竹橋
竹橋の東京国立近代美術館では、『「日本画」の前衛 1938-1949』展が
開かれています。
会期は2月13日(日)までです。

前衛的な日本画の運動は1938年に結成された歴程美術協会の活動が一つの画期と
なっているとのことです。
山岡良文 「シュパンヌンク」 1938年 第1回歴程美術協会展

「シュパンヌンク」とはドイツ語で「緊張」という意味で、カンディンスキーが
1926年に発表した著作の中のキーワードの一つとのことです。
形と形の間の緊張関係を作品化したとのことで、日本画の画材を使っている以外は
洋画の抽象画と変わりません。
山崎隆 「象」 1938年 第1回歴程美術協会展

こちらも純粋の抽象画で、塗りも分厚く、日本画というイメージはありません。
田口壮 「季節の停止」 1938年 第1回歴程美術協会展

シュルレアリスム的な画面ですが、日本画の色調で、詩情の感じられる作品です。
日本画の持つ柔らかさはシュルレアリスムと相性が良いようです。
田口壮 「喫茶室」 1934年
歴程美術協会発足前の作品ですが、大きな赤いコーヒーミルと赤い服の女性を
描いていて、モダンで都会的です。
残念なことに田口壮は若くして亡くなっているそうです。
船田玉樹 「花の夕」 1938年 第1回歴程美術協会展

パンフレットに使われている作品です。
四曲一隻の屏風に満開の枝垂梅のような花を描いています。
花弁は赤と白の大きな丸を塗って表すというモダンさですが、大きな月を
背後に置いて、伝統的な装飾性も持たせています。
丸木位里 「馬(部分)」 1939年 第2回歴程美術協会展

丸木位里は「原爆の図」で有名ですが、歴程美術協会に参加しています。
「馬」は形がほとんど抽象化されていて、馬とは分かりません。
丸木位里の作品にはどれも腹の据わったしぶとさがあります。
岩橋英遠 「土」 1938年 第2回自由美術家協会展
木の根、地中で冬眠している蛇や蛙、芽を出しかけた草などを幻想味を
交えて描いています。
歴程美術協会に参加した山岡良文や船田玉樹、丸木位里、岩橋英遠たちは
日本画、洋画の枠を越えた集まりである自由美術家協会にも参加しています。
この交流により、洋画と日本画双方が影響を与え合ったとのことです。
吉岡堅二 「氷原」 1940年
従軍画家として中国を旅行した時に樺太に渡って取材した作品とのことです。
トナカイの群れをアルタミラやラスコーの壁画のような原始的な力強さで
描いています。
吉岡堅二は歴程美術協会とは別に以前から日本画に洋画の新しい流れを
取り入れようとしていたとのことです。
山崎隆 「戦地の印象」 1940年 第3回歴程美術協会展
山崎隆は出征した中国大陸の広漠とした風景を半ば抽象画風に屏風に
描いています。
終戦後、山崎隆が中心になって再び革新的な日本画の運動の一つである、
「パンリアル」が結成されたとのことです。
山崎隆 「海浜」 1949年 第2回パンリアル展
海辺に生えた異様な形の松の木を描いています。
抽象画的な要素を取り入れようとしています。
前衛的な日本画は戦前の1930年代に既に始まり、戦争による中断を経て、
現在につながっていて、その中で歴程美術協会は重要な役割を果たしている
ということでした。
前衛的な日本画の運動について、今まで知らなかった、山岡良文や山崎隆と
いった人たちの活動のあったことが分かりました。
また、展示されている作品を観て分かったのは、現在の日本画でも観られる
新しいスタイルの幾つかは既に戦前から始められているということでした。
展覧会のHPです。
この展覧会が京都国立近代美術館で開かれた時の詳しい解説が同美術館のHPに
載っています。
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竹橋の東京国立近代美術館では、『「日本画」の前衛 1938-1949』展が
開かれています。
会期は2月13日(日)までです。

前衛的な日本画の運動は1938年に結成された歴程美術協会の活動が一つの画期と
なっているとのことです。
山岡良文 「シュパンヌンク」 1938年 第1回歴程美術協会展

「シュパンヌンク」とはドイツ語で「緊張」という意味で、カンディンスキーが
1926年に発表した著作の中のキーワードの一つとのことです。
形と形の間の緊張関係を作品化したとのことで、日本画の画材を使っている以外は
洋画の抽象画と変わりません。
山崎隆 「象」 1938年 第1回歴程美術協会展

こちらも純粋の抽象画で、塗りも分厚く、日本画というイメージはありません。
田口壮 「季節の停止」 1938年 第1回歴程美術協会展

シュルレアリスム的な画面ですが、日本画の色調で、詩情の感じられる作品です。
日本画の持つ柔らかさはシュルレアリスムと相性が良いようです。
田口壮 「喫茶室」 1934年
歴程美術協会発足前の作品ですが、大きな赤いコーヒーミルと赤い服の女性を
描いていて、モダンで都会的です。
残念なことに田口壮は若くして亡くなっているそうです。
船田玉樹 「花の夕」 1938年 第1回歴程美術協会展

パンフレットに使われている作品です。
四曲一隻の屏風に満開の枝垂梅のような花を描いています。
花弁は赤と白の大きな丸を塗って表すというモダンさですが、大きな月を
背後に置いて、伝統的な装飾性も持たせています。
丸木位里 「馬(部分)」 1939年 第2回歴程美術協会展

丸木位里は「原爆の図」で有名ですが、歴程美術協会に参加しています。
「馬」は形がほとんど抽象化されていて、馬とは分かりません。
丸木位里の作品にはどれも腹の据わったしぶとさがあります。
岩橋英遠 「土」 1938年 第2回自由美術家協会展
木の根、地中で冬眠している蛇や蛙、芽を出しかけた草などを幻想味を
交えて描いています。
歴程美術協会に参加した山岡良文や船田玉樹、丸木位里、岩橋英遠たちは
日本画、洋画の枠を越えた集まりである自由美術家協会にも参加しています。
この交流により、洋画と日本画双方が影響を与え合ったとのことです。
吉岡堅二 「氷原」 1940年
従軍画家として中国を旅行した時に樺太に渡って取材した作品とのことです。
トナカイの群れをアルタミラやラスコーの壁画のような原始的な力強さで
描いています。
吉岡堅二は歴程美術協会とは別に以前から日本画に洋画の新しい流れを
取り入れようとしていたとのことです。
山崎隆 「戦地の印象」 1940年 第3回歴程美術協会展
山崎隆は出征した中国大陸の広漠とした風景を半ば抽象画風に屏風に
描いています。
終戦後、山崎隆が中心になって再び革新的な日本画の運動の一つである、
「パンリアル」が結成されたとのことです。
山崎隆 「海浜」 1949年 第2回パンリアル展
海辺に生えた異様な形の松の木を描いています。
抽象画的な要素を取り入れようとしています。
前衛的な日本画は戦前の1930年代に既に始まり、戦争による中断を経て、
現在につながっていて、その中で歴程美術協会は重要な役割を果たしている
ということでした。
前衛的な日本画の運動について、今まで知らなかった、山岡良文や山崎隆と
いった人たちの活動のあったことが分かりました。
また、展示されている作品を観て分かったのは、現在の日本画でも観られる
新しいスタイルの幾つかは既に戦前から始められているということでした。
展覧会のHPです。
この展覧会が京都国立近代美術館で開かれた時の詳しい解説が同美術館のHPに
載っています。
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私にとって今までの日本画のイメージを大きく覆す展覧会でした。
戦前に日本画でも、洋画と同じような運動があったことをはじめて知りました。
そこには、日本画ならではの美しさもあって、素敵な展覧会でした。
戦前に日本画でも、洋画と同じような運動があったことをはじめて知りました。
そこには、日本画ならではの美しさもあって、素敵な展覧会でした。
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日本画というと、花鳥風月、歴史・神話の人物画、風景画、美人画などを題材にしたものという先入観がある。それこそ、現代アートの世界では、何でもありの主題で驚きはしない。とこ...
【2011/01/27 05:58】
【2011/01/27 05:58】
色々な人がさまざまの模索をしていたものだと思います。
田口壮の「季節の停止」は特に印象に残る作品でした。