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「没後50年 鏑木清方展」 東京国立近代美術館
竹橋
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東京国立近代美術館では「没後50年 鏑木清方展」が開かれています。
美人画の大家で代表作、「築地明石町」を始め庶民の生活を深い愛情を持って描いた
鏑木清方(1878-1972)の作品、約110点が展示されています。

会期中、かなりの展示替えがあるので、展覧会のHPでご確認ください。

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会期中、かなりの展示替えがあるので、展覧会のHPでご確認ください。

第1章 生活をえがく

「雛市」 明治34年(1901) 公益財団法人 北野美術館
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初期の作品です。
雛祭の近い頃、雛市では裕福な家の母娘がお雛様を選んでいて、振袖を着た
女の子は赤いショールを巻いています。
手前には桃の枝を担いで働いている女の子がいて、やはり雛飾りを見ていますが、
まだ寒いのに裸足です。
鏑木清方は貧富の差にも敏感で、宮内庁三の丸尚蔵館の所蔵する昭和8年作の
「讃春」でも丸の内の情景と隅田川の水上生活者を共に描いています。

「七夕」 昭和4年(1929年) 大倉集古館
右隻
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水葵と朝顔の模様の着物姿の洗い髪の女性が縁台に腰掛け、白い芙蓉を
眺めています。
網に笹の裾模様の着物の女性は、かがんで針に糸を通しながら水鏡に映る
織姫と彦星を視ているところです。

左隻
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七夕の竹飾り、瓜、徳利、香炉、桔梗、女郎花と共に五色の糸巻き、琴、筆と柏葉の
模様の着物がお供えされています。
着物の柄は梶や柏の葉に字を書いて供える風習を表しています。
裁縫、音楽、書道の上達を願う行事です。
左上に金銀の砂子で描かれた天の川を見上げる女性の着物は秋草の裾模様です。

江戸情緒と季節感にあふれた作品で、大倉財閥2代目の大倉喜七郎の援助により
1930年にローマで開かれた日本美術展覧会に出品されています。

「春雪」 昭和21年(1946) サントリー美術館
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戦時中の疎開先の御殿場で、第1回の日展が開かれると聞いて制作した作品です。
浮世絵風の単純化された画面で、武家の奥方が夫の羽織を畳んでいるところです。
描かれているのは女性一人ですが、羽織によって、画面の外にもう一人の人物の
存在を感じさせます。
小袖の藤色は、御殿場から見た富士山の色、裾模様は雪輪紋で、富士山に降る雪を
示しているとのことです。
清方の、自然と人の融合した絵画という考え方が表れているそうです。
この作品は、サントリー美術館の所蔵している唯一の近代絵画ということです。


特集1 東京

鏑木清方の作品には東京の地名の入った作品が多くあり、それぞれの地名の持つ
情趣を描き入れています。

「墨田河舟遊」 大正3年(1914) 東京国立近代美術館
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右隻
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左隻
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武家の女性の一行でしょうか、隅田川の舟遊びの情景で、舟の中では
鼓や三味線のお囃子で碁盤人形と呼ばれる操り人形が踊っています。
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お付きの侍も見入っています。
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屋根で竹竿を押す船頭の一人はまだ前髪の少年で、ここにも貧富の差が
さり気なく描かれています。
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左隻には侍を乗せた舟、猿曳を乗せた舟、投網を打つ舟、西瓜を売る舟が見えます。
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「築地明石町」 昭和2年(1927) 東京国立近代美術館
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花火模様の小紋の着物に、抱き柏の黒の羽織の女性が振返っています。
涼やかな目元をして、富士額の髪の生え際も細やかに描かれています。
明治に流行した、イギリス巻とも夜会巻とも言われる髪型や袖から覗く
金の指輪は時代の変化も表しています。
季節は秋の初め、女性は素足で、朝顔の葉は枯れかけています。
モデルは清方の弟子だった、江木ませ子とのことです。
築地明石町は明治に外国人居留地となり、西洋の香りのする場所に
なっていて、作品にも横に西洋式の柵、後ろに洋式帆船が見えます。

「新富町」 昭和5年(1930) 東京国立近代美術館
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縞の着物に利休色の小紋縮緬の羽織、雨下駄を履いた芸者さんが蛇の目傘を
傾けて通ります。
向こうには鏑木清方の生まれた年に完成した新富座が見えます。
新富座は江戸時代の守田座の後進で、近代劇場として建設されましたが、
1923年の関東大震災で焼失し、廃座となっています。
この絵の描かれた頃にはもう無くなっており、清方は懐旧の思いを込めて
描き入れたのでしょう。

「浜町河岸」 昭和5年(1930) 東京国立近代美術館
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桃割れの髪に、松竹梅模様でしょうか、小紋の着物の町娘が踊りの稽古から
帰るところで、習ったばかりの踊りの所作を繰り返しているようです。
娘らしく襦袢、鼻緒などの赤やバラのかんざしが華やかです。
遠くには木造の新大橋や関東大震災まで残っていたという深川安宅の
火の見櫓が描かれています。
清方は浜町河岸に足かけ6年、住んでいたということです。

三福対として並べると、「築地明石町」には明治のモダンさが際立ち、
羽織の黒が画面を引き締めています。

鏑木img142 (3) 鏑木img142 (2) 鏑木img142 (4)


「讃春」 昭和8年(1933) 宮内庁三の丸尚蔵館
右隻
モダン003

左隻
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部分
モダン005

4月12日~5月8日の展示です。
昭和天皇御即位記念に三菱財閥の岩崎家より献上された屏風で、
右隻の皇居前広場では紺のセーラー服姿の女学生が二人、
タンポポを摘んだり、松の根元で休んだりしています。
向こうには当時の黒塗りの箱型自動車や、富士見櫓が見えます。
万葉集の巻頭歌、菜を摘む乙女に呼びかけたとされる、雄略天皇の歌を
思い出します。

左隻は隅田川に小舟を浮かべた水上生活者の情景です。
赤い着物のおかっぱ頭の小さな女の子が船底を覗き、中から母親が
優しく見上げています。
金具も捲れた古い和船ですが、バケツには桜の枝が活けてあります。
遠くの清洲橋の吊橋型の橋がぼんやり浮かんでいます。
近代的な鋼鉄橋を、鏑木清方らしく浮世絵風にあしらっています。
舟には七輪が載っていて、火が起きています。
仁徳天皇の「民のかまどはにぎはひにけり」の故事に依っているのでしょう。
清洲橋は関東大震災の復興事業として計画され、昭和3年に完成しており、
震災からの東京の復興の意味も表しています。

城櫓に自動車、鋼鉄橋に和船と、江戸と近代を上手く取り合わせていて、
上流家庭の子も庶民も、共に春を慶ぶ情景を描いたものですが、
隅田川の貧しい水上生活者を選んだのは、鏑木清方らしい着想だと思います。

第2章 物語をえがく

「三遊亭圓朝像」 昭和5年(1930) 東京国立近代美術館 重要文化財
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鏑木清方の父は圓朝と親交があり、清方自身も17歳の時に圓朝の取材旅行に
同行しています。
その頃を思い出して描いた作品で、圓朝は大柄で面長の顔をしていて、
紋付には高崎扇の紋が入っています。

「一葉」 昭和15年(1940) 東京藝術大学
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樋口一葉の随筆、「雨の夜」の一節、眠れない夜に今は亡き伯母に
裁縫を習った昔を懐かしんだという文に想を得ています。
一葉を地味な着物に前掛けをして、針仕事の手を休めている、
市井の女性の姿として描いています。
その顔は意思的で、写真のほとんど残っていない一葉のイメージは、
この絵によるところが大きいです。
手許に置かれた端切れは、一葉の作品、「たけくらべ」を表しています。
吊ったランプが夜なべ仕事と、明治という時代を思わせます。

「たけくらべの美登利」 昭和15年(1940) 京都国立近代美術館
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4月5日~5月8日の展示です。
樋口一葉の「たけくらべ」の最後の場面です。
幼なじみの信如が家の格子に差し入れていった水仙の作り花を手に、
島田髷を結った美登利がものを思っています。

特集2 歌舞伎

「薄雪」 大正6年(1917) 福富太郎コレクション資料室
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4月1日~5月8日の展示です。
歌舞伎の「恋飛脚大和往来」の大和新口村の場面で、客の金に手を付けてしまった
飛脚屋の忠兵衛と、その金で身請けされた遊女の梅川が駆け落ちして、忠兵衛の
故郷の新口村に辿り着く場面です。
雪のちらつく中で、捕まれば死罪の忠兵衛と抱き合う梅川は黒の着物に梅の模様、
帯は雪輪模様です。
福富太郎のコレクションは鏑木清方に始まります。
この絵を購入して、確認のため清方の家に持参して見せたところ、行方の分からなかった
作品との出会いに清方は大変に喜び、1か月ほど借り受けて眺めていたそうです。


「道成寺 鷺娘」 昭和4年(1929) 大谷コレクション
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この作品も1930年にローマで開かれた日本美術展覧会に出品されています。
歌舞伎のことは知られていないだろうから、季節を強調して描いたそうです。
「道成寺」の主人公、花子は満開の桜の下に立ち、後ろには山吹も咲いています。
桜模様の振り袖姿で、帯には蛇体となった清姫を表す模様が入っています。
「鷺娘」の雪の中に現れた鷺の精は白無垢の振袖に黒の帯、頭には白い綿帽子を
被っています。

「さじき」 昭和20年(1945)頃 歌舞伎座
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桟敷で芝居見物をする親子です。
後ろには枇杷やサクランボが置かれた初夏の情景で、母親の帯は紫陽花、
娘の紙入れは杜若をあしらっています。
それに対して、着物の柄は母親は桔梗に撫子、娘は色付き始めた楓と、
秋を感じさせる演出です。
全体に緑色を効かせていて、母親のかんざし、指輪も翡翠です。
娘の口は少し開いていて、母親との表情にわずかな違いを見せています。
昭和20年だと終戦の年で、枇杷やサクランボなど簡単に手に入らなかった
頃ですが、思い出の中の情景でしょう。

鏑木清方は随筆に、歌舞伎座は二階の東桟敷が昔から夏でも海風が通って
涼しかったと書いています。


第3章 小さくえがく

「朝夕安居」 昭和21年(1946) 鎌倉市鏑木清方記念美術館
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あっさりした筆遣いによる、明治の長屋の夏の風景です。
豆腐屋が廻り、新聞配達が駆け、裏の井戸は水を汲む人、水桶を運ぶ人で
賑わっています。
百日紅の木の下では、風鈴売りが客を待ち、赤い短冊を付けた風鈴が
屋台から下がっています。
清方の思い出の中にある明治の暮らしを、愛惜の思いをこめて描いています。
描いたのは終戦の翌年で、清方の懐かしい東京は焼野が原になっていました。

去っていってしまった江戸、そして自分も生きていた明治への鏑木清方の
思いが十分に伝わる展覧会です。


所蔵作品展には門弟だった伊東深水の描いた鏑木清方像も展示されています。

「清方先生寿像」 伊東深水 昭和26年(1951)
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随筆を執筆中の鏑木清方です。
机には挿絵画家として親交の深かった泉鏡花の全集も載っています。
後ろの浮世絵は鳥文斎栄之のようです。
鏑木清方は伊東深水、川瀬巴水,寺島紫明、山川秀峰など多くの門弟を
育てています。

展覧会のHPです。

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【2022/03/19 18:16】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(2) |
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  • こんばんは。
  • 鏑木清方展は清方の世界をたっぷり味わえる充実した展覧会です。
    上村松園展と同時というのも良いチャンスです。
    コロナのせいで、展覧会も日時指定制が増えて、本当に不便になりました。
    今度こそ完全に治まってほしいものです。

    【2022/03/20 20:38】 url[chariot #/8nqih4Y] [ 編集]
  • 東の鏑木清方、西の上村松園、美人画を代表する二人の画家の展覧会が今同時に開催されているのですよね。

    竹橋と恵比寿、一日で両方を観ることだって可能だし、行けたら行きたいです。この二年あまり、一度も都心へ出掛けていませんが、そろそろ多摩川越えも考えなくてはダメですね(笑)

    【2022/03/20 13:39】 url[ばーばむらさき #v9aI.q/w] [ 編集]
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