上野
上野の東京国立博物館では開山・栄西禅師 800年遠忌 特別展、
「栄西と建仁寺」が開かれています。
会期は5月18日(日)までです。

臨済宗を日本に伝え、京都に建仁寺を開いた、栄西禅師(ようさいぜんじ、
1141~1215)の800年遠忌に今年が当たるのに合わせて開かれる展覧会です。
建仁寺では栄西を「ようさい」と読みます。
序章 禅院の茶
「四頭茶会(よつがしらちゃかい)所用具」
会場には四頭茶会の行なわれる建仁寺方丈が再現され、正面には開山である
栄西禅師の頂相(ちんぞう)と左右に竜虎を描いた三幅対が掛けられています。
四頭茶会は禅宗の茶会の様式で、建仁寺では栄西の誕生日である4月20日に
行なわれています。
栄西は「喫茶養生記」を書き、喫茶の習慣を日本に伝えたことでも
知られています。
4人の正客がそれぞれ8人の相伴客を連れ、36人が席に着きます。
給仕の僧が抹茶の粉の入った天目茶碗と、ピリ辛コンニャクと紅白の菓子の
入った箱を客の前に置きます。
次に浄瓶(じんびん)に入ったお湯を客のささげ持つ天目台に載った
天目茶碗に注ぎ、茶筅で茶を立てます。
参考 建仁寺方丈での四頭茶会の様子

茶会のビデオ映されていましたが、現在の茶道の形式とはかなり異なる
ものだと思いました。
第1章 栄西の足跡
明庵栄西(みんなんようさい、1141-1215)は備中吉備津神社の神官の家に生まれ、
比叡山で修行し、南宋に2度渡って禅を学んでいます。
「明庵栄西坐像」 鎌倉時代 13-14世紀 鎌倉・寿福寺
栄西頭と言われる四角い頭の木像ですが、さすがに頭の形は誇張されています。
寿福寺は栄西を開山として北条政子によって建てられた寺です。
勅額 「扶桑最初禅窟」 後鳥羽天皇筆
安土桃山~江戸時代・16-17世紀 福岡・聖福寺
会場の見上げるような高い場所に掲げられています。
後鳥羽天皇より聖福寺に賜った号で、日本最初の禅宗寺院という意味です。
聖福寺は南宋より帰国した栄西が最初に建てた禅寺です。
額は後の時代のものですが、字は後鳥羽天皇の宸筆と伝えられています。
江戸時代の禅僧の仙厓は聖福寺の住持を勤めており、書の賛に「扶桑最初禅窟」の
言葉を書いたものもあります。
「誓願寺盂蘭盆一品経縁起」 栄西筆
平安時代・治承2年(1178) 福岡・誓願寺 国宝

4月6日までの展示です。
宋より帰国後の栄西が福岡の誓願寺に滞在して、宋版の一切経の到来を待つ間、
盂蘭盆にあたり法華経一品経会を行なった時、一品経勧進の由来と自己の滞在の
目的を著したものです。
一品経とは法華経などを章節(本)ごとに分けて一つの巻にした写経を云います。
誓願寺は安元元年(1175)に創建された真言宗御室派の寺院で、栄西は開堂の法会を
行なっています。
4月8日からは栄西筆の「誓願寺創建縁起」(国宝)も展示されます。
「造東大寺大勧進栄西唐墨筆献上状」 栄西筆
鎌倉時代・建永2年(1207) 東大寺 重要文化財
4月20日までの展示です。
造東大寺大勧進は平氏による兵火で焼かれた東大寺を再建するための寄付を集める
事業の総責任者で、初代の重源の後任として栄西が就任しています。
宋から渡った墨と筆を東大寺に献上した時の自筆書状です。
栄西と言えば禅ですが、奈良仏教や平安仏教とも深い関係を持っていることを
知りました。
第2章 建仁寺ゆかりの僧たち
建仁寺や臨済宗にゆかりのある僧の木像や頂相、袈裟などが展示されています。
建仁寺は建仁2年(1202)に鎌倉2代将軍源頼家の援助により建てられています。
最初は旧仏教をはばかって、天台、真言、禅の三宗兼学としており、禅のみで
まとまったのは12世蘭渓道隆の頃からとのことです。
第3章 近世の建仁寺
「織田有楽斎坐像」 江戸時代・17世紀 京都・正伝永源院
正伝院は南宋より蘭渓道隆に従って来日し、後に建仁寺12世となった義翁紹仁の
建てた寺です。
戦国時代に荒廃しますが、織田有楽斎によって再興され、有楽斎の隠居所と
なっています。
有楽斎自ら制作を依頼した像で、僧形です。
有楽斎は信長の末弟で母の名は不明ですが、顔から信長の面影を探してしまいます。
茶室の如庵は有楽斎が正伝院に建てたものです。
打掛 「亀甲花菱模様縫箔」 高台院所用
安土桃山時代・16世紀 京都・高台寺 重要文化財

4月20日までの展示です。
全面に隙間無く刺繍で模様を縫い出した、とても豪華な打掛です。
高台院は豊臣秀吉の正室北政所のことで、豊臣秀吉の菩提を弔うために
高台寺を建立しています。
高台寺は建仁寺派の寺院で、北政所所用の調度を多く所蔵しており、
それらに施された蒔絵は高台寺蒔絵と呼ばれています。
「雲龍図」(部分) 海北友松筆
安土桃山時代・慶長4年(1599) 建仁寺 重要文化財


戦国時代に荒廃した建仁寺の再興に尽したのは安国寺恵瓊で、慶長4年に
現在の方丈を広島の安国寺から移築しています。
建仁寺には関ヶ原の戦いに敗れ、捕らえられて六条河原で斬首された
安国寺恵瓊の首塚があります。
六条河原は建仁寺のすぐ近くです。
同じく六条河原で斬られた石田三成は大徳寺の三玄院に葬られています。
海北友松は安国寺恵瓊と親しかったことから方丈の襖絵50面の制作を
任されています。
現在は襖絵はすべて掛軸に仕立て直されています。
画像は「雲龍図」8幅のうち4幅で、5月6日までの展示です。
海北友松の特徴の墨の濃淡を自在に使った作品で、波の寄せるような
大きな動きと立体感があります。
海北友松の襖絵は他にも多く展示されています。
第4章 建仁寺ゆかりの名宝
「雪梅雄鶏図」 伊藤若冲筆 江戸時代・18世紀 京都・両足院

両足院は建仁寺の塔頭で、多くの書籍・美術品を所蔵しています。
若冲得意の鶏を描いていて、白と赤の対比が鮮やかです。
「牧童吹笛図」 長沢芦雪筆 江戸時代・18世紀 京都・久昌院

筆を使わず指で描いたもので、即興で描かれた席画らしいとのことです。
いかにも一気に描き上げたかのような勢いのある、面白い絵です。
久昌院は奥平信昌の建立した、建仁寺の塔頭で、奥平信昌は徳川家康の長女亀姫を
正室としています。
奥平信昌は京都に潜んでいた安国寺恵瓊を捕えています。
「李賀騎馬図」 金有声筆 慈周題 朝鮮・朝鮮時代・18世紀 京都・両足院
金有声は10代将軍徳川家治の就任時に来日した朝鮮通信使に随行しています。
馬に乗った人物と従者を淡い色と墨で描いていて、飄々とした味わいがあります。
「熊野観心十界曼荼羅」 江戸時代・17世紀 京都・六道珍皇寺

六道珍皇寺は平安時代初期の創建と思われ、東寺に属していましたが、室町時代に
建仁寺派になっています。
鳥辺野の入口にあって、辺りは他界との境界とされ、六道の辻と呼ばれていました。
「熊野観心十界曼荼羅」は大きな絵解き図で、画面上に人の一生を坂道にたとえた
「老いの坂」、その下に六道と声聞・縁覚・菩薩・仏の10の世界に分類した十界が
描かれています。
特に地獄図はさまざまな地獄が詳細に描かれています。
絵解きは熊野比丘尼と呼ばれる女性芸人が行なっていました。
心の在りかたを示す「心」の字と、阿弥陀仏です。

梅や桜の下で、這い這いから成長し、人生の上り坂を進んでいます。

紅葉や冬枯れの木の下で年老い、やがて墓場で犬に喰われます。

阿修羅道や畜生道、地獄の火の車などです。

閻魔に裁かれたり、岩に押し潰されたりしています。

「風神雷神図屏風」は会場の最後に展示されています。
「風神雷神図屏風」 俵屋宗達 江戸時代・17世紀 建仁寺 国宝

元は宇多野にある、建仁寺の末寺の妙光寺にあった屏風で、後に建仁寺に
渡っています。
躍動感に溢れ、たらし込みで描かれた雲も軽やかで、何とも楽しい絵です。
雷神の左手が右手のように見えるのもご愛嬌です。
参考
「風神雷神図屏風」 尾形光琳筆
江戸時代・18世紀 東京国立博物館 重要文化財

俵屋宗達の「風神雷神図」の写しです。
4月8日(火)から5月18日(日)まで、本館7室「日本美術の流れ」に展示されます。
雷神の位置、雲の描き方などが宗達と少し違います。
栄西の禅や茶の文化についての展示の他、宗達・友松・蕭白・東伯・白隠・
若冲・芦雪など作品や、織田有楽斎・高台院関係の展示もあって見所が多く、
とても興味深い展覧会です。
東京国立博物館の次回の特別展は「キトラ古墳壁画」展です。
会期は4月22日(火)から5月18日(日)までです。

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上野の東京国立博物館では開山・栄西禅師 800年遠忌 特別展、
「栄西と建仁寺」が開かれています。
会期は5月18日(日)までです。

臨済宗を日本に伝え、京都に建仁寺を開いた、栄西禅師(ようさいぜんじ、
1141~1215)の800年遠忌に今年が当たるのに合わせて開かれる展覧会です。
建仁寺では栄西を「ようさい」と読みます。
序章 禅院の茶
「四頭茶会(よつがしらちゃかい)所用具」
会場には四頭茶会の行なわれる建仁寺方丈が再現され、正面には開山である
栄西禅師の頂相(ちんぞう)と左右に竜虎を描いた三幅対が掛けられています。
四頭茶会は禅宗の茶会の様式で、建仁寺では栄西の誕生日である4月20日に
行なわれています。
栄西は「喫茶養生記」を書き、喫茶の習慣を日本に伝えたことでも
知られています。
4人の正客がそれぞれ8人の相伴客を連れ、36人が席に着きます。
給仕の僧が抹茶の粉の入った天目茶碗と、ピリ辛コンニャクと紅白の菓子の
入った箱を客の前に置きます。
次に浄瓶(じんびん)に入ったお湯を客のささげ持つ天目台に載った
天目茶碗に注ぎ、茶筅で茶を立てます。
参考 建仁寺方丈での四頭茶会の様子

茶会のビデオ映されていましたが、現在の茶道の形式とはかなり異なる
ものだと思いました。
第1章 栄西の足跡
明庵栄西(みんなんようさい、1141-1215)は備中吉備津神社の神官の家に生まれ、
比叡山で修行し、南宋に2度渡って禅を学んでいます。
「明庵栄西坐像」 鎌倉時代 13-14世紀 鎌倉・寿福寺
栄西頭と言われる四角い頭の木像ですが、さすがに頭の形は誇張されています。
寿福寺は栄西を開山として北条政子によって建てられた寺です。
勅額 「扶桑最初禅窟」 後鳥羽天皇筆
安土桃山~江戸時代・16-17世紀 福岡・聖福寺
会場の見上げるような高い場所に掲げられています。
後鳥羽天皇より聖福寺に賜った号で、日本最初の禅宗寺院という意味です。
聖福寺は南宋より帰国した栄西が最初に建てた禅寺です。
額は後の時代のものですが、字は後鳥羽天皇の宸筆と伝えられています。
江戸時代の禅僧の仙厓は聖福寺の住持を勤めており、書の賛に「扶桑最初禅窟」の
言葉を書いたものもあります。
「誓願寺盂蘭盆一品経縁起」 栄西筆
平安時代・治承2年(1178) 福岡・誓願寺 国宝

4月6日までの展示です。
宋より帰国後の栄西が福岡の誓願寺に滞在して、宋版の一切経の到来を待つ間、
盂蘭盆にあたり法華経一品経会を行なった時、一品経勧進の由来と自己の滞在の
目的を著したものです。
一品経とは法華経などを章節(本)ごとに分けて一つの巻にした写経を云います。
誓願寺は安元元年(1175)に創建された真言宗御室派の寺院で、栄西は開堂の法会を
行なっています。
4月8日からは栄西筆の「誓願寺創建縁起」(国宝)も展示されます。
「造東大寺大勧進栄西唐墨筆献上状」 栄西筆
鎌倉時代・建永2年(1207) 東大寺 重要文化財
4月20日までの展示です。
造東大寺大勧進は平氏による兵火で焼かれた東大寺を再建するための寄付を集める
事業の総責任者で、初代の重源の後任として栄西が就任しています。
宋から渡った墨と筆を東大寺に献上した時の自筆書状です。
栄西と言えば禅ですが、奈良仏教や平安仏教とも深い関係を持っていることを
知りました。
第2章 建仁寺ゆかりの僧たち
建仁寺や臨済宗にゆかりのある僧の木像や頂相、袈裟などが展示されています。
建仁寺は建仁2年(1202)に鎌倉2代将軍源頼家の援助により建てられています。
最初は旧仏教をはばかって、天台、真言、禅の三宗兼学としており、禅のみで
まとまったのは12世蘭渓道隆の頃からとのことです。
第3章 近世の建仁寺
「織田有楽斎坐像」 江戸時代・17世紀 京都・正伝永源院
正伝院は南宋より蘭渓道隆に従って来日し、後に建仁寺12世となった義翁紹仁の
建てた寺です。
戦国時代に荒廃しますが、織田有楽斎によって再興され、有楽斎の隠居所と
なっています。
有楽斎自ら制作を依頼した像で、僧形です。
有楽斎は信長の末弟で母の名は不明ですが、顔から信長の面影を探してしまいます。
茶室の如庵は有楽斎が正伝院に建てたものです。
打掛 「亀甲花菱模様縫箔」 高台院所用
安土桃山時代・16世紀 京都・高台寺 重要文化財

4月20日までの展示です。
全面に隙間無く刺繍で模様を縫い出した、とても豪華な打掛です。
高台院は豊臣秀吉の正室北政所のことで、豊臣秀吉の菩提を弔うために
高台寺を建立しています。
高台寺は建仁寺派の寺院で、北政所所用の調度を多く所蔵しており、
それらに施された蒔絵は高台寺蒔絵と呼ばれています。
「雲龍図」(部分) 海北友松筆
安土桃山時代・慶長4年(1599) 建仁寺 重要文化財


戦国時代に荒廃した建仁寺の再興に尽したのは安国寺恵瓊で、慶長4年に
現在の方丈を広島の安国寺から移築しています。
建仁寺には関ヶ原の戦いに敗れ、捕らえられて六条河原で斬首された
安国寺恵瓊の首塚があります。
六条河原は建仁寺のすぐ近くです。
同じく六条河原で斬られた石田三成は大徳寺の三玄院に葬られています。
海北友松は安国寺恵瓊と親しかったことから方丈の襖絵50面の制作を
任されています。
現在は襖絵はすべて掛軸に仕立て直されています。
画像は「雲龍図」8幅のうち4幅で、5月6日までの展示です。
海北友松の特徴の墨の濃淡を自在に使った作品で、波の寄せるような
大きな動きと立体感があります。
海北友松の襖絵は他にも多く展示されています。
第4章 建仁寺ゆかりの名宝
「雪梅雄鶏図」 伊藤若冲筆 江戸時代・18世紀 京都・両足院

両足院は建仁寺の塔頭で、多くの書籍・美術品を所蔵しています。
若冲得意の鶏を描いていて、白と赤の対比が鮮やかです。
「牧童吹笛図」 長沢芦雪筆 江戸時代・18世紀 京都・久昌院

筆を使わず指で描いたもので、即興で描かれた席画らしいとのことです。
いかにも一気に描き上げたかのような勢いのある、面白い絵です。
久昌院は奥平信昌の建立した、建仁寺の塔頭で、奥平信昌は徳川家康の長女亀姫を
正室としています。
奥平信昌は京都に潜んでいた安国寺恵瓊を捕えています。
「李賀騎馬図」 金有声筆 慈周題 朝鮮・朝鮮時代・18世紀 京都・両足院
金有声は10代将軍徳川家治の就任時に来日した朝鮮通信使に随行しています。
馬に乗った人物と従者を淡い色と墨で描いていて、飄々とした味わいがあります。
「熊野観心十界曼荼羅」 江戸時代・17世紀 京都・六道珍皇寺

六道珍皇寺は平安時代初期の創建と思われ、東寺に属していましたが、室町時代に
建仁寺派になっています。
鳥辺野の入口にあって、辺りは他界との境界とされ、六道の辻と呼ばれていました。
「熊野観心十界曼荼羅」は大きな絵解き図で、画面上に人の一生を坂道にたとえた
「老いの坂」、その下に六道と声聞・縁覚・菩薩・仏の10の世界に分類した十界が
描かれています。
特に地獄図はさまざまな地獄が詳細に描かれています。
絵解きは熊野比丘尼と呼ばれる女性芸人が行なっていました。
心の在りかたを示す「心」の字と、阿弥陀仏です。

梅や桜の下で、這い這いから成長し、人生の上り坂を進んでいます。

紅葉や冬枯れの木の下で年老い、やがて墓場で犬に喰われます。

阿修羅道や畜生道、地獄の火の車などです。

閻魔に裁かれたり、岩に押し潰されたりしています。

「風神雷神図屏風」は会場の最後に展示されています。
「風神雷神図屏風」 俵屋宗達 江戸時代・17世紀 建仁寺 国宝

元は宇多野にある、建仁寺の末寺の妙光寺にあった屏風で、後に建仁寺に
渡っています。
躍動感に溢れ、たらし込みで描かれた雲も軽やかで、何とも楽しい絵です。
雷神の左手が右手のように見えるのもご愛嬌です。
参考
「風神雷神図屏風」 尾形光琳筆
江戸時代・18世紀 東京国立博物館 重要文化財

俵屋宗達の「風神雷神図」の写しです。
4月8日(火)から5月18日(日)まで、本館7室「日本美術の流れ」に展示されます。
雷神の位置、雲の描き方などが宗達と少し違います。
栄西の禅や茶の文化についての展示の他、宗達・友松・蕭白・東伯・白隠・
若冲・芦雪など作品や、織田有楽斎・高台院関係の展示もあって見所が多く、
とても興味深い展覧会です。
東京国立博物館の次回の特別展は「キトラ古墳壁画」展です。
会期は4月22日(火)から5月18日(日)までです。

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TB有難うございました。「熊野観心十界曼荼羅」の素晴らしい絵解き、ネット時代の熊野比丘尼のようです。
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会場に入るや、《明庵栄西坐像》鎌倉時代・13~14世紀、神奈川・寿福寺蔵 が待っている。極端に頭が大きいことに驚かされるが、頭を使いすぎて長くなってしまったという眉唾な説もあるらしい。 以下は章別に書いていく。
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【2014/04/06 08:45】
【2014/04/06 08:45】
熊野比丘尼がどんな風に絵解きをしていたのか知りたいものです。