦華小学校)近くの通りの
四つ角にあります。
場所は千代田区神田神保町1-24です。

水道橋の「ディゾン」と同じく、武蔵小山のパティスリー、「ドゥ ボン クーフゥ」の
出しているお店で、今年1月のオープンです。
やはり黒を基調にした、とても落着いた雰囲気のお店で、全席禁煙、
1階は売店とカウンター席があります。


2階へは1階の奥にある階段から上がっていきます。

2階にはソファ4席、真中に大テーブル8席、窓際にカウンター6席があります。
BGMはジャズでした。


1階で注文すると席まで持ってきてくれます。
カフェラテ480円とフロランタン300円です。

涼しい店内で美味しいコーヒーを飲みながら、くつろげるお店です。
水道橋の「ディゾン(DIXANS)」の記事です。
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「ディゾン(DIXANS)神保町」はお茶の水小学校(元の錦華小学校)近くの通りの
四つ角にあります。
場所は千代田区神田神保町1-24です。

水道橋の「ディゾン」と同じく、武蔵小山のパティスリー、「ドゥ ボン クーフゥ」の
出しているお店で、今年1月のオープンです。
やはり黒を基調にした、とても落着いた雰囲気のお店で、全席禁煙、
1階は売店とカウンター席があります。


2階へは1階の奥にある階段から上がっていきます。

2階にはソファ4席、真中に大テーブル8席、窓際にカウンター6席があります。
BGMはジャズでした。


1階で注文すると席まで持ってきてくれます。
カフェラテ480円とフロランタン300円です。

涼しい店内で美味しいコーヒーを飲みながら、くつろげるお店です。
水道橋の「ディゾン(DIXANS)」の記事です。