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風神雷神を描いた作品

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以前、嵐にちなんだ作品を集めたので、今度は風神雷神を描いた作品を集めてみました。
風神雷神は敦煌莫高窟の壁画などにも描かれている、古くから知られた神です。

「絵因果経」(部分) 奈良時代 東京藝術大学大学美術館 重要文化財
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5世紀に漢訳された過去現在因果経を絵入りの経巻にしています。
上段に釈迦の物語が素朴な表現で描かれています。
風神雷神も描かれています。

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「風神雷神図屏風」 俵屋宗達 江戸時代 17世紀 建仁寺 国宝
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元は宇多野にある建仁寺の末寺の妙光寺にあった屏風で、後に建仁寺に
渡っています。
躍動感に溢れ、たらし込みで描かれた雲も軽やかで、何とも楽しい絵です。
雷神の左手が右手のように見えるのもご愛嬌です。

「雷神図屏風」 「伊年」印 江戸時代 17世紀 クリーブランド美術館
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「伊年」印が捺されていることから俵屋宗達の工房の作と分かります。
雷神が画面上に少しはみ出して動きを見せているところなどは、
俵屋宗達の「風神雷神図屏風」と同じです。
6曲1隻の屏風ですが、おそらく右隻の風神図もあったのでしょう。

「風神雷神図屏風」 尾形光琳
 江戸時代 18世紀 東京国立博物館 重要文化財

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俵屋宗達の「風神雷神図」の写しです。
宗達と比べると、構図の取り方がおとなしくまとまっていることが分かります。

「風神雷神図屏風」 酒井抱一 江戸時代 出光美術館
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俵屋宗達の「風神雷神図屏風」を尾形光琳が模写し、さらに酒井抱一が
模写しています。
琳派の継承の流れを伝える作品です。

「風神雷神図」 佐竹永海 江戸時代 19世紀 ミネアポリス美術館
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風神は鷲に捉えられ、雷神は足を蟹に挟まれています。
佐竹永海(1803-74)は会津若松出身で、谷文晁に師事し、井伊直弼の愛顧を受けて
彦根藩の御用絵師になっています。

河鍋暁斎 「風神」「雷神」 明治時代 19世紀後半 ボストン美術館
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二幅対の掛軸で、左右から中心に向かって、稲妻が走り、風が吹き下ろしています。

河鍋暁斎 「風神雷神図」 明治4年(1871)以降 株式会社虎屋
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狩野派の伝統に基いた水墨画です。
風神と一緒に柳が描かれているのは、柳に風ということわざを示しているのでしょうか。

「風神雷神図」 安田靫彦 1929年 公益財団法人遠山記念館
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若々しく、緊張感と張りのある風神雷神です。

前田青邨 「風神雷神」 1949年 松山・セキ美術館
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風神雷神を上下に配した思い切った構図で、雲はたらし込みの
技法に拠っています。
前田青邨得意の活き活きとした描線による躍動的な作品です。

絹谷幸二 「蒼穹夢譚」 2000年 ミクスト・メディア
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砂漠に人が倒れ、兵士や潜水艦の映ったテレビが半分埋まっています。
空には三十三間堂の風神雷神が浮かんでいます。

田澤茂 「雷風と地蔵」 2010年
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真赤な空で風神雷神が暴れ周り、下にはお地蔵さんや、参拝する人がいます。
お地蔵さんと一緒に埴輪も混じっています。
童話の中のような元気にあふれた世界です。

瀧下和之 「風神図」 6号    「雷神図」 6号 2011年
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元気の良い描線と明快で平面的な彩色で、風神雷神を愛嬌のある姿に描いています。
風神は団扇を持っています。
神様というより、やんちゃ坊主のようです。

田渕俊夫 「惶 I」 2012年 個人蔵 2012年
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長さ約10mのパネルに描かれた長大な水墨画です。
惶は、おそれる、という意味で、東日本大震災により自然の脅威を思い知らされて、
それを画面に表したそうです。
右側は竜巻で風神、左側は雷で雷神を表しています。
水墨の持つ深みと鋭さのある作品で、吸い込まれるような迫力です。

「風神雷神龍王召喚図」 松浦浩之 2014年
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横4mほどの大きな作品で、俵屋宗達の「風神雷神図」に倣っています。
嵐を起こして龍を呼び出しているところでしょう。
宗達の絵を裏側から見た構図で、雷神が右側になっており、みなぎる力を手先足先に
表しています。

「降臨せし風雷神」 伊藤哲 2018年
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尾形光琳は俵屋宗達の「風神雷神図屏風」を模した屏風を描いています。
酒井抱一はその屏風の裏に「夏秋草図屏風」を描いていて、
風神図の裏に、風に晒されて揺れる秋草を、雷神図の裏に、
雨に打たれてうなだれる夏草を合わせています。
この作品は「夏秋草図屏風」の中に風神雷神を降臨(光琳)させていて、
宗達、光琳、抱一という琳派の流れが揃っています。

籔内佐斗司 「富士の山」
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太陽、風神、雷神、龍が集まっています。

風神雷神は古代から現代まで、画家の想像力を搔き立てる興味深いテーマである
ことが分かります。


【2021/06/29 19:08】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
東京国立近代美術館所蔵作品展 2021/6
竹橋
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竹橋の東京国立近代美術館では所蔵作品展が開かれています。
今回の会期は9月26日(日)までです。

日本画の一部です。
横山大観、竹内栖鳳、東山魁夷などが多く展示されています。

土田麦僊 「湯女」 二曲一双の右隻 1918年 重要文化財
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7月18日までの展示です。
大和絵の構図を使い、松に藤の花という日本画の伝統的な画題に、
ルノワールのような豊満な湯女(ゆな)を配しています。
湯女の姿には春の気だるさもただよっています。

横山大観 「生々流転」 大正12(1923)年9月 重要文化財
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絹本墨画の巻物で、全長40m以上あり、会場では全場面を観ることが出来ます。
水が雨となって山に降り、川を下り、野を越え、やがて海に注ぎ、龍となって
空に昇るまでを、季節の移ろいも交えて描き上げています。
会得した水墨の技法を集大成した作品で、大観の代表作となっています。
上野で展覧会に出品した9月1日に関東大震災が起きていますが、
幸い被災を免れています。


小原古邨(祥邨) 「朝顔」  木版画 1926-45年
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7月18日までの展示です。
小原古邨の版画は前期後期合わせて約30点が展示されています。

小原古邨(祥邨) 「兎二羽」  木版画 1926-45年
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7月18日までの展示です。

2019年に太田記念美術館で開かれた「小原古邨展」の記事です。


7月20日からは安田靫彦の「黄瀬川陣」(重要文化財)も展示予定です。

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近代美術館横のパレスサイドビルには東京オリンピック・パラリンピックの
ポスターが描いてありました。

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【2021/06/27 18:49】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「渡辺香奈展~今だけは、花を愛でよ~」 銀座 日動画廊
銀座
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銀座の日動画廊では7月7日(水)まで、「渡辺香奈展~今だけは、花を愛でよ~」が
開かれています。
日曜日は休廊です。

渡辺香奈さん(1980~)は花や女性を勢いのある動きの中で描いておられます。
2012に文化庁海外研修としてスペインに留学し、2014年までベラスケスなど
スペイン絵画を学ばれています。

「一輪を花束にして」 15F
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鷲をあしらった横浜真葛焼の花瓶に紅い椿の花が盛られています。
一輪の花を幾つも重ねて描いて、花束としてあるようです。
横浜真葛焼は初代宮川香山(1842~1916)が輸出用に開発した、
高浮彫という立体的な造形の陶磁器です。
渡辺さんの華やかでダイナミックな描き振りと釣り合っています。

2018年に同じ日動画廊で開かれた「渡辺香奈展」の記事です。


隣の銀座ソニーパークにはルリマツリが咲いていました。

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【2021/06/26 23:23】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
お茶の水から九段下散歩
九段下
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お茶の水から九段下まで歩いてみました。

駿河台から降りて来て、猿楽通りから錦華公園越しに明治大学リバティタワーを
見たところです。
錦華公園横のお茶の水小学校(旧錦華小学校)は建て替え工事中です。

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九段会館は帝冠様式の外観を残したまま、17階建ての複合ビルに
建て替わる予定で、2022年の完成を予定しています。

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靖国通りを挟んで九段会館の反対側にある「スターバックスコーヒー北の丸スクエア店」で
コーヒーを買い、前の広場にある石のベンチで一休みしました。

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カフェモカとカプチーノです。

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すぐに雀や鳩が集まってきます。
近くの暁星の生徒さんたちも下校時で、コンビニでジュースなどを買ったりして
楽しそうにしていました。

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【2021/06/25 19:53】 お店 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「隈研吾展」 東京国立近代美術館
竹橋
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竹橋の東京国立近代美術館では企画展、「隈研吾展」が開かれています。
会期は9月26日(日)までです。

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「和」の建築家、隈研吾さん(1954~)の建築を紹介する展覧会です。
副題は「新しい公共性をつくるための5原則」となっていて、模型とパネル、
ビデオ映像によって構成されています。

展示されている模型は撮影可能です。

「住箱(じゅうばこ)」
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木製のトレーラーハウスで、前庭に置かれています。

「国立競技場」
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開会式は7月23日予定です。

「高輪ゲートウェイ駅」
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2020年に暫定営業開始した、JR東日本の駅です。

「梼原 木橋ミュージアム」
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高知県梼原には隈研吾さんを代表する建築群があります。

「TOYAMAきらり」
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富山市にある複合施設で、富山市ガラス美術館、図書館、銀行が入っています。

「浅草文化観光センター」
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浅草雷門の向かいに建っています。

「ホテルロイヤルクラシック大阪」
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以前あった新歌舞伎座の外観を取り入れたデザインです。


根津美術館は大きな屋根と長い外廊下が特徴です。
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地下鉄神楽坂駅横の「la kagu(ラ カグ)」は大きなウッドデッキがあります。
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ネコの視点で神楽坂周辺を歩く、「東京計画2020 ネコちゃん建築の5656原則」という
ビデオ映像もあります。


隈研吾さんの建築は木材を多用するのが特徴ですが、形状も斬新で、
なるほどこんな形や空間もあるのかと感心します。


東京ステーションギャラリーでは、「くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質」展が
開かれていました。

「くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質」展の記事です。

展覧会のHPです。


【2021/06/24 19:37】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「イサム・ノグチ 発見の道」展 東京都美術館
上野
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上野の東京都美術館では「イサム・ノグチ 発見の道」展が開かれています。
会期は8月29日(日)までです。

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20世紀を代表する彫刻家の一人とされる彫刻家イサム・ノグチ(1904–1988)の展覧会です。
会場には約90件の作品が展示され、一部展示室を除き、撮影可能です。

どの作品も石や金属など、素材の特徴を活かして、面白みがあります。

イサム・ノグチは詩人の野口米次郎とアメリカ人レオニー・ギルモアの間に生まれた
日系アメリカ人で、太平洋戦争中は日系人強制収容所に抑留されたこともあります。

第1章 彫刻の世界

展示室の真ん中には岐阜提灯を照明彫刻に発展させた「あかりシリーズ」が
吊り下げられています。
岐阜提灯にヒントを得て、1951年に制作を始めています。

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左は「黒い太陽」(1967-69年、国立国際美術館)です。

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「不思議な鳥」 1945年 アルミニウム イサム・ノグチ財団・庭園美術館
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「クロノス」 1947年(鋳造1986年) ブロンズ 静岡県立美術館
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「通霊の石」 1962年(鋳造1963年)
 ブロンズ・アルミニウム イサム・ノグチ財団・庭園美術館

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「小さなイド」 1970年 大理石・ステンレス 兵庫県立美術館
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「下方に引く力」 1970年 アリカンテ産及びマルキニア産大理石 横浜美術館
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第2章 かろみの世界

金属を使った作品の展示です。

「プレイ スカルプチュア」 1965-80年頃(制作2021年) 鋼鉄 茨城放送
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鮮やかな赤に塗られた、遊園地に置くための大型遊具です。

「チャイニーズ・スリーヴ」 1960年 ステンレス 横浜美術館
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「レディ・ミラー」 1982-83年 溶融亜鉛メッキ鋼板
 公益財団法人アルカンシェール美術財団/原美術館コレクション

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「雨の山」 1982-83年 溶融亜鉛メッキ鋼板 広島市現代美術館
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第2章にもあかりシリーズが展示されています。

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第3章 石の庭

晩年に香川県高松市牟礼町で制作された石の彫刻の展示です。

断面が磨かれ、表面とは違った姿を見せる石彫もあります。


展覧会のHPです。



イサム・ノグチは20歳台で彫刻家コンスタンティン・ブランクーシに出会い、
強い影響を受けています。

(参考)
コンスタンティン・ブランクーシ 「空間の鳥」 
 1926年(1982年鋳造) 横浜美術館

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飛行機のプロペラにインスピレーションを受けた作品です。


【2021/06/22 18:30】 美術館・博物館 | トラックバック(1) | コメント(0) |
「森野彰人展 -おしゃべりな文様」 日本橋髙島屋美術画廊X
日本橋
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日本橋髙島屋美術画廊Xでは「森野彰人展 -おしゃべりな文様」が
開かれています。
会期は7月5日(月)までです。

森野彰人さん(1969~)は装飾性のある絵付けの陶磁器を制作しておられます。
展覧会では装飾的に描かれた吉祥文や数字が絵付けされた器、約20点が
展示されています。

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絵付けは明快で鮮やか、作品には中国語の目出度い言葉による題名が付けられています。

淡紅梅花白金彩 「四季平安 似花如玉 真心真意」 容
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蝶が描かれています。
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蝙蝠
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蓮池
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数字が模様に。
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【2021/06/20 19:08】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
嵐にちなんだ作品

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以前、嵐にちなんだ作品を出したので、今度は嵐にちなんだ絵画を集めてみました。

ヤーコプ・ファン・ロイスダール 「滝のある森の風景と接近する嵐」
 1655年頃 フランクフルト、シュテーデル美術館

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滝は流れ、人家に灯が点り、木々はざわめき、雲が沸き起こっています。
劇的な雰囲気のある風景画です。

ジャン=オノレ・フラゴナール 「嵐」、または「ぬかるみにはまった荷車」
 1759年頃 ルーヴル美術館

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重い荷を載せ、行き悩む荷車、後ろから押す人、喘ぐ牛、駆け下る羊の群れなどが
描かれています。
幌は強い風に煽られ、空には雲が湧き出していて、逆光によってさらに
劇的な情景になっています。

ウジェーヌ・ドラクロワ 「嵐の中で眠るキリスト」 1853年 メトロポリタン美術館
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新約聖書の中の、イエスの一行がガリラヤ湖を渡っている時に嵐が起こり、
弟子たちが慌てふためく中でイエスは平然としていて、やがて嵐を鎮めた
という話です。
レオナルドの「最後の晩餐」と、ドラクロワの師だったジェリコーの
「メデューズ号の筏」を合わせたような劇的な場面で、荒れる水面の描写が
活きています。

クロード・モネ 「嵐、ベリール」 1886年 オルセー美術館
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ベリール(ベル・イル)はブルターニュ半島にある、「美しい島」という意味の島で、
モネは1886年に訪れて写生しています。
嵐の海は銀灰色に変わり、白波が逆立っています。

「山市晴嵐図」 玉澗 南宋末~元初期 出光美術館 重要文化財
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玉澗(ぎょくかん)も禅僧の画家で、簡潔で勢いのある筆遣いを特徴にしていて、
日本では牧谿より好まれていたそうです。
東山御物の「瀟湘八景図巻」の中の一つで、余白の空間が生きています。
「瀟湘八景図巻」は他に「遠浦帰帆」(徳川美術館蔵)、「洞庭秋月」(個人蔵)が
現存しています。

「天神縁起尊意参内図屏風」(部分) 六曲一隻
 室町時代・16世紀 出光美術館 重要美術品

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太宰府に流され、怨霊となった菅原道真の猛威に怯える醍醐天皇のお召しで、
比叡山の高僧、尊意が参内のため鴨川を渡るところです。
嵐で増水した川の水を法力で押し分けて進んでいて、紅海を渡るモーセのような
お話です。
突き進む牛の姿には迫力があり、牛飼い童は手綱にすがり、従者たちが慌てて
追いかけています。
車輻は濃い線と薄い線で交互に描き、高速で回転している様を表しています。

岩佐又兵衛 「和漢故事説話図 須磨」 江戸時代 福井県立美術館
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中国と日本の故事説話や物語をそれぞれ12図描いた巻物で、元は岡山藩池田家に
伝来していました。
現在は1図ごとに切断され、掛軸になっています。
源氏物語の「須磨」で、朧月夜との関係が露見して、自ら須磨に籠ることになる
光源氏が浜辺で禊をしていると大嵐となり、主従は館に逃げ帰ります。
降りつける雨、ゆらぐ木々、そして大きく歪んだ垣根が嵐の凄まじさを表しています。
雅びな風情の源氏絵とはかなり異なる、迫力のある場面です。

谷文晁 「石山寺縁起絵巻」 七巻のうち巻七(部分) 
 文化2年(1805) 石山寺 重要文化財

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石山寺縁起絵巻全七巻は鎌倉時代に一部完成していますが、六巻と七巻は
詞書のみでした。
石山寺座主の尊賢の願いを受けた松平定信が文晁に命じて、六巻と七巻の絵を
完成させています。
画像は巻七第三十一段で、母を助けるため自らを身売りした娘を乗せた
人買いの舟が大津の浦を出ると大嵐となり、娘が石山観音に祈ると白馬が現れ、
娘を岸に引き揚げます。
その後、娘は結婚し、母を養って幸福に暮らしたという霊験譚です。
逆巻く波や嵐の表現は動的で迫力があり、湖面を駆ける白馬はいかにも頼もしげです。
文晁は平治物語絵巻や春日権現絵巻などを参考にして、古様の絵柄を忠実に
再現していて、その技量の高さを示しています。

歌川国芳 「讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」
 嘉永4,5(1851,52)年頃 大判錦絵三枚続 ボストン美術館

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滝沢馬琴の「椿説弓張月」の一場面で、讃岐院(崇徳上皇)に遣わされた
鰐鮫と烏天狗が、琉球に渡ろうとして海で嵐に遭った源為朝父子を救助しています。
大判を3枚並べて一つの絵にした躍動的な画面には迫力があります。
史実では、崇徳上皇は保元の乱に敗れ、讃岐に流されて、そこで憤死しています。
源為朝は崇徳上皇に従って戦い、捕えられて伊豆大島に流されています。

前田青邨 「大物浦」 1968年 山種美術館
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兄の源頼朝に追われた源義経一行が摂津の大物浦から船出したところ、
嵐に遭って散り散りになってしまったという場面です。
たらし込みの技法で塗られた深い藍色の波は観る人を引き込む力があり、
画面全体に緊張感がみなぎっています。
謡曲の「船弁慶」にもなった古典的な題材ですが、近代の歴史画の傑作と
なっています。

「丸壺茶入 銘 相坂」 瀬戸 
 南北朝~室町時代 14−15世紀 根津美術館 重要文化財

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瀬戸焼の茶入で、明るい釉が掛けられ、底の方には掛け残しがあります。
銘は古今集の読み人知らずの歌に拠っています。

  相坂の嵐のかぜはさむけれど ゆくへしらねばわびつつぞぬる


【2021/06/19 17:55】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(2) |
「西中千人展」と「フジイフランソワ展」 髙島屋美術画廊
日本橋
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日本橋髙島屋美術画廊では「西中千人展」が6月22日(火)まで開かれています。
髙島屋は19日(土)、20日(日)は休業日です。

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西中千人(にしなかゆきと、1964~)さんはガラス造形作家で、呼継ぎによる技法で
制作しておられます。

呼継ぎは欠けた陶磁器を継ぎ合わせる金継ぎのうち、欠けた部分に別の素材を
持って来て合わせる技法です。
古田織部はわざわざ茶碗を割って金継ぎし、作品としたということで、金継ぎも
呼び継ぎも補修を越えた創作といえます。

呼継 「悠久」
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呼継 「破天」
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呼継 「片雲」
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呼継盌 「有明」
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*****


同じ髙島屋美術画廊では「フジイフランソワ展―言の葉ぐさー」が6月22日(火)まで
開かれています。

フジイフランソワさん(1962~)は日本画家で、琳派や葛飾北斎、小布施の高井鴻山の
趣きのある作品を描いておられます。
動物の顔が人の頭蓋骨だったり、植物に頭骸骨が付いていたり、不気味でありながら
どこかユーモラスな雰囲気があり、生の中の死、生と死の親密さを感じます。
「百鬼夜行図」の屏風も展示されています。

「世見帰る」
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部分
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横180㎝の大きな作品で、琳派風の林の木々に幾つも頭蓋骨が付いています。


【2021/06/18 21:00】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「丸善黄金逸品展」 丸善丸の内本店
黄金
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丸の内オアゾ内の丸善丸の内本店4階ギャラリーでは、「丸善黄金逸品展」が
6月22日(火)まで開かれています。

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徳力本店の金の工芸品、約200点を展示販売するもので、金の大判小判、
茶釜、仏具、東京駅のミニチュア、さらにキャラクターグッズなどが揃っています。

丸善での黄金製品の展示会というのは珍しく、山吹色に輝く黄金の品々が
ズラリと並んだ様は壮観です。

秀吉の黄金の茶室に置きたい、約1億円の富士釜と風炉のセットもあります。

純金製 硯箱
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徳川美術館所蔵の国宝「初音の調度」を思わせます。

参考
「初音蒔絵櫛箱」 幸阿弥長重 江戸時代・17世紀 徳川美術館 国宝
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純金製 大日如来坐像
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運慶作の「大日如来坐像」に依っているのでしょうか。

参考
「大日如来坐像」 運慶作 平安時代・安元2年(1176) 奈良・円成寺 国宝
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純金製 阿弥陀如来立像
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来迎図によく見られる来迎印を結んだ姿です。

参考
「阿弥陀如来立像」 鎌倉時代・建暦2年(1212) 浄土宗蔵
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【2021/06/17 18:38】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
雨にちなんだ作品

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関東地方が梅雨入りしたので、雨を題材にした絵画などを集めてみました。

「ダナエ」 ティツィアーノ・ヴェチェッリオ 
 1544-46年頃 ナポリ、カポディモンテ美術館

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ギリシャ神話のお話で、美しいダナエに近付くため、ゼウスが黄金の雨となって
降り注いでいます。
雨は金貨の形で表され、ダナエとエロス(ローマ神話のキューピッド)が
それを見上げています。

クロード・モネ 「雨のベリール」 1886年 アーティゾン美術館
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ベリール(ベル・イル)はブルターニュ半島の南にある、「美しい島」という意味の島です。
岩山や風に沸き立つ波を手早い筆遣いで描いています。
斜めに降る雨も見えます。
色彩も豊かで、勢いを感じる絵です。

ギュスターヴ・カイユボット 「パリの通り、雨」 
 1877年 マルモッタン・モネ美術館、パリ

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大まかな筆遣いで雨の日の雰囲気を出しています。
石畳の道はこちら側に傾き、交差点の建物は透視図法の見本のようです。
右端の人物は傘を傾けて、江戸しぐさならぬパリしぐさをしています。

アンリ・ル・シダネル 「コンコルド広場」
 1909年 トゥルコワン、ウジェーヌ・ルロワ美術館

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夜の情景で、雨の日なのか地面も光を反射しています。
街灯、噴水、馬車と一緒に自動車らしい形も見えます。

アンリ・リヴィエール 「時の魔術第7図(にわか雨)」 1888-1902年 大谷コレクション
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急な雨に降られた農婦があわてて牛を追いながらぬかるんだ道を走っていきます。
広々として奥行きのある景色で、風にあおられて揺れる木々、同じ形の家並みが
リズミカルです。
アンリ・リヴィエール(1864-1951)はフランスの画家で、ジャポニズムの影響を受け、
葛飾の「富嶽三十六景」に倣って、リトグラフ「エッフェル塔三十六景」を制作しています。

歌川広重 「東海道五拾三次」より「庄野 白雨」 1833~36(天保4-7)年頃 
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広重の 「東海道五拾三次」を代表する作品です。
にわか雨に慌てて、鍬を担いで坂を駆け下る人、駆け上がる駕篭、風に揺れる
木々には動きがあり、しかも叙情性に満ちた絵になっています。
対角線の構図は、広重の学んだ四条派の影響とのことです。

  牛方のあきらめて行くにわか雨  江戸川柳

歌川広重 「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」 1857(安政4)年
浮世絵1_1

隅田川の新大橋(大橋)を西側から見た図です。
川向こうに幕府の御船蔵があり、安宅船(戦艦)を収容していたので、「あたけ」の
地名が付いています。
びっしり並んだ細い線で雨を表し、あてなしぼかしという摺りの技法を使って、
むらむらとした雨雲を表現しています。
広重は雨の表現が巧みです。

  本降りになって出て行く雨宿り  江戸川柳

菱田春草 「雨後」 1901年 大倉集古館
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画面に西洋画のような空間性を持たせようと、菱田春草たちが試みた、
朦朧(もうろう)体による作品です。
釣舟の他は、柳の若葉や幹も、土手も描線によらずに描いて、雨の後の
まだぼんやり煙った空気を表しています。

川合玉堂 「夏雨五位鷺図」 189932年 玉堂美術館
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岩の上から鋭い目で川面をのぞき込むゴイサギです。
羊歯の葉や斜めに降り注ぐ雨も描かれ、緊張感のある引き締まった画面です。

川合玉堂 「雨後」 1924年 宮内庁
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河合玉堂得意の水辺の光景です。
雨後ということで、大気は湿り気を帯び、小舟の人物は蓑を着け、
空には虹もかかっています。
日本画ですが、描写は細かく、木々も立体的に描かれ、西洋画の
影響が感じられます。

川合玉堂 「山雨一過」 1943(昭和18)年 山種美術館
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雨上がりの山道の情景です。
谷から吹き上がる風に木々も草も馬子の蓑も揺れ、雲も千切れて飛んで行きます。

川合玉堂 「渓雨紅樹」 1946(昭和21)年 山種美術館
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谷あいの村は雨に煙り、紅葉した木々の葉はうなだれています。
白抜きで表された道を傘を差した人が二人歩いています。
川合玉堂はよく風景の中に何人かの人を描いて、人のつながりを表しています。
写生の折に見かけた水車小屋の風景をこよなく愛し、自宅の庭に水車を作って
その音を楽しんだということです。

奥村土牛 「雨趣」 1928年 山種美術館
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麻布谷町(今の六本木1丁目)の雨の日の眺めです。
谷あいに並ぶ木造家屋の上に降る雨が、細かく一本一本描かれています。
厳密な写実を行なう速水御舟の影響でしょう。
院展では、ここまで雨を細かく描くことはないだろうと批評されています。
色数を抑えてじっくり描くという画風は、この頃にはすでに見られます。

鏑木清方 「新富町」 1930年 東京国立近代美術館
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縞の着物に小紋の羽織、雨下駄を履いた芸者さんが蛇の目傘を傾けて通ります。
向こうには鏑木清方の生まれた年に完成した新富座が見えます。
新富座は江戸時代の守田座の後進で、近代劇場として建設されま

木村荘八 「濹東綺譚 挿絵8」 1937(昭和12)年 東京国立近代美術館
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木村荘八は挿絵画家として知られていて、永井荷風の新聞小説、「濹東綺譚」の
挿絵を担当して大人気を得ています。
「オノレの運命はこれで極まる」という意気込みで取組んだそうです。
主人公とお雪の雨の中の出会いの場面で、しっとりとした情感にあふれています。

邦枝完二 「おせん 雨」 木版 昭和16年(1941)頃 清水三年坂美術館
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邦枝完二(1892-1956)の新聞小説、「おせん」の挿絵です。
雨の線と広げた傘の線の表現が効いています。
小村雪岱を特徴付けるのはこの繊細な線描です。

福田平八郎 「雨」 1953年 東京国立近代美術館
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瓦屋根に雨が降り始めた一瞬です。
屋根の瓦が規則的に並んでいるだけという、色彩にも乏しい景色を、
見事に絵画的に仕上げています。

鈴木竹柏 「雨に煙る五十鈴川」 2008年 神宮美術館
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五十鈴川は伊勢神宮の内宮の横を流れている清流です。
川に架かる宇治橋からの眺めのようです。

手塚雄二 「ブルックリンの雨」 2010年
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ニューヨークのブルックリン橋です。
やや傾いた吊橋のワイヤーと雨の線が、見上げるような高さと眩惑感を
表しています。

岩永てるみ 「雨宿り」 2014年
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雨の日にリスボンの町を歩いていて、たまたま見つけた情景とのことです。

向井潤吉 「雨 「新潟県北魚沼郡川口町」」 1945年
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終戦の年に描かれた、民家を手掛けた最初の作品です。
雨の日の重く湿った空気まで感じられます。
この頃には向井潤吉の画風が確定しています。
当時は川口村でしたが、1957年に町制が布かれ、今度は今年の3月31日に
長岡市に合併されるとのことです。

吉村芳生 「SCENE 85-8」 鉛筆、紙 1985年 東京ステーションギャラリー蔵
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写真を引き伸ばした紙に細かいマス目を入れ、マス目ごとに濃度を10段階に分け、
濃度別に0~9の数字を入れます。
同じサイズの方眼紙のマス目に数字を書き写し、透明フィルムを重ねて、
マス目ごとの数字に対応して斜線を入れていきます。
これで、元の写真の明暗が忠実に再現されるという、気の遠くなるような技法です。

藤城清治 「本当の雨がやんだら音楽の雨をふらせよう」 2002年
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藤城清治さん(1924~)は、詩情あふれる夢のような作品で有名な影絵作家です。

長船善祐 「雨音」 2013年
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勢い良く降る雨を描いた珍しい作品です。

井戸手茶碗 「雨後夕陽」 川喜田半泥子
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井戸茶碗としても高めの高台が特徴です。
張りのある姿に、雨の後のさわやかな夕景が感じられます。
川喜田半泥子(はんでいし、本名政令、1878~1963)は三重県の素封家に生まれ、
地方銀行の頭取なども勤めた実業家です。
茶の湯、書画、写真、陶芸など、趣味も多彩で、特に陶芸において
数多くの優れた作品を残しています。

「ナーガ上の仏陀坐像」 スラートターニー県チャイヤー郡ワット・ウィアン伝来
シュリーヴィジャヤ様式 12世紀末~13世紀 バンコク国立博物館蔵

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ナーガは蛇の神で、瞑想する仏陀を守護して傘となって雨風を防いでいるところで、
台座部分は蛇がとぐろを巻いた形をしています。


【2021/06/15 20:31】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
能楽にちなんだ作品
能楽
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以前、歌舞伎にちなんだ作品を集めたので、今度は能楽にちなんだ作品を
集めてみました。

「花伝 第六花修」(部分) 室町・応永10(1403)年頃 観世宗家
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能の大成者、世阿弥自筆の「風姿花伝」で、自署のあるのはこの1点のみとのことです。
脚本制作の基本的心得、シテの自作自演のあり方などを実践的に論じてあるそうです。
題名が「花伝第六花修云」となっていて、本来の題名は「風姿花伝」ではなく、「花伝」で
あったことが分かります。

「翁(白色尉(はくしきじょう)」 伝日光作 室町時代 三井記念美術館 重要文化財
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「式三番」と呼ばれる、神事芸能として演じられる三つの演目のうちの「翁」の面です。
天下泰平を寿ぐ長老の顔を表し、あごは顔と切り離して紐でつなぐという古い形を
残しています。
面そのものが神として扱われ、演者は舞台の上で面箱からこの面を取り出して
顔に付けます。

「三番叟」
「三番叟図」 河鍋暁斎 明治前半 河鍋暁斎記念美術館
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河鍋暁斎は能狂言を愛好し、能狂言を題材にした作品を数多く描いています。
師の狩野洞白の祖母、貞光院は暁斎が能狂言を学ぶ費用を援助しており、
暁斎はそのことに感謝し、貞光院の一周忌に墓前で「三番叟」を舞っています。

「序の舞」
「序の舞」 山川秀峰 昭和7年(1932) 東京国立近代美術館
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山川秀峰(1898-1944)は京都出身ですが、鏑木清方に師事し、美人画に優れています。
序の舞は能の舞の一つで、ゆるやかに舞われます。
下げ髪の女性が万寿菊の模様の袴を着け、扇を手に舞っています。
落着いた色調で、背景は描かず、足拍子を取って片足を上げかけている瞬間を捉えていて、
振袖の笛の模様は奏でられている音曲も想像させます。

「序の舞」 上村松園 昭和11年(1936) 東京藝術大学大学美術館 重要文化財
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上村松園の代表作中の代表作といえる作品です。
作品は等身大の大きさで、振り袖姿の若い女性が舞っているところです。
前に伸ばした右手は扇を逆手に持ち、袖を腕に巻いた、華やかな瞬間です。
衣装は豪華でありながら、立ち姿は清楚で、緊張感があります。
上村松園は、当時の現代風俗として描くつもりで、息子の上村松篁の奥さんを
モデルにして、髪は京都で一番上手な髪結いさんに結ってもらい、振袖を着せて
構図を取ったそうです。

「花筐」
「花がたみ」 上村松園 1915(大正4)年 奈良、松伯美術館
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「花筐(はながたみ)」に題材を取っています。
越前で皇子時代の継体天皇の寵を受けていた照日の前が帝を慕って都に登り、
紅葉の行幸の帝に行き会って、御前で狂った様を舞い、正気に戻ると
再び帝に迎えられます。
作品では、むかし帝にいただいた花筐(花籠)と文を手にし、物狂いの印の
片袖を落とした姿です。
地に落ちた破れ扇は、帝の寵を失ったことを示す中国の「秋の扇」の故事を
ほのめかしているのでしょうか。
実際に精神病院に取材したとのことで、表情、手の動きを工夫しています。

「葵上」
「焔」 上村松園 1918(大正7)年 東京国立博物館
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上村松園の代表作ですが、他の作品とはかなり趣きが異なります。
「葵上」の、光源氏の正妻、葵上に嫉妬する六条御息所の生霊の姿です。
源氏物語の世界ですが、桃山時代の風俗で描かれています。
長い髪は煙るように流れ、裾はぼかされています。
細身の体に沿う長い藤の花と、怨念を表すかのような蜘蛛の巣の柄の小袖を
片袖脱ぎにして、物狂いの様を示しています。
凄みのあるのは顔の描写で、頬や額は青ざめ、お歯黒の口は髪を噛んでいます。
能楽師の助言で、能面の目に金泥を塗る泥眼という技法を借り、絹地の裏から
目に金泥を塗って、異様な光を見せているとのことです。
指も細く、左手の小指も立って、感情の烈しさを表しています。
この頃は制作に行き詰っていた時期にあたり、その苦しみを作品に込めたもので、
作者自身が絵の人物を恐ろしいと思ったそうです。

「草子洗小町」
「草子洗小町」 上村松園 1937(昭和12)年 東京藝術大学大学美術館
上005

内裏の歌合せで小野小町の相手に決まった大伴黒主が小町の邸に忍び込んで
小町の準備した歌を盗み聞きし、当日に小町の歌が披露されると、その歌を
書き込んでおいた万葉集の草子を出して、異議を唱えます。

  蒔かなくに何を種とて浮草の波のうねうね生い茂るらむ

小町は驚きますが、不審に思って帝の前で草子を洗うと、その歌は消えてしまい、
小町への濡れ衣を晴らすことが出来たというお話です。
作品では能楽師の所作をそのままに、顔を生身の女性にして描いています。
疑いを晴らすべく懸命になっている場面ですが、能面を元にした顔の表情は
穏やかで、おおらかな雰囲気に包まれています。
背景も省略され、朱色を効かせた落着いた色合いで、洗練された描線によって
すっきりと描かれています。
小町は立膝をしてやや斜め向きですが、画面は平面的に描かれ、襟は正面を向き、
厚く塗られた花菱の模様も平面的です。
絶世の美女といわれた小野小町に取組むのは大変に難しいことだと思いますが、
松園は見事に描き切っています。

「砧」
「砧」 上村松園 1938(昭和13)年 上村松園
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能の名作、「砧」に題材を採った作品で、都に上ったまま戻って来ぬ夫を
待ちわびる妻の姿です。
晩秋の風物である、布を叩いて柔らかくする道具の砧が足元に置いてあり、
ともしびが灯っています。
戦国から江戸初期の風俗で、小袖は橘の模様ですが、打掛は枯葉を散らし、
時の移りを暗示しています。
能の「砧」では儚く亡くなった妻の亡霊が現れ、夫を責めますが、法華経の功徳で
成仏を果たします。

「加茂」
江戸名所図 屏風(部分) 八曲一双 江戸時代 出光美術館
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現存する江戸図では最古で、寛永の頃の江戸の賑わいを、屏風の右を北、
左を南にして描いています。
これは神田明神での演能の場面です。
演じられているのは「加茂」のようで、舞台を下がる天女と鉾をかざして舞う
別雷神(ワケイカヅチノカミ)が描かれています。
「加茂(賀茂)」は京都賀茂神社の祭神の登場する能です。
神田明神には加茂能龍神人形の山車があり、神田祭の時に公開されています。

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「菊慈童」
「菊慈童」 菱田春草 明治33年(1900) 飯田市美術博物館
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周の王に仕えていた少年が罪を得て深山に流されたものの、菊の葉から滴る
水の霊力によって不老不死となったという話で、能の演目にもなっています。
木々の紅葉した山中で、少年が水辺に佇んでいます。
輪郭線を用いず、遠方を薄く描く空気遠近法によって、深山幽谷の気配を表しています。
25歳の作品で、近代日本画の1期生と言える春草たちがいかに若い時に日本画の
革新運動を興していたのかが分かります。

「菊慈童」 横山大観 明治30年(1897)頃 吉野石膏株式会社
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菱田春草や横山大観が空気遠近法を使い出す前の作品で、濃淡に描き分けられた
菊の表現が見事です。

「菊慈童図」 神坂雪佳 大正後期 京都、細見美術館
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菊慈童は能に登場する時に似た姿で描かれています。

「弱法師」
「弱法師(よろぼし)」 下村観山 大正4年(1915) 東京国立博物館 重要文化財
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能の「弱法師」を題材にした作品で、下村観山の代表作です。
讒言を信じた父によって家を逐われた俊徳丸は盲目となり、あちこち彷徨ったのち、
春の彼岸の日に四天王寺に辿り着きます。
そこで、俊徳丸を追い出したことを後悔して貧者に施しをしていた父と出会い、
家に帰ることが出来ます。
満開の梅の傍らに立つ俊徳丸は痩せ衰えた姿で、杖を持ち、大きな赤い入り日に
向かって合掌しています。
四天王寺の西門は極楽の東門とされ、西の難波江に沈む夕陽を拝む、
日想観という業が行なわれていた場所です。
束の間の極楽の様を表していて、能の家に生まれた下村観山ならでは作品と云えます。

「道成寺」
「道成寺」 松丘映丘 1917年 姫路市立美術館
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能の「道成寺」や歌舞伎の「京鹿子娘道成寺」などの道成寺物の元になった、
安珍清姫伝説を描いています。
再建された鐘の鐘供養の場に現れた白拍子です。
白拍子の本性は蛇となって鐘を焼いた清姫なので、恨めしげな眼差しで鐘を
見上げています。
着物の模様は蜘蛛の巣で、清姫の怨念を物語っています。
蜘蛛の巣を着物の模様にした作品では、嫉妬に狂う六条御息所を描いた
上村松園の「焔」(1918年)が有名です。

「日高河清姫図」 村上華岳 1919年 東京国立近代美術館 重要文化財
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足袋だけを履いて夢中で安珍を追いかけた清姫は日高川にさえぎられます。
何かに憑かれたように、目は閉じ、前と後ろに手を泳がせています。
細く、柔らかな線描と、黒い笠、黒い帯が、清姫の想いの儚さと悲しみを
表しています。
清姫の心を映すように山や川の景色も揺らめいています。

「清姫」 8枚連作のうち「日高川」(部分) 小林古径 1930年 山種美術館
美術院img225 (1)

紀州の安珍清姫伝説を絵巻物風に8枚続きの絵に仕立てたもので、
安珍を追う清姫が日高川に阻まれています。

「摺箔 白地鱗模様」 江戸時代・18世紀 東京国立博物館
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能の「道成寺」などに使われる衣装で、蛇体となった清姫が着ます。
三角の模様はウロコを表しています。

「百万」
「百万絵巻」 室町時代 16世紀 サントリー美術館
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能の「百万」を絵巻に仕立てています。
行方知れずとなった息子を捜して物狂いとなった女性が嵯峨野の清凉寺で息子に
再会するというお話です。
舞いの多い賑やかな曲なので、絵巻物にしても面白そうです。

「石橋」
「石橋図」 礒田湖龍斎 江戸時代 出光美術館
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石橋(しゃっきょう)は、寂照法師が中国の清涼山の麓にかかる石橋のたもとで、
文殊菩薩の乗り物である獅子が牡丹と戯れるのを見たという故事を演劇化した
ものです。
目出度い演目で、能や歌舞伎でよく演じられています。
着物の両袖を脱ぎ、牡丹の花をかざして華やかに踊る様を、躍動的な構図で
描いています。
紅白の色の対比も効果的です。

「猩々」
「猩々図扇面」 河鍋暁斎 太田記念美術館
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「猩々」は酒好きの生き物である猩々が現れて舞うという楽しい演目です。
自身も酒が好きだった暁斎は猩々という号も持っていました。

「高砂」
「高砂図」 河鍋暁斎 河鍋暁斎記念美術館
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「高砂」は目出度い演目なので、熊手を持った尉(じょう)と箒を持った姥
(うば)は軸物などによく描かれています。

「唐人相撲」
「猿楽図式」 河鍋暁斎 河鍋暁斎記念美術館
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狂言の「唐人相撲」の一場面のようです。
中国に滞在していた日本の相撲取りが日本に帰ることになり、皇帝の前で唐人たちと
相撲を取り、ことごとく打ち負かし、最後には皇帝にも勝ってしまうというお話です。
狂言には珍しく、何十人も登場するという、とても賑やかな演目です。

「錦木」
「錦木」 速水御舟 1913年 山種美術館
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初期の作品で、能などで知られる、秋田の錦木伝説を題材にしています。
若者が求婚の印である錦木(5種の木の枝)を恋する人の家の門に立てているところです。

  錦木はたてなからこそ朽にけれけふの細布むねあはしとや  能因法師

「船弁慶」
「大物浦」 前田青邨 1968年 山種美術館
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兄の源頼朝に追われた源義経一行が摂津の大物浦から船出したところ、
嵐に遭って散り散りになってしまったという場面です。
たらし込みの技法で塗られた深い藍色の波は観る人を引き込む力があり、
画面全体に緊張感がみなぎっています。
能の「船弁慶」はこの出来事を基にしており、船中には弁慶の姿も見えます。

「羽衣」
「羽衣」 高橋天山 2013年
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能の「羽衣」は三保の松原で天女が舞を漁師に見せるので、
この絵の天女は魚の泳ぐように舞っています。

「杜若」
「引分ケ、杜若」 中村恒克
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2011年に丸ビルで開かれた「藝大アーツイン 東京丸の内」に展示されていました。
能の「杜若」を装束と裸体で彫っています。
引分ケとは能の型の一つで、両手を左右に伸ばした形です。
「杜若」は伊勢物語の三河の国八橋の場面を題材にしています。

唐衣きつゝなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ

「鵺」
「赤楽茶碗 銘 鵺」 道入作 江戸時代 17世紀 三井記念美術館 重要文化財
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赤々とした茶碗で、胴に雲のような黒い塊が見えます。
平家物語に出てくる、夜な夜な御所の上に現れて近衛天皇を悩ませ、
源頼政に退治された鵺(ぬえ)になぞらえた名です。
「鵺」は能の演目にもなっていて、鵺の亡霊は、讃えられた頼政に対し、
汚名を残し虚ろ舟に入れられ川に流された我が身を嘆いています。

  頼政は名をあげて
  我は名を流すうつほ舟に
  押し入れられて淀川の
  よどみつ流れつ行く末の

「俊寛」
「黒楽茶碗 銘 俊寛」 長次郎 安土桃山時代 16世紀 三井記念美術館 重要文化財
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楽茶碗としては薄手に作られ、見込みには枯れた味わいがあります。
千利休が薩摩の門人の求めで送った三つの茶碗のうち、これだけが
送り返されなかったので、この名が付けられました。
俊寛ら三人が平家への謀反の罪で薩摩の鬼界ヶ島に流され時、
他の者は赦免されて都に帰れたのに俊寛だけ島に残された故事による
ものです。

  さめよさめよと現無き
  俊寛が有様を見るこそあはれなりけれ

「小鍛冶」
「色絵小鍛冶置物」 永樂妙全 三井記念美術館
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「小鍛冶」は能の演目で、刀匠の三条宗近が稲荷明神の援けを得て、
一条天皇に献納する名剣を鍛え上げるというもので、稲荷明神は
狐の冠を着けています。
永樂妙全(1852~1927)は14代永樂得全の妻です。

「鶴亀」
「應好仁清意亀舞置物」 二代宮川香山 吉兆庵美術館
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能の「鶴亀」は唐の朝廷の新年の節会の情景を演じる演目です。
月宮殿で亀の舞う姿を表していて、亀を載せた冠を被り、亀甲花菱文の舞衣を着ています。

「月宮殿蒔絵水晶台」
象彦(西村彦兵衛) 製 明治~昭和初期 三井記念美術館

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三井家の保有する大きな水晶球を置くための台です。
水晶を月に見立て、上の板には雲がたなびき、下の板には月にある宮殿といわれる
月宮殿と海中の岩が描かれています。
三井鉱山で採れた水晶、孔雀石、方解石、黄銅鉱などが岩として貼り付けられ、
さまざまな色に光っています。
「鶴亀」では鶴と亀は月宮殿で舞います。

「長生殿蒔絵手箱」 鎌倉時代 13~14世紀 重要文化財
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全面を扇面模様で埋め、紐金具も扇をあしらっています。
扇には秋草や流水が描かれています。
蓋の裏には長、生、殿、裏、春の字が芦手絵と呼ばれる絵の中の隠し文字で
書かれています。
和漢朗詠集に載っている平安時代の文人、慶滋保胤(よししげのやすたね)の
詩に拠っていて、作品名の元になっています。

  長生殿の裏(うち)には春秋富めり
  不老門の前には日月遅し

能の「鶴亀」では鶴と亀が舞った後、唐の皇帝も舞い、長生殿に戻っていきます。

それ青陽の春になれば 四季の節会の事始め
不老門にて日月の 光を天子の叡覧にて

長生殿は唐の玄宗皇帝と楊貴妃が愛を語った所とされ、白楽天の「長恨歌」に
詠われています。


思っていた以上に能楽にちなんだ作品が多いのに自分でも驚きました。


【2021/06/13 19:53】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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