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「古美術逍遥 東洋へのまなざし」展 泉屋博古館東京
六本木1丁目
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六本木の泉屋博古館東京では泉屋博古館東京リニューアルオープン記念展 III、
「古美術逍遥 東洋へのまなざし」展が開かれています。
会期は10月23日(日)までです。

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1 中国絵画 ― 気は熟した 

八大山人 「安晩帖」 清・康熙33年(1694) 重要文化財
八大山人(1626~1705)、本名は朱耷(しゅとう)で、明の太祖洪武帝の子孫です。
明の滅亡により逃亡した後に出家し、やがて多くの弟子を持ちますが、
清に警戒されたため還俗して故郷の南昌に戻ります。
以後は書画を売って酒を飲む生活を送っています。
「安晩帖」は20図からなる冊子です。

「叭々鳥」
中国004

10月2日までの展示でした。
叭々鳥(ははちょう)はムクドリ科の黒い鳥です。
輪郭線を使わない、没骨(もっこつ)によって描いていますが、縦横を
強調した特異な造形です。

「鱖魚」 
中国001

墨に味わいのある筆で鱖魚(けつぎょ)が一匹描かれていますが、
目は上を向いていて、にらむような白眼になっています。
白眼視の故事に拠っているともされ、滅亡した明への思いと清への反抗の
気持ちを表しているとのことです。

八大山人という号の由来は分かっていません。
崩し字の署名を観ると、八大は「笑」あるいは「哭」、山人は「之」とも読め、
「哭之(これをこくす)」「笑之(これをわらう)」となって、自己の境遇への
嘆きを表したのではないかとも云われているそうです。
確かに署名は、「哭之」「笑之」のようにも読めます。

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石濤 「廬山観瀑図」(部分) 清時代 重要文化財
中国002

江西省の廬山の景色で、画面の上の部分には有名な香炉峰が描かれています。
広々と大きな空間を感じる風景で、描かれている人物を通じて自分が景色の中に
いるような気分になります。

石濤(1642~1707)も明の王族の一人で、明の滅亡時に出家し、晩年は揚州で
画家として暮らし、八大山人とも交流しています。
南京に滞在していた時には、南巡中の清の康熙帝にも2度拝謁しており、
同じ明の遺民でも生き方は少し違っているようです。

呉歴 「秋景山水図巻」 (部分) 清・康熙32年(1693) 重要美術品
中国006

岩に皺を描き込む皺法(しゅんぽう)で立体感を出し、色彩も濃淡があって
華やかです。
呉歴(1632-1718)は清の正統派山水画を代表する一人で、
50歳ごろにキリスト教に入信しており、作品にも西洋画の影響が
見られるとのことです。


2 仏教美術 ― かたちの彼岸 

「水月観音像」 徐九方(ソグバン)筆 
 1323年(至治3年・忠粛王10年) 泉屋博古館 重要文化財

高麗2

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華厳経の中の入法界品では、善財童子が観音菩薩や弥勒菩薩など、53人の賢者の許を訪れて、
教えを乞うています。
水月観音は楊柳観音とも呼ばれ、補陀落山の水辺に座し、水に映る月を眺める姿で表されます。
作品では左下に善財童子が描かれ、入法界品の場面であることを表しています。
高麗仏教は華厳経の影響を強く受けているとのことです。
奈良東大寺の大仏も華厳経の教えに拠っています。


3 日本美術 ― 数寄あらば

「佐竹本三十六歌仙絵切 源信明」 鎌倉時代 重要文化財
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大名の佐竹家に伝わった鎌倉時代の三十六歌仙絵巻です。
元は2巻の絵巻だったのが、大正時代に巻頭部分の「住吉明神」を含め、
37枚に切断されたものです。
源信明(みなもとのさねあきら)は女流歌人の中務(なかつかさ)と親密な関係にあり、
中務に贈った歌が書かれています。

  こひしさは 同じこころにあらずとも今宵の月をきみみざらめや.

「是害房絵巻」 南北朝時代 重要文化財
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「今昔物語」にあるお話で、中国から来た天狗の是害房は比叡山の僧と法力競べを
して負けてしまいます。
日本の天狗たちによる賀茂河原での湯治などの介抱のおかげで回復した是害房は
送別の歌会を催してもらった後、帰って行きます。
巧みな筆さばきの絵巻で、湯を沸かして是害房を風呂に入れたりして甲斐甲斐しく
介抱する天狗たちの様子が活き活きと描かれています。

「二条城行幸図屏風」 江戸時代・17世紀
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寛永3(1626)年に上洛中の徳川秀忠、家光に招かれて、後水尾天皇と中宮和子
(後の東福門院)が二条城に行幸したときの盛儀を描いています。
中宮和子は秀忠の娘で、尾形光琳の実家の雁金屋に多額の着物の注文をしています。

上段は堀川通りを行く後水尾天皇と中宮和子の一行です。
堀川には仮説の桟敷が設けられて、大勢の見物人でひしめいています。
野点をしている人たちや、お約束の喧嘩の場面も描かれています。

下段は天皇を迎えに中立売通を御所に参内する将軍たちの一行です。
商家でも大勢の人が見物していて、子供に乳をやる母もいます。

左隻の左側には上段に天皇の御輿、下段には御所の門に到着した武家の一行が
描かれています。
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沿道では武士たちが平伏しています。
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伊藤若冲 「海棠目白図」 江戸時代
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シデコブシと海棠(カイドウ)が描かれ、海棠にはメジロが目白押しに並んでいます。
コブシは木蓮の仲間で、白木蓮は玉蘭と呼ばれ、海棠の棠は堂に通じ、
これに富貴を表す牡丹を合わせると玉堂富貴という目出度い言葉となります。
一羽だけ、背を向けて離れて止まっているメジロがほほえましくもあります。

「小井戸茶碗 銘 六地蔵」 朝鮮時代・16世紀
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井戸茶碗は朝鮮時代の日常雑器で、日本の茶人が茶器に見立てたものです。
小振りの井戸茶碗を小井戸と呼びます。
小堀遠州の愛蔵の品で、京都の六地蔵で見出したことからこの名が付いています。
元が日常品なのであっさりした姿をしていて、高台に釉の固まったカイラギが見えます。

「白鶴香合」 仁清 江戸時代・17世紀
住007

うずくまり、首を少し横に向けた鶴の姿です。
表情やたたんだ脚の具合が可愛く、釉の色合もやわらかく、温かです。
仁清は鳥や動物の姿を写した作品をよく作っています。

「唐物文琳茶入 銘 若草」 南宋~元時代・13~14世紀
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文琳とは林檎の異名で、ふっくらした形から名付けられています。
釉が下まで垂れた、なだれのあるのが景色になっています。
「若草」は後陽成天皇(1571-1617)の命銘です。
新古今集の後鳥羽院宮内卿の歌に拠っているとのことです。


4 文房具と煎茶 ― 清風は吹く 

鍍金魁星像 明時代
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高さ29.1cmの、風神に似た姿の小像です。
魁の字は北斗七星の中の斗形をした四星を指すとのことです。
鬼が斗を持っていて、魁の字体を表しています。
持っている筆は文房の神を象徴しています。

魁(さきがけ)の意味から科挙試験を目指す者はその像を祀って、
一番の合格を祈願したそうです。
たしかに3本爪の足で雲の上を駆けています。

筆と斗を持つ姿は文房というより計量の神様のように見えます。

展覧会のHPです。

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【2022/10/20 17:33】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(2) |
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  • こんばんは。
  • 日本人は魚民族なので、魚の絵には敏感になります。
    私はアジの塩焼きが好きです。アジフライでも良いです。

    【2022/10/23 19:31】 url[chariot #H4z1joGM] [ 編集]
  • 鮎の塩焼きが恋しい
  • 良い魚の絵っていうのはどうしてこうも食欲を誘うのでありましょうか。アユの塩焼きが食べたいです。

    【2022/10/23 18:22】 url[miss.key #eRuZ.D2c] [ 編集]
    please comment















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