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「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」 国立新美術館
乃木坂
chariot

六本木の国立新美術館では「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」が
開かれています。
会期は5月7日(月)までで、火曜日は休館日です。
九州国立博物館に5月19日(土)から7月16日(月・祝)まで、
名古屋市美術館に7月28日(土) ~ 9月24日(月・祝)まで巡回します。

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ドイツ出身でスイスに移住した実業家、エミール・ゲオルク・ビュールレ(1890-1956)の
コレクションを展示していた美術館が2015年に閉鎖され、2020年に拡張してオープンする
チューリッヒ美術館に作品が寄託されるのを前にして催される展覧会です。

フランス・ハルスやアングルに始まり、ドラクロワ、クールベ、コロ―から印象派を経て、
ボナール、ヴラマンク、ドラン、ピカソ、ブラックまで、60点以上が展示され、印象派だけ
ではない作品の揃った展覧会です。


カミーユ・ピサロ 「ルーヴシエンヌの雪道」 1870年頃
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ルーヴシエンヌはパリの西にあり、ピサロやシスレー、ルノワールたち印象派の
画家が一時住んで、屋外の風景を描いています。
1870年に普仏戦争が始まると、ルーヴシエンヌはプロイセン軍の侵攻を受け、
ピサロも家を荒らされ、ピサロはロンドンに逃れています。
のどかな雪景色で、戦争は7月に始まっているので、開戦前に描かれた絵のようです。

アルフレッド・シスレー 「ブージヴァルの夏」 1876年
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ブージヴァルはパリの西のセーヌ川左岸にあり、シスレーが住んでいました。
シスレーらしい地平線の低い構図で、空とセーヌ川の青、雲の白、土手の緑が
さわやかな景色です。
普仏戦争ではブージヴァルもプロイセン軍に占領され、シスレーは財産を失い、
裕福だった父も破産してしまったので、以後は困窮した生活を送ることになります。

エドゥアール・マネ 「ベルヴュの庭の隅」 1880年
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晩年のマネが梅毒治療のため、パリの南西ムードンのベルヴュ地区に
滞在していた時の作品で、モデルは友人夫妻の妹マルグリットです。
マネは印象派の画家ではありませんが、後輩たちに影響されて、
明るい外光を意識した印象派のような作品も描いています。

クロード・モネ 「ヴェトゥイユ近郊のヒナゲシ畑」 1879年頃
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モネが1878年に移り住んだ、セーヌ川沿いのヴェトィユを対岸から見た景色です。
手前のヒナゲシ、奥のセーヌ川岸、上の曇り空と画面を分割していて、
教会の建物はグーグルアースでも確認出来ます。
ヒナゲシの中にいるのはモネの家族のようで、真ん中の子はヒナゲシを
摘んで持っています。
モネは以前住んでいたアルジャントゥイユでも、後に住むジヴェルニーでも
ヒナゲシ畑を描いています。
この絵は2008年にセザンヌの「赤いチョッキの少年」など他の3点とともに
一度盗難に遭っています。

クロード・モネ 「ジヴェルニーのモネの庭」 1895年
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モネは1883年にジヴェルニーに移り、庭に花を植え、セーヌ川の支流から
水を引いて池も作っています。
花盛りの庭にたたずむのは、モネの2番目の妻、アリス・オシュデの三女、
シュザンヌです。
モネは左利きだったということで、画面左側の細かい筆触は右下から左上に揃い、
波のうねりのように見えます。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢
(可愛いイレーヌ)」 1880年 油彩、カンヴァス

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肖像画で人気を得てきた頃の作品で、ユダヤ系の銀行家、ルイ・カーン・ダンヴェール
伯爵の長女、8歳のイレーヌがモデルです。
服や手は大まかな筆遣いですが、栗色の髪と背景の濃い緑に囲まれた顔は
写実的で、まつ毛も描き込まれ、顔にはほんのりと紅と青も入って、透き通るような
肌の色を描き出しています。
この絵はイレーヌ自身が所有していましたが、後にナチスに没収され、
美術品の愛好家だったゲーリング国家元帥の手に渡ります.
戦後にイレーヌに返され、ビュールレは1949年にイレーヌから購入しています。
この1点だけでも展覧会に行く価値のある、素晴らしい作品です。

エドガー・ドガ 「ピアノの前のカミュ夫人」 1869年
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カミュ夫人がこちらを振り向いているところで、横に積まれた楽譜が
ピアニストであることを示しています。
譜面台の楽譜は何の曲でしょうか。
壁の影から光源が下の方にあること、夜の室内であることが分かります。
普仏戦争に従軍する前の作品で、ドガはこの戦役で目を傷めています。
この絵はナチスによって略奪され、スイスで売却された時にビュールレが
購入したもので、略奪品とは知らずに購入したことは認められますが、
元の所有者からもう一度買い直しています。

エドガー・ドガ 「出走前」 1878-80年頃
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思い思いの様子で、レースの出走を待っている旗手たちと馬で、
遠くの方で駆けている馬も見えます。
ドガは馬のデッサンもよく手がけているので、馬も色々の姿をしています。

エドガー・ドガ 「14歳の小さな踊り子」 1880-81年 
 ブロンズ、着彩、木綿のスカート、サテンのリボン

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ドガの生前に発表された唯一の彫刻作品で、最初に印象派展に出品された時は蝋製で、
髪は人毛のかつらだったそうです。
ブロンズ像の服の部分に淡く色を塗り、木綿のスカートを着け、髪にはピンク色の
リボンを結んでいます。
少女の上向きの顔もかなりリアルで、可愛いさを表そうとはしていません。

フィンセント・ファン・ゴッホ 「日没を背に種まく人」 1888年
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木を画面の手前に大きく描くという構図は歌川広重の浮世絵に倣っています。
ミレーの「種まく人」のテーマへの関心はゴッホの初期の頃から続いていて、
夕日が大きく描かれているのは、ゴッホの思い入れを表しているのでしょうか。

ポール・ゴーギャン 「肘掛け椅子のひまわり」 1901年
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ゴッホを象徴するようなひまわりが椅子に置かれています。
ゴッホの描いた、ゴーギャンをアルルに迎えるときに用意した椅子の絵を思い出します。
窓の外はゴーギャンの現在を表すタヒチの海です。
ゴッホの耳切り事件で、アルルでの共同生活が破綻した二人ですが、ゴーギャンは
ゴッホのことを忘れず、後年にも懐かしく思い出していたようです。

クロード・モネ 「睡蓮の池、緑の反映」 1920-26年
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部分
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部分
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会場の最後に展示されており、この作品のみ撮影可能です。
縦200㎝、横425㎝の大作で、最晩年に描かれています。
これだけ大きいと、まるでジヴェルニーの睡蓮の池が自分の目の前に
広がっているような気持になります。
ビュールレはジヴェルニーを訪れたこともあるそうで、この絵は1952年に
遺族から購入しています。

近代絵画を中心にした、とても充実した展覧会で、これから混雑が予想されるので、
早めに行かれることをお勧めします。

展覧会のHPです。


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【2018/02/20 19:17】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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