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「第17回 人・形展」 丸善丸の内本店
東京
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丸善丸の内本店4階ギャラリーでは「第17回 人・形展」が開かれています。
会期は10月18日(火)までです。

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出品作家は以下の通りです。

愛実、石黒知子、En、岡田好永、カウラ、影山多栄子、加園誠、ガーナベイビーズ、
キノコジュース、COOL氏、國府珠美、櫻井紅子、sakoooo、佐藤久雄、サユリンゴ、
神宮字光、垂狐、田中雅子、daikichi、小川クロ、千代田梓、月、月見月、蕾、十川ユリノ、
朋トモヱ、戸松容子、Dollhouse Noah、夏目羽七海、菜奈乃、野原tamago、はちす、
林美登利、泥方陽菜、二見勘太、FREAKS CIRCUS、槙宮サイ、丸美鈴、美崎莉花、
Emilia Nieminen、水澄美恵子、芽々木、森下ことり、横瀬和江、y

さまざまな個性の作家の人形が展示されていて、球体関節人形が中心です。
妖しさのある作品が多いですが、ランニングシャツや国民服姿の少年の人形もあります。


【2022/10/13 20:28】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「響きあう名宝  曜変・琳派のかがやき」展 静嘉堂@丸の内
二重橋前・東京
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丸の内に10月1日に開館した静嘉堂@丸の内(静嘉堂文庫美術館)では「響きあう名宝 
曜変・琳派のかがやき」展が開かれています。
会期は12月18日(日)までです。
会期中、11月6日までの前期と10日からの後期で、大幅な展示替えがありますので、
展覧会のHPでご確認下さい。

静嘉堂img136


世田谷区岡本にあった静嘉堂文庫美術館の展示ギャラリーが東京丸の内の
明治生命館1階に移転して、静嘉堂@丸の内と命名して第1回の展覧会です。

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中に入ると、高い天井の重厚な雰囲気のホールを展示室が囲む形になっています。

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第1章 静嘉堂コレクションの嚆矢―岩﨑彌之助の名宝蒐集

右「唐物茄子茶入 付藻茄子」 大名物 南宋~元時代 13~14世紀
左「唐物茄子茶入 松本茄子(紹鷗茄子)」 大名物 南宋~元時代 13~14世紀
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全期間展示です。
「付藻茄子」は足利義満が所有し、松永久秀が織田信長に臣従の際に信長に
献上され、大和一国を安堵されています。
本能寺の変で焼けた後、豊臣秀吉に献上されますが、大坂夏の陣で再び罹災し、
割れてしまいます。
これを藤重藤元・藤厳父子が漆で修復し、徳川家康がその出来栄えの良さを賞して
藤元に与え、明治になって彌之助の所有となっています。

「松本茄子(紹鷗茄子)」は松本珠報の所持とされ、「付藻茄子」と同じく
大坂夏の陣で罹災しますが、藤元・藤厳父子が漆で修復し、褒美として
藤厳に与えられています。

藤元・藤厳父子は焼け落ちた大坂城の灰の中から多くの茶器を掘り出して
修復しています。

「倭漢朗詠抄 太田切」 平安時代 11世紀 国宝
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全期間展示です。
豪華な舶載の唐紙に日本で金銀泥で花鳥などを描き、和漢朗詠集を書いています。
掛川藩太田家に伝わった品です。

「伝 長船兼光 」 大磨上げ無銘(号 後家兼光) 南北朝時代 14世紀
全期間展示です。
兼光は備前長船派の刀工です。
刃長80㎝あり、磨上げる前は約90㎝もあったという豪宕な姿です。
豊臣秀吉の形見分けとして上杉景勝の家来、直江兼続に下賜され、兼続の没後に
正室により上杉家に献上されたため、後家兼光の名が付きました。
戊辰戦争で上杉家は奥羽越列藩同盟に参加し、新政府に抵抗しましたが、
姻戚関係にあった土佐山内家の援助もあって厳罰を免れています。
そのお礼に山内家に贈られた後、土佐の岩崎弥之助に渡り、静嘉堂文庫の
所蔵となっています。


第2章 中国文化の粋  第1部 宋~元時代 / 第2部 明~清時代 

伝 馬遠 「風雨山水図」 南宋時代 13世紀 国宝
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前期展示です。
松の木は雨に打たれて垂れ、遠くの山は霞んでいます。
馬遠(生没年不詳)は南宋の宮廷画家として活躍しました。
この絵は狩野安信により馬遠の作と認定されています。

李士達 「秋景山水図」 明時代・万暦46年(1618) 重要文化財
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後期展示です。
李士達(1540年頃~1621年以降)は明代後期、江蘇省呉県の生まれで、
山水、人物を得意としています。
たなびく雲の柔らかな表現が巧みです。

沈南蘋 「老圃秋容図」(部分) 清時代・雍正9年(1731)
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後期展示です。
トロロアオイ(黄蜀葵)や朝顔の下で、猫がカミキリムシを狙っています。
猫の視線を追って行くと、上に伸びるトロロアオイに向かうようになっています。
猫の毛まで細かく描き込まれています。
猫(mao)は70歳を意味する耄(mao)に通じる吉祥画ということです。
沈南蘋(しんなんぴん、1682~?)は浙江省徳清県生まれで、清の宮廷画家となり、
徳川幕府の招きで長崎に来航し、1731年から1733年まで滞在しています。
沈南蘋の伝えた写実的で細密な画風は南蘋派となって、当時の日本の画壇に大きな
影響を与えたということです。

余崧 「百花図巻」(部分) 清時代・乾隆60年(1795)
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後期展示です。
余崧(よすう、生没年未詳)は江蘇省蘇州の人で、清の宮廷画家だった可能性もあり、
細密な描写を得意としています。
100種類近くの花が揃っていて、何かの記念に吉祥性の高い植物を集めて描いたものと
思われるそうです。
幕末の老中で、井伊直弼とともに安政の大獄を主導した間部詮勝(まなべあきかつ、
1804-1884)が所蔵していました。


第3章 金銀かがやく琳派の美

「源氏物語関屋澪標図屛風」 俵屋宗達 江戸時代 寛永8年(1631)
前期展示です。
右隻は源氏物語の関屋の巻で、石山寺に詣でる途中の光源氏が逢坂の関で
空蝉の一行と出会う場面です。
山が大きな土坡で表されています。
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左隻は澪標の巻で光源氏の一行が住吉大社に詣でたところ、たまたま来合わせた
明石の君が源氏には会わず、船は帰っていきます。
住吉大社の太鼓橋も見えます。
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登場人物の思いが入り混じる場面ですが、琳派らしいのどかな山と海の情景として
描かれています。

「鵜舟図」 尾形光琳 江戸時代・18世紀 重要美術品
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前期展示です。
さらりとした筆遣いで鵜飼を描いていて、川波が重なり、
舟や鵜が対角線を成しています。

  大井川 鵜舟の篝ほの見えて くだすや波のよるぞ知らるる  亀山院


第4章 国宝「曜変天目」を伝えゆく―岩﨑小彌太の審美眼

趙孟頫 「与中峰明本尺牘」 元時代 14世紀 国宝
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全期間展示です。
趙孟頫(ちょうもうふ、1254-1322)は、元時代初期の官僚で、能書家、
画家としても著名です。
書は王義之(303-361)に倣い、後世に大きな影響を与えています。
南宋の皇族でありながら元に仕えたため、悪評も得ています。
中峰明本(ちゅうほうみんぽん、1263-1323)は臨済宗の僧で、
元の皇室の尊崇を受けています。
「与中峰明本尺牘」は趙孟頫が中峰明本に送った手紙です。

「曜変天目」(稲葉天目) 建窯 宋時代 12~13世紀 国宝
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全期間展示です。
徳川家光から春日局に下され、子孫の稲葉家に伝えられたのでその名があります。
曜変天目は日本に数点あるだけの大変珍しい品で、特にこの稲葉天目は有名です。
小さな天目茶碗ですが、見込みの斑文は星のように輝き、観る角度によって
その色も微妙に変わり、小さな宇宙を観るような景色です。
今回は光の具合によって、特に青色に明るく輝いています。

「片輪車螺鈿蒔絵大棗」 原羊遊斎作 文政12年(1829)
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前期展示です。
文政13年の松平不昧の13回忌に当たり、夫人が不昧の愛蔵品だった、現在は
東京国立博物館所蔵の国宝、「片輪車螺鈿手箱」と同じ意匠で作らせた
10個の棗の1つです。
原羊遊斎(1769-1845)は江戸時代後期の蒔絵師で、大名や文化人とも交流しています。

(参考)
「片輪車螺鈿手箱」 鎌倉時代 13世紀 東京国立博物館 国宝
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今までちょっと遠い所にあった静嘉堂文庫美術館が丸の内に移転してきたのは
嬉しいことです。

展覧会のHPです。


【2022/10/11 18:55】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(2) |
「仙厓のすべて」展 出光美術館
日比谷・有楽町
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日比谷の出光美術館では、「仙厓のすべて」展が開かれています。
会期は10月16日(日)までです。

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出光美術館は仙厓の書画を数多く所蔵していて、そのコレクションは創設者の
出光佐三が学生時代に博多で仙厓の描いた、「指月布袋画賛」の一つに惹かれた
ことに始まるということです。

第1章 仙厓略伝 ―画賛でつづる一生

仙厓義梵(せんがいぎぼん)(1750~1837)は臨済宗の僧で、博多の聖福寺の
住持を勤め、引退後も博多に住んでいます。
その洒脱な人柄と巧みな書画から、町の人に「仙厓さん」として親しまれました。 

「馬祖・臨済画賛」 双幅
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馬祖道一(709-788)は唐時代の禅僧で、百丈懐海や南泉普願など多くの弟子を
育てています。
百丈懐海(749-814)は「一日不作、一日不食」の教えを残し、南泉普願は南泉斬猫の
逸話で知られています。
臨済義玄(? - 867)は唐時代の禅僧で、百丈懐海の孫弟子にあたり、臨済宗の祖と
なっています。
馬祖の賛の「一喝三日」は、弟子の百丈に発した一喝で百丈は三日間、耳鳴りが
止まなかった逸話を指しています。
臨済の賛の「打爺挙手」は、臨済が師の黄檗希運(? - 850)に三度も棒で叩かれた後に
開悟したのですが、再会した時に今度は黄檗を平手で叩いたという逸話を描いています。
怒鳴るは叩くは、禅とは厳しいものです。


第2章 「厓画無法]―仙厓画、ビフォー・アンド・アフター

仙厓は初期には狩野派の技法を学んでいたようですが、70歳代に「厓画無法」
(自分の絵には定まった画法は無い)と宣言しています。

「釈迦三尊十六羅漢図」
丁寧に描かれた水墨の仏画で、仙厓の画力の高さを示しています。
しかし、後にこの画風を捨てています。
浦上春琴が博多を訪れた際、仙厓が自分の絵を見せたところ、春琴は称賛しますが、
このまま続けると雪舟のような立場になるのではないか、雪舟は高徳の禅僧なのに
絵描きとしてしか記憶されていないではないかと心配されたためとのことです。

「自画像画賛」
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紙を前に筆を持ち、出家した禅僧は近寄り難い存在のはずなのに、
仙厓の所には書画を頼みに来るとは、と嘆いています。


第3章 仙厓の禅の教え―悟りへのイントロダクション

「南泉斬猫画賛」
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禅の有名な公案にある話で、唐の時代、南泉の寺で弟子たちの住む東堂と西堂の首座が
子猫のことで争っていました。
それを見た南泉は子猫を取り上げ、言うことを言えば猫を助けるが、言えなかったら
猫を斬ると告げますが、誰も答える者がいません。
そこで南泉は猫を斬ってしまいました。

仙厓の賛はこう書いてあります。

  一斬一切斬
  爰唯猫児
  両堂首座
  及王老師

一切を斬った、それは子猫、両堂の首座、および王老師(南泉)である。
墨を含ませて「及」の字を太く書いたこの一句に深い意味があるようです。

「香厳撃竹画賛」
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香厳智閑(きょうげんちかん)は唐の僧で、掃き掃除をしていて跳んだ瓦礫が竹に
当たった音を聞いた瞬間に悟りを得た、というお話です。
ややっと驚く姿を、濃い線や薄い線、墨の濃淡を使って巧みに描いています。

室町時代の一休宗純(1394-1481)にも琵琶湖に浮かぶ漁舟で座禅を組んでいた時、
カラスが鳴いたのを聞いて悟りを得たという逸話があります。

「指月布袋画賛」
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  を月様
  幾ツ
  十三七ツ

布袋が月を指差しても、人は布袋の指を見て月を見ない、本質を見なければ
仏の境地には行き着かない、という禅画の題材の一つです。
わらべ歌も書き入れた、月を見て喜ぶ布袋さんと子供の姿には、元の意味を超え、
活き活きとした自由な境地が観られます。

「蕪画賛」
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  かぶ菜と坐禅坊主ハすわるをよしとす

坐禅する姿を蕪のどっしりした形になぞらえています。

「坐禅蛙画賛」
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  坐禅して人か佛になるならハ

いつも坐っている蛙だって悟りを開けることになるから、形ばかりを真似ても
真実は得られないという教訓です。
しかし、にやりと笑った蛙の顔には、何か自得したような気配があります。

「一円相画賛」
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  これくふて
  茶のめ

悟りを得てもそこに留まることなく、更に前に進めという意味とのことです。
悟りを表す円もお茶菓子になってしまいます。

「○△□」
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仙厓といえば、この絵が有名です。
画賛には、扶桑最初禅窟とあります。
後鳥羽上皇より聖福寺に賜った号で、日本最初の禅宗寺院という意味です。
聖福寺は南宋より帰国した栄西が最初に立てた禅寺です。

四角い人が、三角になって坐禅して、丸い悟りを得る、ということを表している
かもしれないとの、時間的な意味での解釈があります。
世界のすべての形、即ち世界その物を表しているという、空間的な意味にも思えます。

「堪忍柳画賛」
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  気に入らぬ風もあろふに柳哉

仙厓は分かりやすい処世訓をよく描いています。


第4章 仙厓の人生訓 ―充実した生活のためのハウツー

「さじかげん画賛」
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  生かそふと ころそふと

生かすも殺すも匙加減一つという画賛です。
何事にも適度な匙加減が必要です。


第5章 「絶筆宣言」―仙厓の終活

「双鶴画賛」
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  鶴ハ千年
  亀ハ万年
  我れハ天年

素直に長寿を慶ぶ賛です。

仙厓は「死にとうない」という言葉を遺して弟子たちを驚かせていますが、
一休の辞世の言葉も「死にとうない」だったそうです。

「老人六歌仙画賛」
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老人で仕立てた六歌仙図です。
画賛は、「しわかよるほ黒か出ける腰曲る(皺が寄るホクロが出来る腰曲がる)」に始まり、
「達者自まんに人はいやかる(達者自慢に人は嫌がる)」で終ります。
名古屋の横井也有(1702-1783)の狂歌を基にしているとのことですが、読んで思わず
笑ってしまいます。

「絶筆碑画賛」 天保3年(1832)
仙厓はあまりに絵の依頼が多いので、もう絶筆すると宣言して、「絶筆」と書いた
石碑の絵まで描いています。
しかし結局はその後も描き続けることになります。

「涅槃図」 斎藤秋圃筆 仙厓義梵、二川相近、斎藤愚連堂(凹)賛
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仙厓を釈迦に見立てた、俳画風の涅槃図です。
寝台の上には、仙厓さんが昼寝をするように、向こう向きに寝ています。
その周りには、菩薩や弟子ならぬ、近所の人たちが大勢集まって座っています。
雲に乗って駆け付ける摩耶夫人たち、寝台に手を延ばす老女、突っ伏す阿難も
ちゃんと描かれています。

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手前の、嘆き悲しむ動物たちがいる筈の場所には、仙厓の愛用した、茶碗、眼鏡、
団扇、筆、盆栽などや、好物だったという、大根、茄子、筍などが並んでいます。

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摩耶夫人が地上に投げ下ろし、木の枝に引っ掛かった薬袋の代わりに
描かれているのは藁苞(わらづと)に包まれた納豆のようです。

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仙厓の賛

  松か枝に
  垂れかけたくそか
  納豆汁

本来の涅槃図では、弟子や動物は釈迦の死を悼んで、嘆き悲しんでいますが、
こちらのおやじさん、おかみさんたちは、にこやかな顔です。
いかにも仙厓さんらしい、心の和む涅槃図です。

斎藤秋圃(1768~1859)は円山応挙に学んだ絵師で、秋月藩黒田家に
仕えたこともあり、晩年は太宰府の町に住んだということです。
二川相近(1767-1836)は福岡藩士で、書家、歌人でもあります。
斎藤愚連堂(凹)(生没年不詳)も福岡藩士で狂歌を学んでいます。


第6章 バラエティーあふれる画賛の世界 ―仙厓に描けぬものは無し

「狗子画賛」
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  きやんきやん

可愛い子犬が棒切れにつながれ、鳴いています。
世の中のしがらみから逃れられない人間を表しているそうです。

「龍虎画賛」 双幅
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虎図の画賛は

  猫乎(猫か)
  虎乎(虎か)
  将和唐内乎(まさに和唐内か)

和唐内は、近松門左衛門の浄瑠璃「国性爺合戦」の主役、和藤内のことです。
和藤内が、日本人でも中国人でもないとうそぶくことになぞらえて、猫でも虎でも
ないぞ、と言っています。
和唐内は、「わからない」とも読めるという洒落も入っています。

龍図の画賛は

  是何
  曰龍
  人大笑 吾亦大咲

これは何だと問われ、龍だと答えたら大笑いされ、自分も一緒に大笑いした。

「箱崎浜画賛」 仙厓 江戸時代
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仙厓が住職を勤めていた聖福寺近くの箱崎浜の景色です。

  秋の夜ハ
  唐まて
  月の外に又

箱崎浜の向こうには中国があります。

展覧会のHPです。


【2022/10/09 17:13】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「松村公嗣の世界展」と「松村公太 日本画展」 東武百貨店池袋店
池袋
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東武百貨店池袋店の8階催事場では「松村公嗣の世界展」が
10月10日(月・祝)まで開かれています。

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松村公嗣さん(1948~)は日本美術院同人の日本画家です。

画業50年を記念する展覧会で、文芸春秋の表紙絵の原画も展示されています。

「雪月花」
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六曲一隻の金屏風で、寒椿に積もる雪と月で雪月花になっています。

「ドゥオモ」
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月と星に照らされたミラノの大聖堂です。

「舟歌」
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水面に散る光の中をゴンドラが行きます。

「火焔山」
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火焔山はタリム盆地のトルファン近くにある丘陵です。
夏の高温は有名で西遊記にも登場します。
燃え上がるような赤色の壁の前を馬車が行きます。

以下は文芸春秋の表紙絵原画です。

「早春」 2017年2月
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ルリビタキが留まっています。

「花火」 2017年8月
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「シャインマスカット」 2020年11月
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どれも明快な色彩と共に、日本画の伝統の精神性を感じる作品です。

***

同じ催事場では10月10日(月・祝)まで「松村公太 日本画展」が開かれています。

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松村公太さん(1978~)は松村公嗣さんの御子息で、日本美術院院友の日本画家です。

おぼろげな情景の中で光を捉えています。

「光唄」
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「夕凪」
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「昇波」
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「泳」
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【2022/10/08 18:15】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「コロンバン京王新宿サロン」 2022/10
新宿
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京王百貨店新宿店の8階にある、「コロンバン京王新宿サロン」に行ってきました。

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2018年に入って以来の久し振りの訪問です。

約60席の店内は全席禁煙、白が基調のクラシックな雰囲気のお店です。

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ウインナーコーヒー770円とコーヒー660円です。

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しっかりした味で美味しいです。

伝統的なスタイルを保った喫茶店でくつろぐのも気持ちの良いものです。

以前、「コロンバン京王新宿サロン」に行った時の記事です。


天辺が雲の一部になったようなビルが建っています。

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【2022/10/07 19:36】 お店 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「林茂樹展 DISCOVER CERAMICS」 日本橋髙島屋
日本橋
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丸善本店の「文人の書と書物」展に続いて、今日2つ目の記事です。

日本橋髙島屋美術画廊Xでは10月17日(月)まで「林茂樹展 DISCOVER CERAMICS」が
開かれています。

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林茂樹さん(1972~)は岐阜県土岐市出身で、人の形をした磁器の作品を
制作されています。

「QP”ASTRA”」
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「スサノオ01」
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マンガやアニメのヒーローのようにマフラーをなびかせ、黒く輝き、すっくと立っています。

作品は小さなパーツに分かれ、組み立てられていて、目はガラスの玉眼になっています。
磁器を焼成すると収縮するので、大きさをきっちり合わせるのはかなり難しそうです。

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なぜスサノオと命名したのか林さんに伺ったところ、まず黒で作ろうと思っていて、
日本最初の荒ぶる英雄であるスサノオの名が浮かんだとのことです。
古代のスサノオが近未来の可愛い姿に生まれ変わりました。


【2022/10/06 21:17】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「文人の書と書物 ―江戸時代の漢詩文に遊ぶ―」展 丸善丸の内本店
東京
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丸善丸の内本店4階ギャラリーでは「文人の書と書物 ―江戸時代の漢詩文に遊ぶ―」展が
開かれています。
会期は10月11日(火)までです。

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慶應義塾図書館の所蔵する江戸時代の儒学者・漢詩人の自筆本や自筆書簡の展示です。
会場は撮影可能です。

林羅山・新井白石・荻生徂徠・古賀家・安井家・渋江抽斎・森鷗外などが揃った、
興味深い展示です。

新井白石の日記
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新井白石(1657-1725)は幕臣で、徳川家宣・家継に仕え、正徳の治を指導しています。

津軽藩医の宿直日記の渋江抽斎による抜き書き
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渋江抽斎(1805-1858)は津軽藩の藩医で、漢学や国学の考証家として著名でした。
森鴎外の史伝小説「渋江抽斎」のモデルとなった人物です。


【2022/10/06 18:20】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
東京国立博物館本館の総合文化展(平常展) 2022/9 4回目
上野
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東京国立博物館本館の総合文化展(平常展)の記事の最後、4回目です。

伝土佐光信筆の「星光寺縁起絵巻」巻下を載せます。 

「星光寺縁起絵巻」 巻下 伝土佐光信筆 室町時代・15世紀 重要文化財
京都六角大宮にあって洛中六地蔵のひとつに数えられ、屋根葺地蔵の名で親しまれた
星光寺の縁起(巻上)と、本尊の地蔵菩薩の霊験譚(巻下)をまとめた絵巻物です。

巻下
如願は星光寺の地蔵菩薩に祈願したところ、訴訟に勝つ。
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童が笠を持って階段で待っています。

如願は地蔵を深く信仰し、星光寺の近くに住む。
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釘隠しもある立派な屋敷で、扇の手拍子に合わせて踊ったり、料理を運んでいます。
台所では小刀と金串で魚をさばいています。


正応(1288~93)の頃、星光寺の僧、浄空が古井戸に落ちたらそこは地獄だった。
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浄空が連子窓から地獄の様子を覗いています。

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釜茹でにされたり、臼でつぶされたり、橋板の無い橋を渡らせられたり、生前の殺生を
鏡に映されたりしています。

更に進んでいくと地蔵菩薩が閻魔大王に浄空の命乞いをしていた。
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閻魔大王は席から下りて、地蔵菩薩の前でかしこまっています。

現世に戻ることが出来た浄空は地蔵に深く感謝する。
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地蔵菩薩の前で数珠を手に祈っています。

その後、修行を重ねた浄空は地蔵の導きにより、遂に往生することが出来た。
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地蔵菩薩が来迎し、浄空は弟子に支えられて往生を遂げています。
庭には薄や菊が見えます。


正応2年(1289)7月、星光寺の門前の仏師の所へ一人の僧が訪れ、
折れた錫杖の修理を依頼する。
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石置き屋根の質素な家ですが、盆景や活花もあります。

実はその錫杖は星光寺の地蔵菩薩の持物だった。
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巻末に土佐光信筆と記されています。


閻魔大王は地獄絵などによく描かれていますが、気の好い閻魔様もいたようで、
三の丸尚蔵館所蔵の「小栗判官絵巻」でも、地獄に堕ちた小栗判官を裁いた
閻魔様は判官を此の世に戻すことに決め、藤沢の遊行上人に言付ける手紙
を書いています。

(参考)
「をくり(小栗判官絵巻)」 伝岩佐又兵衛 15巻のうち 江戸時代 17世紀
絵巻008

絵巻009


【2022/10/04 19:34】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
東京国立博物館本館の総合文化展(平常展) 2022/9 3回目
上野
chariot

東京国立博物館本館の総合文化展(平常展)の記事、4回分の3回目です。
仏教関係の展示を集めました。

「孔雀明王図像」 高山寺伝来 平安時代・12世紀
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平安時代末期の高野山の僧、玄証が所持していたもので、
玄証は多くの図像を収集していました。
仏画を描く時の基本画像にしていたのでしょう。

「弥勒菩薩図像」 高山寺伝来 鎌倉時代・13世紀
とDSC02338

釈迦入滅後、56億7千万年後に現れるとされる弥勒菩薩の像です。
30本の腕を持つ、極めて珍しい作例です。

「紺紙金銀字大唐西域記 巻第二 (中尊寺経)」 平安時代・12世紀 重要文化財
とDSC02342

中尊寺経は平泉の中尊寺に伝わる多くの経巻の一つで、奥州平泉の藤原清衡により
献納されています。
紺紙に金泥と銀泥を1行ごとに使い分けて書いてあり、見返しには釈迦説法図などが
描かれています。
大唐西域記は経典を求めてインドへの大旅行を果たした玄奘三蔵が唐の太宗の
求めに応じて記した旅行記です。
2行目に書かれている健駄羅国とはガンダーラのことです。
お経ばかりでなく、大唐西域記も中尊寺経に入っているとは知りませんでした。

「菩薩立像」 鎌倉時代・13世紀 重要文化財
とDSC02519

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1階の11室の展示です。
像高約1m、腰をややひねり、金泥が塗られ、衣に切金が入り、瓔珞で飾った、
とてもあでやかなお姿です。
目は玉眼で、下唇に薄い水晶を貼った玉唇という珍しい技法も使われています。

「愛染明王坐像」 鎌倉時代・13世紀 重要文化財
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1階の11室の展示です。
奈良にあって今は廃絶した内山永久寺に伝来した像です。
密教の明王像の一つで、神秘的な雰囲気を持っています。
厨子からガラスの装飾品まで当初の品が残っており、赤々と燃え立つような
彩色も鮮やかです。

厨子の内扉には八菩薩と二明王が描かれ、本像と合わせて愛染曼荼羅を
構成しています。
後壁には閻魔天を中心にした閻魔天曼荼羅が描かれ、天蓋には銅板の梵字を
貼って仏眼曼荼羅を表しています。

「文殊菩薩騎獅像および侍者立像」 康円 
 鎌倉時代・文永10年(1273) 重要文化財

とDSC02535

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1階の11室の展示です。
獅子に乗った文殊菩薩に、合掌する善財童子、インド人僧の仏陀波利、手綱を引く優填王、
頭巾をかぶる最勝老人の4人の侍者が従う渡海文殊を表しています。
興福寺勧学院の本尊でした。
康円は運慶の孫で、奈良仏師の慶派に属しています。


【2022/10/02 20:04】 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
東京国立博物館本館の総合文化展(平常展) 2022/9 2回目
上野
chariot

東京国立博物館本館の総合文化展(平常展)の記事、4回分の2回目です。
屏風絵や浮世絵などを集めました。

「西湖春景・銭塘観潮図屏風」 池大雅 江戸時代・18世紀 重要文化財
右隻
とDSC02427

左隻
とDSC02429

右隻部分 池大雅独特の、点描風の筆遣いが見られます。
とDSC02444

左隻部分 海嘯を見物する人たちです。
とDSC02443

浙江省杭州の風景を右隻と左隻に描いています。
右隻は西湖で、左隻は銭塘江の河口に満潮時に海水が押し寄せる
海嘯(かいしょう:ブラジルのポロロッカに相当)です。

「山野行楽図屏風」 与謝蕪村筆 江戸時代・18世紀
とDSC02440

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右隻は童に押されたり引かれたりしながら山道を登る人たち、
左隻は月明かりの下を馬の背に揺られて進む旅人で、のどかな風景です。

「兎道朝暾図」 青木木米筆 江戸時代・文政7年(1824) 重要文化財
とDSC02477

宇治川の情景で、右側に平等院鳳凰堂、左側に宇治橋が描かれています。
青木木米は陶工ですが、文人画家としても知られています。

「風俗四季哥仙・菊月」 鈴木春信筆 江戸時代・18世紀
とDSC02494

菊月は旧暦9月、娘が重陽の節句の準備をしている若衆の袖を引き、
それを別の娘が花頭窓から覗いています。

  汲てこそちとせもかねて知られけれぬれてほすてふ菊の下露
                              白河殿七百首

「菊慈童」 鳥文斎栄之筆 江戸時代・18世紀
とDSC02502

「菊慈童」は周の王に仕えていた少年が罪を得て深山に流されたものの、
菊の葉から滴る水の霊力によって不老不死となったという話で、
能の演目にもなっています。
何人も菊慈童が居て、にぎやかに菊を愛でています。

「名所江戸百景・京橋竹がし」 歌川広重筆 江戸時代・安政4年(1857)
とDSC02510

満月の頃の京橋の景色で、竹の束が竹林のように立っています。
京橋竹河岸は竹の問屋の集まっていた所で、現在の銀座1丁目あたりです。

「竹取物語」 前田青邨筆 明治44年(1911)
とDSC02544

1階18室の展示です。
初期の作品で、かぐや姫を迎えに来る月からの使者を阻もうと、
屋根に上って立ち騒ぐ武者たちを絵巻物風に描いています。
満月の夜なので、地は銀箔貼りになっています。


【2022/10/01 19:48】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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