fc2ブログ
「大名茶人 織田有楽斎」 六本木 サントリー美術館
六本木・乃木坂
chariot

六本木のサントリー美術館では四百年遠忌記念特別、展「大名茶人 織田有楽斎」が
開かれています。
会期は3月24日(日)まで、休館日は火曜日です。
会期中、かなりの展示替えがありますので、展覧会のHPでご確認下さい。

有楽斎img220 (1)


織田信長の異母弟で、大名茶人として知られた織田有楽斎(1547-1622)についての
展覧会です。


「織田有楽斎坐像」 江戸時代・17世紀 京都・正伝永源院
有楽斎img220 (9)

有楽斎自ら制作を依頼した等身大の木像で、僧形です。
あごの張った顔立ちで、面長の兄の信長とは違って見えます。

正伝院は南宋より蘭渓道隆に従って来日し、後に建仁寺12世となった義翁紹仁が
建仁寺の中に建てた塔頭です。
戦国時代に荒廃しますが、織田有楽斎によって再興され、有楽斎の隠居所と
なり、茶室の如庵も建てられました。
明治維新の廃仏毀釈により移転を余儀なくされ、当時は無住で建物の残っていた
永源庵に移りました。
永源庵は廃寺となる予定でしたが、南北朝以来、長く細川家の菩提寺であったことから、
永源の名を残し、正伝永源院となりました。

「織田有楽斎像」 狩野山楽筆 古澗慈稽賛 元和8年 正伝永源院
有楽斎img220 (2)

2月28日からの展示です。
亡くなった翌年に描かれています。
織田信秀の十一男として生まれた長益は関ケ原の戦い以前に剃髪し、
有楽を名乗っています。
関ケ原の戦いでは東軍に属して奮戦し、戦功を挙げています。

短刀 「無銘 貞宗(名物寺沢貞宗)」 鎌倉時代末期~南北朝時代 14世紀 文化庁 国宝
有楽斎img220 (4)

2月28日からの展示です。
貞宗は正宗の子、あるいは養子とされる刀工で、在銘の刀はありません。
寺沢広高から豊臣秀吉に献上され、織田有楽斎、徳川秀忠、徳川頼宣に渡り、
紀州徳川家に伝来しました。

『唐物文琳茶入 銘「玉垣」』 南宋時代・12~13世紀 埼玉・遠山記念館
有楽斎img220 (6)

文琳とはリンゴの意味で、リンゴに似た形をしています。
「玉垣」は織田有楽斎から豊臣秀頼に献上され、大坂城落城に遭って破損してしまいますが、
きれいに補修されています。
織田有楽斎は長く豊臣家を支えていましたが、大坂夏の陣の直前に大坂城を出て、
正伝院を隠居所とし、茶道に傾倒して有楽流の祖となっています。

「大井戸茶碗 有楽井戸」 朝鮮時代 16世紀 東京国立博物館 重要美術品
高麗img005 (2)

井戸茶碗は16世紀に朝鮮半島で生活雑器として焼かれた器の一つで、
日本に渡来して、茶人に愛好されます。
井戸のように深い茶碗という意味のようです。
胴の上の部分が少し立ち、釉薬の照りも落着き、高台にかいらぎ(釉薬の縮れ)があります。
織田有楽斎が所有したことでこの名があり、紀伊国屋文左衛門も所有し、
松永安左エ門により寄贈されています。

「緑釉四足壺」 平安時代 9世紀 慈照院蔵 重要文化財
有楽斎img220 (5)
 
三河の猿投焼の壺で、有楽斎は水指として使っていました。
後に相国寺の昕叔顕晫に贈られています。

「呼継茶碗」 桃山時代・16~17世紀 永青文庫
有楽斎img220 (7)

茶碗などの欠けた部分に別の素材をつなぎ合わせる、呼継という技術を使っています。
色合いのまったく違う染付の欠片を合わせているのが面白いところです。
有楽斎の好みで作らせ、後に細川忠興(三斎)が所持しています。

「黒楽「正傳院」字茶碗」 伝 仁阿弥道八 江戸時代 19世紀 正伝永源院
有楽斎img220 (8)

仁阿弥道八作と伝えられる茶碗で、「正」と「傳」の字が入っています。

「蓮鷺図襖(部分)」 狩野山楽筆 江戸時代・17世紀 正伝永源院
有楽斎img230 (2)

正伝永源院の襖絵で、十六面すべてが展示されています。
広々とした画面を鷺や燕が飛び、蓮のつぼみから満開、そして散っていくまでが
続けて描かれています。

「旧正伝院書院障壁画のうち山水図(部分)」 長谷川等伯
 桃山時代・16~17世紀 名古屋鉄道株式会社

有楽斎img220 (3)

2月28日からの展示です。

「架鷹図」 伝 徽宗 南宋〜明時代 13 〜 15世紀 正伝永源院
有楽斎img230 (1)

前期後期で4幅ずつ展示替えがあります。
止まり木に留まった精悍な鷹の図で、本当に南宋の徽宗皇帝の作かは分かりませんが、
力強い描き振りです。

他にも有楽斎関連の書状も多数展示されていて、茶人としての生き様を偲ぶことが出来ます。

(参考)
国宝「如庵」の模型 東京国立博物館
とIMG_0629

元和4年(1618)頃に有楽斎が正伝院に建てた茶室で、その後、各地に移転され、
現在は犬山の明治村に建てられています。
屋根は杮葺き、二畳半台目という、二畳半と台目畳(3/4の長さの畳)の大きさで、
利休の待庵の二畳より広いです。
日本橋の三井記念美術館には如庵の一部を模した部屋が設けられています。

展覧会のHPです。

関連記事

【2024/02/01 19:02】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
comment
 
コメントを書く
コメントは承認後に公開されます。ご了承ください。
please comment















管理者にだけ表示を許可する

trackback
trackback url ↓
https://nekoarena.blog.fc2.com/tb.php/5138-d7613fab

プロフィール

chariot

Author:chariot
美術館・博物館めぐりとカフェの記事を書いています。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

カテゴリー

ブログ内検索

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード


| ホーム |