fc2ブログ
東大散策・加賀藩
本郷
chariot

本郷の東京大学は江戸時代は加賀藩前田家の上屋敷でした。
今でもその遺構が幾つか残っています。

東大には幾つか門がありますが、まずは春日通り側にある龍岡門から
入ります。

龍岡門


入ってすぐ右側、山上会館別館の前に、家臣たちの長屋で使った
井戸が残っています。

井戸場所


説明板が無いと、マンホールと間違えそうです。
クリックして最大まで拡大すると、字が読めます。

井戸説明


東大病院前の縁石は、加賀藩時代の築石の再利用です。

病院前


説明版もあります。
クリックして最大まで拡大すると、字が読めます。

石垣説明


向こうは鉄門です。

鉄門

昔は医学部を象徴する門だったとのことで、最近復元されましたが、
今は通用門として使われています。
出て左に下ると、森鴎外の「雁」に出てくる無縁坂です。

御殿下グラウンドです。
加賀屋敷時代は馬場でした。
御殿とは殿様のお屋敷のことです。
右端の建物は病院外来棟、左の高層ビルは上野池之端のマンションです。

グラウンド4

幕末の戊辰戦争では新政府軍が佐賀鍋島藩のアームストロング砲を
加賀屋敷に運び入れ、馬場から上野の山を不忍池越しに砲撃して、
立て篭もっていた彰義隊を敗走させたとのことです。
ここから、正面に見える病院建物の向こうの方角に撃ったのでしょう。

グラウンド横にある、加賀大聖寺(だいしょうじ)藩上屋敷跡を示す石碑です。
クリックして最大まで拡大すると、字が読めます。

大聖寺1


大聖寺2

加賀大聖寺藩は越中富山藩と共に加賀前田家の分家で、上屋敷は
今の東大病院のところにありました。
分家といっても十万石ですから大きな藩です。
大聖寺は九谷焼で有名なので、碑にも九谷焼の皿が嵌めてあります。

グラウンドの隣の山上会館横にある石垣です。
江戸時代初期の遺構で、会館の建設工事のときに発見された一部を
移築したものとのことです。

石垣2

説明版もあります。
クリックして最大まで拡大すると、字が読めます。

石垣説明


育徳園心字池です。

心字池

上屋敷の庭園である育徳園の池でした。
夏目漱石の小説以来、三四郎池として有名です。
周辺よりかなり窪んだ場所にあります。

工学部前の広場にある石塔です。
梵字らしいものが彫ってあります。

石塔


御守殿門、通称赤門です。

赤門裏


赤門番所


赤門表

十一代将軍徳川家斉の姫の御輿入れのために建てたものです。
左右に番所の付いた、格式の高い門です。
明治時代に当初の場所から少し移動させたそうです。

東京大学の前を通る本郷通りは本郷台地の背骨に当たり、
江戸時代は中山道と日光御成り道が通っていました。

本郷通り

隣の水戸徳川家中屋敷(今の農学部)の前で中山道は
日光御成り道と分かれます。

農学部の正門です。

農学部

幕府が水戸徳川家の屋敷を隣に置いたのは、前田家の
監視のためだったのでしょう。
前田家にすれば、うっとうしいお隣さんだったと思います。


おまけに、東大の猫です。

昼寝から

猫1

覚めて

猫2

散歩を

猫3

始めける

猫4


 

関連記事

【2008/07/31 22:12】 街歩き | トラックバック(0) | コメント(0) |
comment
 
コメントを書く
コメントは承認後に公開されます。ご了承ください。
please comment















管理者にだけ表示を許可する

trackback
trackback url ↓
https://nekoarena.blog.fc2.com/tb.php/176-1ece0aac

プロフィール

chariot

Author:chariot
美術館・博物館めぐりとカフェの記事を書いています。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

カテゴリー

ブログ内検索

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード


| ホーム |