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「日本美術院の画家たち-横山大観から平山郁夫まで」展 山種美術館
恵比寿
chariot

山種美術館では、「日本美術院の画家たち-横山大観から平山郁夫まで」展が
開かれています。
会期は12月26日までです。

院001


山種美術館は近代日本画の美術館として、日本美術院の画家の作品を数多く
所蔵しています。

その中から17名の作品が展示されています。

横山大観 「作右衛門の家」 1916年
院002

男が鎌を手に飼葉を担いで帰ってくると、厩では馬が音を聞き付けて嬉しそうに
足掻いています。
作右衛門とは農民一般を表す名前です。
桐の木は大きな葉を付け、栗の木には青い実が生っています。
自然と人事が一体となった理想郷を描いていて、おだやかな味わいがあります。

速水御舟 「朝鮮牛図」 1926年
院003

牛の絵は日本画の画題として多くの画家に取り上げられています。
この牛は盛り上がった肩と三角形のお尻が目を惹きます。
黄土色のかたまりの中で、くっきりと描かれた目が生き生きとしています。

速水御舟 「翠苔緑苔」 1928年
速10-6-2009_007

速10-9-2009_002

この作品については2009年の山種美術館での「速水御舟展」の記事
以下のように書きました。

『四曲一双の金箔地の屏風で、右隻に枇杷と青桐、つつじです。
枇杷の木には、まだ青い実から熟れた実まで付いていて、木の下では
黒猫が振り向いています。
隣に展示されている、24番の小下図では、つつじの場所には朝顔の鉢が
3つ置かれ、黒猫と白猫の2匹になっています。

左隻には紫陽花と2匹の白兎です。
紫陽花は咲き始めから満開まで様々に咲いています。
白兎は、向こうに黒猫がいるのも知らずに、呑気に草をかじったり、
寝ころがったりしています。

全体に、右奥から左手前に広がり、右上から左下に下がっていく構図です。
琳派風の装飾性を極め、きっちりとまとまった、近代的な作品です。
御舟の言葉、「もし無名の作家が残ったとして、この絵だけは面白い絵だと
後世言ってくれるだろう」。』

小林古径 「清姫」 8枚連作 1930年
紀州の安珍清姫伝説を絵巻物風に8枚続きの絵に仕立てたものです。
小林古径はこの作品を気に入っていて、一生手元に置いておくつもりだったのを、
山種美術館の設立のお祝いに寄贈したとのことです。

「清姫のうち 旅立」
旅姿の二人の僧が墨だけを使った白描で描かれています。
これから熊野詣に行くところです。

「清姫のうち 寝所」
紀伊国の屋敷に泊めてもらった安珍の部屋に、安珍に恋した清姫が
忍んでくる場面です。

安珍は、熊野参詣の帰りには立ち寄るからといってその場を逃れます。

「清姫のうち 熊野」
蒼い森の中の熊野神社を俯瞰しています。

「清姫のうち 清姫」
熊野詣を終えた安珍は清姫を避けるため、別の道を通って帰ります。
騙されたと知った清姫が安珍を追って裸足で山坂を駆け下る場面です。

「清姫のうち 川岸」
山道を逃げる安珍は日高川にたどり着きます。
小舟も一艘あります。

「清姫のうち 日高川」
パンフレットに使われている作品です。
安珍を追う清姫が日高川に阻まれている場面です。
灰色の満々とした水に向って伸ばした手が清姫の絶望を表しています。

この後、清姫はついに蛇体となって日高川を泳ぎ渡ります。

「清姫のうち 鐘巻」
パンフレットに使われている作品です。
道成寺に逃げ込んだ安珍は釣鐘を降ろしてもらってその中に身を隠しますが、
蛇となった清姫は鐘に巻付き、焔を吹いて安珍を焼き殺してしまいます。
この絵では蛇ではなく、龍の姿に描かれています。
白い体や前脚を伸ばして鐘に掛けた姿は、「日高川」での手を伸ばした
清姫の姿に照応しています。
すさまじい場面ですが、古画のようで気品があります。

「清姫のうち 入相桜」
院004

安珍と、日高川に身を投げた清姫の亡骸は共に比翼塚に葬られます。
その比翼塚には桜が植えられ、入相桜と呼ばれます。
悲恋の物語は最後に満開の桜によって優しく慰められています。

前田青邨 「腑分」 1970年
院005

江戸時代の腑分(解剖)の場面です。
腑分をする者を中心に、蘭書を手に見入る者、おそるおそる覗く者、
合掌する者など、さまざまな様子が描かれています。
抑えた色彩によって、静かな興奮を表しています。

奥村土牛 「鳴門」 1959年
土牛4-3-2010_005

この作品については今年の山種美術館での「生誕120年 奥村土牛」展の記事
以下のように書きました。

『遠くの島影に黄土色が少し使われている他は、緑青の緑と胡粉の白のみで
構成されています。
塗りを何度も重ね、近景の動と遠景の静が一体となった、量感のある、
重厚な作品です。
塗り重ねによる堅牢な画面造りは、奥村土牛の特徴です。
連絡船に乗っていて、たまたま渦潮に出会い、当時の小さな船の上から、
奥さんに帯を掴んでもらって渦潮を覗き込んで写生したということです。』

後藤純男 「淙想」 1969年
北海道の層雲峡に取材した作品で、深山の滝を描いています。
白い滝の落下する断崖はごつごつと半ば抽象的に描かれ、鈍い金色に彩られた様は
荘厳で、仏画を観るようです。

小倉遊亀 「舞う(舞妓)」1971年
この作品については2008年の山種美術館での「百寿を超えて」展の記事
以下のように書きました。

『舞う(舞妓)」は振袖姿の若い舞妓が金の扇をかざして、誇らしげに振り返った
瞬間をとらえています。
画面左上の扇から右下に流れる構図ですが、扇を持つ手の袖が外に広がって、
全体に三角形で安定した形になっています。
頭の上に扇をかざした姿を画面に収めるためか、舞妓の身長を低く描いています。
赤紫色の振袖の柄は梅、牡丹、紅葉、菊、南天など四季の草花をあしらって
賑やかです。
赤い帯は菊の模様で、襦袢の赤、足袋の白も見えます。
髪飾りも多く、金、銀、赤をあしらっています。
顔は日本画独特の、すっきりと美しい線描で表しています。
色彩を多く使い、若々しく、華やかな姿を生き生きと描いた作品です。』

小山硬 「海鵜」 1980年
白い空間の中に海鵜が黒く墨で描かれています。
画面左には切り立った崖に数羽が縦に並び、画面右には一羽が羽根を広げて
飛び立ち、一羽がそれを見上げています。
大胆な構図で、海鵜の姿には迫力があります。

守屋多々志 「聴花(式子内親王)」 1980年
この作品については2009年の山種美術館での「桜さくらサクラ・2009」展の記事
以下のように書きました。

『満開の桜の下の王朝女人です。

 はかなくて過ぎにし方をかぞふれば花に物思ふ春ぞへにける

この、式子内親王の歌に依っている作品とのことです。
桜は薄墨桜、鬱金桜とのことで、花弁の色は沈んだ銀色です。
白と朱の十二単は清楚で、若い内親王のお顔は理知的、意思的です。
薄幸であったと伝えられる式子内親王へのオマージュでしょう。』

第2展示室では昨年亡くなった平山郁夫を偲んで、素描を含む作品が
展示されています。

平山郁夫 「バビロン王城」 1972年
繁栄する古代バビロンの情景です。
黄土色の城壁の中で、青い煉瓦を積んだイシュタル門が際立っています。

他に、下村観山、菱田春草、安田靫彦、堅山南風、小茂田青樹、富取風堂、
塩出英雄、田渕俊夫などが展示されています。

展覧会のHPです。

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【2010/11/20 05:53】 美術館・博物館 | トラックバック(2) | コメント(0) |
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【2010/12/03 14:47】

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山種美術館で開催中の 「日本美術院の画家たち―横山大観から平山郁夫まで―」展に行って来ました。 「日本美術院」「横山大観」「平山郁夫」この3つのキーワード目にしただけで、今回の展覧会はパスかな~と思っちゃったりしてません?! 行くのどうしようか
【2010/11/29 17:40】

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