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「近代の洋画家、創作の眼差し展」 三の丸尚蔵館と皇居東御苑
大手町
chariot

三の丸尚蔵館で開かれている「近代の洋画家、創作の眼差し展」に行ってきました。
会期は2011年月10日(月)までで、現在は後期の展示です。

尚蔵001


三の丸尚蔵館は皇居東御苑内にあり、皇居の大手門を入ってすぐの所です。
皇室の所有していた美術品類が平成元年に国に寄贈されたのを機に設立
されています。
入館は無料です。

大手門です。
東0002

お堀には白鳥やユリカモメがいます。
東0007

大手門を入ります。
東0012

三の丸尚蔵館です。
東0015

神社建築風です。
東0020


この展覧会では、明治から昭和初期にかけての洋画、32点が前期、後期に分けて
展示されています。

「栗子山隧道図」 高橋由一(1828~1894) 明治14年(1881) 後期展示
尚蔵006

パンフレットからの画像なので、折り目が付いています。  
福島県令時代の三島通庸の敷設した福島県福島市と山形県米沢市を結ぶ馬車道に
あるトンネルです。
大変な難工事でしたが、当時日本最長のトンネルとして完成しています。
三島通庸は自分の建設した建物や工事の絵をよく高橋由一に描かせています。
覆いかぶさるような山塊の量感が良く表されています。
明治14年の隧道開通式に主席された明治天皇が行在所でこの絵をご覧になり、
その場で買い上げられたそうです。

「ベルサリエーレの歩哨」 松岡寿(1862~1944) 
 明治20年(1887) 後期展示

尚蔵005

ベルサリエーレとはイタリアの歩兵隊のことで、帽子の羽飾りに特徴があります。
イタリア王国の草創期にフランス軍の占領していたローマに最初に入城した部隊で、
イタリア愛国精神の精神的象徴とされているとのことです。
松岡寿のイタリア留学中に明治天皇の命で制作されたとのことで、アカデミックで
堅実な画風です。

「桜島農夫之踊」 山本芳翠(1850~1906) 明治21年(1888) 後期展示
尚蔵004

明治20年に伊藤博文が海防視察に鹿児島や沖縄を訪れた際、山本芳翠も随行
しています。
写真の発達していなかった当時、絵画による記録を残す目的もあったようです。
その折の訪問先を描いた20点が伊藤から明治天皇に献上されています。
現在8点が残っているとのことで、その内4点が展示されています。

役人風の男がしずしずと進む後ろを道化役のような男たちが付いていきます。
三味線を持ったお囃子も控えています。

「琉球中城之東門」 山本芳翠 明治21年(1888) 後期展示
城門に向う石の階段を見上げる構図で、階段には日傘を差し、紅型の着物を着た
女性が上っていきます。
城門の上の青い空には白い雲が浮かんでいます。
山本芳翠の風景画は空が明るく輝いています。

「加奈陀ビクトリア港」 五姓田義松(1815~1915)
 明治25年(1892) 後期展示

尚蔵003
 
ビクトリアはカナダの南西の端にある町です。
カナダ滞在中の作品で、広々としてのどかな港の風景をきっちりした筆遣いで
描いています。
五姓田義松は明治天皇の地方巡幸にも随行して作品を描いています。
後にフランスに渡り、日本人として初めてサロンに入選しています。

「なさけの庭」 部分 児島虎次郎(1881~1929)  
 明治40年(1907) 前期展示

パンフレットの表紙に使われている作品です。
日本最初の孤児院である岡山孤児院の情景とのことで、女性の背後に聖像のような
絵が見えます。
児島虎次郎は孤児院の創設者、石井十次の娘と結婚しています。
東京府勧業博覧会に出品され、実質的なデビュー作でありながら1等賞となり、
明治天皇の皇后の目にとまり宮内省買い上げとなったとのことです。

児島虎次郎は大原孫三郎と親交を持ち、大原コレクションを形成する作品の
ヨーロッパでの買い付けも行なっています。
自身の作風もヨーロッパ留学により明るいものに変わりますが、残念なことに
47歳で亡くなっています。

「夾竹桃」 山本森之助 (1877~1928) 大正3年(1914) 前期展示
尚蔵002

時代も新しくなり、印象派を思わせるような明るい画風です。
山本森之助は黒田清輝らの主催する白馬会に入っているので、画風は今までの
明治絵画会系統の暗めの色彩とはかなり違います。

「満州鉄嶺」 山本森之助 大正6年(1917) 後期展示
満州の丘の風景ですが、この作品もとても明るくモダンで、ヨーロッパの景色の
ように見えます。

作品の数は少ないですが、それぞれの画家の個性ばかりでなく、明治という時代の
息吹、熱気も感じられる展覧会です。


三の丸尚蔵館から先に進むと同心番所があります。
東0022

東0024

東0061

更に進むと広場の脇に百人番所があります。
東0037

東0027

その少し先、本丸の手前に大番所があります。
東0032

東0038

本丸の天守台です。
寛永期の天守閣は5層6階、地上からの高さ58mもありましたが、1657年の
明暦の大火で焼失しています。
その後、加賀藩前田家の普請でこの天守台が築かれましたが、天守閣は
建てられませんでした。
東0045

東0053

天守台から見下ろしたところです。
東0049

天守台の上です。
東0051

再び大手門を出て帰りました。
東0066

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【2011/01/04 05:13】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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